松永の裏切り
戦乱の予感に誰もが慌ただしく駆け回り、どこへも逃がす事の出来ない不安感を紛らわそうとしていたが、暗雲を伴う嵐が近づいてくるような生暖かい風に運ばれてくる姿の見えない物に犬が吠える。
ある者は太鼓を打ち鳴らすような大地の震えに高揚感を覚え、ある者は厚く垂れこめる雲に背を丸める。どちらにしても平穏な日常が終わろうとする不安に怯え、非日常の高揚感に恥じていたのだった。
そんな不穏な雰囲気の漂う京の屋敷で慌ただしい足音が秀頼の元へも駆け寄って来る。
「秀頼様、大変です」
「どうした千絵、お前もみかんを食うか? みかんは食べだすと止まらんな」
「みかん食べている場合じゃないですよ~」
「折角、盛親が四国から送ってくれたみかんだぞ? 痛む前に食わないとな……知っているか? みかんはこのヘタの部分で中の房の数が分かってな、これだと、10個、いや、8か? なんか数えにくいな、これって皮むいた方が早いんじゃないのか?」
「房の数はどうでもいいのですよ~。それより大変なんです」
「房の数が増えれば増えるほど、白い筋を取る数が増えて大変なんだぞ。この白い筋をたべると消化できなくておなか壊すからな。……盛親の奴、それを狙ってみかんを送って来たのか!」
「肉食獣ですか! それくらい消化できますよ。大変なのは、北から安東家が攻めて来たのですよ~」
「まさか、奴もみかんを狙って?」
「狙っているのは、京ですよ~」
「そうだよな、クマはみかんとか食えないだろうし」
「クマはみかんも食べますよ~」
「なんてクマだ! まさかみかんが食えるとはただものではない。だがしかし、みかんが食えるなら必勝の策がある」
「もうすでに策を用意してらっしゃったのですか~」
「こうやって、食べ終わったみかんの皮をきれいに繋ぎ合わせておくと……、まるで新品のみかんがあるように思える! このみかんを取ろうとすれば中身の無いみかんの皮は抵抗もなく崩れ去ってしまい、それは腐ったみかんを掴んでしまったんじゃないかという恐怖を味わせるのだ。一度この罠にかかった者は二度と気軽にみかんに手を伸ばせなくなってしまう恐るべき罠だ!」
「秀頼様、上手く皮が丸まってくれませんよ~」
「そういう時はだな、白い筋を集めた奴を丸めて入れて置くんだ。こいつは見た目のインパクトもかなりのものだぞ」
「なるほど~」
「おい、秀頼。大変だぞ! おっ、みかんか、俺も一つ貰おうかな」
「将軍、慌てて何が大変なんだ?」
「おお、そうだった、みかんを食ってる場合じゃない。実はな……ギャー!」
「どうした? ……これは、まさか! 千絵のみかんトラップに足利義輝が引っ掛かったぞ!」
「やりました! 成功ですよ~」
……なんて奴だ。初めてのみかんトラップで、天下に名をはせた剣豪将軍に悲鳴をあげさせるなど、天武のみかんの才が無ければできはしない、もしや、こいつも生まれた時に植えられたミカンの木を持っており、生涯その木のみかんを食べ続けるという四国人か!
「変なもの作りやがって、それより大変なんだ。松永久秀が裏切ったんだぞ!」
「なんだってー! あれ程かたく天下を取ろうと誓い合ったというのに……」
あれは初めて出会った日に……あれ? どこでであったっけ?
なんか、こう、あーんなかんじで……。まぁいいか。始めから裏切りそうな雰囲気だった気もするし、いやかえってあそこまで裏切りそうだと、裏切らないパターンで来るかとも思っていたんだが、やっぱり裏切るのか。
「安東や北条の進軍を松永が手助けするとなると厄介だぞ」
「その程度、問題はない。小田氏治を迎撃に向かわせるぞ!」
「実は氏治も、小田城が心配だからと帰ってしまってな」
「なんだと! あんな日曜大工で建てたような城を守ってどうする! どいつもこいつも肝心な時に役に立たん……。千絵、準備をしろ!」
「はい、逃げ出す準備は出来ていますよ~」
「違う! 出陣だ。この天下人が自ら松永久秀を討ち取ってやるぞ」




