尼子家の屋敷
日の高いうちに屋敷に戻ると、少しばかり自由にふるまえる時間が持てる。下京に繰り出して酒を飲みに行く連中もいるが、尼子経久たち年若く京に来て日も浅い者の懐では少々厳しかった。
「飲みに行かないのか? 経久も暇なんだろ」
「暇は暇だが……尼子家の屋敷を見に行こうと思ってな」
「屋敷? 焼けちまって瓦礫しかないだろ」
「それでも、屋敷には違いない。戦が終われば他の屋敷も建て直すだろうし、片付けておいて損はないだろう?」
「戦が、終われば……な。くれぐれも西軍側の屋敷に近づくなよ」
「ああ、分かっている」
京極屋敷を出て通りを少し歩くと、人が生活している様子もなく廃墟の中をさまよっている気がする。
京極家の有力家臣でさえ、応仁の乱で焼けた屋敷を建て直したりはしていない。大名家でさえ、どこか京の復興をあきらめている感じさえしていた。それでも、通りだけは綺麗に瓦礫が片付けられ牛車の轍が縦横無尽に走る。奇妙な光景だった。
「庭木も焼けているが壁が崩れたのは、火の消えた後だな」
燃え残った家財道具を運び出すのに、閉じられた門より楽な道を選んだのだろう。廃屋を眺めつつ通り過ぎ、尼子家の屋敷跡を探し当てると、表の水路は枯れ、壁は半分ほどが倒壊し瓦礫の山となって残っていた。
「こいつは、酷いな」
崩れた壁から中をのぞくと、焼けた柱が折り重なって倒れ、壁を作って迷路のようになっており、どこから手を付けて良いのか分からないほどのありさまだ。
引き返そうかと考えたが、もう少し中を見るかと、枯れた水路を軽く跳び越え、崩れやすい壁の瓦礫を慎重に踏んで乗り越える。体重をかけると足の下の瓦礫が動いたが、大きく崩れる前に軽く跳んで内側へ着地する。だが、着地した瞬間、転がった瓦礫の破片や地面を踏む自分の足音に交じって、焼けた柱の内側から響く物音が聞こえた。
(何かが居る……)
全身に緊張が走り、咄嗟に刀の柄を握った。
野盗化した足軽たちが京の町の周辺の村を襲っている。町中であっても廃墟と化した屋敷の跡に潜んでいても不思議ではない。
足音を立てぬよう慎重に柱の内側を覗こうとすると、猫が一匹座っていた。
(猫か……脅かすなよ)
気が抜けたようにため息をついた瞬間、「誰だ!」と低い男の声が響く。間違いない、廃屋を根倉にしている野盗たちだ。他にも仲間がいるようで奥から問いかける声が聞こえる。
「どうした? 誰かいたのか?」
「いや、猫だったらしい」
「そうか……」
猫のおかげで見つからずに済んだと逆に感謝しつつ、その場を離れようとしたが、崩れやすい瓦礫を乗り越えるのは見つかる可能性が高い。
足音を立てないように進んで、通りへ抜け出せる場所を探さなければならない。
慎重に足を運んで焼けた木材沿いを進むと、よく見なければ気が付かないが、人の手で瓦礫を片付けたように内側へ通じる通路が出来ていた。
「まるで砦の中だな。盗賊の奴ら、好き放題使いやがって」
隠れる場所も多くあり、簡単に見つからないだろうと気が緩むと、どんな奴らが入り込んでいるのかとの好奇心が沸き上がった。
「こっちに運び込め……」
「……重いぞ、慎重に」
柱の切れ目から覗き込むと、数人の人影が見える。箱のような物を運び込もうとしていたが、その奥では焚火をしているのか、揺らめく影が更に大勢の人間の姿を映している。
(武器か、財宝か……。)
相手の人数からしても確かめている余裕はなさそうだ。注意を周囲に向け表へ出る道を探す。荷物を運び込む盗賊たちの後を通り抜け、その先の壁のように積まれた材木を曲がれば、通りに出られる道が作られているようだ。
静かに距離を詰めた後、走り抜ける。これしかない。
大きく息を吸い込んでつま先に力を籠めると、低い姿勢のまま地面を蹴った。盗賊に気が付かれないように駆け抜け、角を曲がろうとすると、先から小石を踏む足音が聞こえた。
(――誰かいる!)
鞘を押さえつけるように握り、右足に体重を乗せて、刀を引き抜く。
走り抜けながら斬り伏せられる。
そう考えた瞬間、視界に入った姿に目を見張った。
(子供?)
刀の鍔を叩きつけるように鞘に収めはしたが、右足に乗せた体重はどうしようもない。ぶつかって蹴り倒してしまわぬように体をひねってかわそうとしたが、代わりに無造作に立てかけられていた柱に肩をぶつけてしまい、倒れた柱が大きな音を立てた。
「どうした!」
「何事だ?」
瓦礫の奥から複数の声が聞こえる。予想より多い声。だが、今ならまだ奥にいる連中が出てくるまでに通りへ出られる。
しかし、走り出すと同時に、倒れた柱の近くで積み上げられた材木が軋んだ音を立てていた。
地面を蹴って後ろへ飛び、倒れる壁の破片から、逃げると同時に抱きかかえた子供の頭に手を添えて守った。
判断に誤りはなかったと後悔はしなかったが、状況は悪化した。
出口は崩れた壁でふさがり、奥からは盗賊たちが、傍らには子供……。
(……何故、子供がこんな所にいる?)
縛られてもない。捕まっているわけではないなら、盗賊の子供だと考えるのが妥当だ。それなら、斬り合いになっても端に身を隠していれば問題はない。奥から出てくる盗賊を斬り伏せて、自分の身を守るだけだ。
子供を材木の影に押しやり、刀の柄をしっかりと握った。
「すごい音がしたぞ?」
「押すなよ。ちょっと待てよ」
兵士と違って寄せ集めの盗賊に統率が取れる筈もないが、それにしてもひどい。奥から様子を見に出て来ようとする者に押されて、箱を運んでいたものは背を向けたまま下がってくる。
斬ってくれと言わんばかりだが、両手を荷物でふさがった相手を背中から斬るなど、盗賊相手でも出来るものではない。
「動くな!」
代わりに警告をしたが、それが返ってまずかったのだろうか?
「ひっ、だっ誰だ!」
「刀を持っているぞ!」
奥から悲鳴が上がり、振りむこうとした男は驚いて箱を落とし、丸い球が転がりだす。
(――炮烙玉か!)
考える間もなく倒れた材木の壁を駆け上がり逃げ出そうと背を向け、踏み出そうとした足に押しやったはずの子供がしがみついていた。
(俺を逃がさないためか?)
いや、考えている暇はない。子供を足から引きはがし、抱え上げたまま瓦礫を駆け上がる。
「待ちやがれ!」
背後で盗賊の怒号が上がったが、もう遅い。一足早く、瓦礫を乗り越えれば逃げ切れる。安心したのもつかの間、見上げた瓦礫の山の上に腕を組んで立つ人の姿があった。
「これは、経久の旦那。牛追い童の仕事は、休みですかい?」
見覚えのある派手ながらの着物。
「お前は、華模木……」
あの男だった。




