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由無し一家番外編  作者: しめ村
王都の学生の日々
6/13

3年生・1


「ついに、校外実習ね!」

 目をきらめかせたアンジェリンが、弾む声で高らかに叫んだ。支給物の剣を胸に抱き、乙女らしいときめきを橙色の瞳の中にきらめかせている。身軽に動けるよう、服装と髪型はこぢんまりと整えている。

「知恵を働かせ協力し合って目的地に到達する、か。うん、楽しみだね」

 ジリアンが同じように澄んだ青い目をキラキラさせて課題を復唱した。一年生の頃にはアンジェリンと変わらなかった金色の頭が、彼女の三つ編みを巻き付けた赤茶色の頭を追い越しているのがわかる。

「きけん」

「定期的に騎士団が駆除を行っていますから、危険度の高い獣に遭遇する可能性は極めて低いですよ。ですがないとも言い切れません。それよりも、課題達成までの経過時間と途中の行動も成績に加味される、とのことなので、できるだけ高得点を狙いたいですね」

 主人の言葉を硬い表情で繰り返すリベカを見かねてか、補足する形で言い足したブラムの足元には、主従揃って日帰りの課題には過剰なくらいしっかりとした、しかし嵩張らない荷作りをして置いてある。腰帯には学校から支給された実物の剣が佩かれている。

「具体的な加点減点要素が分かんねえけどな。過去のレポートを紐解いてもはっきりしなかった」

 エイジアが投げ遣りな口調で言った。最低限の予習をしてくるくらいには投げていない。

「案外最速で到着すればいいだけの単純なものかもしれないわよ」

 リベカの応答は暗い。覇気のない口調と目つきだ。チームメイトの迷惑にだけはならぬように心がけることが自分の仕事だと割り切って今日を迎えた彼女に、お嬢様口調を取り繕う余裕は今はちょっとない。

 アンジェリンが慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、力づけようとしてか両手で友人の手を取った。いつもの白の絹手袋ではなく、薄手の革手袋を嵌めている。

「そんなに固くならないで、リベカ。いつも言っているでしょう。あなたのことはあたくしが守ってみせるから。あたくしがこの約束を違えたことがあって?」

 その余裕を分けてほしいと言えば、分けてあげたいと答えるだけであろう。ちなみにリベカも友人とお揃いの装いに身を包んでいる。冒険の心得などなかったので、アンジェリンの用意に倣ったのだ。

「我々もいることを忘れないでくれ。君たちにだけ体を張らせるつもりはないよ」

 リベカの方を向いて爽やかな微笑みとともに告げられたジリアンの言葉は、女性に肉体労働をさせられないという紳士としての意図からであろうが、アンジェリンのご機嫌に配慮した言い方でのさりげない主張である。

 彼も成長したものだと内心感心するリベカは、入学して最初の護身術の授業を思い出した。


 その授業は護身術と銘打ってはいたが各学生の運動能力や武芸の実力を測る場であり、そこから体育の授業はどの教官の下に振り分けられるかを本人の希望も併せて吟味する材料の一つとして催されたものだったらしい。実技の成績が一番の者が教官に稽古を付け寸評された。

 また、それを他の生徒は自分の同世代の者がどれだけでき、同い年の自分も努力次第で同じ事が出来るのだと知るために見学するという伝統、らしい。

 指導教官が指名したのは、なんと入試首席者のジリアン・サヴィアを差し置いて、アンジェリン・フェルビーストであった。アンジェリンは、体育実技だけなら主席だったのだ。

 ジリアンも、同級生たちの前で予め磨いてきた腕前を披露するのは自分だと自負していたに違いない。それを目の前で女子に掻っ攫われたのだから、内心の憤懣たるやいかばかりであっただろう。

 そのうえ、アンジェリンは品がないと陰口を叩かれる紙一重の軽業まで披露して同級生らの度肝を抜いた。咄嗟に攻撃をかわす手段として華麗な側転を決める、なんて選択肢を持っている貴族子女が他にいるだろうか。跳ぶ直前に放り出した木剣を危なげなく宙で受け止めるというおまけつきである。

 もっとも、終始余裕の表情で彼女の打ち込みを捌いていた教官である。初見でこそ目を丸くしていたが、次の瞬間には不敵に笑って、その場の誰の目にも捉えられない一撃を放ち稽古を強制終了した。久しぶりに面白い物を見てつい大人げないことをしてしまった、などと言ってアンジェリンを褒めたものだから、学年中に彼女の名が広まったのも当然と言える。

 そもそもアンジェリンは魔法の適性を認められ特待生として招かれた学生なのだから、こんなに肉体派である必要はないのだが、彼女は武門の家に生まれ付き、また実家が治める領地が実力主義の風潮強い土地柄であることから、自分を出来得る限り強く保っておかねばならないと思い込んでいる節がある。

 それがまた、ジリアンの反感を買う理由の一つともなっていただろうことに、本人が気づいているのかどうか。

 そういえば、彼の反感の理由の一つでもあった彼女の兄の話はどうなったのだろうか。昨年の長休み中に話し合ったらしいが、事情はリベカは知らない。ジリアンもそれを口にすることはなくなったので、何らかの解決が図られたのだといいが。


 彼女たちがいるのは、王都郊外の演習場だ。貴族の遠足や騎士団の野外訓練など幅広い用途で利用される広大な丘陵地帯で、整備された雑木林や敷地外の自然の森林と繋がるこんもりと茂る森、剥き出しのガレ場あり、王都の用水を賄う主要河川が通っていたりと多彩な地層と水系が織りなす見た目にも豊かな土地を、利用者と用途を限って開放されている国有地だ。

 実習の範囲は演習場のどこからどこまでと定められており、地図の読み方に慣れるため、ざっと特徴を地形と簡素な文字で表された手書きの紙片を各班に一枚渡されている。教官のどなたかの手仕事だろう。

 複数の班が、別々のスタート時点から、査定を担う教官が待つ同一の到達地点を目指す。目的地は地図に載っているが、早い方が良いとは通知されていないし、道中様々な加点減点要素が仕込んであると言われている。まっすぐゴールを目指す班はないだろう。

 勿論今日は高等学校の学生の校外実習に用いられているので、騎士の姿など影一つも見えないが、ここを憧れの王宮騎士が通ったかもしれないという想像もまた、学生たちの高揚を高めてくれる要素の一つだろう。リベカとエイジア以外にとっては、そのようだ。

「リベカ、エイジア、意見を聞かせて。知恵を出し合いましょう」

 今もアンジェリンは早速ジリアンとブラムと額を突き合わせて、学校の馬車で連れてこられてここに降り立ってから手渡された地図を熱心に覗き込んでいる。

「まあ今日中には終わるんだから、怪我しねえ程度に行こうぜ」

 エイジアが同病相哀れむ口吻で言い、リベカは呻吟を洩らす。

 同行する以上は、真面目に取り組み課題解決に意欲的でいなければならない。無事に今日を終えるためにも、できることがあるならば力を尽くすことに吝かではない。問題は彼女に何ができるかだ。当然、事前の打ち合わせで自分たちがそれぞれどんなことができるか、どんな方針で行動するかは確認し合ってはいる。

 改めて地図を見てもその広さは計り知れない。目的地は紙片の中心、他に目立つ起伏のない見晴らしのよさそうな丘の上に、素っ気ない文字でその存在を記されている。

「いや、この文字を取り囲む四角は宿営地を示しているんだ。恐らく天幕の一つも張られているだろう。目印になると思うよ」

 ジリアンが説明するには、騎士科の野営訓練で必ずお目にかかることになる表記として、予習済みの事柄らしい。

「騎士科に限らず、一般的にも遊興のキャンプなどで利用される宿営地は、地図上で同じ記載をされているから、見かけることもあるんじゃないかな」

 知らないことだったので、リベカは素直に感心した。

「地図の形式が標準に即したものでしたら、上が北ということになりますわよね。この曲線は川ですわよね? まず川を探して、そこから南東に沿っていけば最終地点に辿り着けるのではありませんか。天幕があるならば遠目にも一目瞭然ですわ」

「同感だ。ユーレイ支流のイスティセ川だろう。この演習場の手前で分岐していたはずだから、方角も間違っていないよ」

「では、あとは今いる地点がどこなのかを早めに確かめなくてはなりませんわね」

 会話は主にアンジェリンとジリアンが行っていた。ブラムは主のまじめな会話中には極力しゃしゃり出ないし、リベカとエイジアは意見できるほど自分の意見は持っていない。今回は騎士科の授業で野外活動の心得を身に付けたジリアンが主導すると決めてある。

 アンジェリンが結んだ言葉通り、五人の出発地点が地図のどこなのかもわからないというのが難点だ。位置把握に手間取れば、目指すべき方角もわからず、日没を迎えて時間切れということにもなりかねない。

 不測の怪我などで身動きが取れなくなった班、道に迷ったり日の入り前の鐘までに目的地に辿り着けなかった班は、支給されている非常信号を授受する魔法を込められた道具を使用すれば、教官が迎えに来てくれることになっている。ただしそれをすれば、この実習での単位取得は見込めなくなるだろう。

 勿論追試などの救済措置はあるはずだが、今日一日で及第点を取ってしまうに越したことはない。


「まずは、地図と照合できる特徴のある地形を見つけよう」

 とのジリアンの号令の下、五人は最初に連れてこられた場所に目印を残し、手近な丘に登った。

 春もたけなわを過ぎた中央領の野は力強さを増してきた緑色の草花に覆われており、どこからかかわいらしい小鳥の声などもしている、空も澄んだ青に紗をかける淡い雲との組み合わせが美しく、今日が実習でなければ遠足にはうってつけの日よりだ。

 実際の遠足ならば、人が何度も通った痕こそ見受けられるものの整備されていない凹凸豊かな小道は貴族子女の散策に向かないし、背中を覆い尽くす程の荷物を背負う必要もないし、日傘や飲食物や出し物の一つも用意した召使が複数付き従うものだ。幸い、リベカ含め五人とも、そういったことは苦ではない。

 見晴らしの良い場所に立つと、周囲の風景が打って変って雄大に見える。目の高さより低いところから空が遮るものなく広がり、それまでより近しく懐深く感じられる。陽はリベカの指の幅ほど高くなっていた。

「ジリアン様、あちらをご覧ください。左手の森ですが、あの広がり方からすると、地図右上の森の縁ではないかと思われます」

「右手に丘を挟んであっち側に、川だろ、水の照り返しみたいなのが見える。これで現在地が割り出せるんじゃないか」

 背の高い二人が早々に現在地を特定し、自分たちが地図上の右上端に程近い場所にいると判明した。では次の計画はという段になったところで、リベカは視界の隅に妙なものを捉えた。

「……あれは、何でしょうか」

 ふと斜面の盛り上がりに違和感を覚え、よくよく目を凝らせば、掘り返した土を無造作に刈った草と石で覆われた何かが埋めてあるのだと察せられた。

「なんだろう、もしかしてあれが例の加点・減点の対象なんだろうか」

「取り出してみましょう」

 ジリアンの興味深げな声に応えてブラムがいち早くしゃがみこみ、自らの手で石を取り除き、荷物の中からへらを取り出して掘り出した。

 埋まっていたのは口を紐で絞れるようになっている目の粗い布の袋で、中に入っていたのは一抱えより一回り小さな箱だった。木製で、角を金属で装飾してある頑丈な仕立てのものだ。蓋の合わせには鍵穴があり、鍵がかかっている。そして、袋は打ち捨てられたゴミに見間違えてしまいそうに汚れていたが、中の箱は目立った劣化もなくまだ新しい。

「いかにも曰くありそうな品ですね」

「これは……このまま教官殿の元に持ち込めばよろしいの?」

「それとも、どうにかして中を検めた方がいいのかも」

「それが加点になるか、減点になるか、現状では判断できないな」

「いいか悪いかは言えないが、こいつ魔法の気配がするぜ」

 てんでに感想を言い合っていた五人の間に、僅かに緊張が走る。

「それはまた、本格的だな」

「どんな魔法かといったことはわからないか、シェイファー?」

 改めて見たところで素人目には変わらないというのに、ブラムとジリアンはしげしげと箱を見直す。 ジリアンに問われてエイジアは少し眉尻を下げた。

「いや、言い出しといてなんだが、俺は感知の魔法はあんま得意じゃない。どっちかってーとフェルビーストの方が上手い」

 目配せを受ける前から、アンジェリンは目を伏せて手をゆらゆらと動かし、口中でもごもごと何やら呟いて魔法の集中に入っていた。しばらくして、難しい顔になって面を上げる。

「申し訳ありません、そこまではわかりません。箱に対抗魔法がかけられていますの。中身がなんなのかもわかりません。あたくしの力が足りないのですわ」

「魔法学主席と次席の力を以てしても突き止められないような品を副題として用意されるなんて、いくらなんでも意地が悪いなさりようじゃないかしら」

「コルネイユ嬢、そういったことは思うだけに留めた方がいい」

「あっ……申し訳ありません」

 しょげてしまった友人の様子を見かねたリベカが思わず愚痴ると、すかさずジリアンがやんわりとだが釘を刺した。彼には班のリーダーとして、班員の監督が課せられている。

 箱を囲んでひとしきりああでもないこうでもないと言い合った末、一同はひとまず鍵には触れず、袋の中に戻して持って行くことにした。掘り出したブラムがそのまま自分の荷物に結わえつけた。

「こんなことなら、郷にいる間に、組合員のどなたかから鍵開けの技を教わっておけばよかったわ」

「それはもはや令嬢ではなくて組合員だと思うわ。アンジーは一体どこを目指しているの?」

「あら、貴族の中にだって、多趣味な方はいらっしゃるものよ。うちの兄だって、鍵や罠を解除したり縄抜けといった技能を持っていてよ」

「剣の腕が立って、魔法も使えて、趣味で鍵開けや縄抜けが出来る貴公子や令嬢って、なんなのかしらね……」

 本気で悔しそうなアンジェリンを窘めつつ、心からそんな疑念を呈するリベカである。

 男子三人は彼女たちの会話を背景音楽代わりに、黙って歩く。

 水分をこまめに補給しながら、五人は川に向かって進んで行った。


 正午の少し前に、川辺に辿り着いた。

「少し早いけれど、休憩しよう。食事は水が豊富な場所にいるうちの方が準備しやすいだろう」

 ジリアンの音頭で、一同はそれぞれに昼食の準備に動き出した。

 リベカは適当な大きさの薪と焚き付けを道中集めておいたので、直ちに竈作りに着手した。

 火を起こすには悪条件となる天候や地形でもないので、薪を組んで焚き付けと火口を積めば着火は容易だ。燃料となる薪が足りないが、ジリアンとブラムが集めに行ってくれた。

 エイジアは何か見つけたのか、そこらの茂みでごそごそしている。

 アンジェリンはナイフ片手に、焚き付けを火口に加工している。出自を思えば首を傾げたくなるほど慣れた手つきだ。その手もまた、いくつも肉刺を潰して武具の扱いに慣れた、硬い手触りの掌と指をしている。入学してからは鍛錬よりも勉学の機会が増えたからか、剣胼胝が小さくなっている。本人はそれが不服らしい。

「我が家の家訓みたいなものでね。子供にはいつ没落して一人で野外に放り出されても、自分で自分の面倒は最低限見られるようにという趣旨の社会教育を施すのよ。没落だなんて考えたくもないけれど、万が一そんなことが起こっても、あたくし、身を立て直すまでその辺の虫や草を食べて生き延びられてよ」

「もしかしてアンジー、その家訓を守るために、魔法学科の特待生なのに体育科目も全部取っているの?」

「それもあってよ。どうしても鍛錬の機会が限られてしまうから。色々な授業を体験するのは楽しいものだし、魔法学科だから、武芸学科だからと拘るつもりはないの。家族も、折角の王都の高等学校なのだから、何にでも挑戦するといいと言ってくれているしね」

「アンジーのお家、辺境開拓時代よりも前からの古いお家だっけ? その家訓、厳しい時代を生き抜いてこられた名残なのかしらね」

「そうだと思うわ」

 一片の恥じらいや後ろめたさなく、全身に誇らしさを湛えて胸を張るたくましい感性は、ヴォジュラで生まれ育ってはじめて培われるものなのであろう。感心こそすれ、憧れはできなさそうだとリベカは思う。しかし、そのたくましさあってのアンジェリンだとも思うのだ。

 日帰りの実習なので、途中の食事は昼食一回分のみだ。それも質量ともに申し分ない保存食を支給されている。火と水を確保できれば温かい食事を腹八分目まで食べられるという寸法なので、学生の手間はさほど必要としない。

 これが数日かけて実戦形式で行われるという騎士科の訓練であれば、もっと厳しい環境下で、限られた食材をいかに分け合い温存するかとか、そもそも食材の現地調達の必要ありだとか、火すら起こせないとか水場が見つからないといった、より極限に近い状況を体験することになるのであろうが、幸いにと言うべきか、そこまでする予定はリベカの残り3年と数カ月の学生生活の間にはない。予定のあるジリアンとブラムに対して、お疲れ様ですという気持ちになるばかりだ。

 リベカは今日の糧を得られる感謝を噛み締めつつ、支給品の火打石で火を起こし、この時のためだけにここまで持ち運んできた支給品の鍋で、支給品の燻製肉とエイジアが持ってきてくれた摘みたての香草を炒め、やはりエイジアが採ってきてくれた葉物野菜と根菜を投入して具沢山の煮込みを作った。調味料までは支給されていないので、素材の味と香草頼みの目分量だ。きれいに洗った平らな石を火の側で温めたもので軽く焼き目をつけた支給品の乾物を取り分ければ、簡素ながら温かい食事が整う。

 薪を両手に抱えて戻って来た前衛型の男子二人がそわそわとその辺りを気にしているので、これ以上の手間はかけないことにして完成を宣言する。

「シェイファーさん、そ、それは!?」

「野苺。向こうの茂みに群生してた」

 デザートまで付くという充実ぶり。本人は何でもないという顔をしているが、これが彼の特殊能力なのか、単に彼が食べられる野草の種類や見つけ方を熟知しているだけなのか、結論に迷うところだ。

 リベカが手伝いたがるアンジェリンをどうにか牽制しながら作った食事はおおむね好評で、リベカは密かに胸を撫で下ろした。正直なところ、食事の支度と後片付けの手際くらいしか自分の仕事はないであろうと予測していたのだ。

 アンジェリンは野草を刻もうとして草の汁で緑色に染まったきり落ちないままの指先を眺めてしきりに首を傾げている。

 どうしてそうなるのか、どうして水で二度洗いしても落ちないのか、リベカも不思議でならない。


「目的地まであと半分というところだ。かなりいい調子で来ているな」

「川を離れて登りが増えますから、多少足は鈍りましょう」

 食事の後片付けと火の始末をしっかりとして、一同は再び歩き出した。

「あとは得点ですが……」

 ジリアンとブラムの会話を何とはなしに聞きながら、リベカはそういえばここに来るまでの間、あの箱のような、点になりそうな物品は他に発見できていないなあと思った。以心伝心でかアンジェリンが同じ疑問を口にする。

「あの箱のように、何かありそうな物も見つけられませんわね」

「そうだな。それぞれに気を配って周囲を観察していたことと思うが、それらしいものがない」

「逆に、あれだけわかりやすい物の方が少ないのでは?」

「なるほど、つまり、あの箱に気を取られて、他の、より巧妙に隠された得点を見落としている可能性もあると?」

「申し訳ありません。私があんなものを気に留めなければ……」

 リベカはエイジアとともに黙っていたが、さすがにこれはまずいと思い容喙した。

「まあ、リベカのせいなどではないわ」

「そうですとも。むしろ、よくぞ気付いてくださいました」

「あの箱を気付かなかったところで、他の得点源を見つけられたとは限りません」

 アンジェリン、ジリアン、ブラムが口々にフォローしてくれる。

「待ってくれ」

 紳士淑女とはまことに親切な人種だとリベカがしみじみ思っている時、それまでずっと黙っていたエイジアがぽつりと言った。

 彼はいつの間にか最後尾にいて、その歩みも遅れていた。少しばかり離れていた数歩分を、足を速めて詰めてくる。作り物のように端正な顔は考えを表現する手段を知らないかのように、凄味のある無表情だ。

「俺の気のせいならいいんだが、後ろから何か変な奴が近づいてくるみてえなんだよ」

 アンジェリン、ジリアン、ブラムが素早く目配せを交わし合い、アンジェリンは箱を調べた時のように、ゆったりと歩みながら顔を前に向けたまま手をゆらゆらと動かして呪文を小さく口ごもる。魔法を完成させるために必要な魔力の誘導と構築に必要な最低限の挙動だ。もっと熟練すれば、身振りや詠唱すら必要なくなるという。

 ジリアンとブラムはさりげなくエイジアと並び、肩でも叩く風にして前へと押しやった。男子三人で並ぶことで、アンジェリンのわずかな身振りを隠そうという意図もあったのだろう。

 少しつんのめったエイジアがリベカと並ぶ。リベカは小声で訊いた。

「後ろの方々、ざわざわしていますの?」

「ああ」

 リベカはそれを信じた。恐らくは、追いかけてくる何者かの周囲の草木が、エイジアに何かを伝えようとしたのだ。

 アンジェリンが顔を上げて、振り向いて、挑むように顎を引いた。同時に小さく唇を開く。

「知らない相手ですわ。敵意というには弱いですが、似た感情を捉えられました」

 感知の魔法を使って、エイジアの言葉を肯定した。少なくとも、他の班と遭遇したというわけではないようだ。

 彼女たちは川辺を離れ、差し掛かった丘を登りかけていた。

「何者でしょう。魔獣でしょうか?」

「攻撃してくる気なら、このまま気付かないふりで逃げ切れるものではないと思います」

「迎え撃つなら、こちらが上にいるうちがいい」

 ジリアンの囁きに、ブラムとアンジェリンが同意し、背中の荷を下ろした。剣を抜きながらアンジェリンはリベカの側を通り過ぎ様に、リベカの目を見て少し微笑んだ。力づけるように。

「リベカ、信号の魔具を」

 リベカは、何かが起こった時に、一番手が空くであろうという理由から、教官に迎えを要請する合図を発する魔法の道具を預かっていた。純粋に、各々何が出来るかを話し合った結果の役割分担だ。

 リベカの掌ほどの長さと親指くらいの太さの、磨き込まれた石とも木ともつかない素材のつるりとした棒の形をしているそれを、荷を背負ったままでも取り出せるよう、背嚢の側面の物入れに差し入れてあった。

 後ろ手にそれを掴んだ。自分も荷を下ろして身軽になるべきだとまでは考えが回らなかった。

 その間に、ジリアンが後方の何者かに誰何する声が、耳を通り抜けて行った。

 アンジェリン、ジリアン、ブラムは抜き身の剣をそれぞれの流派に即したかたちで油断なく構えている。その背越しに、草むらを掻き分けたような跡が来た道の方へ続いている。

 何かが姿を現す気配はない。

 リベカは魔法の道具を起動させるための簡単な合言葉を唱えた。

 魔法力の弱い学生でも使えるように、可能な限り簡易処理を施されて作られた、高性能且つ高価な道具だ。道具そのものに特に反応があるわけではないが、合言葉一つで教官の元へはどの班が信号を送ってきたか、どこにいるのかが伝わっているはずだ。

「え、もう使ったのか?」

 ジリアンが意外そうに呟く声が聞こえたが、早まったとは思わない。

 その時、先程まで後ろだった斜面下方の草むらの凹みが、突如として膨れ上がり飛び散った。

 同時に見知らぬ男が短い驚きの叫びを上げて飛び出した。うろたえたようにたたらを踏み、一目散に来た方へと走り去っていく。

 彼が直前までいた草むらは、急速にその丈を伸ばし、何かを探し求めるかのように宙へ向かってその茎と葉をくねらせて、止まった。

「すまん、かわされた」

 エイジアの短い声がして、彼が植物に働きかける魔法を使ったのだと知れた。

 追いますかとブラムの後姿が言い、ジリアンが無駄だと制止する。アンジェリンがなんなのかしらと呟き、次いでリベカの視界から消えた。

 空気が戦ぐさやかな物音が左からして、一瞬遅れて肌を刺すぞっとする感覚が襲い来た。

 慌てて体ごと振り向けば、友人が剣を振り切った先で、それをかわして後方へと退避したと思しき別の男が、深緑を踏み拉いて着地したところだった。平服の上に使い込んだ質感の革鎧を着けた、組合員風の見てくれをしている。そして先程の男もそうだが、覆面を着けている。学校の関係者には見えない。

「おまえはいずこの手の者か! 何ゆえ我らをつけ狙う!」

 アンジェリンがその場を切り裂くような怒声を張り上げる。

 もう一人の男は答えない。かわりに、舌打ちをした。敵意と、どこか苛立ちや焦りのようなものがその目に窺えた。

「子供が好奇心で余計な事に首を突っ込んできやがって。とっとと逃げ出しちまえばつまらん怪我もしなくてすむぞ」

 どすの利いただみ声は典型的な悪者の響きを放っている。実習の敵として雇われた外部の者だろうか。それにしたところで柄が悪そうだ。

 友人が目の前に立ちはだかってくれている事で、リベカの心に若干のゆとりが生まれた。思い出して、背の荷を下ろす。アンジェリンやエイジアに比べると大幅に隙が多いが自分に使える数少ない魔法を唱えようかと考えた。未熟なので大きな動きと詠唱を必要とするが、他の仲間たちへ向かう気を引き付けることができるかもしれない。その分無防備になる自分と自分を庇う仲間の危険は増す。男たちが飛び道具など持っていたなら、むしろ格好の的ともなる。

 結局、リベカは昨年の実習と同じで、より危険な方を見定めて注意喚起なり妨害なりしようと決めた。

「ブラム!」

「さっきの!」

 今はリベカの右手にあたる位置で、主従が何やら忌々しげな声を上げている。目の前の事柄だけに対応せずともよい者は自分だけだということを思い出し、魔法を唱えることは一旦諦め、少しでも情報を求めて右を見た。

 最初に一目散に逃げて行ったと見えた男が、再び姿を現していた。小剣を抜いている。晴天の光を弾き返す艶めきはその刃が本物であると知らせている。

「ジリアン様、ここは自分にお任せを。フェルビースト嬢をご支援なさいませ」

「わかった」

 ブラムの言葉に頷くジリアンに対して、アンジェリンは内心どうあれ我を張らなかった。口論している暇はない。

 エイジアはリベカの後ろで、魔法の準備中だ。

 リベカは、何かの糸口を掴めないものかと二人の男の様子を観察した。

 どちらも大人の前腕ほどの小剣をちらつかせているが、積極的に攻撃してくる意思はないようだ。こちらも数の上では勝っているし、うち三人は小剣よりも射程の長い長剣を持っている。向こうが怪我をすることになりかねない。

 それとも、たまたま遭遇しただけで、狙いは別のところにあるのだろうか。

 二対一になった左側で、ジリアンが勇ましく謎の男に斬りかかった。男は後退しつつ小剣で受け流し、引き戻し様に素早く手元を翻して彼の懐に突き込んだ。

 リベカは息を飲んだが、がつ、と硬い音がして一瞬その姿がぶれて見えた。

 驚愕の表情を浮かべたジリアンは、入れ代わりにアンジェリンが飛びこんできて男を牽制した機に乗じて身を引いた。

「すまない」

「お礼はエイジアになさって」

 その時リベカは、視界に立ちはだかる友人たちの背中が先程より小さくなっている事に気が付いた。

 引き離されようとしている。もしやという思いとともに浮かんだ考えに従い、急ぎ背後を振り返る。そして、叫び声を上げた。新たな男が視界いっぱいに迫ってきて、その腕が伸ばされるのを見た。

 思わず身をよじって逃げようとしたが、男の狙いは彼女の足元近く、ブラムの背嚢に括り付けられた袋だった。それを引っ手繰ろうとして、しっかりと結わえられた紐に阻まれる。

 男の狙いが自分ではないと気付く前に、動揺したリベカは無様によろけて尻餅を着き様に、必死に脚を伸ばして男の腕を蹴っていた。

 男の手が袋から離れる。

 同時に歯の根を鳴らしたアンジェリンが猛然と両者の間に割り込んできて、その手を狙い過たず刺し貫いていた。

 男の口から悲鳴がほとばしる。

「おまえたちは何者か。なにゆえ我々を襲う。狙いは何か。正直に申せ。手首の先を失うぞ」

 アンジェリンは苦しむ男を冷たい目で見下ろし、淡々と質した。目が秋の月のような金色に瞬いている。そこにはわずかな情けもない。先程は激昂ぶりを示す甲高い大声で同じことを訊いたものだが、今は熱く滾る怒りを通り越して絶対零度の憤怒となっている。

 男たちは答えない。掌を刺されている男でさえもだ。まじまじと観察する気にはなれないが、地面に縫い止められているのだ。

 アンジェリンは男の手の甲を貫いた剣の柄頭を踏んで、男が動く度に掣肘している。エイジアは先程ジリアンの身を守った魔法が相当反動の強いものだったのか、立ってこそいるが足元が覚束ない。リベカは元より戦力外だ。ジリアンとブラムは残る二人の男と対峙中。

 今や戦力は拮抗してこちらが不利と言えるからこその余裕だろうか。だが、アンジェリンが捕えている男は、早く手当てをしてやらなくては血を流しすぎてしまうだろう。

 リベカはなるべく周りを刺激しないように静かに自分の荷物を漁り、縄を取り出した。いっそこの男を拘束してしまえば、抵抗を受けずに治療もできるだろうし、アンジェリンの身も空く。

 ジリアンと向かい合っている男が、三人がかりで縛りあげられていく仲間を尻目に、用心深い態度を崩さず口を開いた。

「質問に応える義理はないが、悪いことは言わねえ、朝拾ったもんを置いて失せな。おめぇらにゃなんの得にもなんねえ代物だ」

 あの箱のことだ。

「それを信ずる証拠は? 我々にとっても必要なものかもしれぬのだ。そも、ここは利用目的を限られた国有地だ。一般人の侵入は処罰の対象だ。それを理解してのことか?」

 一応まだこれが襲撃に対応する課題の一環という可能性を捨てていないらしいジリアンの問いかけに隠れて、聞き慣れた音がリベカの耳朶を捉えた。

 リベカに聞こえた物音が、彼女などよりずっと荒事慣れしている男たちに聞き分けられぬはずもない。平静だった男が身じろぎをした。焦りが窺えた。

「お前らの知ったことじゃねえ。それさえ寄越しゃ見逃してやるっつってんだよ。いつまでもこうしてたいのか?」

 引き際を見定めていると感じたリベカは、一か八か声を張った。

「そ、それをお渡しすれば、お帰りいただけますの!?」

 この役を担うには、一番無力で怯えた風の自分が最も適していると理解していた。

「そうだ。早く寄越しな」

 浮きかけていた男の足が元の位置に戻る。

 リベカはブラムの背嚢の側に膝を着き、紐の結び目に手をかけた。

 すると、アンジェリンが手を伸べて妨げた。

「待って、これは本当に渡してよいものなの? あの者たちが口約束を果たすとは思えないわ」

 目配せだけでリベカの考えに対する理解を伝えつつ、用心深い口調で彼女の動きを制する。

「だけど、このままではわたくしたち、どうなってしまうの? あの人たちには他にわたくしたちへの用はないと言っているのよ。拾い物一つで済むのなら、それでよろしいではありませんの!」

 ほつれた髪を振り乱して声を荒げるリベカの様子に、男子陣は困惑しているようだった。敵と相対するジリアンとブラムに隙が生まれなければよいがと祈りつつ、リベカは言い募り、アンジェリンとの押し問答を繰り広げた。

「駄目よ、賛成できないわ」

「おい、早くしろ!」

 男が怒鳴ったその時、馬の蹄が地を蹴る音と車輪が回る音がいよいよ大きく響き渡り、彼女たちがいる丘の向こう側から、学校の馬車が姿を現した。

 男たちはてんでに舌打ちをして、身を翻した。馬車が来る方とは反対方向に走り去ってゆく。

「追う……必要はなさそうですね」

 ブラムが剣を納めながら言い、ジリアンが応えて言った。

「教官殿に詳細に報告すれば、調べはつけていただけるだろう。いささか他力本願という気もするが、これ以上の追及は僕たちの領分を越えている」



 後日、放課後の中庭の片隅で、五人は真剣な顔を突き合わせていた。

 箱は実習とは無関係であることが、あの後すぐに教官自身の口から明らかになっていた。

 経緯は不明だが、外部から持ち込まれて隠されていた物をリベカたちが間違えて拾い、それを回収に来た例の男たちが箱を手に入れようと追ってきたものだったという。

 あの男たちは箱の中身を欲しがっている者が派遣した雇われ者だった。それがどこの誰なのかは、アンジェリン達が捕らえた男からは割り出せなかった。彼は下っ端に過ぎず、詳しい事を知っているのは箱を寄越せと要求してきた一人だけらしい。

「奴らは、捕まるでしょうか。黒幕含めて」

 ブラムのそうだといいなという言外の含みを受けて、教官から簡単な進捗を聞いてきたジリアンが答えた。

「そこは警備隊の捜査力次第だろう。できうる限りの詳細な報告とともに通報はしたと教官は仰った」

「……教官殿からあたくしたちにそのような話をされることはないでしょうから、もし消化不良で釈然とされない方がいらしたらと思いまして、皆さんにもお伝えいたしますわ」

 アンジェリンが言った。

「組合で聞き込んできた話なのですけれど、先日演習場と程近い郊外で、不審な遺体が見つかったそうですの。その者はとある商会で非常勤で使われていた男で、真偽は定かではありませんが、公にしにくい仕事をしていたそうです。もしかしたら、あの箱の件と関係があるのかもしれませんわね。勿論、王都警備隊の方々におかれては、とうに調査済みのことでしょうね」

「組合では、君のような……学生に対しても、そんな話をたやすく聞かせるのか!?」

「そのようなわけはありません。組合は子供の健全な育成のために定期的に倫理と風紀を正しております。あたくしなりに情報源を確保しておりますの。それだけですわ」

 あっさりと告げるアンジェリンは、今日も夜空の星のようにきらめく橙色の瞳を穏やかに細め、可憐な令嬢の微笑みを浮かべて座っている。

 不測の事態に際して、怪我もなく賢明に判断し立ち回った、全員無事でよかったと、教官からは褒められた。

 だが形式的には五人は課題途中で救難信号を送ったことで実習打ち切りとなり、単位を獲得できなかった。後日追試の課題が言い渡される予定だ。

「私が余計なものに気が付いてしまったばかりに申し訳ありません」

 こればかりはリベカは心をこめて全員に詫びた。中止扱いとはいえレポートの提出は課せられている。一日で及第点を取るどころか、二度手間になってしまった。

「なんの、我々とて課題の詳細はわからなかったんだ。どんな可能性でも考慮するのは悪い事ではないよ。追試を頑張ろうじゃないか」

「そうです。教官も仰っておいででしたが、いち早く信号を送られたのも英断でした。私が同じ立場ならばそうとはならず、ならず者どもとの対決がいたずらに長引いていたでしょう」

 ジリアンとブラムは朗らかにリベカの謝罪を受け入れ、既に次への意欲を見せている。

「あと最後の小芝居な。最初のうち、おまえが緊張に耐えられなくなったと思って騙されかけたぜ」

 エイジアがからかい含みに、少しばかり恥ずかしい話を掘り返した。

「まあ、小芝居だなんて!」

「あら、エイジアはわからなかったの? あたくしは即座に、時間稼ぎのための演技だとわかってよ?」

 抗議するリベカの隣で、アンジェリンが誇らしげに胸を張った。

「息ぴったりだったもんな」

 苦笑するエイジアに同意するように、ブラムとジリアンも恥じるように目を伏せた。

「私もコルネイユ嬢の真意を汲み取れませんでした」

「僕もだ。まだまだ精進が必要だと思ったよ」

 ジリアンはあの日魔法で救われた礼を、その日のうちにエイジアに告げた。以来両者の間には和やかな空気が流れている。

 聞けば、あの時の魔法はやはりエイジアの放った≪肉体鎧化≫というもので、本来なら心の臓にまで達する刃の突き込みを皮膚の手前で防ぐためには、魔法力豊富なエイジアが残りの魔法力の全てを注ぎ込んでようやくという危ういところだったらしい。それも効果はほんの少しの間だけだったという。事実、その魔法以後、エイジアはふらふらで何もできていなかった。

 サヴィア家からはすぐさま謝辞が届いたという。ジリアンは騎士を志す者として不心得をこっぴどく叱られただろうが、今はそれをおくびにも出さない。

 謝罪と言えば、リベカもアンジェリンから頭を下げられた。守ると約束したのに、危険な目に遭わせてしまったと。多分、三人目の男が飛びかかって来た時のことを言っているのだろう。

 男の狙いはリベカではなく足元近くの箱で、リベカ自身には怪我ひとつなかったのだが、アンジェリンにとっては、守らねばならない存在に敵を近づけるだけで、約束は果たされなかったことになるらしい。

 リベカにとっては確かに恐ろしい出来事だったがそれはアンジェリンのせいではないし、許すも何もないのだが、それを友人に納得させることはできなかったので、結局許すと宣言してようやく収束した。

「結局、課題加点要素というのは何だったんだろうな。今となっちゃ関係ねえが」

 エイジアが話題を変えると、やはりジリアンが答えた。

「今まで習ったことがちゃんと実践出来るかどうかっていうのを見るらしいよ。役割分担がうまくいっていたか、食事の用意や火の始末、道中の行動で環境への負担が最低限に留められているかといった、ね。さすがに敵が登場するなどといった演出はしないそうだ」

「演出に関しては、今はまだ、かもしれません」

「そうですわね。やはり強敵に打ち勝ってこその訓練ですものね!」

 まだまだ物足りないといった風情のブラムが軽口を叩き、アンジェリンが同意する。

 リベカは一般人として、力ない主張をした。

「私は、ずっと今のままでいいです……」

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