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夏・ラン・ジェリー

 梅雨に入りまして、じめじめと蒸し暑い天気が続いてございます。


 これが夏も本番になりますと、世の女性たちは薄物をお召しになって、その下のお肉が気になって気になってしょうがなくなって参ります。


 ご多分にも漏れず、あそこの家の娘さん、夏になったら透けたおしゃれなブラウスだの、袖無しのワンピースだのを着こなしたいと言う。

そろそろ準備をしなきゃなりません。娘さんは形から入るタイプだ。

 そこで、この度夏の下着を新調しようと言うことになった。


 娘さんが近くのサトーヨッカドーの下着売り場に行ったのは、客の少ない平日の午前中だ。

 ランジェリー売り場には色とりどりのレースのパンティーやらスキャンティーやらズロースやらが並んでいる。

 娘さんがちょいとかわいい胸元隠しのレースのついたブラジャーを取り上げたとき


「ちょいとお待ちよ」

と、横から高級補正ブラジャーが口を出した。ホックは五段でサイドボーンは脇の下まで食い込むような奴だ。

「娘さん、そんなのおよしになって、アタシを買ってお行きなさいよ」

 おやこれは面妖な、と思ったが娘さんは面白がってその補正ブラジャーの値札を見た。

 これが目が飛び出るくらい高い。

 買ってお行きってったってぇ持ち合わせが足りゃしない。

 しかしこの高級補正ブラジャーが食い下がる。

「持ち合わせなんてぇ、カードを切りゃあ済むことさ。娘さん、あんた幾つにおなりで? ほうほう、もうそんな年。そうしたら、乳肉は横に下に背中にと放浪の旅に出ちまうよ。それをアタシがきっと言い聞かせて、ほれほれ乳肉や乳肉や、こっちにお寄り、ほれほれクーバー靱帯怠けないでぴんと張りなと、お役目をしっかり務めさせてあげますよ」

 娘さんはもういい年だ。高級下着が言ったとおり、乳肉に対する求心力の低下を感じていた。だから心が揺れるし、二の腕も揺れる。

 そこに口を出してきたのがブラトップだ。

「補正ブラジャーなんておよしなさいよ、そんなのつけてたら、昼ご飯を食べたあとの胃にワイヤーが食い込んで息もできなくなっちまうよ。買うならこのあたしにしておきなせぇ。着たまま眠れるくらいの楽さ加減お値段だってやさしいよ。無理してタイトなブラジャーに押し込まないで、ありのままの姿をお見せなさいな」

 見ればブラトップ、補正ブラジャーの十分の一くらいの値段だってぇから、娘さんついこれをカゴに入れた。

 これに補正ブラジャーがレモンパッドから湯気を出してくってかかった。

「アンタを毎日つけてたら、冬になった頃には、下を見たら乳を見てるんだか、腹を見てるんだかわかったもんじゃなくなっちまうよ」

 腹と聞いてずんと出てきたのがガードルだ。

「腹、下腹、尻、太もも、全部まとめて面倒みるでごわす! 加圧トレーニングのごとく、下半身全体を締めて締めて締めまくるどすこい!」

 これには補正ブラジャーもブラトップも声を合わせた。

「あんたなんか着てたら、座ったところでウエストに食い込んでそこから真っ二つに千切れちまうよ! それにトイレに入った時にパンツを下げるのも一苦労、上げるのも一苦労、そんなのやってる間に、お小水で床に湖ができちまう」

 しかし補正ガードル、全く動じない。

「あんたたち、あたしの補正力に嫉妬してるんだね?」

 そう言ったもんだから、棚の奥から躍り出てきたのがウエストニッパーだ。

「ガードルの補正力なんて言うに足りゃしませんよ。ウエストだけに圧がかかりがちなのがその証拠。ほら見てご覧なさい、この二十段ホック。これでウエストをがっちり絞りあげりゃ、蜂みたいにくびれちまう」

 ここからは押しやった肉の取り合いだ。

 腹の肉はあっち、背肉はこっち、乳肉はこっちと、ランジェリーたちが喧々ガクガクする。

 娘さん、ほとほと疲れちまって、結局何にも買わないで店を後にした。

 娘さんはエステで高額ローンを組んで補整下着を一式買っちまったとか、もう諦めてふんわりしたチュニックで夏を乗り切ることにしたとか、夏が来る前に脂汗冷や汗流して、それなりに渚のビーナスを目指すんだって、へえ、こりゃあ見上げたもんだねえ。

 全く、世の女性がボディラインを気にする夏は大変だ。

 娘さんは、蜂のウエストよりいっそ転生して外骨格生物に生まれ変わって、サイズの変動を気にしなくていい人生送りたいなんて、そりゃあチートだ。


 それにしてもこのランジェリーたち、揃いも揃って協調性がまったくない。独立独歩で女の体に纏わり付いて肉をなんとか整形しようとする。

 暑い時期、夏の下着ですから蒸れは禁物、ランジェリーは群れを嫌うという話でございます。


 おあとがよろしいようで。

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