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戦国異伝~悠久の将~  作者: 海土竜
天廻争乱
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高田城の戦い

 高田城は旭川が南から東へ向きを変える位置に建てられていた。

 大きく湾曲する川を天然の堀とした堅牢な城であったが、山の間の狭隘な土地で多くの兵士を養える城ではなかった。それは大軍で攻め難いとも言えた。


「ようやく城が見えてきたな」


「八兄い、やっぱ貧乏くじを引かされたよな。こんな山の中で戦っても……」


 元服して忠家と名乗っている弟の七郎は、高田城への道中、ずっと愚痴をこぼしていた。

 しかし、それも利点だと考えていた。

 大した手柄もうま味も無さそうな合戦であればこそ、宇喜多直家のような末席の家臣が全権を任されて戦えるのだ。大きな戦で駒の一つとして動きが取れなくなるよりは、ずっといい。

 馬の背の上で心地よく伸びをして直家は答えた。


「そう言うな。他の者の下につけられて、自由に動けなくなるよりは良いだろう」


「うーん、まぁそれはそうだけど」


「それに尼子家を何度も撃退した三浦貞久の用兵を学べれば、それ以上の褒美はないし、家臣の牧尚春は当代一の猛将と聞く。一度は会っておきたいものだ」


「用兵って言っても、こんな狭い土地でどうやって兵を動かすんだよ?」


 忠家は不満そうであったが、直家は流れに沿って登ってきた旭川を眺めていた。

 この川は山間を蛇行しながら児島湾へと流れ込む。それは沿岸の安全を確保すれば備中へと物を運ぶ水路として使える。つまり水軍を編成する船を作るだけの木材を確保する事が出来るのだ。


「……そのために、後いくつ城を取ればいいのか」


「ん? 八兄い、何か言ったか?」


「いや……、あれは?……」


 直家の返事を遮ったのは、城から砂煙を上げて駆けて来る騎馬の姿だった。二十歳半ばの壮観な武者は立派な前立ての付いた兜をかぶっていた。


「宇喜多家の方か、よくぞ参られた。私は三浦家の家臣・牧官兵衛、敵襲中ゆえ馬上から失礼しますが、ひとまず、こちらから城へお入りください」


「出迎えありがとうございます。しかし敵が攻めてきているなら、我らも前線に向かいたいと思います」


「はっはっは、それには及びません。敵は寡兵、斥候でしょう。今頃は、父の牧尚春が川向うで迎え撃ってますので、軽く蹴散らしておりますよ」


「しかし……」


「先に城に入って兵を休ませられよ」


 半ば強引に城へと案内された。

 尼子家の大軍が迫っているというのに、城主の三浦貞久が自ら出迎えており、豪胆と言うよりは暢気過ぎる態度であると思ったが、そのおかげか城内には余裕さえ感じられる雰囲気が漂っていた。


「よくぞ参られた!」


「浦上宗景の命により加勢に参りました、宇喜多直家でございます。三浦家と浦上家は浅からぬ縁、我らも全力をもって……」


「堅苦しい挨拶は抜きにして、寛いでくだされ。これが息子の貞広で、こっちが孫九朗。今年、娘も生まれたばかりでしてな」


 礼を欠くとさえ思える三浦貞久の言動に気圧され戸惑っていたが、尼子家と毛利家の間で城を守り続けるのは、日々どれだけの緊張を保たねばならぬか想像するのは難しいだろう。風に揺れる葉にさえ怯えなければならない日常を平然と暮らしていける者などない。兵が逃げ出さずにいられるのも、合戦が迫っても上に立つ者が余裕のある態度を見せているからであろう。

 そう考えてみた所で、この城に迫る尼子晴久の大軍を知っている直家には不安を、掻き立てられ、どうも居心地が悪い気分で無礼は承知でも聞かずにはいられなかった。


「貞久殿。尼子家の兵は目前まで迫っております。武器、兵糧の貯えは如何ほどか?」


「兵糧? うむ、今宵の宴には十分な量があるぞ」


「……(これが一城の主の言葉なのか?)」


「いや貞久殿、尼子家の兵は多く、合戦は長引くと思われます。籠城するに当たっての備えは……」


 軽く手を上げて話を遮った三浦貞久の表情が一瞬だけ鋭く刃物のような輝きを放った。


「籠城は、しませんよ……。城に籠り敵が去るのを待っても、田畑が荒れれば領民は暮らしていけない。合戦など、勝つも負ける野戦で一蹴すれば良いのです」


「何ですと……?」


「はっはっは……、そんな顔をせずとも、負ける心算はありませんよ。直家殿の他に江見氏の援軍も、もうじき到着しますし。それに、娘の融の成長も楽しみですからな、是非、直家殿も顔を見てやってください。……可愛いでしょう、将来は美人になりそうでしょ? おっと、娘はやりませんよ?」


 家族を思う父親の顔と、鋭い戦国武将の顔と、目まぐるしく表情の変わる貞久に、どちらが彼の本性か分からなくなりそうだった。だが同時に、それがどちらでも良いと思えるくらいに、合戦への緊張が解きほぐされるようであった。



 三浦貞久の言った通り、山間の街道に布陣して尼子晴久の軍を迎え撃つことになった。

 直家は山に布陣する左翼を任され、街道に布陣する牧尚春の部隊に釣られて引き出された敵の先陣を上から攻撃する役目を与えられたのだった。

 牧尚春に率いられた兵士たちは、狭隘な平地で起伏にとんだ地形をうまく障害物に見立てて見事に尼子家の兵を誘き出し、合図に合わせて矢を放つだけで、次々に敵兵を倒す事が出来る。


「何と見事な……。これほどの巧みな用兵は見た事がない……」


「まったくです、兄上」


「あれだけの城がありながら……」


 天然の要害とも呼べる高田城に居を構えているなら、籠城して持久戦に持ち込もうとするのが常の兵法であろう。


「これが合戦。……俺たちの戦う意味か」


 直家は山間の小さな城と、どこかで侮っていた自分を恥じていた。

 城は堅牢であれば、兵が精強であれば、武具を揃え、数を揃えれば、負けはしないのだと思っていた。

 それでは相手の兵がより強く、より多ければ負けるのか?

 ここでは、将が、兵が、周辺の地形を知り尽くし、どう動くべきかを理解している。

 何のために戦うのかを理解している。

 だからこそ、何年も城を守り続けられたのだ。

 だからこそ、戦が出来るのだ。

 兵の一人一人が何をすべきかを理解し、将が最良のタイミングで動かす。

 これが用兵術なのだ。

 これが合戦なのだ。

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