連歌百韻
山道をそれほど進まぬうちに、二人の門弟を連れた宗祇に追いついた。
「参られましたか。残念ながら休んでいる時間はありません。先を急ぎましょう」
「はい、六角家と斯波家が兵を進めたとの話ですが」
「ええ、幸いにも足並みはそろっておりません。六角高頼は直ぐにでも攻め込みたいでしょうが、斯波家は、遠江の今川家の様子が気になって動けないのです。……ですが、兵を動かそうとしたことを京極家に知られたとあっては、直ぐに行動に移るでしょう」
「望月家とは、顔を合わさないように、こちらへ来たつもりですが」
「それも、油断できません。私どもの動きから、推測する事も容易く。どちらにしても望月家の腹の内次第。急がねばなりますまい」
急ぐことには異論はなかった。急いで美濃に入ればそれだけ準備に時間を取れるし、近江の戦況に合わせて情報を伝えに戻る事も出来る。
甲賀から東に夜通し山道を歩き、明け方少し仮眠をとって、南から美濃へと入った。
おかげで、かなり余裕を持って斎藤妙椿と宗祇が会う連歌会の会場の下見や周辺の様子も探る事が出来たのだった。
「一条冬良の居場所は分からなかったが、斎藤家はかなりの兵を近江との境に集めているぞ」
「近江の戦を牽制するため……。これだけの兵を用意して、そんな甘い考えで済ます訳はないか」
「兵を用意している場所も問題だ。西に峠を越えれば、近江八幡の北側から攻められる。南の六角、斯波家に呼応して攻めるつもりなのなら、逃げ道はないぞ」
「斎藤家と斯波家の連合なら有り得るな。動く前に退却すべきか」
「いや、京極政経の相手は、あくまでも京極高清だ。目の前の敵と戦わず退けば、そのまま追撃される。それは避けたい。京まで撤退するには川を渡らねばならないからな」
「しかし、高清と戦ったところで……」
「そうだ。時間をかければ疲弊するだけ、高清を倒してしまえば、南と北から挟み撃ちに会うのは間違いないだろう。ならば残る手は、優勢に戦を続けつつ撤退。これしかないな」
「そんな事が、出来るか?……」
「総大将の多賀高忠に、この話を納得させるのは、旦那しかあるまい。他の誰にも代わりは無理だな。斎藤妙椿の足止めは、宗祇先生の連歌百韻に任せてればよいだろう。百の歌を作るのにどれだけ時間がかかるのか分からんが、そう短くはないと思うしな。後は、俺たちが一条冬良を京まで連れ帰えれば、全て丸く収まる。問題は、当の本人が、どこにいるかだが……」
「経久様。一条冬良殿が見つかりました!」
疑問を口にしたとたん、間の良い事に、宗祇の門弟が情報を持って駆け込んでくる。
「明日の連歌会に、出席するため斎藤妙椿に連れられて、こちらに向かっているそうです」
「なるほど……。それなら、会場から連れ出すのが良いかもしれんな」
「移動中の方が警備が少ないんじゃないのか?」
「いや、連歌会の会場に兵士が近づくのを無粋と言って、斎藤妙椿が嫌うのでな。こちらの人数も限られるが、かなり自由に動けるはずだ」
「ふむ……そうか……」
しばらく考え込んでいたが不意に顔を上げた。
「肝心な事を忘れていた。俺は一条冬良の顔も斎藤妙椿の顔も知らんが、出席者からどうやって見分ければよいんだ?」
「俺もあったことはないが、一目でわかると思うぞ? 一条冬良殿は十二歳だ。子供の出席者は他に居るまい」
「……ん? 一条兼良の息子じゃなかったのか? 兼良は七十は過ぎているだろう?」
「兼良様と言え。元とは言え太政大臣だぞ? たしか、今年七十四だ。冬良殿は、二十三男に当たる」
「……おいおい、いったい何人子供がいるんだ?」
「さぁ、良くは知らんが、今年の春にも娘が生まれたらしいぞ」
「武家にしても、公家にしても……。もしかして、無双の才人って、そういう意味なのか?……」
華模木は納得がいかないように頭を抱えていた。
初めはどんな思惑も、そんな些細なものであったのであろう。
そんな小さな人々の思惑が集まり、疑惑を生み、欲望を呼び、策謀を巡らし、野望となる。
それらが巨大な渦となって近江八幡の戦場を動かし始めていた。




