第七話「大魔王の伝言」
「いいよ、入って……」
少女の声が扉の向こうから聞こえてきて、再び息を呑んだ俺は扉をゆっくり開けた。
そこには腕組をして少し不機嫌そうな霄と、ムッとした顔で腰に手を置いて俺をがん見している少女がいた。
髪の毛は霄と同じ色で、瞳も同じ色。また、服装的には鼠色よりも少し濃ゆめの色をしたフード付きのパーカーの様な物を着て、フードをやや目深に被っていた。しかも、何故か頭の上辺りに猫の耳の様なものがあった。
――猫……だからか?
特に俺が気になったのは、少女の首についている猫の首輪の様な物と尻尾だった。さらにその尻尾にも金色の鈴がついていた。
「何? そんなに見ないでよ」
「いやその……本当に人間なんだな……って」
「そうだよ、だって人間だもん!」
「何でそんなに不機嫌なんだよ。裸を見たことか? だったら謝るぞ?」
「そんなんじゃないよ……。ただ、少し……」
俺は彼女が何を言いたいのか分からず首を傾げた。
「それで、俺に何か用なのか? っていうか、お前も護衛役なのか?」
「そうだよ。私の名前は『ローニャ=ミケ=ルドラ』こっちの人間界では『水連寺 霊』だよ。あなたは?」
「お、俺は神童響史。ルリ達が居候しているこの家の住人だ」
「ふぅん。お姉ちゃん、どうしてこんな男のトコにいるの? 戻ろうよ魔界に。お姉ちゃんや妹たちも心配してるよ?」
「仕方ないだろ? 姫様がここにいたいと言うのだ。ならば、その姫様の護衛役である私も、ここにいるしかないだろう」
「ま、まぁそうだけど……」
「ところで、護衛役ってことは、お前も俺の命を奪いに来たのか?」
俺の質問に、霊はこちらを見るとまたしても不機嫌そうに睨みつけ言った。
「別に……。ただ、事の内容によってはあなたを殺さないといけない。そんなに殺されたいっていうなら、さっきの件も兼ねて私の私情で殺してあげてもいいけど、そういうわけにもいかないの」
妖しげな瞳を浮かべる霊に一瞬ドキッとしたが、どうやら彼女は俺を殺しにきたわけではないようだ。
「じゃあ、ここに何をしに来たんだ?」
「大魔王様からの伝言を預かってきたの」
そう言って霊は懐から何かを取り出した。それを足元に置き、スイッチを入れる。
すると、目の前に画面が映し出され大魔王らしき人物が映像で姿を現した。
〈ぐわははは! 我は大魔王である。この映像を見ているということは即ち、ローニャはメリアを匿っている人間の家に潜入することに成功したというわけだな? では本題だ。メリア――いや、そちらではルリか? 今すぐに魔界へ戻って来い! さもなくば、お前の好きなその人間界をこの我自身の手で破壊してくれる。お前の帰りを待っているぞ? それとセナ――もとい、霄……お前も戻ってくるのだぞ……?〉
俺は伝言の内容が終わったと、そう思った。
その時……
〈追伸。ローニャ、土産に『喉越し抜群饅頭』を買って来い! いいな?〉
「いっけない、買うの忘れてた!!」
最初の大魔王の言葉には少し冷や汗をかいたが、その後の追伸の内容に思わずその冷や汗も吹き飛んでしまった。
(尚、この伝言は一度聞き終わると爆破するので、場所は気をつけるように……。では、グハハハハハハハハハハハハ――!!〉
ピィィィィィィィ――ッ!!
俺は爆破の音に反応して急いで窓を開けると、その伝言付きの機械を空高くに勢いよく放り投げた。
次の瞬間、伝言の入った機械は空中で大爆発を起こした。
と、その轟音に慌てた様子でルリが俺の部屋に飛び込んでくる。
「なになに今の爆発! 何かあったの!?」
「いや実は、魔界の大魔王から伝言が来たんだ……」
「お、お父様から!? ……で、伝言?」
ルリは凄く驚いた顔をしていた。
「どうかしたのか?」
「ううん、内容は聞かなくても分かってる。どうせ私に戻って来いとか言ってきたんでしょう? でも、私は絶対に魔界へは戻らない」
ルリの言い切る言葉に、俺は何故か少しおおっと感動した。
そこへ、霊が会話に割り込み話し始めた。
「それよりも、さっき大魔王様が言ってた『喉越し抜群饅頭』って何なの?」
「俺だって知らねぇよ。魔界の食べ物なんじゃないのか?」
「だったらいちいち霊に頼まないだろう?」
「うッ……!」
霄にすかさずツッコまれてしまい、俺は黙り込んでしまった。
しばらく、四人の間に沈黙の時間が流れる。
そんな時、俺の頭にある考えが思い浮かんだ。
「そうだ! 心当たりのある人がいるんだ!」
「本当!?」
霊が急に歓喜の声を上げる。
「あ、ああ。電話してみよう!!」
俺は部屋を飛び出し階段を降りると、玄関近くの靴箱の上にいつも置いている、固定電話の場所へ向かい受話器を持った。
――何故ここに固定電話があるのかと言えば、まぁ便利だからだ。
とりあえず俺は、心当たりのある姉の『神童 唯』姉ちゃんに電話をかける事にした。
受話器を耳元に運び、数字の書かれた丸いボタンをリズムよく押し、電話番号を打ち込んでいく。固定電話では定番の、ピポパポ♪というプッシュ音が何ともいえない。
そして番号を打ち終えると、受信音が鳴り始めるのを大人しく待った。
プルルル……。
電話の受信音が廊下に鳴り響く。
そして、受話器越しに姉ちゃんの声が聞こえてきた。
〈もしもし……?〉
「あっ、姉ちゃん? 俺俺!!」
〈は? オレオレ詐欺?〉
「違う違う! 俺だよ、響史だよ!」
〈ああ……ハァ~〉
「あれ、今溜息つかなかった?」
受話器越しに聞こえる嘆息に、俺は少し悲しくなった。
――俺が電話に出るのがそんなにいけないのか。
「実は、姉ちゃんに訊きたいことがあるんだ」
〈何だ? 用件ならさっさと済ませろよ?〉
――この喋り方、正しく男だ……。
〈何か言ったか?〉
――えっ!? 心の中読まれてる??
俺は少し背中に寒気を感じた。
「実は……その、『喉越し抜群饅頭』って聞いたことある?」
〈喉越し抜群饅頭? いや、饅頭なら今まで飽きるほど食べてきたが、そんな名前の饅頭は知らないな……〉
「そっか……」
少々期待していたため、姉ちゃんが知らないことに俺は少し残念な気持ちになった。
「分かった。ごめん、つまらないこと訊いて」
と、俺が電話を切ろうと思った次の瞬間、最悪な事態が起きた。
バタンッ!!
「いった~い!!!」
ルリが階段から落ちたのだ。その声は、受話器越しでも向こう側の姉ちゃんに聞こえていただろう。
そして、それをあの姉が見逃すはずがなかった。
〈……響史。今の、女の声だったよな?〉
――案の定だ。
「い、いやだな~気のせいだよ……ハハハハ!!!」
――急いで電話を切らないと……!
〈怪しい。実は今、お前の家のすぐ近くに来ているんだ〉
――えっ!?
俺は直感で身の危険を感じた。
その瞬間………
ピンポ~ン♪
というチャイムの音。
――えええええええええッ!!!? いやいや、う……ウソだろ? えっ、だってその……えっ?
ピンポーン♪
「響史、そこにいるんだろ? 早く開けろ!!」
バンバンッ!!
玄関のドアが激しく叩かれる音が聞こえた。
――ま、マズイ……。逃げねぇと!!
バキバキッ!!
――うぅええぇええ!!? ドアを無理矢理開けるっていうのは聞いたことあるけど、ドアをぶち破るってそうそうないよ? そんな、どんだけ力有り余ってんの?
我が姉ながら恐ろしい。まさにこの人物こそ、魔王ではないかとさえ思う。
あまりにも力量差が明らかだったため、俺はついに観念した。
「響史。ようやく見つけたぞ」
俺は玄関前に正座し、姉に土下座した。
「すみませんでした」
その様子を見ていたルリが、心配そうに俺の様子を窺う。
「だ、大丈夫響史?」
「ちょ、お前何で出て来るんだよ!!」
「今、何か変な音がしたが、何かあったのか?」
「騒々しいなぁ~……」
――うわ~お。居候&伝言人勢揃いかよ……。こりゃもう隠すどころじゃねぇな。
「まぁ、見ての通りこういうことなんだけど……」
「きょ、響史。お前、いつの間にこんなにたくさんの女の子を連れてくるようになったんだ? しかも、お前の見る目もなかなかだな。全員美少女ばっかりじゃないか」
「い、いや、これには深いワケが……」
「響史、俺はお前がこんなにも成長できて嬉しく思うぞ?」
姉の言葉に、俺はどんどん胸が重くなった。
「ところで話は変わるけど、姉ちゃんここに何をしにきたんだ?」
「ああ。ちょっと買い物帰りのついでに家に寄っただけだ。お前が随分怪しかったんでな。まぁでも、このことも確認できたし……俺帰るわ」
その帰るという一言に俺はある危機感を覚え、姉ちゃんに訊いた。
「えっ、あの……この壊れた玄関ドアは?」
「ああ、直しといて? じゃ!」
「えっ、ちょ――」
「ああ、肝心なこと言うの忘れてた」
俺はその肝心なことが気になったので、一旦文句を言うのを止めた。
「頑張れよ? ……ふふっ」
――いやいやちょっと待て~!! 何なの今の? えっ肝心な一言ってそれ? たったのそんだけ? しかも最後のふふっって何? 軽く嫌味だよね? 言うならはっきり言ってくれよ!!
俺は心の中で大量にツッコんだ。
しかし、そのツッコミが終わった頃には姉の姿はもうどこにもなく、ただそこにはドアの金具が壊れて、靴置き場にボロボロのドアが倒れ掛かっている状態になっているだけだった。
「あ~あ、修理する場所増やしやがって……」
途方に暮れながら、俺は太陽の日が沈むのをただただじ~っと見続けていた……。
というわけで、映像越しですが大魔王と、こっちが本物の魔王じゃないの?と思うくらい馬鹿力を持つ男気勝る響史の姉が登場です。
今回は少しコメディっぽい話になりましたが、大魔王の伝言にあった『喉越し抜群饅頭』って何なんでしょうね。自分はそこそこ甘いものが大好きなので、一度食べてみたいと思ってしまいます(笑)
次回は響史の通う学園について触れていきたいと思います。