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戦国異伝~悠久の将~  作者: 海土竜
日ノ本燎原
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鞍馬の会見

 朝倉氏景を乗せた車の護衛として、尼子経久たちは鞍馬へ向かっていた。


「俺たちは何時まで付き合わないといけないんですか?」


「そういうな、朝倉家の従者と名乗っているんだから」


 吉川経基が取り付けた約束では、越前から兵を率いて進軍した朝倉孝景から迎が来ているはずである。


「何でもかんでも、護衛の頭数を揃えようとするところが、武家の悪い所ですよ。味方の振りして、誰が紛れ込んでいるか分かった物ではない」


 そう言った華模木が一番この場にふさわしくない格好だが。


「そのための護衛だろう。互いを警戒させる意味合いもあるのさ。西軍だけでなく、朝倉と細川を争わせて得をする奴等も居るって事だな」


「ほう、面白そうな話をしているな。貴様らには俺も聞きたいことがあるからな」


 見上げるほど上から吉川基経の声が振ってくる。


「細川成之には、面倒ごとを押し付けられたが、貴様らには最後まで付き合ってもらうぞ」


「経基殿が勝手に引き受けたようにも見えましたがね」


 華模木がぼそりと皮肉をこぼした。


「ふっ、細川家に主導権を握られるよりはましだからな」


 煩悩を捨て去った僧のような姿が目に浮かんだ。

 俗事に興味のなさそうな細川成之も権力争いから降りてはいないのか?


「朝倉を東軍の旗頭にする気もないしな」


「いいんですかい? そんなこと言って」


「お前たちも朝倉の者ではないだろう」


「あっ……いや……」


「朝倉孝景にしてみれば、京に氏景を置いておく方が都合が良い。たとえ殺されていたとしてもな」


「それは、どういう意味です」


「救出であれ、仇討であれ、自分の都合で京へ攻め上れる、という意味だ」


 大名家の子弟とはそう使われるものか。それならば氏景の怯えようも納得がいくが、同じ人質としての立場である自分に置き換えて見る気にはなれなかった。敵軍への人質ではなく、主家への人質であると、違いを強調して誤魔化していた。大した違いがあるとは思えないのに。


「吉川様、お待ちしておりました」


 声に振り返ると、着飾った使者が山道の端に並んでいた。朝倉家の出迎えだった。吉川経基の姿を見つけると順番に隊列に加わる。礼儀に伴った格好であるのだろうが、山道を歩きにくそうに先導する華美に着飾った使者は古い絵巻でも見ている様で滑稽だった。


「道中悪路が続き、到着が遅れておりまして、先にお寛ぎください」


 恭しい挨拶の後、山間の寺の座敷に通されると、簡素ではあるが宴の用意がなされていた。とは言っても、朝倉家の主催する宴だけあって、鮎の塩焼きに山菜の天ぷらなど贅を尽くした食事が出され、宴も半ばとなると、気が緩んでいた。


「しかし、朝倉孝景殿は、まだ到着せんのか?」


「あの格好では、山道に時間がかかっても仕方あるまい」


 どっと笑い声が上がった。

 出迎えの姿を見た時、誰もが頭によぎっていた軽口に吉川基経の側近たちでさえ失笑していた。

 尼子経久も控えめに談笑を楽しみつつ汁物の入った椀に手を伸ばすと、それは、パンと音を立てて膳の上から飛び去った。突然の事に、声も出せなかったが、周りを見ると一目瞭然、隣に座っていた華模木が刀の鞘で椀を叩き割ったのだった。


「何をする!」


「無礼者!」


 声を上げたのは、吉川経基の側近たちであった。運悪く床に跳ね返った椀が基経の膳の上に飛び込んだのだ。立ち上がると同時に腰の刀に手を伸ばしていた。

 だが、刀が抜かれるより先に華模木の声が響いた。


「皆様方、汁物に手を付けてはなりません! この汁物は、猛毒の唐場流豆にございます」


「まことか!」

 

 一斉に立ち上がると迷いなく厨房へ向かった。

 だが既に手遅れだった。事情を知らぬ寺の者たちを除いて、料理を用意した連中は自ら毒を煽って息絶えていた。


「何処の手の者か、白状させる前に息絶えておりました……」


「……やはり、証拠は残さぬか」


 護衛の報告に、吉川基経が静かにうなずく。


「この手際の良さは……」


「刺客が命を絶つ潔さだけではない。料理の味付けも、塩味の濃いもので喉が渇きやすくなっている。朝倉孝景との会見が控えているとなると、酒で喉を潤す訳にもいかず、汁物に手が伸びる」


 ふと、皆の視線が一人に吸い寄せられる。宴会の初めから食事にも酒にも一切手を付けていなかった朝倉氏景だ。


「なっなんだ! 私は関係ないぞ! いつ毒殺されてもおかしくないのに、暢気に食事など出来るほうが気が知れん!」


 身もふたもない言い訳だが、事前に知っていた訳ではなさそうだ。氏景を狙っての暗殺でもないだろう。それなら、もっと楽な方法があるだろうとも思える。


「やはり、吉川基経様を狙っての刺客」


「朝倉め、騙し打ちとは卑怯な」


「ここはひとまず京へ戻った方がよろしいかと」


 口々に引き返すことを勧める側近たちを基経の視線が順に威圧する。だが、基経は独断で他の意見を聞かぬ主君ではない。


「引き返すべきだと思うのか?」


 しかし、基経の迫力の前で声を出せる者が居るだろうか。それでも答えねばならない。経久はそう考えていたが、先に沈黙を破って側近の一人が声を出した。

 

「……無論です! これほど周到な相手、他にどのような策があるかしれません」


 誰もがそう考える。意見を求められると言う事は、さらに先を答えるためだ。


「今、引き返せば、朝倉家は二度と氏景殿の引き渡しに応じはしますまい」


「黙っておれ、小僧が!」


 側近の叱咤が飛ぶが、基経が軽く制す。


「続けろ」


「吉川家で氏景殿の身柄を預かる事となれば、人質としてなら朝倉家が今後どう動こうと、人質を取った方からは攻められず、また、捕虜と見るなら捕虜を奪還するとして、朝倉からは攻め込む大義が出来ます」


「それだけでも十分、手元に置くには危険か」


「それに、越前より遠出してきた朝倉方に、これ以上、策を準備する時間があったとも思えません」


 上手く回答を引き出せたと思った瞬間、自分の言葉に違和感を感じた。

 朝倉があれこれ策を弄するには遠すぎる。つまり、刺客を放ったのが他の大名家である可能性もあるのだ。勢力圏の距離から考えれば、西軍筆頭の山名家の方が本命だ。朝倉家が刺客を送ることが可能なら畠山家もあり得る。だが、会見の正確な日時を知り、距離的にも十分近い位置に居るのは、細川成之しかいない。


「よし、止めよ」


 頭の中を見透かされたように話を止められた。


「他に意見はないな? ならば、ここで朝倉孝景を待つ」


 吉川基経はきっぱりと言い放った。後は静かに時を過ごし、何事も無かった様に氏景の引き渡しが終わり、京への帰路についた。

 命のやり取りがあったにもかかわらず、真相は解明される事なく闇の中へ。

 これが戦国の世の交渉か。味方同士、顔を合わせるだけでも、平穏には済まない。

 そう言うものであった……。


 峠から見下ろす京の町は夕日に赤く染め上げられていた。

 だが、それも同じ色ではなく、それぞれが違う赤で輝きを放っていた。

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