第四十七話「江口久熊と星空叶亞の関係」・1
過去編みたいなものです。
《――というわけで、今年の体育祭はこの二十種目で行うわ。異論はないわね?》
《いいや、異議アリだ! なぜ、なぜだ! なぜ我らの申し出を聞き入れない!?》
《はぁ、当たり前よ。あなたは私に何と言ったかしら?》
《? 七つの贖罪を行いたい……そう言っただけだが?》
《それが問題なのよ! 七つの贖罪……あなた達が考えるそんなおぞましい種目をやらせるわけないでしょう?》
そう言い合う二人の生徒。それが去年光影学園に在籍していた私――星空叶亞と、彼――江口久熊くんだった。
一年前、私は生徒会の体育祭実行委員会という役職の委員長についており、その委員会には妹の叶愛ちゃんも副委員長として参加していた。
そんな私の所属するこの委員会には敵が存在する。それが学園が創立された時から存在しているという組織――変態軍団アスメフコーフェッグなるものだった。そして、その軍団のトップに君臨しているのが、先程も言った久熊くんだった。
ところで先程から気になっているこの『七つの贖罪』であるが、それが一体何であるか、そこからまずは説明しよう。
七つの贖罪――意味はそのまま体育祭で行われるとある七つの種目を行うというものだ。しかし、なぜこれに贖罪という言葉が使われるのか。それは、普段女子が変態軍団に対する軽蔑の眼差しへの復讐なのだ。即ち、この体育祭によって変態軍団は女子に罪を償わせようとしているということだ。
だが、たかが七種目如きで女子に罪を償わせるなどということは不可能だろう。いや、まず第一に根底から間違っている。何せ、女子は何も罪など犯していないのだから。
とはいっても、変態軍団には何を言っても馬耳東風――聞き流してしまうので意味はない。
話を戻そう。
七つの贖罪――七種目は、変態軍団に存在する十幹部によって決められている。幾年かに一度、幹部メンバーは入れ替わるそうだが、詳しい事情は知らない。だって、変態軍団にいるわけではないのだから。
現在判明している幹部は高等部二年の『巨乳の評論家』――『巨郷 揺宗』くん、高等部一年の『脇に求めし理想郷』――『柿谷 脇衛門』くん、高等部二年の『永久不滅の愛玩対象』――『綿頭 甘受郎』くん、高等部一年の『罵詈雑言を吐かれし観念者』――『霧能 瑛足』くん、高等部二年の『全異性の芸術的激写』――『土田 武』くんの五人。残り五人は名前までは判明していない。
噂によると、残りの五人は全員中等部三年生らしい。ただ、分かっているのは幹部より上の格につけられるという二つ名。
『神より授与されし美手』、『曲線の軌跡を描きし双臀』、『不微動の貧困者』、『微乳を愛でし者』、『美乳の愛好家』の五つ。
なんとも二つ名を聞いただけで怖気を感じるものがあるが、この五人が中等部三年にいるらしい。中等部も落ちたものだ。
そして、肝心なその十人によって決められた七種目の内容だが、名前だけは判明しているが、その内容までは完全には把握されていない。
『跳ねろ、弾め! 巨大縄跳び!』、『天を掴め! 雲梯のサイドツアー』、『弄り当てろ! 何がインてるでショー!』、『ウネる変な道を御足で進め! 七転び八起き!』、『不快な感触を乗り切れ! 匍匐前進!』、『懇願要求、童顔女子の借り物競争』、『抱き合い進め! ヌルットの滝』の七つ。名前だけでやりたくない感が満ち溢れている。
なので、そんな種目は出来ないと私達体育祭実行委員会は全力をもってして阻止した。その結果――私達が勝利し、変態軍団の変態的計画は頓挫した。計画は凍結。七つの贖罪はその種目内容の危うさが危惧され、学園女子による意見の元、封印が決定づけられた。
《くそ、なぜだ!? 何故理解できんのだ!! 素晴らしきあの七つの贖罪を行わないなど、貴様らはそれでも男かッ!!》
《江口くん……、私たちは女よ?》
《くそ!》
歯噛みし心底悔しそうにしている久熊くん。当時、私は彼のことを久熊くんではなく、江口くんと呼んでいた。本来なら、君付けなどでは呼んでいなかったかもしれない。
では、なぜ私が彼を久熊くんと呼ぶようになったのか。それはもう少し時間が経ってからのことになる……。
放課後――。
私は昇降口に赴いていた。理由は至極単純。帰宅するためだ。
だが、今日は生憎の天気――雨だった。今の時間はやや小雨だが、確か天気予報によればもう少しで大降りになると言っていた。下手をすれば土砂降りという可能性もある。しかし、心配はない。なぜなら私は、朝の天気予報で雨が降ることを知っていたので、傘を持ってきていたのだ。
《……あれ? どこにも、ない》
思わずきょとんとなる私。無理もない。いつも置いてある傘立ての場所に、私の傘がなかったのだから。
そこで私はもしもの可能性を考えた。そう、雨が降っている時には必ず起こりうるアレ……。
《……ぱ、パクられた》
途方に暮れるしかなかった。せっかく持ってきたのにそれを誰かに盗られる。しかも、その生徒は雨に濡れないのに、私は濡れることになってしまう。そんなこと、許されるだろうか? 否! でも、だからといって私がここで借りパクをしてしまったら、それは負の連鎖である。
こうなったらお母様達に電話してリムジンで迎えに来てもらうかとも考えた。しかし、私は電話をするのを躊躇った。
ちなみに、リムジンと言ったが、実は私――星空叶亞と妹の叶愛ちゃんは、星空財閥の娘なのである。
かの有名なバブルドリームカンパニーの収入にはさすがに負けてしまうが、それでもほんの少しの差である。そう、軽く一億くらいの。
話を戻そう。そもそも私が送り迎えを頼んでいないのは、そういう風景を周囲の生徒に見られたくなかったからである。まぁ、第一にお父様に申し訳がなかった。お父様は私と叶愛ちゃんが幼い頃から忙しく、ロクに遊んでもらったことさえない。なので、思い出もそんなに存在はしない。かと言ってお母様と遊んでいたのかというと、そうでもない。だから、私は本当に一人っ子じゃなくてよかったと思っている。もしも一人っ子であれば、親の愛情を知らず、性格のねじ曲がった嫌な女の子に育ってしまいそうだったから。
《どうしよう?》
困った。雨の中帰れば、それはそれでお母様達に怒られそうだ。やはりここは雨が止むのを待つのが得策だろうか? いやしかし、そうするといつ止むか分からないし、もしも遅くなったら逆に心配をかけてしまうのではないだろうか?
《はぁ……叶愛ちゃんも帰っちゃったし、相合傘して帰ることも出来ないし……》
と、その時だった。
《おやおや、これはこれは誰かと思えば星空叶亞さんじゃないですか?》
口調は嫌に丁寧だったが、この声音は分かる。あの男――久熊くんだ。
《何か用?》
ツンとした態度で、私は彼に返した。すると、久熊くんは肩を竦ませて言った。
《やれやれ、少しは固くならずにもっと明るく振る舞えないのか。君は》
《な、なによ! そんなの、私の勝手でしょう? 用がないなら話しかけないでくれる? 私は忙しいの! これから帰らなきゃいけないんだから!》
《ほう? その割には傘がないようだが……まさか、雨の中傘なしで帰るつもりか?》
顎に手をやり、意外そうな顔で私を見てくる久熊くん。そんな彼にムッとなった私は言い返した。
《いいじゃない! たまには雨に打たれたい時だってあるのよ!》
《まぁ否定はしない。それに止めもしないさ。いやむしろ、この夏の時期に雨の中傘なしで帰るというシチュエーションは是非ともやってもらいたい!》
《え? な、何で……?》
やけに勧めてくるのには何か理由があるのでは? と考えた私はそう質問する。すると、自慢気に久熊くんは言った。
《そんなもの決まっているではないか! 雨に濡れて下着が透けて見えるからだ! どうだ、萌えるシチュではないか!! フハハハハハ! 素晴らしい、これだから夏の雨はたまらんッ!!》
《へ、変態っ! い、いきなり何を言い出すかと思えば……! あなたはいっつもそうね! 頭が常にピンク色なんじゃないの!?》
《フッ、よせ……照れるではないか》
《ほ、褒めてないわよっ!!》
眉間に軽く指を添わせて何やら訳の分からないポージングをキメる久熊くんに、私は思いっきりツッコミをかました。
《まぁ、それはともかくとして……どうやって帰るつもりかな? 傘はないのだろう?》
メガネなんてかけてないのに、さもあるかのようにメガネを上にあげる動作をする久熊くん。なぜだろう、無性に腹が立つ。
《そうよ。まぁいいわ……濡れてでも帰るから》
《待ちたまえ。体育祭実行委員長ともあろう君が、そのような軽率な行動を取るのはやめたまえ。それに、傘ならばある》
その言葉に私は思わず足を止めた。後ろにいる久熊くんに振り返り怪訝な顔をする。すると、その表情を見てニヤッと口元に笑みを浮かべこう言った。
《ここだ》
そう言って自慢気に通学バッグの中から取り出したのは、折り畳み傘だった。
《お、折り畳み……傘?》
《ザッツライト! その通りだよ、星空叶亞さん》
《何? 嫌味? 見せつけて自慢した挙句に帰るつもりなのでしょうけれど、相手が悪かったわね。生憎と、私はそのようなことを気にするほど小心者ではないわよ?》
《おっと、自意識過剰になるのはよしたまえ。俺は何も自慢などをするつもりは毛頭ない。ただ俺は、途方に暮れている金髪の姫君を助けるために動いているだけに過ぎない》
《き、金髪の姫君? それって……》
ふと自身の髪の毛に手で触れる私。
《そう、君だよ……星空叶亞さん。さぁ、君はただ一言言えばいいのだ。傘がないから一緒に帰ってくれないかしら? ……とな》
頬に手を当ててどうやら私の真似をしているような動作をする久熊くん。だが、一言言いたい。全くもって似ていない。むしろダメだしを言いまくりたいほどだ。
《……江口くん。まず「一緒に帰ってくれない」ではなくて、「傘に入れてくれない」が正しいと思うのだけれど?》
《おっと、こいつは失敬。俺としたことが順番を誤ってしまったか。選択肢をミスれば、それ即ちバッドエンドルート直行だからな》
何を言っているのかは意味不明だが、少なくとも現実の話でないことは確かだ。
《ご厚意痛みいるわ。けれど結構よ。気持ちだけ受け取っておくけれど、一緒に帰るつもりはないから……。第一、私とあなたは敵同士なのよ? 敵と仲良く雨の中帰るだなんて、絶対にお断りだわ!》
表向きはこれ。ただし、実際の本当の気持ちとしてはただ単に変態軍団のボスなんかをやっているこの男と一緒に帰りたくなかったからだ。何よりも傘は折り畳み式……面積が明らかに普通の傘に比べて小さい。とすると、密着度合いは凄まじいことになるだろう。そうなれば、この男が私に何をしてくるかなんて予想するまでもない。
《安心したまえ。俺は君に一切危害を加えない。それは約束しよう! さぁ、俺と一緒に帰宅を――》
《ぜっ――――――たいに嫌っ!!》
私は思い切りお腹に空気を溜めて一気に吐き出した。その声の迫力に圧され、久熊くんは肩をすくませた。
《やれやれ、これは随分とまぁ我侭なお姫様だ。けど、このままではずっとこの場にとどまることになるよ? 俺と帰るのが嫌なのは顔を見ればわかる。だが、ここはひとまず休戦といこうじゃないか。……ダメかな?》
何でこんなにもこの男は軽々しく私に話しかけてくるのだろう。私とこの男は敵同士なのに。
分からない。だが、一つ分かることはこの男――久熊くんが激しく親切であることだ。
《……分かったわ、帰りましょう》
この時どうして私は頷いてしまったのだろう。あまりにもしつこかったから? いや、違う。この男に何かを感じたからだと思う。
帰り道……。
私と久熊くんは折り畳み傘を用いた相合傘状態で私の家へと向かっていた。途中まででいいと言ったのだが、久熊くん曰く家まで送り届けてくれるとのこと。本当に、変態じゃなければとてもいい人なのだが。誠に残念なものである。
《しかし、随分降っているな……。全く、借りパクをしていった生徒を是非とも突き止めて罪を追求したいものだ。そうは思わないか、星空叶亞さん?》
《へ? え、ええ……そうね。本当、いつになったらやんでくれるのかしら?》
傘を打ち付ける度に響き渡る雨音が原因で聞こえなかったのではない。ただ単に私が物思いに耽っていたために聞いていなかっただけだ。
《それで、家はこちらで合っているのか?》
《……ええ、合っているわ。でも、本当によかったの? 江口くんの家とは真逆なのではなくて?》
《ふっ、俺の心配など必要ない。俺の目的は君を無事濡れずに家へと送り届けることなのだからな》
まるで、与えられた使命を全うせんとする騎士の如く、当時の久熊くんの瞳はやる気に満ち溢れていた。でも、不思議だ。そんな人が何であんな変態的な考えに到れるのか。
と、その時住宅街の少し細めの道を歩いていた道の向こうから、一台の乗用車が走ってきた。さらに、私たちの付近に大きな水溜りが――。
《危ないッ!!》
咄嗟のことだった。私は久熊くんの後ろに立ち、彼の背中に隠れる形になる。その姿はまるで攻撃を受けそうになった姫君を守る衛兵が如く……。
その結果――。
バシャァアァァンッ!!
《……ははは、ずぶ濡れになってしまったな。まぁいい、大丈夫か星空叶亞さん?》
《え、ええ……。でも、あなたがずぶ濡れに――》
《俺のことは気にするな。これくらいへっちゃらだ》
《けれど、急いでシャワーを浴びて着替えなければ風邪をひいてしまうわ! 私の家に向かっている場合ではないのではなくて!?》
庇ってくれたのは嬉しい。けど、ここで風邪などひかれれば、罪悪感に苛まれるのは私だ。それだけは回避したかった。しかし、久熊くんは首を横に振った。
《俺の使命は美しき姫君を無事家に送り届けることだ。この命令は変わらん。与えられた使命を全うしてこそ、姫君を守りし騎士だ。そうは思わんか?》
《確かに、そうかもしれないけれど……私はお姫様でも何でもないのよ? ただの一生徒で……》
《何を言う……星空財閥のお嬢様だろう? なら、お姫様も同然だ》
どうして、そこからそういう理屈に至るのかは甚だ疑問であるが、はっきり言ってそこまでしてくれる彼――久熊くんがとてもカッコよく見えた。もしかすると、この時既に私は彼に対してある想いを抱いていたのかもしれない。
そうこうしている内にようやく私の家が見えてきた。家の門が見えてきた所で私はあることを思い出す。
《あっ、そういえば――》
《ん? どうかしたのか? 忘れ物か?》
《いや、そうじゃなくて……もしかしたらと思って》
そう言いながら私は門に手をかけた。門が閉じている。これは即ち家に誰もいないことを意味していた。なぜなら、誰かが家にいる場合は必ず門が空いているからだ。また、先程ふと思い出したことだが、確か両親がどこかの企業と話があるとかで食事に向かうと言っていた。それのせいだろう。
だが、そうなると――。
《まさか、家に入れないのか?》
《う、うん……》
物凄く申し訳ない思いでいっぱいだった。それもそうだろう。何せ、ここまで一緒についてきてもらったというのに、はっきり言って無駄足だったのだから。使命を全うする思いでここまで来たのに、久熊くんは目的を達成できていないに等しいのだ。
《ごめんね? わざわざここまで来てもらったのに……。家に誰もいないみたいで》
《いや、問題な――ブアックションッ!! ズルルッ!》
そうだった。久熊くんは今ずぶ濡れ状態なのだ。それなのに家とは真逆の私の家まで歩かせて。本来ならば家が開いていればシャワーくらい貸せたというのに、それも無理とは。
《どうしよう……これから》
《うむ、時間がかかってしまうが俺の家に来るか?》
《え? い、いいの?》
はっきり言って私は迷惑じゃないかと思った。そもそも、私はこのままここにいて両親が帰ってくるのを待った方がよいのではとも考えた。第一、いちいち久熊くんの家にまでいって、そこから帰宅するとなると、私は少なくとも二往復することになる。そういえば、先に帰ったはずの叶愛ちゃんが何故いないのだろうか? それも不思議だった。
《どうかしたか?》
《え、いや……行くのはいいんだけど、そうなると私は二往復することになるのかな~って……》
《それもそうだな。しかし、それを言えば俺も二往復することになるのだがな》
そうだった。久熊くんは初めからこちらに来る必要はなかったのだから、それをわざわざここまで送らせたこともあるし、私も無駄足をすることになってもよいのではないだろうか? 我ながら本当にそれでいいのかとも考えるが、当時の私はそんなこと思いもしなかった。
《分かった……行くわ。それに、ずぶ濡れにしちゃったっていう事もあるし……罪滅ぼしに》
《まぁ、ついてくるのが罪滅ぼしとは思わんがな》
痛いところを突かれた。確かにこの程度で罪滅ぼしになるのであれば、犯罪者なんて減らないだろう。
《では行こうか。さすがの俺もこのビチャビチャの姿では気分が優れん》
それは同情する。確かに濡れた制服とかを着ていると変に嫌な気持ちになるものだ。実は私も先程から靴に染み込んできた雨水のせいで変な感触がして気持ち悪かった。早く靴を脱いで靴下を脱ぎ去りたい。
てなわけで、少し間が開きましたがお久しぶりです。今回はサブタイ通り久熊と叶亞の関係の発展までの経緯についてと、藍川の前にボスだった男がどんな人物だったのかみたいなのを説明するために書いてます。
体育祭編なのにいっこうに体育祭が始まらなくて申し訳ありません。
もうしばらくお待ちください。五十話までには始まっています!!←これ絶対
てなわけで変態紳士、江口久熊の行動をご覧ください。




