種珠庵 2
「まぁ、そんな事は良いではありませんか。今日は、是非とも先生にお尋ねしたいことがありまして」
多賀高家が話に割って入る。
助け舟としてはありがたかったが、どちらも消化不良と言うか、下げようとした頭を途中で止められたようで、なんとも間が悪い。
経久は苦笑いを浮かべたが、盛時は、より不快に思ったのだろう。言葉の矛先が高家に向いた。
「どうせ、近江の話でも聞きに来たのであろう。おのれの実力を顧みずに、口先だけで手柄を立てようという愚か者の考えだろう」
「ん? いや、俺たちは……」
「戦とは、敵を切り倒す気迫と気迫のぶつかり合い。一騎残らず討ち果たす気迫がなければ、情報も策も意味をなさん。その、見掛け倒しの大刀と同じよ」
「そう、そう、その刀の話だ……」
かみ合わぬ高家の答えに、ふっと見下すような笑いを漏らした。
「お前らのような奴らが、先生の教えを聞こうなど片腹痛いは」
「ふむ……。経久殿は、戦をどうお考えか?」
宗祇から不意に尋ねられ、ぎくりとした。
すぐに答えようにも、向けられた問は捕らえ処のないような大きなものである。
「戦……ですか。……諍いを解決する手段、その一つであっても、全てではない。民の命を無駄にするなど、あってはならない。他に用いれる手段があれば、他の手段を用いるべきかと」
「京に住み公家になったつもりか? 焼け野原となった京を目にしても、その腑抜けよう。自ら命をかけ、血を流す本物の戦を知らぬ奴らのきれい事、武家とは思えぬたわごとよ!」
自分の答えには自信があった。だが、伊勢盛時の言葉は、武士としての力強さを感じさせ、聞いている方も熱い物が込み上げて、胸の内が何かが揺らぐ。
それを聞いていた宗祇は、深く長く息を吐く様に、とてもゆっくり答えた。
「……勇ましさ、も良いでしょう。……しかし、平安な京に居ながら、戦の熱にうなされ、きれい事も言えぬようでは、戦場では、地に足が着かずに、立つも座るも思うに行かず……」
「地に足が着かなければ、振り回した刀を振り下ろす場所もわからず、斬るべき相手も見えはしない。と言う事ですか?」
「場所によっては、門も壊すからな」
華模木の横やりに、どんな表情を作るべきか迷い、咳払いをするかのように口元を押さえた。
「…………馬鹿を言うな」
咽ながら言葉を吐き出すも、それをかき消して伊勢盛時の怒号が上がる。
「私は、戦場で舞い上がったりしません!」
立ち上がった盛時は眼前に迫る騎馬武者を思わせるほど威圧的であったが、宗祇の穏やかさは、少しも損なわれていなかった。砂埃の舞う戦場のただなかでさえ、茶を点てられるのではないかと思えるほどに。
「頼もしい事です……。考えや行動も十人十色、だからこそ皆さまなら戦場でも判断を誤らず動けるでしょう。その様な皆様に、折り入ってお頼みしたい事があるのです」
宗祇の言葉のあいだに取った僅かな間は、冷たい空気が流れ込み緊張が張り詰めるに十分な間だった。
「太政大臣・一条兼良様のご子息・一条冬良様を、美濃の斎藤妙椿の元より取り戻すお手伝いをしていただきたいのです」
美濃の斎藤家と言えば、守護代ではあるが戦乱の中、周辺の豪族を取り込み守護職の土岐家を凌駕するほどの勢力に成長した西軍の東の要であり、京極政経の家督争いの相手、京極高清の後ろ盾である。
「宗祇先生の御頼みとあらば、是非とも引き受けたいのですが、我らも出陣を控えた身で……」
「兵を率いてしまえば、他に目を配る余裕はありませんか。それも仕方ありません……」
決して大袈裟な素振りではない、落胆したようなため息に、胸が締め付けられるような思いが込み上げてくる。
それは、目の前の宗祇と言う人物に認められたいという思い、落胆させてしまったという心苦しさであった。
「お任せください!」
明朗な伊勢盛時の声が響いた。
そこ声に籠る決意からして、小さなため息に同じ思いを抱いたのであろう。
「美濃は、駿河への通り道。東海道を平定するついでに、一条兼良様のご子息も助け出してまいりましょう」
「我らも……」
思わず口をついて言葉が出たが、駿河まで出兵する伊勢盛時と比べれば、近江へ向かう京極家は美濃の手前で戦う事になる。
相手を倒さねば先に進めないとなっては、とても救出の役に立てそうにない。
「近江で戦っている京極家が美濃で何をするというんだ?」
反論する言葉もなかった。
東軍に繋がりを持つ伊勢家なら、斎藤家から人質を取り戻す手段もあるかもしれないが、京極家、京極政経は、斎藤妙椿と話し合えるどころか、敵対関係にある。
「はっはっはっ、宗祇先生、この盛時に任せて、御ゆるりとお待ちください」
押し黙った相手に勝ち誇った大袈裟な高笑いを残し、盛時は種珠庵の崩れそうな門をくぐって出て行った。
「武人としての気質は素晴らしい。数年もすれば、盛時殿の勇ましさは、天下に鳴り響く事でしょう……」
伊勢盛時に向けられた宗祇の賛辞を唇を結んで聞いていた。
「……ですが、この度は、京極家の方々にこそ、お力を貸していただきたいのです」
そう言われれば、宗祇の期待に応えたいという思い、伊勢盛時と競い合う思いが相まって、断る事など出来ようもなかった。




