第四十七話「江口久熊と星空叶亞の関係」・4
《どうやら、今日は晴れているようだな。傘を返しにきたのか?》
《う、うん。まぁ……その次いでにお見舞いにでも……って》
《ほぅ、変態軍団のトップにわざわざお見舞いをしにくるとは。不思議なものだ。俺と君は敵ではないのか?》
向こうから言われると何だか恥ずかしくなってくる。確かに普通ならお見舞いになんてこないんだけど、昨日のお礼がどうにも私の足をここまで動かしたらしい。
《具合はどうなの?》
《ん~、熱が少々な。後喉が少し痛む》
《じゃあ、あまり喋らない方がいいわね》
私はさっさとお暇しようとした。第一、お見舞いといっても何も持ってきていない。長居するのは久熊くんにも悪いだろうし、何よりも私が風邪をもらってしまう可能性もある。マスクだってつけてきていないし。
《まぁ、元気そうだし……その分だと明日には来られるんでしょ?》
《……ゴホ、おそらくな》
寝返りをうちながら久熊くんはそう口にした。
と、その時、部屋の扉がノックされた。
《久熊、入るわよ?》
《ああ》
入ってきたのは久熊くんのお母さんだった。どうやら、食事を持ってきてくれたらしい。丸いおぼんにおかゆと水の入ったコップと薬がある。
《久熊、お母さんこれから買い物してくるから。それで、悪いんだけど……え~と》
《あっ、星空です!》
そういえば名前を教えていなかったと慌てて名前を告げる私に、お母さんはにっこり笑んで口を開いた。
《星空さんね? 悪いんだけど、私が帰るまでの間、もしよかったら留守番を頼めないかしら? 最近は物騒だって言うし……》
《は、はい。いいですよ? どうせ、今日はこれといって用事もないですし》
《そう? 悪いわね》
《いえ……》
私はお母さんに頼まれて思わず了承してしまっていた。本当はこれから帰るつもりだったのだが、事情が変わってしまった。まぁ、仕方ない。少しくらいならば留守をしてあげてもいいだろう。
それから久熊くんのお母さんはエコバッグを片手に買い物へと出かけてしまった。
再び私と久熊くんの二人きりに陥ってしまう。
《江口くん……、おかゆ食べないの?》
《どうにも体が怠くてな》
さっきまで普通にしていたのに、突然そう口にする久熊くん。
《じゃあ、体くらい起こせる?》
《何故だ?》
《……仕方ないから食べさせてあげる》
私も何を口走っているのか分からなかった。でも、食べないと栄養はつかないし、ずっと欠席のままでは何だか昨日の自分を思い出して罪悪感に苛まれるのだ。
《いいのか?》
《いいって言ってるでしょう? 早くっ!》
私が急かすと、久熊くんはゆっくりと上半身を起こした。私はおかゆのつがれたお椀かられんげで掬うと、久熊くんの口元へと運んだ。その際、ちゃんともう片方の手でれんげからおかゆが溢れないように添える。
《はい》
《……熱くて食えん》
《はぁ、分かったわよ。それくらい自分で冷ましなさいよね? ふぅ……ふぅ……はい》
自分の口元にれんげを近づけ、お粥の熱を冷まして再び久熊くんの口元に近づける。だが、久熊くんが口を開けない。何故?
と、不思議に思っていると、久熊くんが指をメトロノームのように左右に振って言った。
《分かっていないな、君は。普通、食べさせる際には「はい、あ~ん♪」と相場が決まっているのだ!》
《あぁもう! いちいち注文が多いわね! ったく……はい、あ~ん♪》
《あ~ん》
私がやけになって言われたとおりにやると、ようやく久熊くんがおかゆを食べてくれた。
それをずっと繰り返し、食べ終わる頃にはその同じ動作だけで三十分以上も時間を消費してしまっていた。
《え~と、薬飲まないといけないのよね? ほら、お水と薬》
それぞれを久熊くんに手渡す。その際、不意に相手の手が私の指に触れた。思わずビクッとしてしまったが、ここで手放してしまったら水がこぼれてしまうので、何とか耐え切った。
薬を飲み終えたのを確認すると、私はそれをおぼんに戻した。
《何か他にある?》
《う~ん、そうだな。冷やしたタオルを額に当ててくれないか?》
《はいはい》
私はゆっくりとその場に立ち上がると、おぼんを持って一階へと降りた。それから台所へと向かうと、おぼんを食卓に置き、近くにあった真っ白なタオルを視認し、洗面器を風呂場から持ってきて氷水を用意する。そして、それらを全て両手で持って二階の久熊くんの部屋へと戻る。
タオルをぎゅっと絞り、ある程度の水分を含ませた状態で久熊くんの額に乗せる。
《……どう?》
《あぁ、大分楽になった。すまんな》
《いいわよ、これくらい》
それから私は幾度かタオルを取り替えては冷水につけて絞り、久熊くんの額に乗せるという作業を何度も繰り返した。
その後、久熊くんのお母さんが帰ってくると外も大分暗くなってきていたので、私は久熊くんの家を後にした。
次の日、久熊くんは無事復帰していた。体育祭実行委員会の仕事を終わらせ、本番の体育祭まで後数日。その日、体育祭で行われる種目が決まった。その中に、彼らの目論む七種目――七つの贖罪は存在していなかった。変態軍団のメンバーは多くの異議を唱えたが、意外にもトップに君臨する久熊くんはそこまで異を唱えることはなかった。それどころかその怒りを治めるほどだったのだ。
《何でっすか、ボス! ボスだってあれほど七つの贖罪をやりたいって言ってたじゃないっすか!!》
《俺はわかったんだ。七つの贖罪をやったところで、一時的に我々の目を癒すだけであって、永遠ではないとな。それでは何をやっても意味がない。だからこそ、俺は決めた。近々ボスの座を降りる》
その言葉に誰もが度肝を抜かした。その場にいた私も驚いているくらいだ。
《ボス!》
《もう俺はボスではなくなる。次のボスは……俺が一番後を継ぐに相応しいと思うこいつに任せる》
それが現在の変態軍団のボスになっているらしい、藍川くんだった。
こうして久熊くんは体育祭を終えた辺りからボスの座を降りることになった。だが、それでもまだ幹部メンバーが納得していないらしく、せめてビックイベント三つを全て終わらせてからにしてほしいと言われた。最初は乗り気ではなかった様子の久熊くんだったが、藍川くんに頼まれると致し方なくなったらしく、しょうがなく頷いていた。
《江口くんはそれでいいの?》
《仕方ないさ。でも、卒業すれば変態軍団ともおさらばさ。そうすれば、俺は一匹狼になる》
何だか久熊くんのその表情は憂いでいた。何か心配なことでもあるのだろうか?
それからも久熊くんの表情が晴れることはなかった。
そして迎えた卒業式……。
久熊くんは変態軍団の十幹部、並びに藍川くんに囲まれていた。皆男泣きしている。久熊くんもその時ばかりは何かを思っていたらしく、目元に涙を浮かべていた。
その様子を遠目で見つつ、私は叶愛ちゃんと話をしていた。
《お姉様、とうとう卒業なさるんですね》
《そうね。体育祭実行委員会も叶愛ちゃんに譲ったことだし、もう私に心残りはないわ》
まるで死に際の人が呟くようなセリフを口にする私に、叶愛ちゃんも涙を浮かべていた。
《何泣いているの、叶愛ちゃん? 別に学校では一緒にいられなくなるだけで、家に帰ればいつでも会えるじゃない》
《そりゃ、そうですけど……》
それでも今までの学園での会話や思いでなどを振り返ると何か思うところがあるのだろう。私は優しく妹を抱きしめてあげていた。
《お姉様……》
しばらく叶愛ちゃんを抱きしめてあげていたその後、私は教室へ戻ろうと廊下を歩いていた。
と、その時――。
《待ってくれ、星空叶亞》
《ん? どうかしたの?》
《話がある》
私は真剣な表情になっている久熊くんに気圧され、後をついていった。
やってきたのは体育館裏……まさか――。
《星空叶亞……、ずっと言おうと思っていたことがある。どうか、最後まで聞いて欲しい》
そうして彼の口から出た言葉は、大体私が予想しているとおりの言葉だった。
《――好きです、付き合ってください!!》
思ったとおり、その一言だった。その言葉が口から出る前にいくつか私についての事だとか、自分が抱いていた思いだとかを延々と語っていた様子だが、残念ながらそれらの言葉は思い出せない。ただ残っているのは最後に口に出されたその言葉だけだった。
《……返事は放課後まで待つ。今すぐに答えは出さなくていい。真剣に考えてくれ》
そう言って久熊くんは踵を返して行ってしまった。
《……どうしよう》
私は迷っていた。別に久熊くんの事が大嫌いなのではない。ただ、体裁状そう口にするのが怖かった。出来る事なら秘密にしてほしい、そう思った。
だから私は――。
《それで、返事は?》
放課後、私は久熊くんに再度呼ばれて体育館裏にやってきていた。
《うん、分かった。いいよ? 付き合っても》
《本当か!?》
《ただし! 条件が一つ……私と付き合っているということを秘密にしてほしいの》
《何?》
その言葉に久熊くんは驚いていた。確かにそれもそうだろう。普通なら内緒でこそこそ付き合うなんてことはしないはずだ。
《いつまで……秘密にすればいいんだ?》
《そうね。まぁ、結婚するまで……かな?》
どれだけその言葉が重たいかは私にもわかる。リスクの高い条件だ。誰にもバレないように付き合うなんてそんな高度な付き合い方はそうそう出来るものではない。何しろ、デートに行く時でも周囲に気を配らなければならないのだ。変装するという手もなくもないが、下手をすればバレる可能性は十二分にある。
《……分かった》
《え、本当にいいの?》
てっきり諦めるのかとも思ったが、どうやらそこまでの決意らしい。
《要はバレなければいいのだからな》
何か策があるのか? でも、そこまで自信があるというのであれば任せてみてもいいかもしれない。
《うん、分かった》
そうして、私は久熊くんと付き合うことになったのだった……。
そして大学生になり、私と久熊くんは今も付き合っている。で、今に至るのだ。
――☆★☆――
「――ま、こんな感じかな? どう? 分かったでしょう? 変態は変態でも中にはこういった変態もいるんだよ!」
「はぁ、お姉様……。まさかここまで汚染が進んでいたとは。完全にあの男の毒牙にかかってしまっているじゃないですか! あぁ、お労しい」
叶愛はおいおいと涙ぐんで姉の変わり果てた姿を嘆いた。
「まあ、人は変わる物だからね。叶愛ちゃんもその内変わると思うよ? ううん、もしかしたら既に変わっているかもしれない。それに、今の叶愛ちゃんは少し顔つきが柔らかくなってるしね」
「へ? な、何言っているんですかお姉様! わ、私の顔つきが? それってどういう……」
意味が分からないという風に質問する叶愛に、叶亞はう~んと唸りながら人差し指をぴとっと顎にくっつけて言った。
「そうね……好きな人が出来た、とか?」
「そ、そんな! あ、ありえませんっ!! 決してそのようなことは!」
「ホントかな~? その割には図星、みたいな顔してるけど?」
いたずらっぽい笑みを浮かべる叶亞が、ぐいっと顔を近づけ、それから離れるように顔をそらす叶愛。
「まぁ、いいわ。で、体育祭っていつ?」
「え? えと……後、七日後です」
何でそんなことを訊くのだろうと不思議に思いつつ叶愛がそう答える。すると、しばらく考え込んだ叶亞が口を開いた。
「うん、問題なさそう。叶愛ちゃん、体育祭……私たちも行くね?」
「……え? えええええええええっ!? お、お姉様、た、体育祭にいらっしゃるんですか!?」
「うん! ダメ?」
少し潤んだ瞳で首を傾げる叶亞に、叶愛は首をぶんぶんと左右に振った。
「そんな、滅相もありません! で、ですが……大学の方は?」
「あぁ、それなら大丈夫! その日授業入ってないし!」
「そ、そうですか……ですが」
「ん?」
「実は、七つの贖罪が行われそうでして……」
「あぁ、あれ? ん~まっ、何とかなるんじゃない?」
あまりにも他人事な感じで返される叶愛。最早何も言い返せなかった。ただ途方に暮れるしかない。もう、期限は迫ってきている。教師達の投票結果によっては行われてしまうのだ。あの恐ろしい変態競技が……。
「お姉様……」
「心配することないわ、叶愛ちゃん。いざとなったら守ってくれる人がきっといるはずだから!」
何でそんな自信が出てくるのかは分からない。だが、せっかく姉が行ってくれているのだから、信じてみようとそう思った。
次の日……。体育祭で行われる種目の最終種目決定日。ついに教師陣からの投票結果が出た。後はこれを開票係である貝咲秋乃に任せて結果を確認するだけだ。
この場には変態軍団のボスである藍川亮太郎と、その護衛を務める十幹部の内の二人、『|微乳を愛でし者〈つるるん・ラブ〉』――鶴吉と、『|美乳の愛好家〈ぷるるん・ラヴ〉』――日暮里、体育祭実行委員会の北斗七星こと北斗と乙女がいる。また、響史もこの場にいた。
「――投票全て確認し終えました」
「それで!?」
「結果はどうだったんだ? まぁ、結果は明らかだけどな」
既に結果を知っていると言わんばかりに口元に笑みを浮かべている亮太郎。だが、全ては秋乃の一言次第だ。
全員がゴクリと息を呑む。そして、秋乃は口を開いた。
「一点差で、YESの方が勝ちました。結果は――変態軍団の勝利です」
その言葉に一気に体育祭実行委員会メンバーの血の気が引いた。顔面蒼白となり、例の条件内容を思い出す。絶望が心を蝕んでいき、変態軍団にされることを想像する。怖気が走り、身の毛がよだつ。
封印は解かれた。今年の体育祭で、『七つの贖罪』が行われることが確定したのだった……。
てなわけで、過去編が終わり、ようやく現在の時間軸に戻ってきましたね。で、投票の結果七つの贖罪が行われることに!!
といっても、やることにならないと話が進まないんですけどね?
また、久熊くんと呼んでいる理由も大体理解できたかと思います。要は付き合っているからです。看病の後の時間軸結構すっとばしましたが、四十七話の過去編で収まりきれなくなったのが理由です。
てなわけで次回予告……護衛役と響史との絡みがようやく増えそうな予感。
後、体育祭の種目が完全に決まったのでその練習、とかが内容になると思います。
次回のお話は十一月になる前には更新できそうにない……かもしれません。




