疑惑の向く先
「ふーん、最近、身分の高い武家の方々が走り回っているのはそういうわけだったのか」
華模木は、大した興味も無さそうに答えた。
「一大事なんだぞ? 政所直々の命だからな。それに、もし犯人として疑われでもすれば、幕府の敵にされかねない」
「朝敵ね……。俺たちにはいい迷惑だよ。町人が将軍の宴の席で毒を盛れるわけでもないし……」
「しかし、料理や酒に混ぜる事は出来るだろう?」
「宴に参加した者を全員標的にした暗殺なら、調理中の料理や材料に毒を混ぜる手も使える。だが、運ばれる前に事が露見する可能性の方が高いな」
「そうだな……。それに、町人が伊勢貞親を狙う理由もないか」
「金で雇われて……くらい、だろうな。それならそれで、犯人は黒幕がいるわけだが、そっちの心当たりはないのか?」
「家督争いならば、隠居した貞親より、息子の貞宗を狙うだろう。貞親と貞宗の親子も以前より政策の違いで仲たがいをしていたらしいが」
「隠居した親に毒を盛るほどに、って事はあるまい」
「そうだな……その政策と言うのが、細川京兆家と山名家を争わせる一因となったものだから、争いで犠牲になった誰かという線はどうだ?」
「両家の争いの遺恨で暗殺されたと言う事か。それも実権を失ってからでは遅いだろう」
「東軍と西軍の争いにしても、暗殺するのが伊勢貞親では的外れもいいところ。有力者なら誰でも良かったのかとも考えたが……」
「それで、将軍の宴で暗殺を企てるには、無謀だな」
もっと警戒の低い場所がいくらでもある。
「危険を承知で伊勢貞親を狙ったのだとしたら、その場所で命を奪う理由があったはずだ」
「相手への脅し。力の誇示。そうであっても、伊勢貞親を選んだ理由があるはずなんだろ?」
「考えられるとすれば、隠居してからの最大の功績。個人的に付き合いの深かった朝倉孝景を東軍に寝返らした件だろうな」
「朝倉孝景が東軍に付くのを良しとしない者か。しかし、見当をつけるのがさらに難しくなるんじゃないのか? 朝倉家の動向となると、どちらの陣営でも気になるはずだろう」
「そうだが、大きな武力を持つ朝倉は、西軍でも危険視されていたのだ。味方であればこそ、意見が食い違えば泥沼の戦いになる。だからこそ、大内家をはじめ、他の大名家も異論をはさまなかった」
「そういう事か。朝倉孝景を寝返らせたという手柄の裏で、厄介ごとを押し付けられたのは……」
「吉川基経殿だ」
言葉を継ぐように答えたが、華模木も同意するように無言で軽くうなずく。
「朝倉家と吉川家は、武闘派を束ね武力を率いて戦場を征する同じ役割を担う。同じ戦場で出くわさなくても、目的のためには、競い合わねばならない場合もあるだろう」
「先の鞍馬会見で毒を盛られた吉川基経が、報復のために伊勢貞親を殺した?」
「そう推測する者たちが出て来るだろうな。だが、それが事実とされてしまえば、吉川家と日野家、ひいては将軍家が対立する事になりかねない」
「なんてこった。怪しい連中の無実を証明するために、当たり障りのない犯人を捕まえねばならないというのか? そんな事のために、町の誰かを犠牲にするなんて、旦那の頼みでも御免だぜ!」
「そうならないために、真相を解明しなきゃいけないんだ」
「それでは、誰の罪を問えるというんだ?」
「証拠を揃えてから考えるさ……」
話を終えたかのように、華模木は背を向けて歩き出した。
「おい、待てよ。どこ行くんだ、まだ話が……」
「下京の薬屋だよ。早いとこ済ましちまおうぜ」




