第三十九話「プール開きの悲劇」・2
「ぐッ! 藍川、貴様何を?」
「フッ! 愚問だな先生!! 変態であるこの俺を止められると本気で思ってるんスか? それは大きな勘違いだぜ!! くらえ、藍川流秘技、『変態ジャーマンスープレックスF』!!」
謎の必殺技を叫び、亮太郎は先生の体に自身の腕を巻き付け、そのまま自身の体を後ろにブリッジの様に反らした。同時に先生の体も後ろに持っていかれ、先生は頭をそのままプールサイドの硬い地面に強打した。
「ぐおおおおおおおおおおッ!!!」
織田先生は苦痛を叫んでいるのか、怒声を上げているのか声を張り上げると、そのまま気を失ってしまい、亮太郎が手を離すと同時にドスンッ!! と大きな音を立てて、プールサイドに仰向けで大の字に倒れた。
刹那――男子生徒の方から多大な歓声が巻き起こった。
「うおおおおおおッ! 変態の勝利だぁあああああああああああああああ!!」
「おおおっ、亮太郎があの最強とも言われた織田を倒したぞぉぉおおおおおお!!」
「すっげぇ、さすがは変態の王だ!!」
「いやぁ~、それほどでも~♪」
亮太郎は他の男子に貶されてるとも知らずに頭をかいて照れ隠しをしていた。
――マジこいつ、バカを通り越してアホだ。
とか俺は思いながら女子の反応を見ていた。――全員ドン引きだった。軽蔑的眼差しを向けてる奴、青ざめて怯えてる奴、悲鳴を上げてる奴、とにかく様々だった。
一方で北斑先生の方を見てみると……額に手を添えやれやれと言った感じだった。どうやら先生も亮太郎には相当手を焼いているようだ。まぁ、問題児だしな……。しかし、さすがに耐え兼ねたのか、北斑先生が動き出した。
「こらぁー藍川君たち!! 今は授業中ですよ? しかも先生に暴力はいけませーん!!」
怒り方がまるで幼稚園児相手の様な感じだった。注意を受けてしょんぼりするはずが逆に恥ずかしくなってきたりする。
「こいつらがそんなことで反省するはず――」
そう独りごちる様に亮太郎達の方を振り向いてみると……。
『すんませっしたぁああああああああああああああ!!』
と、声を揃えてお辞儀する男子生徒(俺以外)がいた……。
――反省してたぁああああああ!!?
俺は心の中で度肝を抜かれていた。
「えええッ!? お前ら、そこ謝んの? 言い訳するとか反論するとかないの?」
「いや~ッ! あんな先生の必死に怒ってる姿見てたら思わず惚れちまいそうでさぁ~!」
「俺なんかさっきから鼻血が止まんねぇよぉ~!!」
などと亮太郎ほどではないが変態であるクラスメートの飯島や池神が涙を流しながら熱く語り出す。
完全に俺は嘆息しながら呆れていた。先生も先生で納得してるみたいだし……。
と、そんな時だった。ふと先生が俺達男子生徒から女子生徒のある女子に視線を移した瞬間、目が釘付けになってしまっていた。一体誰を見ているんだ? と俺が先生の視線に合わせて視線を動かしてみると、そこには相変わらずじゃれあっている霊と霰がいた。
――あいつら一体何やってんの!? しかも先生めっさ挙動不審な感じで見てるよ!? 気付け、気づけぇええええええええ!!
必死に念を送るものの届くはずもなく、二人はそのままじゃれあいをしばらく続けていた。しかし、ただじゃれあっているだけなら普通に他の女子もやってるはず……。では、一体あの二人のどこに先生は目をくぎ付けにされたのだろう?
そんな疑問が生まれ、俺はその疑問を解決しようと二人をじ~っと眺めた。すると、ある一点で俺も思わず目の動きを止めてしまった。あまりにもアウトすぎるだろ! というものを霰――ではなく霊が身に着けていたからである。それは――猫耳と尻尾だった。
そう、霊は人間ではなく悪魔であり猫なのだ。そのため、猫耳と尻尾があるのは仕方がない。普段の学校生活ではパーカーの様なもので隠していたが、最近は普通に警戒を解いてしまっているため、何人かの教師にも怪しまれていた。
だがその反面、その猫耳と尻尾……さらに霊自身の美貌に中てられた男子生徒共が、たまLOVEファンクラブなるものを立ち上げてしまった。しかも最悪な事に、そこの会員NO.1なのが変態王――藍川亮太郎その人なのである。それにより、そのファンクラブを潰そうとしてもなかなか潰れないのである。なにしろNO.1であるあいつのタフさは目を見張る物があるからな……。ファンクラブも潰しても潰しても何度も再復活を果たして活動を始めちまう。霊自身にも意見はないのかと訊いてみたが、「ええ~? 私のファンクラブがあるの? ふ~ん、まぁ……いいんじゃない? 私は別に構わないよ?」などと明るく答えていたため、恐らく自覚はない。そして、俺がそんなことを考えている間に先生が霊達のところへ向かい始めていた。
――まずい! 何か変な事でも口走らなきゃいいけど……。特に霰が。
密かにそんな心配をしながら俺はその様子を見守りながら訊く耳を立てていた。
「ちょっと水連寺さん?」
『はい?』
北斑先生に呼びかけられ霊と霰の二人が振り返る。まぁ二人とも水連寺だから仕方がない。
「えっ、あ、あの霊さんの方……」
「何ですか~?」
首を傾げて笑みを浮かべ訊いてくる霊。先生はすぅ~と一度深呼吸し、真剣な面持ちで口を開いた。
「その猫耳と尻尾は何なんですか? 授業に不必要な物を持って来たり身に着けたりしてはいけません!!」
あくまでも教育的指導――のつもりだった。北斑先生はあろうことか霊の猫耳に触れてそれを取ろうとしだしたのだ。それがまずかった。
グイイイッ!!
「いたいいたいいたいっ! 痛いよぉ~!! ふえぇえええんっ!!」
「かああああああああああつっ!!! お姉さまに狼藉を働く不届きものめがあああああっ!!」
霊の悲鳴に目を光らせて防御態勢に入り始める霰。相変わらずの霊好きと見える。
「な、何なんですか? 私はただその猫耳と尻尾を取ろうと」
「取れるかぁああああああっ!! お姉さまの耳を取るとおっしゃるんですの? それは即ち、耳を切れ! と言っているようなものですの!! あなたは鬼ですの?」
「耳を取る? それはつけ耳でしょう? 第一、本物の耳ならそこに生えてるじゃないですか!!」
と、北斑先生が霰に反発して霊の青い横髪に隠れた耳を指さす。
「これはあくまで仮のような物。真の耳はこちらですの!!」
――そうだったのかぁ~。
と納得する俺。って、そんな納得をしてる暇はない。注意して見てないと霰が先生に何をしでかすか分かったもんじゃない。
「霰ぇ~……痛いよぉ~!」
「あぁ~、お痛わしやお姉さまぁ~! ご安心くださいですの! この不詳、水連寺霰がお姉さまを鬼教師から守ってさしあげますの!!」
「なっ、誰が鬼教師ですかぁ~!!」
「本当のことですの! 猫の耳を取ろうとするなんて動物愛護団体に訴えますわよ?」
「何を言ってるんですか? 霊さんは人間でしょう?」
嫌な予感がした。確実に嫌な予感が――。その瞬間、俺は走りだしていた。
そして――。
「何の事ですの? お姉さまは人間じゃなく、あく――」
「うわあああああああああああああッ!! 待ったあああああああああああああ!!」
俺は間一髪で霰に飛びかかって最後まで言うのを強制的にやめさせようとした。しかし、それがまたしてもまずかった。
『プールサイドは走らないようにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』
その言いつけを守るのをすっかり忘れていた。
案の定俺はプールサイドを走り、足を滑らせ霰を押し倒してしまい、毎度の如く胸を掴んでしまった。
「くぅっ!? こ、こここここのへんたいがあああああああああああああっ!!!」
「ぬっはあああああああああああああああああああああッ!!!?」
俺は霰に金的を思いっきり蹴りあげられ空高く飛び上がると、天井すれすれを通って急カーブを曲がるようにして真っ逆さまにプールの真ん中に墜落していく。
ドッボォォオオオオオオオオォォォォオォオオオンッ!!!!
盛大に水しぶきを上げるプール室の水。同時に俺は意識を失った。
――☆★☆――
私――雛下琴音は神童くんが霰ちゃんに男の子の大事な所を蹴りあげられるなどの一部始終を目撃していた。私は女の子だからよく分からないけど、弟に聴いた話によると物凄く痛い……らしい。
「ちょっと霰ちゃん、あまりにもそれはやりすぎなんじゃあ?」
「ふんっ! これくらいが丁度いいんですの! あの男は最近お姉さま達に変態行為ばかりを働いていましたので、お灸を据えたまでのことですわ!」
霰ちゃんはそう言って手をパンパンと払うと、再び霊ちゃんとイチャつきだした。変態行為……とまではいかないものの、十分霰ちゃんも霊ちゃんにそれ相応の行為をしているような気がするんだけど……。
私はそんなことを想いながらプールに近づいた。プールの水面の真ん中付近に神童くんの肢体が浮かび上がってくる。死んではないみたいだけど、気絶はしてるみたい……。
「ちょっ、大丈夫ですか神童くん!!」
慌ててプールに飛び込み、神童くんの体を運ぶ北斑先生……。私も急いでその場に駆け付ける。
「先生、神童くんは大丈夫なんですか?」
「一応気絶しているだけみたいだから大丈夫だと思うわよ?」
「はぁ、そうですか。……よかった」
安堵のため息をつきながら胸を撫で下ろす私。
「じゃあ、神童くんをそこのベンチのところに連れて行ってもらえる?」
「あっはい、分かりました!!」
そう返事すると、私は神童くんの腕を自分の肩にかけ、引きずりながらベンチまで運んだ。運びながら私はふと思った。
――神童くん。いや、響史くんってあれから随分と体つきがよくなってるな~……。あ、あれ? 私どうしてこんなことを……。いやいや、そんなことよりも響史くんを運ばないとっ!!
首をぶんぶんと激しく左右に振り、私は響史くんをベンチに横たわらせた。目を回して失神してしまっている響史くん。銀髪の髪の毛がプールの水で濡れているせいもあってか、キラキラと光に反射して綺麗に光っている。その顔を見ていると、私はだんだんと響史くんに見惚れてしまっていた。
「――さん、……雛下さん?」
「ひゃ、ひゃいっ!!」
ふと誰かに呼ばれている声が聞こえて私は思わず恥ずかしい声を出して返事をしてしまった。顔が真っ赤になる。
「ど、どうかしたんですの? 大丈夫です?」
背後から私に話しかけてきたのは霰ちゃんだった。
「い、いや~何でもないよ? そ、それより霰ちゃんこそどうかしたの?」
「あっ、そうでしたわ! あの方を止めて頂けません?」
そう言って霰ちゃんが指をさした相手は、未だに霊ちゃんに注意している北斑先生だった。
「で、でもあれはただ単に注意してるだけだし」
頬をかきながら私は困惑する。助けてあげたいのは山々なんだけどそういうわけにもいかないし。
「そうはおっしゃられましても、あれではお姉さまが可哀そうですわ!」
「まぁ、それは確かに一理あるかも」
「ですわよね? でしたら止めてくださいですの!」
私は霰ちゃんに上手く丸めこまれて、仕方なく霊ちゃんに注意している北斑先生のところへ向かった。
「あ、あの~先生?」
「え? ああ、雛下さん……。今霊さんに注意してるとこだから、もう少し待っていてもらえないかしら?」
「その件なんですけど……その辺で勘弁してもらえませんか?」
「どうして? あなたはプールの授業中に猫耳と尻尾をつけていていいと思ってるの?」
先生は腰に手を当てはぁとため息交じりの声で私に言った。私はたまらずしょんぼりしてしまう。
こうしていると、傍から見たら私が怒られているような気がしてならない。
――も~うっ、どうして私がこんなことしなきゃいけないの~?
心の中で必死にそう叫ぶ私……。すると、私の情けない姿を見て何かを感じたのか、霊さんが北斑先生の腕に自分の腕を回して上目づかいで懇願した。
「ごめんなさい先生! この耳と尻尾を要は失くせばいいんですよね?」
「そ、そうだけど?」
「解りました!」
霊ちゃんのその決心した様な真剣な面持ちを見てか、霰ちゃんが今度は声を上げる。
「そ、そんな! お姉さま、まさかあれを!? そんなのあんまりですわ!!」
「いいんだよ! これくらいのことなら、私が我慢すればいいだけのことだから……」
そう言うと霊ちゃんは、両手に拳を握りう~んと唸り声を上げながら力を籠め始めた。同時に霊ちゃんの体の周りに謎のオーラが纏わりはじめた。
刹那――私が瞬きして瞼を閉じもう一度開いた時には、既に霊ちゃんの体から猫耳と尻尾が消えていた。すぐ近くでは霰ちゃんがオロオロと涙を流しながら「ああ~、お痛わしやお姉さま~!!」と声を上げ泣いている。にしても、一体何が起きたのだろう……。
「……これでいいですよね?」
「え、ええ……まぁいいでしょう」
北斑先生も一瞬のことに戸惑いながら霊ちゃんの頭やお尻を触ったりして猫耳と尻尾がなくなったのを確認する。
「ひゃあ! ちょっ、先生。そこは、くすぐったい!」
「ぬわあああっ! お姉さまに何をしてらっしゃるんですのぉ~!!」
霊ちゃんの悲鳴に霰ちゃんが目を赤く光らせて叫び声を上げる。
というわけでラジオ体操と共に始まるプールの授業ですが、そこでまたひと騒動。霊の格好についてです。スク水に猫耳と首輪としっぽってそれなんていうプレイですか。
とまぁ、それはさておき霰のリアクションと台詞がほぼ某あの人にしか見えないんですよね。挿絵を載せていっていますが、霰の絵を白黒で見ると、ますますあの人に見えるかもしれません。が、決して同一人物ではないのであしからず。そして、ここで新たに発覚する霊の新技。あの耳としっぽ、魔力で隠せたんです。
さらに、響史は――憐れとしか言い様がないです。




