プロローグ「ある日の朝」
耳に反響するのは、誰かの笑い声。目に映るのは、横たわる愛おしい人の姿。
これが、夢だったら。何度そう思っただろう。きっと俺は負ける。そしてやり直す。最初から、何もかも全て。
声が聞こえる。誰だろう。笑い声とは違う、優しく、美しい響き。誰かは分からない。でも、一つだけ分かる。この声は忘れちゃいけない。例え、この記憶が無くなっても、絶対に忘れてはいけない。
最後の一瞬。貫かれるその瞬間まで、俺はその声に聞き入っていた。
ーーいつかはーー
いつかは、別れが来てもーー
それでも、思い出す事ができたらーー
それはどんなに素晴らしい事だろうとーー
ーー誰かが、言ったーー
目が覚める。
まただ。また自分の知らない記憶。これで何度目だろうか・・・・。
俺はベットから降りると、そのまま外へ出た。朝の空気は新鮮で、頭が少しずつ冴えていく。どうやら、いつもより早く起きてしまったらしい。
「とりあえず、顔を洗うか・・・・」
一人呟き、家に入る。洗面所までの道のりを進むのは億劫だが、顔を洗わないと起きた気がしないのだ。
道中で、朝食の献立を考える。今日は何を食べようか。トーストとサラダで済ませるのもいいが、久しぶりに目玉焼きもいいかもしれない。
俺は一人暮らしだ。両親もいなければ、兄や妹などもいない。祖父や祖母はすでに亡くなっているし、親戚など聞いたこともない。あるのは、この家と平凡な日常だった。
ジャバジャバと顔を洗う。やはり、顔を洗わないと起きた気分になれない。洗面所から台所へ移動し、トースターへパンをセットする。
ここでやっと、俺は先程の夢について考えだした。最近、よく見る夢だ。何の夢かは分からないし、そもそも夢なのかどうかも分からない。
記憶・・・・と、言ったほうが正しいのかもしれない。しかし、自分ではない。それは分かる。自分にあんな記憶は無い。
なら、一体誰の記憶なのか・・・・・。
突然響く、心地の良い音。思考の渦に入りかけていた脳を、トースターの音が引き戻す。
「やっべ・・・忘れてた・・・・!!」
急いでトースターを止める。夢の事を考えるあまり、食パンの事をすっかり忘れてしまっていた。
「・・・・・はぁ」
どうやら、今日の朝食は黒焦げパンに決定したらしい。
「いただきます・・・・」
ムシャムシャと苦いパンを食べる。・・・・・うん。食べきれないな。
パンを半分以上残し、食器を台所へと持っていく。時計を確認すると、午前七時五十分を少し過ぎたあたりだった。そろそろ、学校へ行かなくてはならない。
今年の春から高校二年生になったが、することは今までと大して変わらない。勉強をして、家事をして、ちょっと遊んで、そして寝る。俺にとってはこの日常が普通であり、『生きる』という事だった。
そんな自己中心的な生活をしているせいか、友達は少ない。正直に言うと数人だ。まあ、俺にはこの数があっているのだから、別段気にする事でもないが。
それなら。それなら、もし、そんな俺が見知らぬ土地に一人で投げ出されたら?果たして、生き抜く事ができるのか?例えば別の国。別の世界。そんな場所に行ったら・・・・・
「すぐに死ぬだろうなあ、俺」
辿り着いた答えを、声に出してみる。自分でこんな事を考える程に、行動力、度胸などは皆無なのも俺の特徴だろう。
一人で妄想をしている間に、制服は着終わった。忘れ物は恐らく無いだろう。これ以上は時間を無駄にはできない。
靴を履き、玄関の扉に手をかける。焦りつつも、しっかりとその扉を開いた瞬間ーーー
ーーーー目の前が、真っ白になった。