忠告
「すっかり常連だな。麻川」
「ああ。お前が勧めるDVDなかなかおもしろい」
俺はレンタルしていたDVDを返しに、狩野が勤めるレンタルショップへとやって来ていた。入店した時にちょうど狩野と出くわしたのだ。
「当然だな。俺はどんなタイプの女子とも話が弾むように研究を怠らないんだ」
「お前は本当にぶれないな」
得意げに語る残念な狩野には慣れてはきたものの、やはり呆れてしまう。
「また何かおもしろいやつあったら教えてやるよ」
「ああ、頼む」
勤務中の狩野を長く引き留めてはまずい。早々に退散することにする。
時刻は19時前。
レンタルショップから出ると、近くのバス停を目指して歩き出す。
大学生活も2カ月と少しが過ぎた。俺もそろそろアルバイトを探し始めてもいいかもしれない。
そんなことを考えているとバス停に到着する。
俺はズボンの尻ポケットからスマートフォンを取り出し、ニュースアプリを開く。戦争のない平和な社会をうたう女性政治家。電撃結婚した芸能人。大規模な玉突き事故の発生。大量のニュースが画面の上を駆け巡る。
須賀尾アドベンチャーワールド爆発事件を経験して以来、こうやってニュースをチェックするのが日課になった。
「やあ、麻川君。久しぶり」
「!」
突然かけられた声に振り返ってみると、そこには熊切さんがいた。
「熊切さん! お久しぶりです!」
俺は驚いて声を上げる。
「初めて会ったとき以来だね」
熊切さんは眼鏡の奥の目を細めて優しく微笑んでくれた。
「どうしてこんなところにいるんですか?」
俺は不思議に思ったことを問いかける。
「君が店に来ていたのを見かけてね。仕事もちょうど終わったところだったから追いかけてきたんだ。迷惑だったかな?」
「迷惑だなんて! そうだったんですか」
「ところで麻川君は夕飯まだ? 良かったら一緒にどう?」
「え!? いいんですか!?」
「もちろんだよ。君とはずっと話をしてみたいと思ってたんだ」
「そうなんですか……実は俺もなんです。熊切さんと話したいなって」
園神の事情を知る数少ない知り合いだ。話したいことも聞きたいことも山ほどある。
「そう。じゃあ、問題ないね。行こうか」
「はい!」
俺は熊切さんに着いて歩き出した。
俺たちが落ち着いたのはチェーン展開している居酒屋だった。
軽く食べ物と飲み物を注文する。ちなみに俺がジンジャエールで、熊切さんがウーロン茶だ。
「熊切さんはお酒飲まないんですか?」
「通勤は車なんだよ。それにもともとあまり強くないしね」
「そうなんですか。でも、お酒に強くないのはイメージ通りです」
「そんなに弱そうに見える?困ったな」
熊切さんは全然困ってない様子でそんなことを言う。
「それで、ずっと聞きたかったんですけど……熊切さんてなんで銃器の扱いなんて危ないことしてるんですか?」
「直球だね」
熊切さんが苦笑する。
「すみません。答えたくなかった別にいいんで」
「いや、構わないよ。そんなに僕が銃器を扱ってるのが不思議かい?」
「はい……。熊切さんすげえ優しそうな人だし、狩野も仕事ができる人だって言ってたんで」
少なくとも俺の中では熊切さんと銃器は結びつかない。
「それは嬉しいね。そんな風に思ってもらえてるなんて。でも……」
熊切さんが俺から視線を外す。
「僕は君たちが思っているような大層な人間じゃないよ。どうしようもなく歪んでる。だから、道を逸れてしまったんだ……」
「熊切さん……?」
熊切さんの話は漠然としていて俺にはよく分からなかった。
ここで注文していた食べ物と飲み物が届く。
「さあ、僕の話はこれでおしまいだ。乾杯しよう」
熊切さんはパンと手を叩いて空気を換えるとウーロン茶を持った。
「あ、はい」
俺も慌ててジンジャエールを持つ。
「乾杯。今度は君の話を聞かせてくれるかい」
グラスがぶつかってチンと音が鳴る。
「俺の話、すげえ長いですよ?」
「構わないよ」
「じゃあ、遠慮なく」
俺は園神との出会いから、須賀尾アドベンチャーワールド爆発事件までを一気に熊切さんに語った。須賀尾アドベンチャーワールド爆発事件では危うく死にかけたことももちろん話す。
「あのときはほんと危なかったですよ! 一歩間違えば死んでましたからね!? しかも、狙われた理由が園神と一緒にいたからですよ!! 園神と関わってから本当に碌なことがないんですよ!!」
俺は持っていたジンジャエールの入ったグラスをダンとテーブルに叩きつける。
ずっとため込んでいたもの吐き出してやった気分だ。
「ハハハハハ。想像以上に楽しい経験をしているね」
「笑い事じゃないです!! 俺は真剣に参ってるんです!!」
俺の苦労が熊切さんには伝わらないのだろうか……。
「うーん。まあ、そうなんだろうけどさ……」
「熊切さん?」
熊切さんが笑いを引っ込めて真剣な表情になる。
「舞さんが殺し屋ってわかった時点で、ある程度の厄介事に巻き込まれるのは予測できたんじゃない?」
「それは……」
熊切さんが俺を真っ直ぐに見つめる。
「君は少し、この世界と関わる覚悟が足りないんじゃないかな」
「……」
俺は何も言い返せなかった。