危機―その2-
「はあ」
舞はスマートフォンに表示されている時間を見てため息をついた。
時刻は16時20分を回ったところだ。拓斗から何の連絡もない。
15時50分にはカフェに到着していた舞は、30分近く待ちぼうけを食らっていることになる。頼んでいたオレンジジュースもだいぶ氷が解けてきている。
「遅刻は感心しませんね。しかも、事前連絡なしとは」
「減点だな、減点」
「まったくだ。見損なったぞ」
「……はあ」
舞は再び大きなため息をついた。
「ユキさん、愛華さん、おやっさん。はやく帰ってくれませんか?」
そう、ここには舞だけでなくG2の幹部である清灯幸正、駿河愛華、島倉元太の3人も来ていたのだ。
「今日は、拓斗とかいうやつと話すんだろ? ちゃんとチェックしねえとな」
愛華が火を点けていない煙草を銜えながら言った。
「最近悩んどったんはこの子のことでだろ? わしも力になるぞ!」
「半端な男に舞さんは任せられません」
元太と幸正も口々に意見を言う。
この3人はここのところ元気のなかった舞を心配していたのだ。その原因と思わる麻川拓斗なる人物に、今日は一言言ってやらねばと勝手についてきたのである。
(皆がいるところで電話に出るんじゃなかった……)
舞は心の中で後悔する。
「それにしても遅えな! ヤロー逃げたんじゃねえだろうな?!」
愛華がイライラとした様子で机を蹴る。
「だとすれば由々しき事態ですね」
コーヒーを優雅に飲みながら、幸正が細い目をわずかに開く。
「1度連絡してみたらどうだ?」
「……そうですね」
元太の提案を受けた舞は席を立つ。1度店から出ると、拓斗の電話番号を呼び出し発信ボタンをタップした。
プップップップッ・……。
『――おかけになった電話番号は現在電波の届かないところ』
ゾワリ――!!
「!?」
舞の背筋に言い知れないものが這い上がった。
「拓斗?」
思わず口から名前がこぼれる。
――「僕と一緒にいたことで、君が僕と仲間であると敵が勘違いしてしまった可能性もある――」
「!」
熊切が襲撃されたときに言っていた言葉が舞の脳裏に蘇る。
「……」
連絡もなく約束の時間になっても来ない。そして、繋がらない電話……。
(嫌な予感がする――!!)
舞は走り出した。
拓斗が利用するバス停に向かって走る。
(もし拓斗が襲われていたら――殺されちゃう!!)
園神はキュッと唇を噛みしめる。
「はあ、はあ、はあ」
人の波を縫ってあっという間にバス停までたどり着くと、舞は周囲を見渡す。拓斗の姿はない。
「あ!」
舞は思い出したかのように自分のとは違う別のスマートフォンを取り出した。拓斗はこのスマートフォンと連動する端末を持っている。端末のスイッチを拓斗が入れれば、このスマートフォンに位置情報が送信される。
舞は反応のないスマートフォンを握りしめた。
(お願い拓斗――! 何かあったなら、スイッチを押して!!)
鬼ごっこと言われ、俺は訳も分からず男たちから逃げようとした。だが、無駄だった。5対1だ。逃げられるわけがない。
「おらあ!」
「うわっ!!」
入れ墨の男に投げ飛ばされる。体が床にあたって何度かバウンドする。最後に埃を舞い上げながら床を滑ってようやく止まった。
「……うぅ」
もう何度殴られ、何度投げ飛ばされたか分からない。
やべえ……体中が痛い……。
なんとか瞼をこじ開ける。目の前に壁が見えた。目線を上に上げると窓があった。どうやら窓際までふっ飛ばされたらしい。
「おら立て!!」
スキンヘッドの男と入れ墨の男に両腕を拘束され、無理やり立たされる。
「おら! おら!」
鼻ピアスの男が容赦なく腹に膝蹴りを入れてきた。
「う! ぐ!」
「逃げられると困るっすよね?」
鉄パイプを持った男が近づいてくる。
「はは、そおら!!」
バキッ!!
「うわあああああ!!」
左足を強打。脳天に突き抜けるかのような痛みが走る。
「これだけやっておけば逃げられねえだろ」
「そうだな」
「よし、次の準備にかかるぞ」
「はい」
男たちは両腕の拘束を解くと、俺から離れていく。
俺はただ成す術もなく床に倒れこんだ。
カッカッ……カラン。
「?」
何かがパーカーのポケットから落ちたらしい。
目を向けると、熊切さんから渡されていた四角い黒い端末だった。
「……」
そういえば、こんなもの渡されてたんだっけ……。
手を伸ばして端末をつかみ取る。男たちには気づかれていないようだ。
このスイッチを押せば、園神が来るのだろうか。それとも園神の組織の誰かだろうか。
できるなら、園神がいいなあ。こんな姿、かっこ悪くて見せたくねえけど、あいつの顔は見ときたいな……。
俺は震える手でスイッチを――。