第四十五話「叶愛と響史の取引」・3
《くっくっく、威勢の割には随分と声がビビってるぜ? ホントは怖いんじゃないのか? 去年は確かに姉の叶亞がいた。だが今年は違う。もう姉の助けは借りられねぇんだぜ? やっぱりお前は、姉の頑張りの上でしか功績をあげられねぇんだよ! 現にこの体たらくだ……。さぞかし叶亞もガッカリだろうよ》
亮太郎は肩をすくめてやれやれという動作をした。すると、その言葉に叶愛が下唇を噛み締めて叫んだ。
《お姉ちゃんは関係ないっ!! 私だけでもやれるわ! あなたなんかに……あなた達変態軍団なんかに私達は負けたりしないのよ! それに、お姉ちゃんを呼び捨てにしないで!!》
そう言って叶愛はその場に立ち上がった。
《くっくっく、ならば勝負だ星空叶愛……。俺達は絶対に七つの贖罪の封印を解き放ち、体育祭で女子達の恥辱に塗れた姿を脳内メモリーに永久保存する。お前らはせいぜいそんな俺らの邪魔をしまくるがいい! まぁ、我らの本気のスピードにお前らがついてこれるかどうかは甚だ疑問だけどな》
ニヤッと悪辣な笑みを浮かべた亮太郎は、それから北斗の方へと視線を向けた。
《そういや、俺んトコの『巨乳の評論家』が姉の方によろしくってさ……丑凱先輩?》
《あ、姉貴……にだと!? てめぇ! 姉貴に何するつもりだッ!!》
ガタッ!と物音を立ててその場に立ち上がる北斗。それを、あくまで冷静に叶愛が止めにかかる。
《落ち着きなさい、丑凱さん。ここで激昂すれば相手の思う壺よ? ここはあくまで冷静に事に対処しなければ》
《ふっ、相も変わらず可愛気のない女だぜ。そんなんじゃ彼氏一人できねぇぞ?》
肩を竦ませてやれやれと首を左右に振る亮太郎。すると、その仕草に叶愛が不愉快極まりないという風に微妙に表情を変化させた。だが、その様子に気づいていない亮太郎はケラケラと笑い続けているだけだった。
と、そこに、言い返すように叶愛が声をあげた。
《モテない歴=年齢のあなたに言われたくないわね。そういうことはせめて彼女でも作って言いなさい? まぁ、“一生”無理だと思うけれど……》
くすっと小さく笑い叶愛は言った。その言葉に亮太郎――ではなく、周囲の男子生徒達が荒々しく椅子を引いてその場に立ち上がり怒声をあげた。
《ボスに向かって何という口の聞き方だッ!! 愚行にも程があるぞ!!》
《そうだそうだ! ボスはモテないんじゃねぇ!! ボスの魅力を理解できねぇお前ら女子が悪ぃんだ!!》
などと、男子生徒は相手が目上の相手――先輩であるにも関わらずタメ口で口調を荒くして言った。その言葉に腰巾着のような存在である北斗と乙女が言い返そうとするが、二人が開口すると同時に叶愛が手をあげて制止させた。
《い、委員長?》
《せ……先輩》
唖然として叶愛を見守る二人。そんな二人に見守られながら叶愛は深呼吸してゆっくり声を発した。
《――勝負、しましょう》
その言葉にこの場にいる全員が絶句した。ただ一人、変態軍団のボス藍川亮太郎を除いて――。
《ほぅ、そいつは随分と面白い提案だな。どういう風の吹き回しだ? ん?》
机に肘をつき、手を組んでそこに顔を近づけて亮太郎が尋ねる。
《どうもこうもないわ。ただ単純に勝負で決着をつけようとしただけのことよ? 去年も……そうだったでしょう?》
腕組をし、そのうちの片方の手を自身の頬に当てながらそう口にする叶愛。
亮太郎は去年という言葉に過去の記憶を振り返っていた。変態軍団の先代ボス――江口久熊。彼は亮太郎にとってはかけがえのない存在であり、血は繋がらないまでも兄弟的関係だった。実際、師弟関係に近い部分もあったかもしれない。その証拠に久熊もまた、亮太郎のことを気に入っていて、「次のボスはお前がなれ、亮太郎」と薦められたくらいである。
そんな久熊の切なる願い――それが七つの贖罪だった。だが、それは後一歩というところで阻止された。そう、忌まわしき存在――体育祭実行委員会元委員長、星空叶亞。現在の体育祭実行委員会の委員長にして叶亞の実妹である星空叶愛の姉である彼女に、七つの贖罪は封印されてしまったのだ。
これが変態軍団と体育祭実行委員会の対立の始まりだった。それ以降二つの組織は互いに睨み合いを続けてきた。そうして現在にまで至るのだ。だが、その封印が今解き放たれようとしている。そんなことになれば光影学園の全女子生徒から体育祭実行委員会は批判を買うことになるだろう。また、これを含めたあらゆる委員会を束ねる生徒会も反感を抱かれることも否めない。無論、姉の頑張りも無駄になる。
それらのことから叶愛は絶対に変態軍団に負けられないという覚悟があった。そのためならばどんな犠牲も厭わない。そう、例え勝負になったとしても勝たなければならない。圧倒的不利な立場であろうとそれは変わらなかった。
《……ふっ、くく――くはははははははははは! ついにトチ狂ったか、星空叶愛ッ!! こちらにはこの光影学園の全男子生徒がいるんだぞ? それに引き換え、そちらにはたかだか五、六人程度……。そんな小規模軍勢で我が軍団に勝てるとでも思っているのか? ならば、片腹痛いわッ!! 勝負――そう言ったな。いいだろう、受けて立とうじゃないか! その代わり、一つ条件がある!! 星空叶愛、お前ら体育祭実行委員会が負けた場合……お前は責任を持って俺らに好き放題にされるという条件を呑めッ!!》
あまりにも一方的な条件だった。それは北斗と乙女にも理解できたようで、冗談じゃないと言わんばかりに声を荒げた。
《ふざけないでください! 星空委員長がそんな条件呑むわけ――》
《そうだぜ! だよな、先輩――》
《――ごめんなさい、二人共。悪いけれど、この条件……呑ませてもらうわ》
一瞬、二人は我が耳を疑った。聞き間違いだと思いたかった。だが、それは間違いなく正しかった。その言葉は亮太郎も耳にしていたため、思わず愉快過ぎて堪らず口元が緩んでしまっている。
《う、嘘だって言ってくれよ先輩! 何もそんな条件呑まなくったって!》
《そ、そうですよ委員長! も、もしかしたら誰かまだ仲間がいるかもしれませんし……》
必死に引きとめようとする二人だが、叶愛の意思は固かった。
《もう、変えるつもりはないわ》
静かに、一言、そう口にした。
刹那――。
《確かに聞き届けたぜ? ここにいる全男子生徒が証言者だ。星空叶愛……お前は条件を呑んだ。破ればどうなるかは……理解してるよな?》
《ええ。こちらから勝負を挑んだんだもの……もし破れば、それは私のプライドに傷がつくも同じことだわ》
そう言って叶愛は自身の胸元に手を添えた。この場にいる女子生徒全員が閉口して声を出せなくなった。
教室より少し広めの室内に男子生徒達の不気味な笑い声が木霊した。全員ニタリと悪辣な笑みを浮かべて叶愛を見ていた。
すると、待ったをかけるように二人の声が重なった。
《待って!》
《待ちやがれ!》
ほぼ同時の二つの声。その声に不気味な声が途切れる。そして、亮太郎が口を開いた。
《何かな、七星先輩、丑凱先輩》
声の主の名前を口にする亮太郎。すると、二人は口々に言った。
《私達は星空委員長と同じ体育祭実行委員会に所属する身です! 運命を共にするのも当たり前です!!》
《乙女の言うとおりだぜ! あたしも先輩には負けてらんねぇかんな!》
二人の言葉に叶愛は内心嬉しい反面、焦ったように声を発した。
《ま、待ちなさい二人共! 何もあなた達まで犠牲になる必要なんかないわ!! これは私の問題なの!》
《いいんです、委員長》
《水臭いじゃないスか、先輩》
叶愛の言葉に乙女と北斗はニッコリ微笑んだ。その笑みには明らかに覚悟の色が見受けられた。
すると、亮太郎が再び愉快そうに笑い声をあげた。
《……こりゃあいい! 傑作だ! まさか体育祭実行委員会の有名な北斗七星の二人が、自ら変態の魔の手の中に堕ちてくるとは! こいつはますます結果が楽しみだぜ! なぁ、お前らッ!!》
『おおおおおおおおッ!!!』
変態軍団のボスの呼びかけに、この場にいる男子全員が野太い声をあげた。拳を振り上げ気迫の篭った声音で部屋獣中に声を響かせる。
《なっ、ダメよそんなの! やめなさい!!》
《はい、ダメぇ~! これはもう決定事項なんで、取り消しはできませぇ~ん!! な~っはっはっはっは! 残念だったな星空叶愛! くく……にしても、これで三人もの年上の女子のあんな姿やこんな姿が拝めるわけだ! こいつは、眼球ツルピカになるまで洗わねぇといけねぇな!!》
腕組をし、体を反らして高笑いする亮太郎。
そんな二人の姿を見ていた瑠璃は、相変わらずきょとんとしながらもふと思った疑問を口にした。
《ねぇ、質問なんだけど……勝負って内容は?》
その言葉にこの場にいる全員が凍りついた。どこから吹き込んだのか、冷たい風が通り過ぎていく。
《し、しまったぁあああああああああああああああああああ! く、くそぉ……ほ、星空叶愛! 一体何で勝負しようというんだ、ええッ?》
さっさと答えろと言わんばかりに人差し指を叶愛の顔に突きつける亮太郎。
《え、ええ……。勝負内容は――七つの贖罪の解除阻止よ!》
《――は?》
叶愛の言葉に亮太郎が口をあんぐりと開けて意味不明という顔をした。
《どういうこった? 七つの贖罪の封印はもう解かれてるに等しいんだぜ? それなのに今更――》
《いいえ、まだ完全に封印は解かれていないわ》
《はぁ? 説明しろよ!》
完全に不良めいた口ぶりで亮太郎は叶愛に訊いた。すると、叶愛は小さく頷いて説明を始めた。
体育祭の種目決め。それの最終決定が今開かれているこの会議であることは確かに間違いない。だが、それには続きがあるのだ。この決定の後、教師と生徒に最終確認をしてもらう必要があるのだが、その際に投票が設けられており、さすがにこの種目内容は無理なんじゃないかという予算の都合等々があれば、別の種目に変えたり数を減らしたりすることが出来るのだ。
つまり、叶愛はこの時に変態軍団の考えている七つの贖罪を封印してしまおうと考えているわけだ。
《――こういうことよ》
《なるほどな。確かにこれなら封印されちまう可能性がある。だが、考えてもみろ……生徒の男子生徒は全員こちら側の味方なんだぜ? 教師だって仲間に加えれば百人力だろう》
その言葉は確かに正論ではあった。実の所、変態軍団というとんでもない組織が存在するのは過去、学園の教師たちが学生時代にこの学園に通っていた時にこの学園で変態軍団に所属していたからだ。確かに所属していなかった教師もいるだろうが、その多くが所属していたと見て間違いないだろう。なので、危険性はまだ孕んだままだ。だが、そこでここぞとばかりに叶愛も言い返した。
《お忘れかしら? この学園は女子の方が人数が多いということに……。それに、まだ男子生徒だって全員が全員取り込めていないのではなくて? 聴いてるわよ? 是が非でも入りたがらない頑固者の生徒がいるってね》
それにはさすがの亮太郎も口ごもった。何せ叶愛の話している人物が思い切り自分の知っている人物であり、親友でもある人物だったからだ。
高等部一年所属の銀髪の少年――神童響史だ。
《へ、へんッ! 例えそうだったとしてもこちらが勝つッ! この事実はどうあっても捻じ曲げることは出来ねぇぜ?》
《望むところよ……。もしもこちらが勝ったら、その時はあなた達変態軍団には解散してもらうわよ?》
『な、なぁああああにぃぃぃぃぃぃぃぃッ!?』
叶愛がビシッと人差し指を亮太郎に向け、もう片方の手を腰に添えながら言うや否や、この場にいる男子生徒全員が愕然として驚愕の声を響かせた。無論亮太郎も唖然としてポカンとしている。それからしばらくして脳内の情報処理が追いつき声を荒げる。
《初代から代々より受け継がれてきた由緒ある我が変態軍団を解散しろ……だとッ!? ふざけるなッ! そんなこと、断じてさせはしないッ!!》
《そう、だったらせいぜい頑張りなさい?》
明らかに状況的には叶愛の方が不利のはずなのだが、何故かやけに自信満々に言うので亮太郎は調子を狂わされ、いつの間にか焦燥感に駆られてしまうことになっていた。
こうして両者の意見は揃った。勝負が行われることは確定し、後はこのホワイトボードに書かれてある種目を絞り込んだ最終段階を学園の教師達と生徒達に見せて投票をしてもらうのみ。
記されている種目全てを行う事に同意するかの同意書だ。これにノーと答える人の数が多ければ叶愛達体育祭実行委員会の勝利。逆にイエスと答える人の数が多ければ亮太郎達変態軍団アスメフコーフェッグの勝利ということになる。
《……ではこのホワイトボードに書かれている種目で最終段階となります。各自反論はありませんね?》
叶愛の言葉に誰も答えなかった。無言は暗黙の了解と判断した叶愛は、コクリと頷き生徒会の一人であり選挙管理委員会の開票係を担当している『貝咲 秋乃』に投票箱を用意させた。
頷き返した秋乃は、すぐさま投票箱を用意した。それを長机の上に置く。
《さぁ、皆この中にイエスかノーかを書いて投票箱に入れて? あと、名前も書くこと!》
人差し指をピンと立ててそう指示した叶愛はさっそく第一の投票者として投票箱にと表用紙の白い紙を折り畳んで入れた。
《ほら、あなた達も》
叶愛に催促されて、北斗七星の二人が半ば困惑気味に投票用紙を入れた。無論この三人はノーと書いている。問題は残った体育祭実行委員会のメンツだ。女子は少なくともこちら側についてくれることを願いたいが、強制は出来ない。そんなことをすれば、ますます逆効果になると踏んでいるからだ。
だが、なかなか投票用紙にイエスかノーかを書き出さない変態軍団へ寝返った面々と女子生徒達。何故動かないのかはわからない。この期に及んで迷っているというのだろうか?
すると、その両者のどちらにも興味のない瑠璃がそそくさとやってきて後ろ手に手を組んでいたかと思うと、ニッコリ叶愛に微笑みかけてそれから投票箱に投票用紙を入れた。
《えへへ~、楽しい文化祭にしようね!》
そう言って瑠璃はルンルン気分で扉を開けると、どこかへと行ってしまった。
《あっ、ちょっと! いいんですか、委員長?》
勝手に退室した瑠璃を引き止めようと乙女が叶愛に質問するが、彼女はただ一言「いいわ」とだけ言った。
と、瑠璃の行動に背中を押されたのか、他の生徒達が次々に投票箱に投票用紙を入れて退室していった。
その結果、この場に残ったのは書記の仁と開票係の秋乃と、変態軍団のボスである亮太郎と、体育祭実行委員会委員長の叶愛と北斗七星の二人だけとなった。
《では、開票します》
《ええ、お願いするわ》
席に着きながら叶愛が秋乃の言葉に応えた。すると、ケラケラと亮太郎の笑い声が聞こえてきた。
《何がおかしいの?》
叶愛がキッと少々強く睨みつけ、続いて北斗七星の二人もムッとした顔つきで亮太郎を見た。
《おいおい、そんなに見つめないでくれよ……ホレてしまったのは分かるが、一度に三人とは付き合えねぇぜ! な~っはっはっはっは!!》
《はぁ~? 頭にウジでも湧いてんのかてめぇ! おれらがてめぇみてぇな変態ヤローにホレるワケねぇ~っつの!》
《そうよ! 断固お断りだわっ! 私はもう少し大人しめの草食系でシャイな子がお好みなんだから! うへへへ》
《こほん、冗談はその変にしといてくれるかしら? 変態軍団のボスさん?》
目つきは変えないまま口元に笑みを浮かべる叶愛。対する亮太郎は肩をスクませながらやれやれと声をあげた。
《せめて名前で呼んでもらいたいもんだなぁ……か・な・め・“ちゃん”?》
《やめてっ! 虫唾が走るわっ!! それにその呼び方、あの男と同じ……今でも信じられないわ。どうしてお姉ちゃんはあんなヤツと……》
叶愛はブツブツと突然独りごちり出した。亮太郎はそのセリフにこう答えた。
《簡単じゃねぇかそんなの……あのお方がすんばらしかったからだ!》
《ありえないわっ! そんなの絶対にありえない! いえ、あってはいけないのよっ!!》
そう言って叶愛はガタッと荒々しくもの音を立てて立ち上がった。
《い、委員長!》
《お、落ち着けって先輩!》
二人がそう宥めてくれたおかげで何とかこみ上げてくる怒りを抑えることが出来たが、目の前の男を見ているとやはり苛立ちが徐々に募ってきてしまった。
《くっ、出て行って……今すぐっ!!》
《へいへい……出てくよ。そんじゃ~なぁ体育祭実行委員会の諸君。まぁどうせ今の状況は五分五分くらいだろうが、この後の全生徒からの投票結果は間違いなく俺らが勝つ! 覚悟しとけよ? まぁ、せいぜい自分の体をうんと清めとくこったな……な~っはっはっはっはっは!!!》
そう言って亮太郎はあげた片手を振りながら高笑いしてその場から姿を消した。恐らく本部に向かうのだろう。今回の体育祭実行委員会の集まりでの出来事を洗いざらい話すのかもしれない。そして企てるのだろう。新たな作戦を……。次なる一手を叶愛達体育祭実行委員会よりも速く打つために。
《――結果は?》
投票結果を尋ねる叶愛。すると、秋乃は少し慌てた様子で答えた。
《……同票です》
《くっ……ホントに五分五分》
悔しい思いが高まった。当然この場にいる委員会は各クラスの男子と女子がなっている。とすれば、五分五分になるのは当たり前のことだった。
というわけで、勝負することになってしまった叶愛と亮太郎。これが二つの勢力が響史を必要としている理由でもあるわけです!
果たして、響史はどちらにつくのか?




