失くしたくないもの
男たち4人が部屋に置いてあったポリタンクを1人1つずつ手に取る。そして、バシャバシャと中身を撒き始めた。
「――っ!」
鼻に刺さるような刺激臭――ガソリンだ。
男たちは部屋中にガソリンを撒き終えると、唯一の出入口へと集まる。
「じゃあな。この廃ビルと一緒に燃えてくれ」
リーダーの男が安っぽい100円ライターを懐から取り出す。
「……くそ」
俺はただ男たちの薄ら笑いを見ていることしかできない。唇を噛みしめる。
「はああああああああ!!」
「!?」
「何だ?!」
突如女の声が部屋中に響いた。
ガッシャアアン!!
窓を突き破って1人の女が入って来る。というか――。
「園神!!」
そいつは園神だった。
「拓斗?!」
園神が空中で俺を見る。
1度大きく目を見開いたかと思うと、次の瞬間には鋭い視線へと変わる。
「拓斗に何してんのよおおおお!!」
園神は突入してきた勢いのまま一番手前にいたスキンヘッドの男に飛び蹴りを入れた。
「ぐわっ!!」
スキンヘッドの男は吹き飛ばされ、壁に激突する。
「誰だてめえ!」
「それは! こっちの台詞よ!」
園神は入れ墨の男の足を払い、顔面に掌底撃ちをする。
「ここは5階だぞ?! どうやって窓から!!」
「答える義理はないわね!」
「くそ!!」
リーダーの男がライターに火を点け、投げる。
「あ!」
園神の悲鳴。
ゴウゥ……!!
炎が一気に部屋中に広がる。
――熱い!
「拓斗!!」
園神が炎を突っ切ってこちらに向かってくる。
男たちは怪我人を2人担ぎ上げて逃走しようとしていた。
「拓斗! しっかりして!」
園神が俺のところまでやってきて膝をつく。
「馬鹿野郎! 早く逃げろ!!」
「拓斗を置いてはいけないわ!!」
くそ! こんなことならあのスイッチ押すんじゃなかった!!
ふと、視界の端にリーダーの男が見えた。銃口をこちらに向けている。
「園神! 後ろだ! 避けろ!」
「!!」
園神が振り返る。
タァンタァン!!
響く銃声。
「……う」
「園神!!」
園神の背が俺の視界いっぱいに広がる。
園神が、俺を庇って撃たれた――。
「何やってんだよ!! お前!!」
「くっ」
園神が腹を押さえて倒れこむ。
「園神!!」
俺は体を必死に動かして這うように園神の元に向かう。
「拓斗……無事?」
「馬鹿が……。避けろって言っただろうが……」
「そ、したら、拓斗に、当たっちゃうでしょ?」
「馬鹿……」
メラメラと周囲の炎が容赦なく俺たちを襲ってくる。
もう駄目かもしれない。
「拓斗……」
「どうした?」
園神の小さな声に必死に耳を傾ける。
「これを」
園神はゆっくりと左腕を持ち上げた。その手首には、赤い炎の光を反射するブレスレッドが付いていた。
「これにはワイヤーが仕込んである。柱に向かって撃って。窓から飛び降りるの」
「!」
園神はまだ諦めていない。
「――分かった」
俺は痛む体を無理やり起こす。園神の左手首からブレスレッドを外すと、自分の左手首に付けた。
ワイヤーの発射ボタンを確認して、太そうな柱に向かって撃つ。ぐっぐっと2度引っ張って刺さり具合を確かめる。そして、近くにあった机を窓の下に引きずって足場を作った。
園神を見ると、いつの間にか体を起こして座っていた。右手で腹の辺りを押さえている。その手は赤黒く染まっていた。
「園神……」
「早く行って」
「ああ……」
俺は園神の元まで行くと、園神の身体に右手を回して――。
「ふんぬあ!!」
勢いよく右肩に担ぎ上げた。全身がバラバラになるかのような痛みが走る。足がガクガクと震えた。
「拓斗?! 何してるの?! アタシは置いて行って!!」
「馬鹿が……! そんなこと、できるわけ、ねえだろ!!」
一歩一歩窓に向かって進み、机に足をかける。
「ダメよ! そのブレスレットじゃ2人分の体重を支えきれない! 落下スピードに耐えられない!!」
「うるせえ!! やってみねえと分からねえだろうが!!」
ゴウ……ゴウ……!!
炎の勢いは激しいまま。もう痛いのか熱いのかさえ分からない。
「無茶よ拓斗!! お願いやめて!! アタシはいいから!! 死ぬ覚悟はいつでもできて」
「うるせえって言ってんだろうが!!」
バッ――!!
俺は飛んだ。
ゴオオオオ!!
俺たちを追って窓から炎が吐き出される。
「うわあああああ!!」
物凄いスピードで落下していく。
俺はワイヤーを左手で掴んだ。
キュルキュルキュル――!!
ブレスレッドから勢いよくワイヤーが出ていく。
手の平の肉を容赦なく抉っていく。
「あああああ! くそ痛え!! 止まれよゴラア――――――!!」
「拓斗!」
園神が俺にギュッと抱き着いてきた。
俺も強く抱きしめ返す。
そして、俺たちは――。