第三十八話「プール開きの前触れ」・1
現在の時刻は午後七時半。
俺は少女――水連寺雪と戦いを終え、その小柄な体を優しく抱きしめてあげていた。
自分でも何でこんなことをしたのか理解できない。ただ言えることは、こうしなければならない――そんな使命感が俺の心の内にあった。もしかしたらそれが俺にこんな行動をさせたのかもしれない。まぁ憶測にすぎないが。
「なぁ、おい。そろそろ泣き止んだか?」
泣いていたためか、体を少しヒクつかせている雪。にしてもこの体温の低さは異常だ。特殊能力者ではないため魔力を制御することが出来ない。だから本来ならば武器を持っていなければならないのだが、雪は例年にない量の魔力の所有者だったため武器を持つことが叶わなかった。しかし、そうなると魔力を制御することが出来ず、最終的には『暴走』とやらに至ってしまうそうだ。そのため雪は、使い魔を使って魔力を制御しているそうだが、それも半分しか魔力を制御出来ないため不安定。
その結果、先刻の様な現象が起こってしまった。全く持って悪魔というのも大変なものだ。
――良かったぁ~、俺人間で。
「少し」
「ん?」
ボソリ小声でそう口にする雪に、俺はよく聞き取れなかったので首を傾げた。
「もう少しだけこうしてたい」
雪は小さな手で俺の服をぎゅうっと掴み、さらに強く抱き着いてきた。俺の体に雪の小柄な体が密着し、相手の心臓の鼓動まで聞こえてきそうになる。
――にしても冷てぇ~!! やっべぇ、このままじゃ凍死するかも。
「なぁ、どうして力の暴走が起きたんだ? やっぱ、魔力の制御が出来てなかったからか?」
「わからない。ただ、暴走が起こるはずがないんだよ」
「えっ、どうして? だって魔力の制御……出来ないんだろ?」
「むぅ、まるでボクが出来の悪い子みたいな言い方」
雪が体を少し離して頬を膨らませて俺を睨む。その睨み方もまた可愛く見えて俺は思わず視線を逸らしてしまう。
「ち、違うって! ただそう言ってたから」
「……抑止がかかってるから」
「抑止。確か他の領域に踏み込んだら抑止がかけられて力を強制的に半分にされるってあれか?」
俺は以前瑠璃に聴いていた話の微かな記憶を頼りに言った。
「うん。しかもボクは半分の魔力を使い魔に制御してもらってる。だから、自身の体にあるのは四分の一くらいの魔力のみ。だから、その状態で暴走が起こるはずがないんだよ」
「感情が昂ってたせいとか?」
「それもあるかも。でもはっきりとした原因は分からない。でも今は疲れたからそんなことはどうでもいいや。それと、一ついい……かな?」
雪は俺の肩に頬をスリスリしながら訊いた。
「何だ?」
「ボクには雫おにいちゃんしかいないって……知ってるよね?」
「ああ」
ゆっくり首を縦に動かす俺。
「だからもう一人おにいちゃんがほしいんだ。ワガママだってわかってるよ? でも、これだけは諦められない。それで、あなたにもう一人のおにいちゃんになってほしいの……ダメ、かな?」
雪は俺のすぐ目の前で首を傾げ、目を潤ませてきた。
――や、やめろ! そんな幼い顔立ちで俺にウルウルした瞳を向けないでくれ!! そんなことしたら、ロリコンでもないのにロリという世界に栄光の架け橋をかけてしまうぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!
「あ、ああ……いいぜ?」
――っぷはぁっ!! よ~ぅし、何とか耐えたぞ。そっちの路線にだけは走ったりしない。ていうか、今を想えば既に霖に「お兄ちゃん!」って呼ばれてたな。まぁいっか。
「ありがとう、おにいちゃんっ!!」
そう言って雪は満面の笑みで俺に抱き着いてきた。
刹那――俺の唇に冷たく柔らかい何かが押し当てられる。それは雪の唇だった。そう、キス――されてしまったのだ。
――えっ? え、ええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!? 一体何事だ!? 何のフラグが立ったんだ? てか冷たい。
ガバッ!!
俺は慌てて雪を引き離した。
「ぷはぁ。雪のファースト、お兄ちゃんにあげるね?」
「え、えっ……あのいや、言ってる意味がよく分かんないんだけど?」
パニック状態に陥っている俺は目を白黒させながら雪に尋ねた。
「だから、雪のファーストキスを響史おにいちゃんにあげるって言ってるんだよ」
頬を赤らめ俺にそう言う少女――いや、幼女か?
――い、いかん。俺としたことがまたしてもロリ路線に! まずい、今俺の脳内では「え~次はロリ・ワールド、ロリ・ワールド。尚、この急行ロリ列車は目的地まで停車しませんのでご注意下さい!」と、一度乗ってしまえば即OUT! の列車についての放送が流れている。
「は……はぁ、左様ですか」
――あれ? 体が熱い。おかしいな、雪に抱き着かれて冷たいと思ってたはずなのに。それ以上に俺の体が火照ってるってことか?
「と、とにかく……離れて――」
「どうして?」
離れようとする俺に対して徐にそんな質問を真顔で投げかける雪。
「ど、どうしてって……言われても」
俺は参ってしまった。
とりあえず今は雪に上手く目を合わせられない。目が合うと、つい先程の急行ロリ列車に乗ってしまいそうになるのだ。
「ダメ……なの?」
うっ! やっぱそのウルウル光線はやめてくれ!! 脳が焼け死ぬ!! 亮太郎が見れば、即昇天しそうなそんな代物だ。もしかするとこれは、ある意味雪にとって最強の武器かもしれない。
「い、いやダメってことはないけど」
「じゃあいいよね?」
「いいよねって何が?」
「とりあえず、今日は疲れたからまた今度でいいや。おやすみおにいちゃん」
――えっ、お休みってこの状態でか!? ちょっ、待ってくれぇえええぃ!
「スー、スー……zzz」
――完全に寝ておられるッ!! とにかく驚きの連続だ。寝顔を見てたらホント普通の人間と変わらない…………ぁ、っていかんいかん! またしても変な気が。どうもさっき雪にキスされてから変な気分だ。露さんもあれはあれであれだが、雪も雪で危なすぎる。と、とにかく帰るか。
そう思って立ち上がろうとしたその時である。
【何を変態犯罪者みたいな顔で雪のこと見てるのかな?】
それはどこからともなく聞こえてきた。どこからかというか、まるで俺の頭に直接聞こえてくる――そんな感じ。
周囲を見渡すがどこにも人影はなし。
【どこ見てんの、下だよ下】
その声に言われ俺は下を見る。そこには、翼を生やして冷気を放出している何とも言えない両手に乗っかるくらいの手頃な大きさの竜がいた。
「ど、ドラゴン!?」
【う~ん、まぁドラゴンって言えばドラゴンなんだけど。何ていうのかな、僕はドラゴンと人間のハーフ……『半人竜』。まぁ、ハーフ=ヒュードラって呼ばれてる……かな?】
「ハーフ=ヒュードラ? ふ~ん。てか、人を変態犯罪者扱いかよ!!」
その場にしゃがみこみ、半眼でその半人竜を見る俺。
【あんなに鼻の下伸ばして、今にも食べそうな勢いだっただろ?】
「なっ!? た、食べるってお前……それどっちの意味で言ってんだ?」
【君の想像にお任せするよ。それよりも自己紹介がまだだったね。僕は、雪ちゃんの使い魔『冷凍の氷竜――エアリス=エアロトゥス』。よろしくね?】
エアリス=エアロトゥスと名乗る竜は言った。なるほど、こいつが雪の魔力の半分を制御している使い魔か。にしても冷凍の氷竜って、如何にも身震いしたくなる冷たそうな名前って感じだな。
【それは僕の悪口?】
――えっ? 俺の心の声が聞こえた?
【うん、聞こえてるよ? ちなみにさっきの急行ロリ列車だっけ? あれも聞こえてたよ……ふふふ、全く人間の男が考えることなんて所詮そんなもんかぁ~】
「うわああああああああッ!! ば、バカやめろ! 雪に聞こえたらどうすんだ!!」
【大丈夫だよ。雪ちゃんはしばらく起きない】
きっぱりそう言い切るエアリス。やけに自信たっぷりな言葉に俺は訝しげな表情を浮かべて訊いた。
「どうしてそう言い切れるんだ?」
【僕は、雪ちゃん――つまり主の使い魔だよ? それくらいのことは解るさ】
――なるほど。ご最もな言い分だ。
「まぁいい、それじゃ俺帰るからな」
【僕のことを置いてくの?】
「何?」
俺はその場に立ち上がり、そそくさと退散しかけて後ろからの言葉にその場に立ち止まり首を後ろに可能な限り回した。
【僕を置いてくの?】
同じ言葉をもう一度口にして、俺にそう懇願するエアリス。
「お前は動けるんだから動けよな。第一、使い魔なら召喚を解けばいいだけの話じゃないか」
そう言って俺は雪を背中におぶって再び歩き出した。すると、背後からエアリスの喚き声が聞こえてきた。
【なっ、ひっど~い!! 僕にそんな口利いてもいいと思ってるの?】
エアリスは意味有り気な言葉を口にした。その言葉に俺は足を止めて踵を返し、怪しいものを見るように目を細める。
「何?」
【急行ロリ列車】
呪文のようにその言葉を口にする。が、それは一部の人間には効かないだろうが、それ以外の人間――即ち俺には致命傷を与えた。
「うわあああああああッ!! 分かった、分かったから言わないでくれ!!」
【じゃあ、僕も連れてって!】
「連れてってって、どうやって?」
【う~ん、じゃあここでいいや!】
そう言ってエアリスは俺の頭にちょこんと乗っかった。
【へぇ~こりゃあ眺めがいいや! 頂点に立った気分だ!】
エアリスがそんなことを口にしていたその時、俺は肝心なことを思い出した。
「あっ、亮祐!!」
そう、先刻の雪とのことがあってすっかり弟のことを忘れていたのだ。慌てて亮祐の元に向かう俺。亮祐は雪の氷漬けが溶けて水浸しの状態で横たわっていた。
「お、おい! 大丈夫か亮祐!!」
俺は必死に弟に呼びかけた。
「う、うっ……ん? あっ……き、響兄ぃ! よかった、無事だったんだ」
「ったく、心配かけやがって」
ポンと弟の頭に手を置いた俺は心底安心した。すると、その表情を見てか、亮祐が少し申し訳なさそうにして謝罪の言葉を口にした。
「ごめん」
「まぁ無事で良かった」
目じりに浮かぶ涙を拭いながらそう俺は小声で言った。
というわけで、予告通り今回はプールの話をやる――つもりだったのですがその前にほんのちょっとだけ前置きということで前触れとさせていただきます。そして、ここで謎の幼女からキス。いやはや最近の小さい子は進んでると小耳に挟みましたが、ここまでとは。さらに雪の使い魔が出てきました。これまた少しキャラが濃いのが出てきましたね。まぁ、基本自分の書くやつに出てくる登場人物の大半が濃いひとなんで。
しかし、このままでは響史もいずれはロリコンの道にいってしまいそうですね。




