新庄山の陣
田畑を広げ城下を整備し、人を集めていた宇喜多家の兵は掻き集めれば千は超える数になっていた。
それだけの数の兵士が街道を踏み鳴らして行進しても、無数の足が立てる音は一つの足音のように聞こえる。揃った足音は驚くほど静かで、機械的に繰り返される音は吉井川の流れの中に消えると、梢に止まる鳥たちでさえも警戒しなくなり、槍の穂先がかすめそうになって慌てて飛び立っていた。
直家が数年かけて鍛え上げた精鋭たちであったが、大きな合戦になれば、一握りの兵数でしかない。
(これだけの数で、どうやって戦局を変えられるか……)
これ以上、多くの兵を養うには、より大きな城と豊かな領地が必要になる。今は限られたものをどう動かすか、どう使うかだ。
「八兄い……」
横に馬を並べてきた忠家が言い難そうに話し始めた。
「貞勝も連れてきてやったら良かったんじゃないか? 子供一人くらい守ってやれるし、三浦家の旗を立てれば、かつての家臣たちも集めて、敵に下った兵士たちも動かせる」
「忠家、だからこそ連れてこなかったのだ」
「どういう事だよ?」
「美作の北部を押さえた尼子家の率いる兵には、元は三浦家に仕えていた者が多数いるだろう。だが土地に住む者にとって、主君を選ぶ事など出来はしない」
「何故だよ? より良い主君に仕えた方がいいに決まってるじゃないか。乙子城に移り住んできた者たちも皆そう言っている」
「税が少ないからと言って、村に残した家族を捨てて、戦場で主君を変えられるのか?」
「むっ……そうだよな……」
「天下泰平ならば移り住むこともできようが、戦乱の最中に義や忠を持ち出して、一兵卒に主君を選ばせるような者に領主たる資格はない。敵を退ける力と知恵を見せねばならん。民を犠牲にせねば守れぬ土地など手に入れてはならん」
そこで軍列の先から走ってくる騎馬の姿に言葉を止めた。
「何事だ」
「申し上げます! 対岸の新庄山の陣に浮田国定の家臣・馬場職家の旗が立っております」
「馬場職家だと? 行軍途中ではなく陣を構えているのか?」
「はい、柵を作り陣と言うよりも砦に近いかと……」
(腑に落ちぬ……。いや、なお悪いか)
浦上宗景を助けるために天神山城へ向かうのならば、陣など築かず先を急ぐはずだ。吉井川沿いを進む山道の入り口ともいえる新庄山に陣を構えれば、補給の要となる反面、撤退する部隊も救援に向かう部隊も意のままに抑えられる。
「八兄い、どうする? 大叔父の意図が分からぬ……」
「尼子家との和睦を求めていたが、これほど早く主君を裏切る決断は出来ないだろう……。さすれば、戦に参加せず成り行きを見守る心算か」
「ならば、俺たちはこのまま天神山城へ行けば良いのか?」
「いや、黙って通しはしまい。……だが嫌なところにいるな」
吉井川を挟んで対岸にある新庄山からは、宇喜多直家の部隊の居る平野が一望できる。
川を渡る最中に攻撃されれば一溜りもない事は当然だが、街道を東に進んで播磨側から天神山城へ向かおうとすれば、逆に川を渡って追撃されるか、乙子城への退路も断たれる。
それだけは避けたい事態だ。
だがどちらに進むか考えている余裕はなく、川向うの山に靡く旗は兵士たちの目にもしっかり見える距離まで来ると、進軍を止めねばならなかった。
「直家様! 私が馬場職家を射抜いて見せます」
壮観な若武者の背で矢羽が美しい飾りのように揺れていたが、花房正幸の両手の指に巻き付けられた革紐は何度も擦り切れその度に上から巻き直されており、背負った五人張りの長弓の並々ならぬ威力を物語っている。
「そっれがいい、八兄い、正幸の弓なら海の向こうの城だって撃ち抜ける」
「……まだ、射るな。相手も浦上家の家臣であるに違いないのだから」
花房正幸の長弓ならば、敵将を射抜くことも可能だろう。しかし、浮田国定の部下である馬場職家に、こちらから攻撃を仕掛けるのは道理に合わない。
「じゃあ、俺が数人連れて川を渡ってみようか? 奴らが仲間だというのなら無事渡り切れるだけだし、攻撃してくれば反撃すればいい」
「こちらから挑発するような行動を取れば同じことだ」
「それじゃ、半数を残して、半数を東に進めるのはどうだよ」
「それも考えたが、少ない兵をさらに分けてしまえば戦場にたどり着いても役には立たん」
「それじゃ?……」
「大叔父に馬場職家を布陣させた意図を問いただしに行かねばならんか……」
「普段でも城門を開けてくれなかったんだ。今、城へ近づいたら弓で射抜かれるだけだよ」
「そうだな……。何にしても、こちらから攻めなばならんか……」
山に布陣し動かぬ馬場職家の部隊は、攻撃されるのを待ち構えているような気がして仕方がなかった。
天神山城を救出するために、浦上家の家臣同士で争いを始めてしまえば、それがどのような結果になるか、火を見るより明らかだったが、どこまで燃え広がるのか見当もつかない。
火を放たれた屋敷の中で油をかぶって座っている心持であったが、駆け付けた伝令がもたらした情報が煙の中から光明を差した。
「伝令! 砥石城から兵が向かっております。その数、五千!」
しかし、余りにも早急過ぎる、強すぎる。
差し込んだ光は、屋根を崩さんばかりに燃え盛る炎だった。




