背水の陣
最前列に盾を並べ間から槍を突き出して街道を塞ぐと、その後ろで弓をつがえさせる。
花房の弓よりは射程も威力も劣る弓であったが、周辺は平地だったが街道以外は沼地の多い湿地帯で大軍を動かしにくい地形であったため数を揃えれば十分に役目を果たす。
そして、最後方に花房の率いる長弓隊を配置したが、川縁の間近となる位置であった。
「八兄い、川が近すぎる。ここで布陣したら、囲まれて動けなくなってしまう」
「……ああ、分かっている」
まさに最悪の形で布陣する事になったのは、直家にも分かってはいたが、川から離れようと街道を進めば、砥石城からの部隊へ正面からぶつかる格好になり、川を渡った馬場職家の部隊に後方を塞がれてしまう。
乙子城へ退くにも、川沿いの狭い街道を戻らねばならず、城にたどり着く前に後ろから切り崩されてしまうだけだった。
どちらにしても、甚大な被害が出る。
ならば梃子でも動かぬように隙間なく陣を敷き、防戦の構えを取れば、如何に大軍で囲んだとしても、いや、数に勝る大軍だからこそ、無駄な被害を出さないように攻めあぐねてしまうものである。
そうして、いくら言い繕ったところで、山を越えて遠征しようとしていたのだ。
備えもなく持久戦をすれば、その結果は目に見えている。それを暗示するかのように頭上には暗雲が立ち込めていた。
「放て!」
絶望的な戦況に連れてきてしまった兵士たちへの後ろめたさが湧いたのか、自ら陣頭に立って指揮をする直家の号令で弓から矢が一斉に放たれる。
何度目かの斉射を行なった後、砥石城から出陣してきた浮田国定の部隊が余りにも消極的な戦法に出ていると気が付く。
足場が悪く、盾の背に隠れているとはいえ、一息に潰せる数である。
まさか本当に逃げ場を失った兵が死力を尽くして戦うなどと思っているわけでもあるまい。
そうであれば考えられるのは、
(何かを待っている……。何を?……)
一つは、大きな戦略を左右するための時間稼ぎ。
つまりは天神山城へ加勢に向かう兵を押しとどめる事で、尼子家の侵攻を防ぐ手立てを失わせる。
もう一つは、この戦局を左右する背面からの奇襲。
前面の敵に掛かりきりになれば、馬場職家が吉井川を渡って攻撃してくるという戦法だ。
(どちらにしても、時間がないのは同じだ)
小粒の雨がぽつぽつと、直家の鎧を打ち始めていた。
「八兄い、俺が数人連れて相手の前線をかき乱してくる!」
「待て! もう直ぐだ、もう直ぐ雨が降り始める」
「雨? 何言ってるんだ?」
雨が降り出せば視界も悪くなり、ぬかるんだ地面を嫌って兵士たちが街道に集まる。
そうすれば自ずと距離も開いて戦いは小康状態になるが、周囲の警戒に神経をすり減らす戦いが始まり、人数の少ない宇喜多家はより不利になるのではないか?
と、思われたが、直家は雨が強くなっていくのを心待ちにしているようであった。
「雨に紛れて奇襲をするのか? それなら、馬の機動力が使える今のうちのほうが……」
忠家は鎧が水を吸って重くなるのを嫌ってか、槍を交互に持ち替えて腕を振るいながら言った。
しかし、そう考えていたのは敵方の馬場職家も同じで、水の弾ける音を雨音に紛れさせて川を渡り奇襲を仕掛けようとしていたのだった。
慎重に、用心深く、川を渡ろうと準備を進めていたのは、馬場職家の精鋭、万に一つもしくじりはしないはずだが、足を忍ばせて水際に近づいた兵士の一人が悲鳴を上げた。
「どうした! 何があった?」
数名が先に行ったはず最前列ではないのにと、不審に思ったが、突然倒れ込んだ兵士を抱きかかえて悲鳴を上げた前の男に声をかけた。
痛みに唸り声をあげる男が支えていた兵士の姿を見て、驚きに声も上げられなかった。
支えられていた兵士は抱きかかえた兵士の頭を貫いた矢に胸を貫かれており、足軽の薄い鎧とはいえ、それさえも貫通して、後ろの兵士の足に矢じりを突き立てたのだった。
「何だ……、これは、一体なにが……」
対岸で構えた花房正幸の長弓から放たれた矢が、先頭の兵の喉を射抜き、後ろの兵士の胸を射抜いて、さらに後ろの兵士の足に突き刺さったのだ。
一本の矢で三人を射抜いた長弓の威力は、兵士を足止めするには十分だった。
足がすくんだのは兵士たちだけではなく、馬場職家も兵士に突き刺さった矢の威力に目を見張り、前進の号令をかける声も出せなかった。




