第四十二話「幼き体験(後編)」・1
俺は二階へと上がるための階段近くでリビングで見た時と同様の煙を発見した。その煙は吸い込んでしまった者を幼児化させてしまう煙だった。そして、そのことを霖に伝えようとした俺は、霖がもう既にその煙を吸い込んでしまっていたことに絶望を感じた。しかし、なぜか霖は幼児化することなくそのままの姿で俺の肩をポンポンと叩いていた。
「えっ? どうしてお前無事なんだ?」
「何が? 無事ってどういうことお兄ちゃん?」
「この煙は、吸い込んでしまった者を幼児化させてしまう力を持ってるんだ!」
俺は目をオロオロさせながら説明した。すると、初めて聴いたと言わんばかりに霖が驚愕の言葉を洩らした。
「えっ、そんな力があったの!?」
「でも、何も感じないんだろ?」
「……う、うん」
俺に迫られ少し頬を赤らめながら霖はコクリ頷いた。本当に謎だ。
どうしてリビングに居た霞さん、霄、霙、零の四人は幼児化したのに、霖は幼児化しなかったんだ? いよいよ分からなくなってきた。
と、その時だった。子供のはしゃぎ声が聞こえてきた。しかしそれは、露さんではなくましてや先程言った四人でもなかった。その声の主は、階段から流れてくる白い煙の中からブワッ! と姿を現した。同時に俺は目を点にする。
「なっ!?」
そう、そこに居たのは、あろうことか、既に幼児化してしまっている霊と霰の姿だった。しかも、今にも脱げそうなずんだれた服の裾を両手で持ってまるでお姫様などが走る時のように。
「うおおぉいッ!! 既に幼児化しちゃってるしッ!! 大丈夫なのかそれ!?」
俺は慌てふためいて、追っかけられている霊と追っかけている霰を交互に見た。
「きょうち~、たちゅけてぇ~!! ありゃれがわたちのこと追いかけまわちてくるんだニャ!」
「……ったく、小さくなってもやることはいつもと変わんねぇじゃん!! ――って、ちょっと待て。なぁ霊、お前今何て言った?」
ふと引っかかる部分があったため、もう一度同じセリフを言ってもらおうと俺は霊に頼んだ。
「だから、ありゃれがわたちのこと追いかけ回ちてくるんだニャ!」
「………何か、語尾おかしくね?」
「そうかニャ?」
別になんともないという風に首を傾げる霊。だが、俺には明らかに違和感がありまくりである。
「いや、明らかにおかしいだろ!! 自分で気付かねぇの?」
「きぢゅかないニャ」
霊は愛くるしい猫耳と尻尾を盛大にアピールしながら首をブンブンと左右に振った。
同時に、ウェーブがかった青髪のセミロングヘアが降り乱れる。すると、俺の背後から霰が口の端によだれを垂らしながら五指をワシャワシャと動かしながら「お姉しゃまは元々猫でちゅからねぇ~!」と、霊に向かって近づいてきていた。その瞳は、まさに獲物を狙っている狩人の目だった。
「ひぃっ!!」
「しゃあお姉しゃま、わたくちといっちょにあしょびまちょぉ~!!」
そう言って霊の元へと飛びかかってくる霰。
「い、いにゃああああああああああああああああっ!!!」
霊は瞬時に拳を引き、ギュッと目を瞑って回転をかけた拳を一気に前へと突き出した。
「ぶべらっちょっ!!」
ギュルルルルルッ!! ズザザァァァァァァッ!! ……ドサッ。
霰はそのまま霊の拳をまともにくらい、回転しながら床へと顔から叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「ご、ごめん。きょうち、ちんぢゃったかニャ?」
「いや、あいつのことだ。いざとなったら亮太郎みたいに変態パワーで蘇るさ」
そう言って俺が半眼で床に突っ伏している霰を見ていた時のことである。後ろから物音が聞こえた。
「きょうちくん!!」
次に、露さんの声が聞こえた。まさか、この人まで妹の脱げかけの格好に興奮しだしたのかと警戒してサッと後ろを振り向くと、そこには白衣姿のルナーが老若変換機を両手に抱えて歩いている姿があった。
「な、ルナー、見つけたぞッ!!」
「げっ、きょうち!!」
ルナーは俺を見るや否や目を見開き、急いでその場から逃げ出した。
「あっ、待ちやがれ!!」
俺は急いでルナーを追い掛けた。
――今度こそ逃がしてたまるか!!
そう言う気持ちを持って俺はルナーを捕らえにかかった。しかし、どうも何度やってもうまくいかない。
その時、瑠璃達の声が聞こえてきた。どうやら、あいつらもルナー捜索をしっかりやっててくれていたようだ。
俺の目の前を走っているルナーのさらに先に人影が見えた。おそらく、ルナーを捕まえるために配置したやつだろう。なかなかいい作戦だ。
そして、ルナーがその人影に接近し捕らえられたと思った――が、それは俺の勘違いだった。ルナーは捕まることなくそのままその人影の横を横切って行った。
「うおおおおおおおおおおいッ!! 素通り? てか、捕まえろよ!! 思わず期待しちまったじゃねぇか!!」
「わぁーい、きょうち~!!」
「“わぁーい、きょうち~!!”じゃねぇよ!!」
満面の笑みで俺の元へと駆け寄ってくる瑠璃に対して俺はノリツッコミを一発かました。
「ったく、ルナーを捕まえるために待ち構えてたんじゃなかったのか?」
「え? ……あっ、忘れてた!!」
口元に手を当て瑠璃はしまったという顔をした。
「今更遅ぇよ!!」
「何をやっているきょうち! 早く捕みゃえんか!!」
霄が小さな子供が使うチャンバラ用のおもちゃ木刀を持って言った。
「ぷっ! えっ、何お前……それ、おもちゃだよね? ぷぷっ!!」
「っく、わ、笑うなぁあああ!! ち、ちかたないだろ! こ、これしか武器になるよーな物がなかったのだ!!」
顔を真っ赤にして必死に説明する霄。
そうこうして俺達は、ついに一階の端へとルナーを追い詰める事に成功した。
「さぁ、もう逃げられないぞ? 覚悟しろルナー」
「ち、近ぢゅかないでよへんちゃい!!」
「うぐッ! しれっと心にいくつも深い傷を作らせやがって……」
俺は胸の辺りをギュウッと掴みながら言った。
そして、俺がルナーから老若変換機を取り上げようとした次の瞬間――。
ピンポーン♪
と、インターホンのチャイムが鳴り響いた。
「えっ? 今日って何か頼んでたっけ?」
ふとインターホンの音につられて記憶を探る。が、俺の脳内メモリーに検索をかけるものの、該当する件は一件もなかった。つまり、頼んでいないということだ。
とりあえず俺はその場を彼女らに任して玄関へと向かった。
鍵を開け扉を開けようとすると、逆に扉が開かれた。
「よー! 元気にしてたかお前ら?」
それはあろうことか懐かしき人物……久しぶりのご登場――水連寺一族の長男こと、水連寺雫だった。
「な、なんてタイミングで登場してんだぁあああああああ!!」
「何だ、そんなこと俺の勝手だろ!! それよりも、そんなところで何を――」
刹那――雫は目を見開いた。目の前にいた小さな八才児姿の瑠璃を見てしまったからだ。
「あ、いや、あのこれは……」
「おぉ~…可愛いなぁ~! ほ~ら、高い高ーい!」
「あはは、わ~い、楽しい~!!」
「えっ……?」
雫はどうやら自分が高い高いをしてやっている相手が瑠璃だと気付いていないようだ。
「にしても、随分と瑠璃姫に似てるなぁ~!!」
――いや、本人なんだけどね?
「えっ? 私瑠璃だよ?」
「あっははは……あっはは……あはは――は? えっ、今何て?」
「私は、る・り! 悪魔の姫君だよ!! 忘れちゃったの雫?」
高い高いをして雫に抱え上げられたまま瑠璃は首を傾げ言った。
「あっ、バカ!! ちょっ――」
「……し、神童。これは一体――」
まさにその時だった。奥からルナーが老若変換機を抱えて走ってきて、そのさらに後から霄達がルナーを追いかけてやってきた。
「さ、最悪だぁぁぁッ!!」
「きょうち! ルナーが逃げだちた、急いで捕まえてくりぇ!!」
「ちょっ、こんな時に……ッ!!」
ルナーを捕まえようとしたその時だった。その一歩手前でボーッとしている雫が反射的に自分の足元を駆けていたルナーの白衣をグイッと掴んで抱え上げた。
ルナーはそのまま釣竿に釣り上げれられた魚のように無駄な抵抗もせず、大人しく釣られていた。いや、それでは語弊がある。厳密的には、抵抗はしていたのだが、その抵抗も意味を成さなかったというのが正しい。
「ちょ、何なのよこの惨めなちゅがたぁ~!! は、放ちてよ~!!」
「分かった」
ドサッ!!
「きゃっ! ……イッタタタ。もうっ! ホントに落としゅやつがどこにいんのよ!!」
雫にパッ! と掴まれている手を放され、床に体を打ち付けるルナー。
「お前が落とせって言ったんだろ?」
「うぐっ! ……そ、そうだけど……」
言い返せないと言った顔でルナーが口ごもる。
「すまない、兄ぢゃ!」
「ん? なッ!? う、ウソだろ!? お、お前……霄、なのか?」
霄の小さくなった姿を見た雫が恐る恐る訊く。
「うみゅ! 全く持ってこのちゅがたは落ち着かん! だから、そのためにも早く戻りたいのだが……」
言葉噛み噛みで話す霄の言葉を聴いて、雫はフルフルと肩を震わせた。どうやら怒っているらしい。無理もない、大事な妹や姉をこんな姿にされたのだ。怒らない訳がない。
というわけで、どんどん被害が増えてとうとう無事な護衛役もわずかとなりました。そして、そこへ来訪。罰ゲーム以来のご登場雫です。なぜ、今回出したのか、ご想像に難くないでしょう。
てなわけで、幼児化の話もあと二部で終わります。




