アジの開き
浜辺に打ち上げられた、私は上から下まで魚体のマーメイド……。
この胴部のぷくっとした感じ、触る者みな傷つけるヒレを見て、人は私を鰺と呼ぶ。
鰺――味がよい――私の名前の由来をそう言う人もいる。
鮮度が命の私だから、屈強な漁師に捕らえられ、その辺にマンボウや海月がうち捨てられた漁港からトラックに乗せられ、清潔な塩水に入れられたあたりで、運命を感じていたの。
あ、私、活け作りにされるんだ……って。
しばらく、私は現実からとおい場所に、魚眼を押しやった。
けれど我に返った時、私は緑のプラスチックザルに乗せられ、スーパーの鮮魚売り場に陳列されてしまっていた。
なぜ!? 料亭とは言わなくても、寿司屋……それなのに、今日は鮮魚コーナーが特売のスーパーに並んでいるだなんて!
……そして私は買われた。
S調理師学校や、H調理師学校で技を磨いた板前ではない、ただの……庶民の手に、堕ちた。
庶民はもちろん私を活け作りにする柳刃包丁や、分厚い檜のまな板など持っていない。
塩を振って、グリルで焼くのが関の山。
庶民は鱗取りで私の鱗を取ると、ヒレと……ぜいごをキッチン鋏で切り取った。
悔しい……。ぜいごで庶民の手を貫いてやれれば、一矢報いることができたのに。
牙を抜かれた狼、ぜいごを落とされた鯵。
ぐっ……。何という衝撃。腹を割かれ、内臓を抜かれる。
絶え間なく降り注ぐ水道水。洗い流され、排水溝へ下っていく血。
この身に寄生虫が宿っていれば、ともに屈辱を呪詛に変えただろう。
な、何……!? 下ろす……いや、違う。
三枚でも二枚でもない、これは、背開き!?
何をする気なの!? これ以上私に何を……!
くっ……殺せ! いっそのこと殺すがいい!
(死んでます)
背開きにされた私は塩水につけられる。
もう、何もかも奪われて、私は白い肉を晒す。
染みこんでくる……海水ににた塩分。
……もう一度……回遊、したかったな。
そのあとはファスナーつきの青いネット突き網カゴに入れられて、軒下に吊された。
海の水より、風は冷たい。
次回
「魚が天にのぼるとき」
干されたことで増したうまみ! 灼熱の魚焼きグリル!
絶大な美味への感謝を浴び、鰺はタンパク質に分解される……!
そして新たなる刺客、スルメイカ――。一夜干し界を衝撃が襲う。