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生徒会は兼業です  作者: 羽田共也
3/10

第3話 生徒会は素直じゃない

「それで会長、俺たちはまずどこに向かうんですか?」


俺は、自分の前を歩く会長に尋ねた。


「まずは宿直室に行って先生に鍵を借りてこなきゃいけないから、そこからね」


「ちなみに、今日の宿直って誰なんですか?」


俺が尋ねると、俺の横を歩いている京子さんが答えた。


「今日は、一条先生が宿直よ」


「というか、あの先生が宿直じゃなきゃ見回りはできないしな」


「そうなんですか?」


「一条先生以外の先生だと、夜遅くまでする見回りは許可が降りないんだよ。

それに、一条先生じゃないと見回りの理由も言えないしね」


京子さんに続いて、水葉さんと薫さんが教えてくれた。


「さてと、到着した」


会長がそう言って、足を止めた。


目の前には扉があり、その上には宿直室と書かれている。


「失礼します」


会長がノックをして扉を開けると、中ではテレビを見ながらカップラーメンを食べているジャージ姿の一人の女性がいた。


「一条先生、鍵を借りに来ました」


会長が言うと、一条先生はラーメンを食べるのを俺たちの方を見た。


「やっと来たか。

・・・ほら、マスターキーだ」


そう言って一条先生は、会長にいくつかの鍵の束をポイッと投げて渡した。


一条先生は、生徒会顧問で養護教諭、いわゆる保健の先生だ。


いつもはめんどくさそうに保健室で寝ている、不良教師だ。


ただ、体調の悪い生徒やケガをした生徒には真面目に応対してくれるから、評判は良いんだよな。


「ところで先生、若い女性がカップラーメンってどうなんですか?

しかも、あんなにたくさん」


京子さんが苦笑いしながら、積み上げられたカップラーメンの空容器を見ていた。


・・・今先生が食べてるので6個目なんだが。


「いいんだよ、いちいち作るのもめんどくさいし。

これなら、お湯入れるだけで時間経てば勝手にできるし」


「それにしても、これは食い過ぎだろ?

保健の先生が、こんな不摂生な食事でいいのか?」


水葉さんが尋ねると、一条先生は食べ終わったのと積まれている容器を水で洗いながら答えた。


「お前らだって、私がこの仕事の他に金稼ぎをしているのは知っているだろ。

あれは体力使うから、これくらい食わないとやってられないんだよ」


「それでも体型をキープしている先生が羨ましいです」


薫さんが先生の体を見ながら言った。


たしかに、一条先生はモデルのような体型をしている。


髪は少しウェーブがかったショートヘアーで、そんな体型をしているのだから恋心を抱いている生徒も多いんだが、本人はまったく相手にしない。


「・・・お前ら、今日は二島の初見回りだろ。

こんな所で喋ってないで、さっさと行ってこい」


「はーい。

じゃあ先生、荷物をここに置かせてください」


「あぁ、適当に置いておけ」


先生が言うと、皆は入ってすぐの隅に荷物をまとめて置いた。


俺も、自分の荷物を皆の荷物のそばに置いた。


「おい、二島。

お前に1つ言っておく」


荷物を置き終えた俺に、先生が言ってきた。


「何ですか?」


「何があっても、絶対に目の前の事を無視するなよ。

突っかかってもいいし、貶そうが褒めようがお前がどう思ってもいいから、絶対に無視だけはするな」


先生の言葉に、俺は首をかしげた。


「先生、それはいったい?」


「ただの心構えみたいなものだ。

さっさと行ってこい」


俺達は、テレビを見ながらこちらに手を振る先生に言われて宿直室を出た。


「さてと、じゃあ毎回通り皆には別れてもらう」


廊下に出ると、会長が俺たちの方を見ていった。


「まず、京子には1階、薫には2階を担当してもらう。

これが、それぞれの鍵だ」


そう言って、会長は京子さんと薫さんそれぞれに鍵の束を渡した。


「分かったわ、いつも通りでいいのね?」


「あぁ、その方が政宗も参考になるだろうからな」


「私も、いつも通りでいいんですか?」


「薫もいつも通りでいいよ。

まぁ、薫のは本人しかできない芸当だから、参考にはできないかもしれないけど」


会長は京子さんと薫さんからの質問に答えた。


「水葉、これはあなたの鍵。

体育館を使っていいわよ」


「グラウンドはやっぱり使えないのか?」


水葉さんが尋ねると、会長は呆れた顔で言った。


「あんた、去年やらかしたこと忘れたの?

次やったら後が無いんだから、グラウンドはダメ」


「チェッ、しょうがないか」


水葉さんは渋々といった感じで会長から鍵を受け取った。


「最後は政宗。

政宗は、私と一緒に3階を見回りよ」


「分かりました」


俺が頷くと、会長が手を叩いた。


「それじゃあ、各々の担当場所へ行ってきて。

私と政宗が見回り次第下の階に行くから、その時合流ってことで」


『はーい』


皆は返事をすると、それぞれの担当場所へ向かった。


「さてと、じゃあ私たちも行こうか」


皆の姿が見えなくなった頃、会長が俺に笑顔で言った。


「分かりました」


俺が頷くと、会長は歩き出した。


俺は促されるように会長の後を追った。


「ところで会長、俺は見回りが具体的に何をするのか分からないんですけど・・・」


俺が尋ねると、会長は思い出したように言った。


「そういえばそうね。

うーん、とりあえずそれを説明する前に政宗、"ちゃんと見えてる"か?」


会長に言われ、俺は目を細めて前を見る。


「・・・見えてます。

奥に何人かいて、下駄箱の方にもいますね」


「それだけ見えるなら、大丈夫ね。

まず最初から話すけど、私達が生徒会役員である理由は覚えてる?」


「はい、会長を含めた皆が幽霊が見えてなおかつ生徒達の徐霊をするから、その徐霊代は生徒会役員を決める時の選挙で会長達に投票する事になってるからですよね?」


「その通り。

さすがに生徒から徐霊でお金もらうのは可哀想だから、生徒会役員になるための票で代用になってるわ。

まぁ、生徒会役員は学食と購買の値段が割引になるから、私としてはそっちでもありがたいんだけどね」


「最初に生徒会室に行ったときの事を思い出しましたよ」


俺が最初に生徒会室に行ったときの理由は、始業式が午前中で学校が終わり下校しようとしている時だった。


「あの時は、帰ろうとしたら突然会長に呼び止められて気づいたら生徒会室に連れていかれるし」


「声をかけるのは早めのほうがいいと思ったし、政宗がちゃんと見えてるのかも確かめたかったんだよ」


「それでも、あれはやめたほうがいいと思いますよ・・・」


俺が最初に生徒会室に入った時、会長以外に10人くらいの性別も年齢もバラバラの人たちがいて驚いたなぁ。


・・・会長以外、みんな幽霊だったけど。


「いやぁ、驚くかと思って」


「やめてください、そこらのおばけ屋敷のほうが何十倍もマシですよ」


「あの時は加奈子が政宗のこと絶賛してたから、どんな子か楽しみだったんだよ」


「そういえば、加奈子さんってどこにいるんですか?

入学テストの時以来、姿を見ないんですけど」


加奈子さんっていうのは、俺がこの学校で入試を受けているときに話しかけてきた同い年くらいの女の子だ。


いつもだったら幽霊に話しかけられても無視するけど、あの時はテストの終了時間まで暇だったから会話したんだよなぁ。


幽霊と話すなら、口に出さなくても心の中で思えば伝わるから周りの人には分からないし。


「加奈子なら、三階の音楽室にいるよ。

朝から夕方は人目のつかないところにいるけど、夜はピアノを弾くためにあそこにいるんだよ」


「え?いくら夜とはいえ、ピアノを弾くのはヤバいんじゃないですか?

宿直の先生に聞かれたりしたら大変だし」


「だから、宿直が一条先生以外の時は弾かないように言ってあるよ。

今日は一条先生が宿直って知ってるから、ノリノリで弾いてるだろうなぁ」


そういえば、一条先生も幽霊が見えるんだっけ。


まぁ、そうじゃないと生徒会の顧問をしてられないよな。


「さてと、到着したよ」


会長に言われ、俺は足を止める。


会長と話している間に、いつの間にか3階に着いていた。


「何か、夜の学校って昼とは違う感じがしますね」


「そう思うと思ったから、色々な道具を持ってきたのに。

政宗が捨てちゃうから」


「俺は、卑猥なことを感じて言った訳じゃないですよ」


「そんな事言って、君だって男だから思うところはあるんでしょ?

加奈子も、政宗のこと気に入ってたし」


「・・・それは、どういう気に入りですか?」


「ん?もちろん男としてだよ?」


会長は、当然だと言うように答えた。


「さぁ、アホな事言ってないで行きますよ」


「えー、女の子に言われて照れもしないのー?

もしかして政宗ってビー・・・」


「それ以上はダメ!絶対!」


俺のツッコミが夜の静まりかえった廊下に響きわたる。


「・・・政宗くん、そんなにうるさくしたら皆に失礼だよ?」


「え・・・?」


会長が不敵な笑みを浮かべながら、廊下の奥の方を見ている。


すると、扉の開く音は一切していないのに、何個かの教室から人が出てきた。


間違いなく、全員幽霊だ。


しかも皆さん、明らかに怒ってらっしゃる。


オーラと顔が、ぶちギレた魔王みたいになってる。


「・・・あの、会長。

俺達、何かヤバい状況ですか?」


「いや、ヤバい状況なのは政宗君だけだよ?

アパートで挨拶周りもしていないのに、うるさくして周りの人に迷惑かけた時を想像できる?」


「思いっきりヤバいじゃないですか!」


俺が会長にツッコミをした瞬間だった。


ふと目の前を見ると、廊下の奥から何かが猛スピードでこちらに向かってきている。


あれは・・・お、おっさんだ!


何か知らないおっさんが走ってこっちに向かってきている!


いや、おっさんだけじゃない!


若い男性も、女性も、子どもも、老人も、皆がこっちに走ってきている!


しかも何が怖いって・・・何で皆、進撃の○人の寄行種みたいな走り方なの!?


何で関節がないみたいな走り方なの!?


目の焦点あってないんですけど!?


舌出して走るなー!


「ニンゲン!イキタ・・・ニンゲン!」


何か怖いこと言ってるよー!


カタカナ表記が余計に怖いよー!


「政宗!カタカナ表記の文句は作者に言ってくれ!」


作者のバカヤロー!


カタカナ表記のせいで余計に怖いじゃないか!


「って言ってる場合じゃなーい!」


俺が頭を抱えている時だった。


急に、幽霊達の声がしなくなった。


何だ?皆がいなくなったのか?


俺は恐る恐る顔を上げて、前を見た。


・・・皆、目の前で俺を見ていた。


焦点の合ってない目で、目の前の獲物を捕食するような目だ。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!?!?」


俺は驚きのあまり、後ろに尻餅をついてそのまま階段を転げ落ちた。


「いててて・・・」


俺は痛めた首を擦りながら、階段の上を見た。


「ギャハハハ!」


「なんて顔するのよ!あー、面白い」


「お兄ちゃんおもしろーい!」


何か色んな人に腹抱えて笑われていた。


「いやー、悪い悪い。

立てるか、坊主?」


先頭を走っていたおっさんが階段を降りて、俺に手をさしのべてきた。


「あ、ありがとうございます。

あのー、これはいったい?」


俺はその手を握り立ち上がった。


すると、おっさんは会長を指さした。


「あの嬢ちゃんに頼まれたんだよ。

ここに来たら、連れを驚かせてくれって」


おっさんの言葉を聞いて、俺は会長を見た。


「お、お腹痛い!

政宗、何て顔して転がるのよ!」


涙流しながら、腹抱えて笑っていやがりました。


「このアホかいちょー!」


俺は全速力で階段を駆け上がり、会長にヘッドロックをした。


「い、いててて!

政宗!女子に手をあげるとはなんて酷いんだ!」


「うるさい!本気で怖かったんですからね!」


「わ、分かった!

私が悪かったから、お願いだからこのヘッドロックを解いてー!」


「本当に反省してますか!?

次変なことしたら、てっぺんだけ器用に禿げるように髪の毛剃りますからね!」


「分かった!しないから早く解いて!」


俺は会長のその言葉を聞いて、ヘッドロックを解いた。


「いいな!今の若者は元気が良くて!」


さっきのおっさんが、笑いながら階段を上ってきた。


「笑い事じゃありませんよ!

ていうか皆さん何者ですか!?何か見たことある人もいますけど!」


俺は周りを見渡しながら言った。


20人近くの人がいるが、その中には授業とかで3階に来たときに見た人も何人かいる。


「俺達は皆この学校に住んでいる幽霊だ。

朝昼は姿を極力出さないようにしてるが、夜はこうして皆で集まって楽しくやってるんだ」


おっさんが俺の横に立って言ってきた。


「ここにいる人で全員ですか?」


「いや、ここにいる奴らは全員3階の奴らだがそれでもここにいないのはいるぞ。

音楽室にいる加奈子ちゃんとか、家庭科室の英二とか」


「ん?加奈子はともかく英二君もいないの?」


先ほどまでヘッドロックを受けていた会長が、頭を擦りながらおっさんに聞いた。


「今日、どっかのクラスが家庭科で料理作らなかったか?

英二の奴、それ見て怖がっちまってな。

見ないようにようにするって言って、家庭科室の奥に隠れてたらそのまま寝ちまったんだよ。

起こしても、起きないしよぉ」


「あー、英二君ならありえるね。

まだ傷が癒えてないんだろうね、あの子」


「会長、その英二君って誰なんですか?」


俺が尋ねると、会長は俺を見て答えた。


「今年来たばっかりの子なんだけど、政宗今年の冬にあった近所の料理屋の火事覚えてる?」


「覚えてます。

あそこのお店、美味しかったんで時々食べに行ってました」


「そこでバイトしてた同い年位の男の子覚えてる?

眼鏡かけてて、短髪の」


「あー、いましたねそういえば。

明るくて、接客が丁寧でよく覚えてます」


「何でも、火事の当日英二君初めて厨房に入れてもらえたんだって。

それで、油を入れた鍋を運んでたらつまずいてひっくり返して、その油が火の点いていたコンロにかかってお店が燃えたらしいのよ」


「え?じゃあ英二君が・・・」


俺の言葉に、会長が頷いた。


「そう、あの火事の原因は英二君だったの。

元々少し緊張する性格で、その日も初めて厨房に入るってことで緊張してたらしいわ。

私があの子を初めて見たのは、全焼してボロボロになったお店を見ていた店主とその奥さんの後で、泣きながら土下座をして謝っている姿だった。

そのままそこを立ち去る事もできたんだけどね、何となくほっておけなくて学校に連れてきたの。

ここなら、皆が慰めてくれるし」


会長が少し悲しそうに笑うと、おっさんが家庭科室の方を見ながら言った。


「英二は元々明るくて元気な奴だから、皆からも慕われてるよ。

さてと嬢ちゃん、一応毎回の事だから報告するが特に変わったことはないぞ。

あ、できたらでいいんだが何か遊び道具をもらえるか?

なるべく大勢の奴で楽しめる奴」


おっさんが思い出したように、会長に言った。


「大勢で楽しめる遊び道具か・・・トランプとかの方がいい?

皆からは何か要望ある?」


「僕、人生ゲームがいい!」


会長が尋ねると、小学校低学年くらいの男の子が手を挙げて言った。


「人生ゲームかぁ。政宗どう思う?」


「え?そ、そうですね、うーん・・・」


「坊主、さっきの話なら気にしなくていいぞ?」


俺が慌てているのを見て、おっさんが苦笑いしながら言った。


「ここにいる奴らの中には、もっと過酷な経験をして死んだ奴だっているんだ。

幽霊と接するのに、イチイチ気にしてたらきりがないぜ?

それに、楽しいこと考えるときは楽しい気持ちで考えなきゃつまらないだろ?」


おっさんが笑いながら言うと、周りの人も笑いながら頷いた。


何か、すごいなこの人たち。


「分かりました。

なら、俺も気にせず話しますね」


俺が言うと、おっさんは頷いた。


「会長人生ゲームの案、だいたいは最大4人ですがチーム戦にすればこの人数でも楽しく遊べると思います。

個人的には、良い案だと思いますが」


俺の意見を聞いて、会長が笑顔で頷いた。


「分かった。

よし!人生ゲーム採用!近いうちに持ってくるわ」


「やったー!」


会長の言葉を聞いて、さっきの男の子が喜んだ。


それを見て、色んな人が「良かったね」と男の子に言っている。


「他に案のある人はいる?

思い付いたのどんどん言ってくれていいよ!」


会長の言葉を聞いて、みんな色々な意見を出した。


「UNO!」


「あれなら大勢でできるね!採用!」


「枕投げやりたいから枕!」


「何かあったら危ないから却下!」


「エロ本!」


「子どももいるから却下!

そういうのは、自分で調達しなさい!」


「妹!」


「遊び道具に妹って何!?

色々危ない気がするから却下!」


「会長、通報しますか?」


「やめてくれー!

幽霊になってまで通報されたくない!」


「生きてる頃通報されたの!?」


「某掲示板にスレ立てたらよく通報された!」


「それはほとんど通報されてないから大丈夫!」


このあとも色々な意見が出て、その度に俺や会長がつっこんだりした。


その度に皆が笑って、喜んで、楽しそうだった。


夜の学校の廊下だが、季節のせいって言葉では片付けられないくらい暖かい空間ができていた。


「よし、じゃあ採用されたのは今度の見回りで持ってくるから楽しみにしてて待っててね!

ということで、今日は解散!」


『はーい!』


皆は返事をして、各々教室に戻ったり廊下に残ったりした。


「じゃあな、坊主。

次の見回りで会おうぜ」


おっさんもそう言って、教室の中に戻っていった。


「会長、見回りの時はいつもこんな感じなんですか?」


「いつもは、真田さんに前日に皆の意見をまとめてもらってるんだよ。

今日みたいに、皆で集まって話すことはそうそう無いことだよ」


「真田さんって、あのおじさんですか?」


「そう、あのおじさん。

皆をまとめてくれるから、皆も頼ってるし3階の幽霊達の責任者みたいな人」


へぇー、あのおじさんしっかりしたおじさんだったんだ。


「それでどうしますか?

皆の意見が聞けたから、もう2階に降りますか?」


俺が尋ねると、会長は左の教室を見ていた。


「いやいや、最低でもあそこには行かなきゃ」


そう言った会長の視線の先にあったのは、音楽室だった。


「今日行かなかったら、私が加奈子に怒られるし」


「・・・分かりました、じゃあ早く行きましょう」


そう言って、俺は音楽室に向かった。


「えっと、音楽室の鍵は・・・これだ」


会長が音楽室の鍵を開けて、俺は扉を開いた。


中に入って、俺は驚いた。


音楽室の中は、聞いたことはないが綺麗なメロディーが流れていた。


いや、それ以上に驚いたのは。


「・・・綺麗だ」


無意識に口に出してしまうほど、綺麗な人がピアノを弾いていたのだ。


月明かりに照らされ、幻想的に輝く少女の姿は薫さんに負けず劣らずの美しさだ。


「加奈子、政宗連れてきたよ」


俺の後ろに立っていた会長が、少女に声をかける。


すると少女は、ゆっくりとピアノの演奏をやめて立ち上がった。


「久しぶりだね、政宗君。

入学試験の時以来だね」


その少女は白いワンピース姿で俺の方を見ながら、嬉しそうに笑った。


白いワンピースに長い黒髪の幽霊と聞くと、皆怖い幽霊を想像すると思う。


だけど、この人は別だ。


怖いどころか、可愛い人に話しかけられた時のような少し緊張する感覚に襲われる。


「加奈子さんもお久しぶりです。

ピアノを弾いてる姿、綺麗でビックリしましたよ」


「あ、ありがとう。

えへへ、何だか嬉しいな」


俺が言うと、加奈子さんは少し顔を赤くして照れながら答えた。


あ、これダメだ。


可愛いすぎる、誰かこれは夢ですか?


「いいなぁ。

政宗、私にはそんなこと言ってくれないのに」


「え?会長だって奇零じゃないですか」


「何それ!?同じキレイのはずなのに字が全然違うよ!?」


「奇妙で魅力が零の略ですから」


「なんか酷すぎない!?」


俺と会長のやり取りを見て、加奈子さんが楽しそうに笑った。


「二人とも、仲が良いね」


「そりゃまぁ、こんなのでも会長ですから仲良くしとかないと」


「政宗君ここに来てから酷すぎない!?

さすがの私も泣くよ!?」


「何言ってるんですか!

目の前にこんなにも美しい方がいらっしゃるんですよ!

それに比べたら会長なんて・・・はぁ」


「何も溜め息つくことはないだろー!

もう加奈子のせいだー!加奈子が可愛いのがいけないんだー!」


そう言うと、会長は加奈子さんの元へ走っていき加奈子さんをポコスカ叩いている。


「陽奈世だってちゃんとしてれば綺麗だから大丈夫だよ、きっと、多分、そのはず・・・」


「どんどん不安になってるじゃないかー!」


会長が加奈子さんの豊満な胸に顔を埋めながら、泣いている。


くそー!羨ましすぎる!


でも、会長へのあのいじり方を見る限り加奈子さんもなかなかできる人だな。


「いいもん!いいもん!

加奈子が政宗の事気に入ってるの言ったからいいもん!」


会長の言葉を聞いて、慰めていた加奈子さんが固まった。


「え!?ちょっと陽奈世!何で言っちゃうの!?

秘密って言ったじゃん!」


「だって、気持ちは早めに伝えといたほうがいいかなと思って」


「そういうのはフラグとかをちゃんと回収してからやるものなの!

重要なイベント逃したら大変でしょ!」


何でだろう、加奈子さんの言葉がギャルゲーの攻略にしか聞こえないのは。


「大丈夫だよ、政宗は女性に見境ないし」


「なんちゅうこと言うんですか!

俺のキャラが変なことになっちゃうでしょうが!」


加奈子さんにあらぬ事を言う会長に、俺は魂のツッコミをした。


「大丈夫だよ政宗、加奈子も変な性癖持ってるし」


「何でそういう嘘つくのー!」


加奈子さんは叫びながら会長の背後へ回り、見事なクロスアーム式ジャーマンスープレックスを決めた。


「1!2!3!」


俺は、二人に近づきカウントを取った。


カウントが3になり、俺は加奈子さんの右腕を持ち上げた。


「winner加奈子さーん」


「やったー。

政宗君、ちょっと入り口のほう向いててもらえる?」


「ん?分かりました」


俺は加奈子さんに言われ、入り口のほうを見た。


少しすると、背後から加奈子さんの声が聞こえた。


「政宗君、もう向いてもらって大丈夫だよ」


加奈子さんに言われて、俺は振り返った。


すると、先ほどまで床に突き刺さっていた会長が抜かれて横になっていた。


「あのままじゃ、陽奈世の下着見えちゃうかもしれなかったから」


加奈子さんが苦笑いしながら言った。


この人、ふざけながらもちゃんとそういうこと考えるのか。


「何するの加奈子!

せっかく政宗にパンツ見せて、メロメロにしようと思ったのに!」


「女の子が何しようとしてるの!?

そんなことしないで、真っ当にメロメロにしなよ!」


「え?いいの?

私が政宗をメロメロにしちゃって」


会長が加奈子さんに言うと、加奈子さんは驚いた顔をした。


「うっ、いや、それは・・・」


加奈子さんは、顔を赤くしてモジモジしだした。


俺は、そんな加奈子さんに近づいて優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ、加奈子さん。

パンツを見せられた所で、会長にメロメロになんてなりませんよ」


「政宗君・・・」


加奈子さんが俺を見ると、嬉しそうに微笑んだ。


やったぞ!何か俺の頭の中で好感度メーターの上がった音がした!


「良いムードになってるけど、私の心ものすごく抉られたんだけど!?」


俺と加奈子が見つめあっていると、立ち上がった会長が俺たちを見てなぜだかご立腹だった。


「陽奈世は政宗君の事好きだもんねー。

政宗君の事話してる時、すごく楽しそうだし」


加奈子さんがお返しとばかりに、意地悪な笑みを浮かべて会長に言った。


「そ、そんなことはない!

ただ私は・・・」


「仲の良い後輩をとられたくない?」


「うっ・・・」


加奈子さんの言葉に、会長が固まった。


「べ、別にそんなんじゃないぞ。

政宗の代わりなんていくらでもいるし・・・」


会長は、部屋の隅っこで体育座りしている。


「私なんかと違って、陽奈世はいくらでもチャンスあるんだからコツコツ頑張ればいいのに・・・」


「加奈子さん何か言いました?」


隣で加奈子さんが何か言っていたけど、よく聞き取れなかった。


「ん?何も言ってないよ。

それより陽奈世、今日他にも行かなきゃいけないんじゃないの?」


加奈子さんに声をかけられて、会長が俺たちのほうを振り向いた。


「・・・このあと下に降りて、最後は体育館行く予定」


「じゃあこのあとも一緒にいられるじゃん!

羨ましいよ」


笑いながら言う加奈子さんに、少し拗ねたような顔を会長がした。


「その気になればついてこれるくせに・・・」


「これでも、応援してるほうなんだよ?」


「もう、味方か敵か分からないよ・・・」


「もらえるならもらいたいけど、陽奈世がもらっても私は祝福するよ?」


「はぁ・・・、加奈子らしくて逆に納得できる」


会長は立ち上がると、俺の腕を掴んだ。


「ほら政宗、京子の所行くよ」


会長は、そのまま俺を入り口のほうに引きずっていった。


「ちょっ、会長!?

急すぎませんか!?まだお別れ言ってないんですけど!」


「じゃあ今言いなさい!」


会長に言われ、俺は加奈子さんの方を見た。


「加奈子さん!また今度来ますね!」


「うん、いつでも待ってるよ

見回りの時じゃなくても、放課後とかに来てくれても大丈夫だよ」


俺は加奈子さんに手を振りながら、会長に引きずられて音楽室を出た。


こっちに小さく手を振ってる加奈子さん可愛かったなぁ。


「それで会長、次は京子さんの所で良いんですよね?」


俺は、音楽室の鍵を閉めようとしている会長に尋ねた。


だが、会長から返答がない。


仕方ない、少し驚かすか。


「無視は嫌ですよ?陽奈世さん」


「ふぁ!?」


会長が、俺を見て驚いたまま固まっている。


「い、今なんて言ったの?」


「さあ?なんでしょうね?」


「政宗のそういう所は嫌いだー!」


俺は会長に追われながら、2階に降りていった。


追いかけてくる会長の表情が笑顔だったから、何はともあれ良かった。

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