第四十四話「体育祭実行委員長の追跡」・4
――☆★☆――
「何ですって? いない?」
「え? う、うん。さっきまでいたんだけどね?」
瑠璃が困り果てたような顔でそう言う。だが、相手は三年生。普通ならば目上の相手であるために敬語を使うべきである。そのため――。
「あ、アナタ! 星空委員長は先輩なのよ? ちゃんと敬語を――」
そこまで言い掛けて口を閉じる女子生徒。理由は単純明快、その星空委員長こと星空叶愛当人が手をあげて制止させたからだ。
「いいのよ。それよりも、あなた少し彼について詳しいみたいね」
「うん、響史はわたしの……ん? 何だっけ? お兄ちゃんだったかな?」
「ち、ちょっとお姉様! ややこしくなるからあんまり理解していない状態で喋らないで!!」
双子の姉の瑠璃が疑問符を浮かべた状態で危うく変な事を口走るところだったので、出来た双子の妹の麗魅が代わりに叶愛に説明した。
「実は――」
その説明を聴いて、叶愛は納得したように腕を組んで頷いた。
「ふぅん、あなた達双子の姉妹の義理のお兄さんなのね、神童響史という男は……」
「それで、あいつに何か用なんですか?」
「ええ、重要なね。実は体育祭実行委員会のことなんだけど……ん? そういえば、あなた名前なんて言ったかしら?」
そう言って名前を訊ねたのは、麗魅ではなく瑠璃の方だった。
「? 神童瑠璃……だけど?」
「やっぱりそうだわ。あなた、体育祭実行委員会に入ってたわよね? 変態軍団のボスについて……知ってる?」
叶愛はある可能性に賭けていた。麗先輩の言っていた神童響史という男子生徒。そして、その周囲には女の子がいる。それはつまり、この双子の姉妹のことだろう。にしては人数が少ない様な気もするが、義理の妹だし情報を持っている可能性もあった。体育祭実行委員だというのであれば関わる機会も多いし、その際に兄と会わせてもらえるように取り計らってもらうことも可能。
だが一方で、一つ引っかかることがあった。瑠璃の言った一言――さっきまでいた。つまり、自分達が訪ねてきた途端姿を消した。もしかすると、彼は何か変態軍団に繋がる情報を持っているのかもしれない。その口封じをされていて喋るわけにはいかず、あわせる顔がないということも無きにしも非ず。何よりも、麗先輩が役に立つと言っていた。何か情報屋的な事をしているのかもしれない。
いずれにせよ、会わない以上どうにも出来なかった。敵の魔の手が響史を蝕む前に、何としてでもこちら側に引き寄せなければならない。そのためにはどんな手段も厭わない覚悟だ。
「う~ん、よく分かんない」
瑠璃は首を傾げて唸った。その姿に、やはり駄目かと思い叶愛は質問を変えた。
「響史君がどこにいったか分からないかしら?」
叶愛は麗魅に優しくそう訊ねた。
「ええと、あいつ結構屋上とかにいるんですけど……。もしかしたらそこかも」
「ふぅん、屋上ね? 分かったわ……行くわよ」
そう言って叶愛は、付き添いの女子生徒を連れて一年二組の教室を後にした。廊下を歩いていき、屋上へと続く階段へと向かう。しかし、その足取りはゆっくりだった。なぜか落ち着いていたのだ。なぜだろう? それは叶愛自身にもよく分からなかった。もしかすると、探し人の義理の妹に会ったからかもしれない。その可能性は十分にあった。だが、もし屋上にいないとなればどうする。探す場所が増えてしまう。まだ変態軍団の本拠地も掴めていない。生徒会の中にスパイがいるという事も、生徒会長の天祢が口にしていた。
廊下を歩きながら周囲の生徒の視線がこちらに向けられているのを感じた。小さい時からそうだった。特にこの金髪が目を引くのかもしれないが、それでも小さい頃からよく皆の視線を浴びていたので注目されることには慣れっこだった。探される時もすぐに見つけられた。だが、今回は逆……探されるのではなく、探す方なのだ。そんな経験は一度もない。探す、見つけ出すというのがこんなに大変だとは思ってもみなかった。
そして、ようやく階段を上り終え、叶愛は屋上への扉を開けた。
途端、一つの強風が叶愛を襲った。
「きゃっ!」
不意打ちだった。なので、ガードが間に合わなかった。その結果――。
「し、白……」
「ち、ちょっと! 声出さないでよっ!」
「は――す、すみません! つ、つい……」
付き添いの女子生徒が顔を赤らめて慌てて謝罪した。叶愛は、同性とはいえ後輩に自分の下着を見られたことに恥辱を味わわされてしまった。悔しい……そう思った叶愛は、ムッとして涙目でその女子生徒にこう言い放つ。
「あなたも見せなさい!」
「へ?」
女子生徒は目を丸くして固まった。
「何してるの? 早く見せなさいよ! 私だけ見られるなんて不公平でしょ?」
「で、ですが……こんなところで」
「早くっ!」
自分でも何をしているのだろうとは思っていた。しかし、一度口にしてしまったのだから最後までやらないと何か恥ずかしい感じがした叶愛は、恥ずかしがるその女子生徒に無理強いした。
いつまでも見せないその女子生徒にむず痒い何かを感じた叶愛は、じれったくなって自分の手で一つ下の二年生の女子生徒のスカートをめくりあげた。
「きゃああ! ち、ちょっと星空委員長! や、やめてください! こんなところ、他の生徒に見られたら、私恥ずかしくて死んじゃいますぅ~!!」
「ぴ、ピンク……か」
「うぅ~、もうお嫁にいけない~」
女子生徒はウルウルと涙目になって、スカートを必死に押さえた。
「こほん、まぁいいわ。これでおあいこね」
「ひどいですよ星空委員長。確かに見たのは悪かったですけど……あれは不可抗力じゃないですか。それよりも、早く神童響史くんを見つけないと」
「そうね」
叶愛は当初の目的を思い出し、屋上をぐるっと一周して探した。が、見つからなかった。
「……ここにはいないみたいですね」
「はぁ、戻りましょうか」
嘆息しながら言う叶愛の言葉に、コクリ首肯して付き添いの女子生徒は後から続いた。
こうして無人になった屋上だが、実はここには一人、ある人物が隠れていた。そして、その人物はある現場を目撃していたのだ。
「ふぅん……白とピンクかぁ。ぐふふ、もう少し間近で見たかったなぁ……しかも一人は年上のパンツなんて、結構レアじゃない? 第一、ここ滅多に女の子訪れてくれないし。……男子は来るんだけどね。でも、あんな金髪美少女に追い掛けられてるなんて、響史くんやるぅ~!」
そう、水連寺一族の三女――水連寺露である。そんな彼女は、先程の叶愛と二年の女子生徒のやり取りを見て興奮し、顔を紅潮させていた。遠目から二人の下着を眺めていたのだ。無論、悪魔なので姿を消すことなどお手の物。結果、見つかる事はなかった。
――☆★☆――
「はぁ、はぁ……ヤバかった」
俺――神童響史は今、男子トイレに駆け込んでいた。ここなら女子は入って来れないだろうと踏んでのことだ。もしかすると露さんみたいな女子がいたとしたら入ってくるかもしれないが、それはさすがにないだろう。あの人みたいな変態がそう何人もいられたら困る。
が、どうしたものか。このままここにいるわけにはいかない。午後の授業があるからだ。とすれば、昼休みが終わる頃辺りにここから出て教室に戻るのがいいだろう。しかし、体育祭実行委員会があの二人だけとは限らない。他にも委員がいることは間違いない。それに、教室に残してきた瑠璃達……。特に瑠璃は亮太郎と同じ体育祭実行委員会だ。ともすれば、間違いなく声がかけられるはず。そして、瑠璃は俺の義理の妹という設定になっている。ならば、余計に何か連絡がいくはずだ。そうなれば、俺の情報も何か流されるかもしれない。他のやつらが上手くカバーしてくれればいいのだが。
――ん? 待てよ? そういえば、何で亮太郎のやつ……敵のとこにいるんだ? 体育祭実行委員会は変態軍団の敵だろ? まさか、敵情視察ということか? あのバカのやりそうなことだ。そんな感じがする。
そんなことを考えながら、洋式便所の個室トイレで頭を抱えていた。本来ならこんなとこにいたくはない。だってここはトイレなのだから。休憩室だとかそう言った場所ではない。
と、その時、男子が二名ほど男子トイレへやってきた。
「なぁなぁ、さっきのあの人見たか?」
「ああ、見た見た! あの金髪碧眼の美少女だろ? あの人確か、体育祭実行委員会の委員長やってる人だよ!」
「へぇ、そうなんだ。一年二組に来てたってことは、何か用事でもあったのか?」
「さぁな、何でも探してるらしいぜ? 一年二組にいる誰かを……」
――それ俺だよ!
決して口には出さず、心の中でそう口にした。くそ、廊下にいる奴らにも情報が行き渡り始めた。さすがに他クラスのやつが俺の名前を知っていることはないだろうが、少し危ないな。それに、昼休みは一番トイレが混みやすい時間帯の筈。そうなれば、この個室トイレにずっと篭っているわけにもいくまい。腹痛起こしてトイレに駆け込みたいやつがいるかもしれないのに、ここでのほほんとしているのはあまりにも罪悪感に苛まれるし、何よりも悪臭に耐えられない。そろそろ潮時か……。
嘆息し、会話していた二人の男子生徒がいなくなってから数分後に、俺も男子トイレを後にした。
しかし、これからどうするか。このままではまずい。特に廊下は一番危険だ。同じ場所に居続けるのは、捜索しているあの二人に見つかる可能性が高い。さすがにこの広い学園を二人で捜索するのは大変だろうが、もしもという場合を考えれば、慎重になるに越したことはない。
――いや、待て。俺そういえば、顔見られてないよな?
そう思うと、激しく優越感に浸ることが出来た。
「そうだよ! 向こうは俺の事を神童響史だって知らないんだ! じゃあ大丈夫じゃん! 委員会のやつがいる時に顔見知りが俺の名前を呼ばない限りはッ!」
というわけで、俺はルンルン気分で廊下をスキップして自分の教室へと向かった。軽快なステップで長い廊下を進んでいく。だが、この時俺はあまりにも浮かれて油断しすぎていた。そのため、曲がり角から曲がってくる誰かにぶつかってしまった。
ドンッ!
「うわ!」
「きゃっ!」
小さな悲鳴をあげて相手が尻餅をつき、俺も同様の格好になった。廊下に手をつき、イタタタと腰をさする。そして、目を開けて誰にぶつかったのかを確認した。同時、俺は目を見開き絶句する。
その相手とは――。
「全く、どこを歩いているのかしら? 少しは周囲に警戒して歩きなさいよね!」
そう文句を言う女子生徒は、金髪碧眼に十字架のピアス。そして、星柄入りのニーソックスを履いた高等部三年生――体育祭実行委員長だった。
――オーノーッ!! なんてこった! こいつは一大事だ!! よりにもよって体育祭実行委員長にぶつかっちまうとは! これ厄日だろ!! いや待て……冷静になれ俺。相手は俺の事知らないんだから、黙ってればバレないッ!!
絶望の淵に立たされた直後、すぐさま俺は希望の光を見出した。よし、このまま謝ってさっさと退場しよう!
「す、すいません。あ、あの……怪我ないですか?」
「ええ。少しお尻が痛いけど、問題ないわ。全く、あなた一年よね? 何をそんなに浮かれていたのかしら?」
体育祭実行委員長はお尻をさすり、ゆっくりとその場に立ちあがろうとしながらそう訊ねた。
――いや、さすがに……「いやぁ~、体育祭実行委員長に顔知られてないんで、探されててもバレないと思ったら嬉しくなっちゃってぇ~!」とか言えない。そんなことすれば、すぐさま実行委員長に「あ、あなた神童響史ね? あなたを拘束します!」とか言われて監禁されるかもしれない。いや、さすがにそれはないか。でも、何かされるのは間違いない。だって、あの時教室に来た時のこの人の俺の名前を呼ぶ時の声……怖かったもん!
「いや少し……実は――あっ、そう! 俺体育祭超楽しみなんすよ! だから早く当日にならないかな~と思って!」
俺は心にもないことを口にしてこの場を切り抜けようとした。だが、それがまずかった。
「ホント? そう言ってもらえると、こちらとしてもやる気が出るわ! あ、一応私……体育祭実行委員長をやってるのよ。知ってるかしら?」
「え? あぁ、ええと……」
ホントは知っているのだが、そこは敢えて知らないふりをする。
「あぁ、名前言ってなかったわね……。私の名前は星空叶愛よ」
――ん? ヤバイ、この流れは……。
そこで俺は嫌な汗をかく。なぜなら、次に彼女が口にする台詞は大体予想がついたからだ。その台詞とは――。
「――あなたは?」
――やっぱりキタァアァァァァァァァァァ!!! ヤベェェェェェ! くそ、コマンド選択したい! 今すぐ逃げるボタンを押したいッ!! ダメだ、回避できねぇ! どうすれば!
俺は頭を悩ませた。すると、訝しんだ星空先輩が小首を傾げた。
「どうしたの? あなたの名前は何?」
「え、えと……答えたくありません」
「は?」
――しまったぁああああああ! これじゃあ明らかに不審人物じゃんッ!!
「変な子ね……普通こちらに名前言わせておいて自分は名乗らないなんて、失礼極まりないことありえるかしら?」
「そ、そうですね」
思考回路がショートしかけていた。プスプスと黒い煙があがる感覚がする。
「それで、名前は?」
「……」
――黙秘権発動ッ!!
「な・ま・え!」
「ぐぐ…………」
是が非でも黙秘だ! これを続ければ諦めて――。
「はぁ、もういい――ん? あら? これってあなたの生徒手帳じゃない? あ、これ見れば名前分かるわね……」
――なッ、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? そ、そんなバカなッ! 確かに胸ポケットに入れておいたのにッ!! そうか、さっきぶつかった時に! くそッ! 迂闊だったッ!! 早く気付けよ俺ッ!! いや、まだ間に合う! 奪い取れッ!!
俺は獲物を狙う狩人の目で星空先輩が拾い上げた俺の生徒手帳に注目した。
「ええと、名前は――」
パシッ!
間一髪、名前を見られる前に俺は獲物を取得した。生徒手帳、ゲットだぜ!!
「あっ、ちょっと名前!」
「だ、ダメですよ!」
「何故? ますます怪しいわね……まさかあなた――」
――やばい、バレる!?
後ろに後ずさり冷や汗を流す俺。星空先輩は俺をジト目で睨みつけ、顎に手をやって品定めするように眺めた。そして、その口をゆっくり開く。
「し――」
バレてしまった――そう思った、その時。予想だにしない事件が発生してしまった。
「おーい、神童! 何かお前の事クラスで噂になってんぞ? 何でも金髪碧眼のとびきり美少女が訪ねて来たとか~!」
声を張り上げて亮太郎が俺の名前を口にした。その声が無論目の前にいる星空先輩に聞こえないはずもなく――。
「神童ってまさか……あなたが、神童響史!?」
「あぁ……はぁ」
激しく絶望すると同時、親友――もとい、悪友をここまで恨んだことはないだろう。俺は心の中でこう叫んだ。
――亮太郎、てんめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!
だが、その声が届くはずもなく……努力虚しく、俺は体育祭実行委員長――星空叶愛先輩に正体を知られてしまったのだった……。
というわけで、四十四話終わりです。続きは四十五話になります。さてさて、追跡ですが結構響史大変でしたね。しかし、屋上でのハプニング。自分が見られたからあなたも見せろ。それは何とも……。まぁ、個性ですから。
そして、相変わらずの響史のツッコミ力。お忙しいですね。
さてさて、そんな響史のツッコミはこれからも炸裂していきますよ!
てなわけで次回は、叶愛が響史を仲間に入れようと奮闘します。果たして響史はどちら側につくのか? それともどちらにもつかず、仲介役の立場にい続けるのか? 四十五話の投稿はいつになるか分かりません。中間も近いんで。その間、今回の話や今までの話を振り返ってください。それではまた次回。




