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襲撃者

 居酒屋を出ると、外はすっかり暗くなっていた。


 あのあと熊切さんは話題を変えて、自分の仕事の話をしたり俺の大学生活の話を聞いたりしてくれた。でも、俺の頭の片隅には、熊切さんに言われた「覚悟」という言葉が蠢いていた。


「随分長居しちゃったね。送っていくよ」

「え! そんな、いいですよ! バスで駅まで出ればすぐですから!」


 俺は慌てる。ご飯もおごってもらっておいてその上送ってもらうなんて真似はできない。


「次のバス、なかなか来ないよ。駅まで送ってあげるから、大人しく言うこと聞いて? 付き合わせたのは僕なんだから」

「……はい」


 熊切さんの目だけ笑っていない笑顔に押されて俺は熊切さんの提案に甘えることにした。


「駐車場はこっち。ついてきて」

「はい」


 俺は再び熊切さんの後をついて歩き出した。


「駐車場は少し大通りから離れてるんだ。気をつけてね」

「分かりました」


 駐車場までの道のり。俺は何を話せばいいか分からず、無言でただ歩いていた。こんなとき、熊切さんなら何か話しかけてくれそうなものなのに熊切さんも無言だ。


「麻川君……」

「はい?」


 熊切さんから聞いたこともないような硬い声が発せられる。


「静かにしててね。――誰かにつけられてるみたいだ」

「ええ?!!」

「静かにしてって言ったよね」

「!!」


 俺は反射的に両手で口を塞ぐ。熊切さん……怖い。


「心当たりだけど――」


 熊切さんが俺を見る。

 俺はブンブンと首を横に振る。ストーカーされる覚えはない。


「そう。僕は――あるね」

「!!??」


 あるのかよ!!!!

 俺はツッコみを全力で飲み込んだ。


「麻川君、こっち」

「え?」


 突然、熊切さんが俺の手首を掴んで走り出す。


「どこ行くんですか?!」


走りながら問いかける。


「人気のないとこ」

「そんなとこ行ったらやばいですよ!!」


 こういうときは人通りの多いところか、交番にでも行くんじゃないのか?!


「いや、見られると困るから」

「はあ?!」


 熊切さんが足を止めたのは人通りのない路地だった。


「!?」


 ぞろぞろと10人の男が現れる。手に鉄パイプ、釘バット、警棒を持った男が1人ずつ。他の男たちは何も手にしてはいない。そして、俺たちをつけていたと思われる男が最後に現れた。懐からナイフを取り出す。


「熊切さん……」


 名前を呼ぶ声が震える。


「大丈夫。僕が相手するから」

「へ?」


 見れば、熊切さんは厚手の皮手袋を装着していた。


「熊切朔眞だな」

「そうだよ」


 ナイフを持った男の問いに事も無げに答える熊切さん。


「アンタには死んでもらう。そういう指示が出ている」

「それは困るね」

「ただのレンタルショップの店長が余裕こいてんじゃねえよ!!」


 警棒を持った男が熊切さんに向かって警棒を振り上げる。


「ただのレンタルショップの店長が、銃器の取り扱いなんてしてるわけないだろ」


 熊切さんはわずかに身体を反らせるだけで警棒を交わした。


「シッ!!」


 脇を締めた状態からの右ストレートが男の顔面をえぐる。


「ぐっ!!」


 地面に倒れこんだ男はたった一発で動かなくなった。


「……」

「驚いた?麻川君」

「!」


 声も出ない俺に熊切さんが微笑む。


「今は気絶させただけだけど、僕はいざとなれば人を殺せる人間なんだ。僕は歪んでるって言ったろ?」

「熊切さん……」

「よそ見してんじゃねえよ!」

「!」


 釘バットを持った男が突っ込んでくる。熊切さんはぎりぎりの距離まで一瞬で詰めると、くるりと身体を回転させ、男の背後に回り込んだ。そして、男を羽交い絞めにするとそのまま首を絞めて落とす。


 次に鉄パイプを持った男と対峙する。振り回される鉄パイプをボクシングのような動きで交わし、すばやく間合いに入ると顔面と鳩尾に1発ずつ。男は地面に崩れ落ちた。

 武器を持った男3人をあっという間に沈めると、素手の男たちの相手にすばやく移る。


「すげえ」


 熊切さん、めちゃくちゃ強い――。


「――ん?」


 俺は人気のない路地にいつの間にか1台の車が止まっていることに気付いた。後部座席には1人の女性。50代くらいか。遠目でそれ以上はよく分からない。でも――。



 あの人、どっかで見たような――。



「ちくしょう!! こんなの聞いてねえぞ!!」

「え?」


 男の怒鳴り声に意識が乱闘へ戻る。いつの間にか立っている男はナイフを持った男だけになっていた。

 その男が熊切さんではなく、俺に向かって突っ込んでくる。


「麻川君、逃げて!!」


 熊切さんが叫ぶ。


「!!」


 身体がすくんで動かない。

 目の前に迫るナイフ――。



「拓斗!!」



パァン!! ――ドサッ!!



「……」


 静寂。


 俺に向かってきた男はこめかみを撃ち抜かれて――死んだ。光のない目が俺を見上げてくる。

 俺はゆっくり顔を横に向ける。そこには、銃を構えた園神がいた。銃口からは名残惜しそうに煙が立ち上っている。



こいつを殺したのは――――園神だ。



「舞さん、どうしてここに……まさか……」

「はい。今日、熊切先生に付いていたのはアタシです。大丈夫そうだったので出る気はなかったんですけど、拓斗が危ないのを見て……」

「そう。タイミングがいいのか悪いのか……」


熊切さんと園神のやり取りを遠くで聞きながらも俺はその場を動けなかった。


俺を助けようとした園神が、こいつの頭を銃で撃った。そして、こいつは死んだ。いや、殺された。

冷静になろうと事実を並べてみるが、身体の震えは止まらない。


「拓斗、大丈夫?」



ビクリ――!!



 園神がこちらにやってくる。俺は反射的に1歩後ろに下がった。

「拓斗?」

園神が不思議そうに俺を見ている。



ダメだ――。



「舞さん。麻川君は僕が。君はこいつらを頼むよ」

「……分かりました」



園神が――――怖い。



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