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掌屠数(YUMEZ Short Storyz)Alternative ver,A~密室物~  作者: 夢之ゆめぜっと
国立ガパラゴス研究所連続処刑事件
13/82

要請

「所長…緊急の要請とは一体なんなのです…いくら緊急だからって酷過ぎやあしませんかねえ…まあ…私の崇拝する世界でたった2人の人物のうちのひとり…所長の要請であるからにして…それは有無をいわずに飛んでやってはきましたがね…」


 小さな…ごくありふれた生物学研究所に勤める、若手研究員の代表格…いずれはこの研究所の所長としてのポストを期待されている、若林わかばやし丈一じょういちが、あろうことか突然呼び出しを食らった時刻というのが…真夜中だった。


「おい!いくらキミとボクとの間柄だからって馬鹿にされるのは腹立たしいぜ!君が常々口にしている…世界で君が崇拝する人物は、いつから増員されていたのかね?」


 所長!

 若林の勤めるこの研究所のドンである。

 ある郊外の辺鄙な場所に建てられた、それも小さな研究所は、しかし国内の生物学の権威であって、知る人ぞ知る『学会の穴場』とされていることを知る一般市民はあまりにも一握りで…

 しかし国内の権威であることは、すなわち世界へ向けての日本代表的立ち位置でもあった…

 その中での若きホープ…そしてかつまた、その隠れたポテンシャルを逸早く見出して、いまやこの研究所のエースとまでに育て上げたのが、所長自身の慧眼であったといえよう。

 

 この、親子以上に歳の離れた二人の間柄には…他者には介入出来ない絶対的な結びつきを創りあげてもう久しかった……


「なんのことでしょう」


「おい!深夜だからってその謎のテンションは許されないだろうが!!ここは若者たちのタムロしている深夜帯のファミリーレストランじゃないんだからね!」


「お言葉ですが。所長、やけに世間的な実相にお詳しいではありませんか?邪推ですが…あなた、まさか孫ほどに歳の離れた不倫相手でもできたんじゃないでしょうね?」


「バカな!邪推はヨシテクレよ!ところで、さっきの話に戻るがね…君が口を酸っぱくしながら常日頃口をつくひとつの話があるだろう?」


「…いえ…心当たりがないですが」


「バカも休み休みにしてくれんかね!本当にキミはイチイチ手のかかる男じゃな…『もうへとへと』とはこのことをいうのかのう」


「所長!尊敬するからこそあえていいます。こんな時間に呼び出したその行動が、そもそも『へとへとの萌芽』であるとここに宣言します」


「む…キミは案外鋭く、冷静な男だ…」


 若林わかばやしはさっきから肩を上下させている…呼吸が荒い。

 …その理由のひとつは、彼自身、余りに早口で捲し立てているから…

 …もうひとつの理由が、それに対する所長の返答が…いちいち…あまりにも執拗で若林の自意識を抉られているような気がするから…


「しかしね!」


 所長はドヤ顔で…


「呼び出したのは何を隠そう一世一代の緊急要請だったからに他ならないのじゃ」


「……」


 とんだ一世一代もあったものだ…と若林は呆れてしまっていた…もうド深夜だぞ…今!


 …と悪態をついた若林の心うちこそ、実をいうと性急な判断であった。

 のちの瞬間に若林は、自分自身こそ一世一代の早とちりを演じてしまったのだと後悔した…


「ボクの啖呵に言葉を失ったか??まあ若いというだけでは一日の長にはかてまいがね!」


 ますます若林は喋る気を失っていた…


「……」


「まずは整理していかねばならん。こころが明瞭でないとモノの真価には辿り着かんからね」


 穏やかに諭す所長の口ぶりに、なにか特別な風情を汲み取った若林。

 聞く耳を持ってみよう、そう思った。


「まずは第一のほつれだ。君は常々ある文言を口癖としているね」


「……」


「まあ、素直に聞いてくれたまえ。それこそ、君がボクに会うなりすぐに口をついたあの言葉だよ…」 


 自分自身の口癖とはいえ、途方もないその願いの…それが叶わぬと知っていながらの少し空しい遠吠えに…じっさいまともに対峙してみることに生み出されてしまうその…空虚さ。


「……」


「君の思いは痛いほど良く解かる!君の崇拝するあの方は、無論ぼくにとってのヒーローでもあるからね!

しかし…例え同じ境遇にあるからといって、僕をその方の肩に並べ立てるなどとは、いかがなものかねえ…」


「…しかし…私はあなたをも崇拝していることは…事実ですから」


 どうにも歯切れが悪い…

 若林は、その叶わぬ巨大な願いに向けて、所長への相槌を強く撃つことで…その襲い来る巨大な陰影を払おうとしているだけだった。


「結構!もう皆までいわんがよいだろう、僕も案外打たれ弱いからねえ…」


「……」


「君がこの世で唯一無二の上空で崇拝しているオトコ…すなわちデイヴィッド・キース博士!」


「ちっ…」


 若林はほんとうに珍しく…所長に対する心からの侮蔑的感情を、その言葉の発せられた瞬間に…こみ上げてしまっていた。


「焦るでない…若造よ!」


 再び穏やかに…聖者の如くに…


「デイヴィッド・キース!彼への崇拝は、僕の崇拝も込めて、それはボクとキミの世界で、すでに信仰と一致している」


 一旦話を切る。

 そして…重々しく…切なる想いを込めて……


「今夜の緊急要請!それは…形而上学的な見地において。学会からの要請でもなく、無論我が研究所からの要請なんかでもない…」


「???」


「…それは…君自身からの…魂の奥底からの要請だよ!」


「!?」


「…そしてそれは、同時に僕自身からの…魂の奥底からの要請だ!と言い換えることもできるよ!」


「一体!」


「暗喩はよそう。つまり、国立ガパラゴス研究所!デイヴィッド・キース博士の研究チームに…緊急で、我が研究所より1名が選出された!」


「なんですって!!!」


「ついに…ついにじゃ!」


「えっ…?…ついに!」


「これはひとえに僕の半世紀にもわたる熱意と実績の反映である!感謝したまえ!」


「??」


「すなわち…老害はお役御免だ!これはもう5年以上前からの決断!もう迷いはないぞ!君、行ってくれよ、国立、ガパラゴス研究所に!」


 

 旅客機はガパラゴスへと向かっていた……


 ついにある男の半世紀の思いと…それを一身に担うある若い男の思いの…いよいよだった…結実の瞬間が、訪れていた…


直ぐ、そこに!!!

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