⑪
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私と宇藤と稚津彦は、
翡翠の宝石のように全身が神々しく輝く龍神を見上げていた。
翡翠は深き水の色。
本当に水の神様なんだなって感嘆せずにはいられない。
外見は同じようでも、
中身が異なるだけで発される神気がこうも違うとは……。
沙羅の時とは格段に違っていた。
思わずその場に平伏して、
何度でも拝みたい衝動に駆られる(ちょっと動きかけた)。
水といえば、四大元素の一つ。
空気、火、土、水――この四つの元素は、
新しく生まれることも、消滅することもないらしい。
自分の存在がとても小さく、無力なものだと思い知らされる。
しかし探女さんからは、威圧的なものを微塵も感じない。
貴き姿に戻っても、
相変わらず優しいお姉さんのような柔らかな雰囲気で、
私たちやこの場を包み込んでくれている。
「星――、後で報告にきてね。
あなたたちを見守り、そして幸せを願ってるわ」
――え……?
私と宇藤は、つき合っちゃう確定?
ここで【ほう・れん・そう】の【ほう】の出番ですか。
つまりお礼参りにこいと。
つき合ってもいないのに、上司の探女さん、気が早っ!
って、私は部下Aですか。
なにげに宇藤を見ると、彼とばっちり目が合った。
顔にボッと火が点いて、慌てて目をそらす。
――駄目だ……、あれからまともに見られない……。
そういえば、ここを訪れた二人の男女は、
やがて結ばれるという伝承があったことを思い出す。
でもせっかくの縁を切るも切らないも、
結局は本人たち次第であることは誰にでもわかることだ。
神にすがりたい気持ちもわかるけど。
不意に探女さんが遠い目をして昔を懐かしむ。
「昔はもっと沢山の村人たちや、
それこそ遠方からはるばる信者たちが、
続々と参拝に詣でていたけれど、近頃はすっかり減ってしまった」
それも時代の流れなんだろうか。
便利な世の中になったと同時に、自然からも遠ざかり、
信仰心も薄れてしまった反映だろうか。
沙羅が天蛇山から滑落する私と宇藤を見ていたように、
探女さんも顕現界から見ていたのだろう。
彼女のどこか寂しげな表情と声色が印象的だった。
自然が廃れたり汚れたりするのは、
人々の心も廃れたり汚れたりしているのと同じ。
人の心が自然を敬うことからも離れてしまっている証拠。
多分、そこにあることが当たり前すぎて、
気づけずにいるだけなのかもしれない。
実際、失いそうになって初めて、気づくことだって沢山ある。
けれど、自然と人が共生している以上、運命共同体なのだと私は思う。
人も自然も互いに補って支え合う必要なエレメント。
ピュアな輝きを失ってはいけない。
自称・自然大好き少女の私はこれからも、
保護活動なり参拝なりをしながら自然を見守っていきたいと思う。
この世で生きるには、純粋と同時に耐性も身につける必要がある。
傷つくことを恐れていては、前にも進んでゆけないのだから。
次いで、探女さんは言った。
ゆっくりと稚津彦に振り向いて――
「これであなたと共に過ごすことも二度とないわね。
短い間だったけど楽しかった。ありがとう……。
実際、沙羅にも感謝しているの。
私に人としての喜びを体験させてくれたのだから。
それにあなたと過ごせて私――……」
まごついて、語尾を途切らせる探女さん。
彼を見据えるその瞳がうっすらと濡れている。
――探女さんって、もしかして……。
だから初めて会った時、自分の名を「沙羅よ」と告げたのだ。
きっと彼女は沙羅になりたかったのだ。
稚津彦の愛する女性に。
伝説にある龍女が若者に恋したというのも、
あながち虚説ではなかったのだ。
無論あれは、蛇巫・沙羅のことを伝えていたのであろうが、
龍神・探女さんもまた同じ恋に落ちていたということだ。
沙羅と稚津彦は今も昔も両想いであるけれど、
一方の探女さんは今も昔もずっと――。
なんだかやり切れないなぁ……。
「――さぁ、そろそろあなたたちを元の世界へ戻す時がきたわ。
私の身体に抱きついて。どこでもいいけど、滑るから気をつけて」
これが人の姿のままであったのならセクハラものだけど、
彼女は今や龍の姿。
それはそれで畏れ多い……。
首を下げた探女さんがその巨体を低くして、私たちに乗るよう促した。
確かに見た目は龍というより蛇に近く、
ヌルヌルヌメヌメしていて確実に滑りそうだ。
「星、俺の前でしがみつけ。その方が安全だ」
――いや、より危険に感じるんだけど……色々と。
それよりあんた、いつの間にそこに乗ったのよ?
探女さんの頭の近くに遠慮なく一番乗りで乗っかった宇藤が、
私に手を差し伸べる。
私は走り幅跳びを行なうように、やおらリズミカルに助走をつけて、
「とやっ!」ガシッと、宇藤が座る前方部分にしがみつく。
後はなんとか体制を整え無事に着座した。
宇藤も私の身体を引っ張り上げてくれたが、
正直手伝ってくれない方がスムーズに乗れていた。
宇藤はたんに邪魔したに過ぎない。
そして私に続いて今度は稚津彦が、真ん中の胴体部分に飛び乗った。
意外に運動神経がいい。
一発で難なく乗りこなしている。
しかし宇藤がやたら稚津彦との距離を気にして、
イヤそうな顔をしていた。
さらによく見ると、もう一人、
誰だか知らない男性が尻尾の方によじ登っていた。
「……あれ、誰よ?」
宇藤も一緒に目を凝らし――
「あっ! あの時の演歌歌手(仮)!」
と、和音のように声がハモった。
いつの間にか、あのおっさん(失礼)もいたのにはびっくりしたけど、
あんた、いつここへきたのよ?
とりあえず、この界にきてしまったと思しき人はこれで全部なのだろうか。
じゃなきゃ溺れてしまう。
一応、探女さんに訊こうとしたら、
「大丈夫。これで全員よ」と朗らかに教えてくれた。
言わなくてもわかってくれるってありがたいことだ。
さすがは龍神様。
「さぁ、しっかりと掴まってて! 一気に上昇するからね!」
あれ、探女さん。
なんだか興奮し始めていて鼻息が荒い。
目つきも変わった気がする。
まさか、スピード狂なんてことは……。
一旦姿勢を低くして、ブワッと宙に浮いたと思ったその刹那――
「うっ……、ひぃいいいいい―――――――ッッッッ!!」
あまりの推進力の衝撃に手が滑ってふんぞり返るマイボディ。
でも宇藤が咄嗟の判断でしっかりと抱き込んでくれたおかげと、
私の背中から覆いかぶさるように前かがみになったので、
私の両手は再び龍にしがみつくことができた。
でもがっちりガードの宇藤に、
後ろから抱きすくめられているこの体勢ってかなり際どい。
いろいろとヤバイ。
うっひゃー。
……なんて言っても、今は全然それどころじゃないんだけども。
ロケットのように垂直に白き空間をドッピュン過激に上昇中。
絵やお守りでよく見る上昇龍のように、
クネクネと胴体を激しく左右に揺さぶっているけれど、
さながら蛇が這うような、
空中 蠕動運動( ハードバージョン)を繰り返している。
――よかった……。胴体部分や尻尾に乗らなくて……。
稚津彦が乗る胴体部分は揺さぶりがいっそう激しかった。
見ているだけで悪酔いしそうなほどに。
演歌歌手(仮)の乗る尻尾部分については、もう悲劇と言っていい。
男性は執念でしがみついているようだが、いつ落ちてもおかしくない。
いや、落ちない方がおかしい。
なのになかなかしぶと……落ちないのは、
おそらくこの青や緑に光り輝く粘着率の高いウロコのおかげだろう。
実はこのウロコ、磁石のようにくっつこうとする性質のようだ。
さっき私がふんぞり返ったのも、本当は宇藤だけのおかげじゃなかった。
落ちないように私の身体をウロコが吸いつけてくれたみたいだ。
なんて便利なウロコ。
一枚欲しい……じゃなくて、ありがとう探女さん!
それより、風をもう少しなんとかしてほしい。
痛いなんてもんじゃない。
息ができないし、髪もスカートもちぎれそうな勢いでバシバシあたる。
顔が強張って目も開けられない。
声さえ出ない。聴こえるのは耳をつんざく風の音だけ。
恐怖心が募るけれど、
宇藤が落下する時みたいに強く私をかばって抱きしめてくれていたから、
安堵感にも包まれていた。
――俺が守る――
また、聴こえた気がした。
私の中で喜びがあふれ出す。
そんな幸福の中で、私の意識も遠のいていった――……。




