第六話「猫の来客」
新キャラ登場です!
次の日の朝、時間はもう既に昼の十二時を示そうとしていた。俺はピンポ~ンというチャイムの音に反応して、一度目覚めた。しかし、
――まだ眠い…。
そう思った俺は、思わず二度寝してしまったのだ。
――☆★☆――
ここは神童家の玄関前。宅配便のお兄さんが、四角い箱を少し重そうに抱えながら帽子を被り直し、家主が出てくるのを待っている。
「あれ、いないのかな?」
インターホンを鳴らしてしばし待ってみるものの、全く応答がないので、宅配便のお兄さんは仕方なく帰ろうと踵を返した。
と、その足元にどこからか猫が擦り寄ってきた。
「ニャ~♪」
「あれ、こんな所に猫が……首輪をしてるってことは、野良じゃないのか?」
お兄さんは少しばかり辺りを見回し人気がないことを確認すると、何故か常備していたツナ缶を懐から取り出し、蓋をベリベリッと開けて、蒼い海の様な瞳を持つ猫の前にスッと差し出した。
「ニャァ~♪」
黄金色の鈴の首輪をつけた猫は、嬉しそうに鳴いた。
「お~そうかそうか、嬉しいか! じゃあ、またな……」
宅配のお兄さんは、ツナ缶と猫をそのままにして足早にトラックに乗り込むと、エンジンをふかして行ってしまった。
「何だかよく分からないけど、ついてるニャ!」
猫が喋っている。しかし、その驚くべき事実を知る者は、まだ一人としていない……。
――☆★☆――
午後一時。自然に目が覚めた俺の目の前に、少女の顔があった。
「――ッ!?」
俺は少し驚いて後ろに後ずさった。すると、今度は後ろにも人気が。まだ寝起きで寝ぼけている俺は、頬を少し軽く叩いた。顔を左右に激しく振り、ようやく目が覚めた。
「あ、ああ。そういえば、昨日ルリや霄と一緒に寝たんだったな……」
ようやく昨日の一件を思い出した俺は、重い体を起こし掛け布団をどけた。すると、そのせいか急に掛け布団がなくなって蹲ったルリと霄の二人が、目を覚ました。
「あっ、悪い。起こしちゃったな……」
「ううん……それよりも、ありがとう。凄く気持ちよく眠れたよ」
ルリのトロンとした瞳に、俺は思わずドキッとして、彼女の奥に見える壁にピントを合わせて話した。
「そうか、それは良かった」
俺にはそれくらいしか返す言葉がなかった。
「それよりも、今何時なんだ?」
霄に言われ、俺は机に置いていたデジタルの目覚まし時計を見た。目を細めよく見ると、時計は午後の一時を示していた。
「うわっ、マジかよ……。思わず午後まで寝ちまった。せっかくの連休初日が……」
パリン!
俺の三連休の計画が、繊細なガラスの様にあっさり壊れていく……。そんな音が脳内で聞こえたような気がした。
「まぁまぁ、そんな落ち込まないでよ響史。私達がいるんだからさ? それより、お腹すいちゃった。何か食べようよ」
「それもそうだな……」
我ながら落ち込んだ後のこの復帰力は、自分でも目を見張るものがあった。
「で、何が食べた――」
「おにぎりっ!!」
俺が最後まで言葉を発する前に、霄が眉毛をキリッと上げて、ハッキリした声で言った。
「あ、ああ……。でも、またか?」
「もちろんだ。あの味は何度食べても飽きない……。特にツナマヨ味はっ!」
「まぁ、そうだけど……」
少し呆れたような顔をしながら、俺は霄の言い分を聞いていた。
「はぁ、分かった。じゃあ、ちょっと準備してくるから少し待っててくれ。あっ、そうだ。ついでに顔洗って来い!」
「うん!」
ルリが明るく返事をし、一階に駆け下りていく。
「さてと、俺も準備するか……」
俺は部屋の扉を開け一階に降りていった。
――今はこんな風にこいつらも俺の家にいるが、この感じだと、恐らくまた霄みたいな護衛役が来るのか? それに、このことが親にバレたらどうする? くそ、今は弟が友達の家に泊まりに行っているが、もしも帰ってきたらどうする? マズイな……何とかしないと。
様々な考えを思い浮かべながら階段を下り終えた俺は、廊下を逆方向に歩いていきリビングへの扉を開けた。と、ふと視線を皿置きの辺りに移す。そこには、大量の汚れた皿が置かれていた。
「はぁ……そういえば皿洗いもあったんだったな」
俺が深い溜息をついていると、ルリが扉を開けて俺の名前を呼んだ。
「響史~!! ねぇねぇ、ちょっと来て!」
無理矢理手を引っ張られ、俺は洗面所に連れて行かれた。
「ねぇ、これってどうやって水を出すの?」
「えっ? ここを捻るんだよ」
俺は使い方を見せてあげた。
「へぇ~、こうするんだ。ありがとう響史!!」
ルリに御礼を言われ、俺は少し照れくさくなり頭をかいた。
その時、何か音が聞こえた。
ガリガリ……。
「何の音だ?」
微かに聞こえる不審音のする方に歩いていくと、台所に辿り着いた。
どうやら、この音は台所からするようだ。しかし、一体何の音だろうか?
俺が行き当たった場所は、勝手口の扉だった。
――どうやら、この音の発信源はここのようだ。
「何なんだ?」
ゴクリと息を呑み、ドアノブに手を伸ばしガチャッと扉を開けた。すると、足元にフワフワと小さな温もりを感じた。
「何だ?」
「ニャァ~!!」
「ね、猫!?」
俺は不意をつかれて体勢を崩し、尻餅をついてしまった。
「いって~……! でも、何でこんなところに猫が……?」
と、その青い毛並みを持った三毛猫を眺めていく中で、ふとその猫の瞳に俺は目をつけた。
というのも、その猫の瞳に心当たりがあったのだ。
――“蒼い海の様な瞳……。”あれ? この言葉、何処かで聞いたような……。
そんなことを思いながら、俺はゆっくりと身を起こす。すると、猫が俺の近くにすり寄り媚を売ってきた。
「何だ、腹が減っているのか?」
「ニャァ~!!」
猫の声に、俺は今まで考えていたことを忘れるような感じがした。
とりあえず俺は立ち上がろうとしたが、立ち上がった瞬間少し眩暈がして倒れそうになった。
その時、誤って傍にいた三毛猫の尻尾を踏んでしまった。
瞬間、摩訶不思議な事が起きた。
「イッタァァイイ!!!」
「――ッ!?」
俺は一瞬、我が耳を疑った。何せ、今の声は間違いなくこの三毛猫から聞こえてきたからだ。
「ニャ、ニャァア……」
「お前……今喋ったよな?」
冷や汗をかきながら俺が振り返ると、三毛猫が突然激しく威嚇し逃げ出した。
「あっ、待て!!」
俺は自分でも何で追っているのか理解せずに無我夢中で追っていた。二階の階段を駆け上がる猫の後を追いかける俺。三毛猫が向かったのは俺の部屋だった。
「あっ!」
――勝手に部屋を漁られでもしたら最悪だ!!
そう思った俺は、ジャンプしている猫を捕まえようとした。
と、その時、扉が開き霄が現れた。
「なっ!?」
「あッ!?」
俺は勢いを止められず、そのまま霄にぶつかってしまった。
「イッテテ……あれ? やけに床が柔らかいな」
「おい……早くそこをどけ……!」
「えっ?」
俺は今の状況を確認した。霄を押し倒して、その上にのっかっているような状態になっている。
「あっ、ごめん……」
「全く、何をしているんだ響史」
俺が慌ててその場からどくと、霄がゆっくり上半身を起こしながら言った。
「いや、俺はこの猫を捕まえていたんだよ」
どうやら上手い具合に捕らえられていたらしい猫を見せつける。
「ん? 何だ、霊ではないか……」
然程驚く事もなく、平然と猫の名前らしき言葉を口にする霄に、俺は疑問符を浮かべる。
「えっ? タ、タマ? 何、この猫……霄のペットだったのか?」
俺は猫の首輪を確認して納得の頷きを見せる。しかし、霄は首を振って否定した。それから一言、こう告げた。
「いや、私の妹だ……」
「い、妹? えっ、でもこいつ猫だろ?」
「何を言っているんだ響史? こいつは魔界の人間だぞ?」
その言葉に、俺は自分の目を疑った。
――様々な不可思議な出来事に、ついに頭がおかしくなったらしい……。
そう思った。しかし、すぐにそれは勘違いだということが分かった。
「ニャア……。あの、そろそろ離してくれないかニャ?」
「えっ、やっぱり猫が喋ってる!?」
「だから、さっきお姉ちゃんが言ったニャ。私は猫だけど、魔界の人間――悪魔だニャ……」
「どういうことだ?」
「はぁ、実際に見せた方が早いみたいニャ……」
溜息をついた三毛猫が言うや否や、突然その体全体が光り輝き始めた。
「な、何だ?」
俺の手から逃げ光に包まれた猫は、部屋の真ん中にちょこんと座った。すると、だんだんその光が大きくなり、俺と同じくらいの大きさになった。そして光が薄れていくと、そこには俺と同じ年齢くらいの少女が、何故か裸で立っていた……。
「ちょ、お前何で裸なんだよ!?」
俺は慌てて両手で目を塞いだ。
「うわぁ、しまった失敗しちゃった!! 服装もちゃんと準備してくるんだった! ちょっと、服着るから出て行ってよ!!」
自分の柔肌を腕などで覆い隠しつつ、タマと呼ばれる少女は慌てて俺を部屋から追い出すと、扉を勢いよく閉めた。
バタン! という扉の音と同時に、強い風が俺の銀色の髪の毛をなびかせる。
「何なんだ、あの女の子。とりあえず状況を整理しよう。ん? そういえば、髪の毛……霄と同じ空の様に透き通った水色だったな。瞳も蒼い海の様な瞳で……霄の妹で――――えっ! ま、まさか、あ……あの子、ご、護衛役ゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!?」
俺は今頃になって扉の向こうにいる少女の正体に気付き、思わず叫んでしまった……。
というわけで、二人目の護衛役登場です!猫に変身出来るということで、名前も猫っぽい名前にしてみました。
次回は、霊が持ってきたあるものについての話です。