脱出
午後。
ティオ・トムナグ、ジャン・ミンフル・ケル、若林の三人は、絶命への恐怖に怯えながらもそれを振り切るために、その一歩を踏み出した。
ティオの設計的頭脳、ジャンの超越意識、若林の直感…これを結束させ…午前中はミーティングに余念がなかった。
これだけの優れた力を合わせれば…きっと……
問題は、出口への経路であった。
部外者からするとそれは、見取り図を遡ればいいだけ、という話なのであるが、それがそう簡単な話でなかったというのが問題なのである。
実を言うとティオとジャンは、殺害よりの危機を感じ、それぞれが単身密かに、逃走を実行しようとし、頓挫したのだという。
二人がその時目の当たりにしたのは…永遠の白…
目もくらむほどの一面の銀世界であり、それだけでくらくらとまるでめまいのように方角を失った気持ちになったという。
それだけでなく、更に厄介なことに、それぞれが到着時に辿った経路の逆行をいくらたどってみても出口が見当たらない…
途中で戻れなくなり、さらには永遠に脱することができずに迷い込んでしまうことを恐れて、ジャンはその第六感をフルに発揮してどうにか元の場所にまで到達した。
このような話をただ聞くだけならば、それは大げさに思えるかもしれないが、しかしこれは計算され尽くした気の触れた迷宮であり、言ってしまえば白一色の、答えのない禅問答の顕現であった。
一方のティオは、見取り図を逆にたどってもたどり着けない入口に遭遇し、仕方がないのでまったく見取り図の経路を順路に突き進んだという。
するとドアを開ければ予想外の廊下にぶち当たる。
見分けのつかない白い壁と天井と床の連続が目に飛び込んで戦慄してしまった。
白!白!白!
ティオ自身何度行きつ戻りつしたのかわからない…
やがてすべての感覚が白に侵食されて行ってしまった…
そして。
奇跡的に、ある時自暴自棄になってまったく予定外に開けたドアが、見覚えのある景色だったのだという…
即ち彼らの宿泊部屋なのだった…
若林は不安だった。
それでも、二人の垣間見た、そして実際に足を踏み入れ失敗しかけたその悪魔的な圧力への経験は、無駄にできないと思っていた。
ジャンは直感で、ティオは理智で、それぞれが知恵を振り絞る。
ティオの判断によれば、この施設は常に一定の規則をもって流動している。
なぜそれが規則的であるかというと、自分自身が規則的な道筋を辿り続けた先に、そのイレギュラーを捉えることができたからだという。
もしティオが端から自暴自棄に陥ってしまっていたらきっと戻れなかった筈だと。
それにジャンは違和感を嗅ぎつけてすぐに引き返したために、すぐに戻ることが出来た。
常に更新を続ける迷路、一面の白世界、すべてはおおねずみを欺くために造られたトラップだというのか…?
三人は自分自身が、おねずみになってしまったような気持ちになっていた……
・・・・・・
決行…
もうこれ以上準備に時間を割くわけにはいかなかった。
これより先、半日以上かかって出口にありつけるともわからないからである…
そうなれば……
三人の導いた答えはおおかた一致していた。
この施設の設計者、演出、そして迷宮の創造主…
すべてはこの研究所の所長である、デイヴィッド・キース博士の仕業ではないかという推理。
よって、一連の殺人は、博士の犯行だ、という。
若林はそれでも、犯行の手口の解決の着想には至らなかったが、ほかの二人には余り関係がなかったようである。
恐らくこの施設全体をコントロールして被害者たちを駆除地域へと送り出したのだ…という、大雑把な予想で片付いた。
若林はそれに反論したい部分も多かったが、しかしこれからの逃走には関係がないとそれを流した。
重要なのは、タイムリミットこそ、キース博士の帰還にあるのだということ。
…それまでが……
遂に一歩を踏み出した。
白。
単色でありながら、複雑な光の色彩の集大成。
白い画用紙にのれば、すなわち無と認識されてしまう分厚く、幽かな存在の巨塔……
知性と知性のサバイバルバトルが始まる。




