出陣の号令
天神山城の浦上宗景と後藤勝基の兵は合わせて1万5千だが、侵攻してきた尼子晴久の兵は3万を超えている。無論、城攻めを考慮して後続の部隊も用意されていただろう。
他の城から援軍が到着しなければ勝敗は目に見えていたが、沼城より出陣した中山信正は松田元輝の部隊と鉢合わせしてにらみ合ったまま動けなくなり、領内から残らずかき集めても千人程度の兵しか揃えられない城主たちは、参戦して良いものか迷った挙句に居城へと戻ろうとする者も出る始末だった。
「八兄い、出陣の準備が出来たぞ!」
甲冑を着込んだ忠家が馬の背の上で意気込み、槍を担いだ逞しい二の腕が袖を破らんばかりに張らんでいた。
「待て、忠家。お前ひとりで行ってどうする、率いる足軽部隊の準備を待つんだ」
そう言ったが、時間が欲しいのは直家の方であった。
一刻も早く天神山城へ救援に向かわねばならない。
それは分かっている。
……しかし、浦上家が分断するような事態の今、迂闊に動いても良いのか。城を空けて出陣しても良いのか。という思いもあった。
だが、それにもまして分からないのが、幕府からの守護職の任命と大名同士の争いの調停である。
他の大名が城を構える地の守護職に付けば、争いは避けられないだろう。そして戦火が上がりそうになれば、停戦の仲裁に出てくるという。まるでわざと戦を起こし地方を混乱させようとしているかのようであった。
(もしくは、それが幕府もしくは三好家の思惑なのだろうか?)
それでも今は目の前の難敵に手を打たねばならないのだ。
仮に全軍を率いて合戦の開始前に天神山城の部隊に合流できても、尼子晴久の兵力には遠く及ばない。合戦の勝敗は逃げ腰になった他の城主たちがどれだけ加勢に集まるかにかかっている。
そんな運任せの戦場に、大事な家臣たちを連れて行って良いのだろうか。
果たして、浦上宗景に従って戦うのが正しい選択なのだろうか。
「直家様! お願いがあります」
思考を遮って目の前に飛び出して来たのは三浦貞勝だった。城を落とされ、父親を殺され、宇喜多家に身を寄せた頃よりは随分背も伸びたが、まだ少年の線の細さは残している。
「私も、……どうか私も、お供させてください! 一兵卒としてでも手柄を立てて見せます」
一兵も率いる身ではなくとも、地面に伏せる彼から感じられる気迫は家督を継ぐ武将としての志を失ってはいなかった。
「貞勝殿、この度の戦は宇喜多家の合戦、連れていけません」
「ですが、敵は尼子家と父を裏切った江見家です。私に仇を討つ機会を!」
「貞勝殿。単身、槍を振るって何人の敵が倒せますかな? 兵も率いず、たった一人で槍を振るい敵兵を殺したところで、何の仇が討てるのですか?」
「……それは」
「今は、連れてはいけません。……ですが、高田城を取り返す戦いならば、三浦貞勝殿の名のもとに多くの兵を集め、先頭に立って父上の仇を討っていただきたい」
高田城は美作と伯耆の境にある。攻めてきた尼子家を押し戻せない限り攻められない、だが先の見えない戦場に血気に逸った少年を連れて行けば無為に死ぬだけ、
「どうか、春家と共に乙子城に留まり下さい」
「…………はい」
そんな思いは十分に分かっているはず。しかし、貞勝は何の役にも立てない自分の力不足を言葉に出来ず、苦い薬を飲み込んだような顔をしていた。
(城を落とされるとはそういう事か……)
家族の命も奪われ、居るべき場所を失う。
戦国の世の常と言っても、当人たちにしか分からない思いがそこにある。自分の足元に火が付かなければ、合戦を利で判断しようとしてしまうが、城が落ちる度に、そこに住む人の数だけ同じ悲劇が生まれている。
(行かなければならない、一つでも城を守れるなら)
三浦貞勝の姿が、幼き日に城主の祖父を殺され城を追われた記憶と重なったのかもしれなかった。
「天神山城に向けて、出陣するぞ!」
宇喜多直家の号令に、気炎を上げた兵士たちの歓声が答えた。




