ぬれた花
「振出しに戻って探さなきゃいけないか」
「そうでもないぞ。集まった連中を見ていると、武家相手なら使用人でも顔を合わすのを避ける流民たちだが、一部の流民たちは進んで挨拶に行っていたんだ」
「旦那の周りみたいにか?」
経久の周りの手伝いに来たのか遊びに来たのか分からぬ流民の子供たちを指さした。
「もっと礼儀正しかったさ。それとなく、どこの家の者か探ってみようとしたが、挨拶をしている流民たちもどこの家なのかは知らないらしい。ただ、世話になっただけと」
「使用人たちが勝手に世話をしていたのか?」
「それが、結構高価な薬を配ったりもしていたらしい」
「なるほど、かんざしの君か。それで、どこの武家の姫君だったんだ?」
「それが、その辺りにあるのは、吉川経基様の屋敷だけなのだ」
「こっそり忍び込むか?」
「正面から挨拶に行ってくるよ」
「まさか、一人で行く気なのかい?」
華模木は奇妙な表情で見返した。
「お前の着物が乾くまで待ってはいられないからな」
「雫もしたたる花の衣と言えば、天人天翔の羽衣の美しさを例える言葉だぜ?」
袖をもって両手を広げて見せる。
地面を打つ水滴は、雫どころか大雨か滝だ。
「覚えとくよ」
華模木を残して、吉川経基の屋敷に向かった。鴨川の近くにあるため、挨拶に顔を出すのは道理にかなっている。
もちろん、ただ挨拶に来ただけとは思わないだろう。
礼儀に反しないように正装して尋ねたが、通された部屋で待ち構えていた吉川経基は、朝倉孝景との会見と変わらぬ殺気とも言うべき気迫であった。
「よくも、私の前に出れたものだな」
「屋敷の周囲を騒がしてしまい、申し訳ございません」
「奉公人までもが、自分の役目も忘れて出払っており、返って屋敷の中は静かになったは」
「今回の計画が道半ばで終わらなかったのも、吉川家の方々のご尽力があってのこそでして、ありがとうございます」
「はなから巻き込むつもりであったのであろう」
「滅相もございません」
「まぁ、よい。川から何を探し出した?」
「……何も。骸の山くらいなもので、何も見つかっておりません」
「骸か……。伊勢貞親の骸は、万里小路家が引き取ったというが、いつ弔うのか、葬儀の話を聞かんな」
「万里小路春房の実家ですか。公家も底が見えぬほど深いですからね」
「まわりくどいのは好かん、はよう申せ、来たからには何か証拠をつかんだのであろう」
「証拠など、とんでもございません。ですが、この度ご迷惑をおかけしましたので、ご息女様に贈り物をさし上げたいのですが」
「……渡したら、さっさと帰れ」
吉川経基は不機嫌に言い放つと、大股に歩いて部屋を出て行った。
足音が遠ざかるのを待って頭を上げると、吉川経基の出て行ったのと反対側の襖から奥へと向かう。板張りの廊下の続く先の、見事な庭に面する一室の襖が開けられ代わりに御簾が下ろされていた。
「何ようですか」
傍らに控える女官が問いかける。
「美しい花を見つけましたのでお持ちしました。お嬢様にお似合いかと存じます」
膝をつき、懐から布の包みを取り出して、手のひらの上で合わせをめくってかんざしの花飾りを露わにする。
「朝から賑わしいと思ったら、川から拾ってきたのかしら? それが私にふさわしいと?」
「お嬢様には、雨露に濡れた花の美しさも及びますまい。しかし、これは珍しい草花を扱う店で見つけました」
「まぁ……、それはひものかしら?」
御簾の奥から堪えた笑いが漏れる。
「干物を扱う店には、相応しからぬ物でございます。手に余る物を手にするのは不幸な事ですから」
「あの御人にかんざしは使い道がありませんでしたか?」
「お嬢様がお手を煩わせなくとも、川底に落とされたのなら川をさらって、火にくべられたのなら灰をさらって拾ってきますので、いつでもお申し付けください」
「…………」
御簾の奥からは、さわさわと衣擦れの気配はするものの返事はなかった。
何か話を続けようとすると、女官が無言で退出を促す。仕方なく、人の気配の消えた御簾に頭を下げて、吉川経基の屋敷を後にした。




