第三十四話「青髪の逃亡犯!!」・1
次の日の朝。
俺は目覚めると同時に上半身を勢いよく起こした。グイッと俺の体が丁度腰の部分を軸にして九十度に折れ曲がる。
俺が今何をしているのか。それは、自分の体がちゃんと男に戻っているかどうかの確認だ。何故かと言うと、昨日俺の体は罰ゲームによる諸事情で女の体にされたからだ。
「ふぅ。どうやら男の体にちゃんと戻ってるみたいだな……」
胸や股間に手を触れ、そのことを確認する俺。すると、天井裏からルナーがひょっこり顔を覗かせた。
「おはよーっ!」
「うわあああ!!!!?」
「ちょっ、何よ! 急に大声出して」
「突然現れたらびっくりするだろうが!!」
「ご、ごめん――って、何で天才の私がボンクラのあんたに謝んないといけないのよ!!」
「何をぉ~!? そんなこと言ってっと、姉ちゃんに言いつけるぞ?」
「ふえっ!? ちょっ、お……お願いだからそれだけは勘弁してぇ~!! もうあの女だけはゴメンよぉ~!!」
そう言ってルナーは天井裏に再び顔をひっこめた。なぜそこまで姉ちゃんに対して恐怖感を抱き怯えているのか。それは昨夜に遡る……。
《どうして? どうしてこの天才の私がこんな目に……》
自分のことを天才だと豪語する、瑠璃と麗魅の叔母である童顔巨乳美少女発明家ルナー。そんな彼女は、現在、俺の姉――神童唯に抱えられて自身の研究所へと向かっていた。屋根裏へと繋がる入口から天井裏へと入る俺達。はっきり言って俺もルナーの研究所へ足を踏み入れるのは初めてだったため、少しワクワクする気持ちが心のどこかにあった。
だが、実際に見てみると、研究所というのはこういうものなのかと思う程散らかっていた。大量の紙があちこちに散乱し、足の踏み場もない。何やら難しい文字や数式で書かれていることから研究資料か何かだろう。
《随分散らかってるわね~。少しは整理しなさいよね?》
誤って資料のプリントを踏まないようにしながら奥へ進む俺。すると、俺の言葉に恥ずかしくなったのか、ルナーが口からでまかせにこんなことを口走った。
《わ、分かってるわよ、うっさいわねぇ~! あんただって部屋の掃除くらいしなさいよね!! ガチガチのティッシュだとか、変なモンがそこらへんに散乱してたわよ!!》
《なっ!? そんなもの、ち、散らかってなんかいません~!!》
《まぁ響史もそんな歳だもんなぁ~!》
姉ちゃんがルナーの言葉に何も気に留めていないようにカラカラと笑う。
《お、お姉ちゃん。だから違うんだって! ちょっ、ルナーっ!!》
《わ、私のせいじゃないわよ!!》
俺は相変わらず女の体のままのため、文句を言おうにもどことなく丁寧な口調になってしまうこれに苛立ちを感じてルナーに責任転嫁する。そしてそれは横暴だと言わんばかりにルナーもいろいろと言い返してきた。
一番奥までやってくると、姉ちゃんが周囲を見渡してルナーに質問した。
《それで、響史を戻す薬は?》
《そ、そこに……》
姉ちゃんに抱えられたままルナーが指をさす。その手は震えていた。指差す先には確かにあの時俺に飲ませた薬と全く同じ物が置いてあった。ただし、色違いで。
《自分で取れ》
《む、無茶言わないでよ!! 抱えられたまま手なんか届かない――ひゃっ! ちょっ、どこ触ってんのよ!!》
《おう、悪い悪い。お腹に手を回してたらついつい触れちゃってな。胸の大きなお前が悪い……》
ホントに男のようなリアクションで罪悪感の欠片もなく、軽く謝る姉ちゃん。その態度がルナーも気に入らなかったのだろう。ここぞとばかりに嫌味を言い返す。
《ごめんねぇ~? 大きくて。少なくとも、あんたよりも大きくて》
ぶちっ!
そのルナーの一言が姉ちゃんをキレさせてしまった。
《ああんっ!?》
《えっ? あっ、いやあの……》
《もういっぺん言ってみろっ!!》
姉ちゃんの表情はまさに不良ともいえる顔だった。その姿がどことなく従妹の燈にも似ていた。
ルナーはというと、顔を真っ青にして目に涙を浮かべ、今にも大声を上げて泣き出しそうな幼い子供のようだった。もしかしたらチビってしまわないだろうかとも思えるほど目を潤ませている。実際、ルナーは俺よりも年上だというのに小柄な体系をしていて、胸が小さくてペッタンコなら本当に小学生か幼稚園生に見えてしまいそうな程身長も低かったのだ。普段のルナーなら口が悪く性格もアレなためにそうは思うまい。しかし今の彼女は、姉ちゃんに恐怖感を抱いていて少し下手に出ている感じの為、よけいにそう見えてしまっていた。それでいて、姉ちゃんよりも少し大きい胸。それは姉が怒るのも無理はない。しかも、あの時のルナーの自慢気な表情を見れば誰でも。
《ご、ごめん、なざ、い……》
ほぼ涙と鼻水が流れ出ていて、もうこれ泣いてるに等しいだろうという顔つきのルナーの声は明らかな鼻声だった。嗚咽しているためか、所々言葉が途切れ、体も震えていた。すると、さすがのその様子には姉ちゃんもようやく罪悪感が芽生えてきたのか、少し柔らかい笑顔を浮かべると、小脇に抱えていたルナーをおろした。
《分かればいいんだ。おらっ! さっさととって来い!》
《は、はいっ!!》
もう姉ちゃんには逆らわないようにしようというルナーの心の声が俺にも聞こえたような気がした。
《も、持ってきましたっ!!》
《何をボサッとしてんだ!! 早く女から男に戻す薬を作れ! 天才の発明家なんだろ!?》
《そ、そう、です……》
ガクガク震える足をゆっくり動かしながらルナーはパソコンの置いてある椅子に座り、キーボードに手をかざした。そして、ふと研究所の電気が消えていることに気付いたルナーは、この場所の電気をつけるスイッチの近くに立っていた俺の方を向くと、横目で姉を気にしながら俺にお願いをしてきた。
《あ、あの……。お願いがあるんだけど、その……電気、つけてくれない?》
ルナーの、その懇願するような上目遣いの童顔で可憐な顔に、俺は思わずドキッ! としてしまった。こんな幼い童顔の美少女にトキめくなんて、このままほったらかしにしていたら、気付かぬうちに犯罪に走ってしまうかもしれない、そんなことを俺はふと考えた。
《あ、うん。いいよ?》
カチッ。
暗がりの研究室が一気に証明に照らされて明るくなる。どうやらエコ的にもLED電球を使っているようだ。こちらとしては電気代がその分浮くのでありがたい。
《あ、ありがとう》
ルナーの動きはもう見るに堪えない程ビクビクしていた。余程姉ちゃんが恐いのだろう。今すぐにでもここから逃げたい気持ちなのかもしれない。
それから三十分くらい経ったところで、ようやく薬が完成した。
《で、出来た! 出来ました!!》
《そうか。じゃあこれを飲めば女から男の体になるんだな?》
《は、はい!!》
《問題ないんだな?》
《もちろんです!!》
《そうか。じゃ、まずお前が毒味しろ!》
《えっ?》
姉ちゃんの言葉に一言二言で間髪いれずに答えていたルナーの笑顔が急に恐怖へと一変する。
そう、元々男だから女の体から男の体に戻るのには何のためらいもない俺だが、元々女の体であるルナーにとっては女の体から未知である男の体になることは、ちょっとどころか物凄い恐怖なのだ。
《どうした、早くしろ! それともできないっていうのか? 元々これはお前の考案した薬が招いた事態だろ? 責任は取ってもらわないとな》
《わ、分かりました……》
ルナーは意を決してそう言った。ツツーと、肌白い頬の上を涙が流れる。コクリと息を呑み、試験管に入った液体を飲もうとするルナー。
その光景にあまりにも居た堪れなくなった俺は、二人の間に強引に分け入った。
《も、もうやめてよお姉ちゃん! もう十分だから。ルナーはちゃんと罰を受けた。それに、これは元々私が不祥事で罰ゲームを受けることになった結果の姿だから仕方のないことなの。だから、これ以上この子を責めないで?》
《……ふっ、相変わらず甘いな響史は。まぁいい、私はお前がいじめられてると思って苛め返していただけだからな。お前がいじめられているというわけでないのならこれ以上は何も言わないよ》
その姉ちゃんの言葉を聞いていて、俺は昔の事を思い出した。本来なら苛められているのを助けるのは男である俺の役目のはずだったのに、今はこうして姉ちゃんに助けられている始末。
――全く、笑えてくる。苛めるやつから姉ちゃんを守るのが俺の役目だったのに、逆に俺を苛めるやつを姉ちゃんが守ってくれてる。情けないな……。
俺はそんなことを心の中で思った。
《それで、これを飲めば男に戻れるのよね?》
《ええ、そのはずよ》
性転換エキス、女から男バージョンを怪しい物を見るような目で見ながら質問する。それに対し、ルナーは少し小声でそう言った。
それから俺はゴクリと覚悟をすると同時に息を呑み、一気にその薬を飲み干した。その試験管をルナーに返し、口の端から垂れる薬の液を手の甲で拭い取る。
《響史。それじゃあ私は忙しいからそろそろ帰るな?》
《えっ、お姉ちゃんもう帰っちゃうの?》
《何だ? いてほしいのか? 全く、寂しがり屋だな響史は。心配ないだろ? こんなにもたくさん人に囲まれてるんだ。寂しくなんかないだろ?》
《ち、違うわよ。私はただ……》
《それと、一つ言い忘れてたことがあったわ》
何かを言い残したかのように踵を返し、こちらに視線を寄越す姉ちゃん。
《えっ?》
《お誕生日おめでとう、響史!》
高校生時代の時に見せていた笑顔に近い笑顔でそう俺に祝いの言葉をくれる姉ちゃん。てっきり今年も誰からも祝ってもらえないのだろうと思っていたから、このびっくりサプライズはとてつもなく俺の心に響いた。
《……お、お姉ちゃん》
俺は嬉しくなり、胸に込み上げる物が俺の心を熱くした。それが薬の影響なのか心情の変化なのかどうかは俺にも分からなかった。とにかく分かることは、姉ちゃんはもう少しで今暮らしている場所へ帰ってしまうということだけだった。
《あ、ありがとう、お姉ちゃん……》
《ああ。それが言いたくて今日はここによったんだ。当日は私が忙しくて来れなかったからな。本当にすまなかった》
《い、いいよ。覚えててくれただけでも嬉しいから》
目尻に浮かぶ涙の滴を人差し指で拭った俺は、首を横に振って申し訳なさそうにしている姉ちゃんを許した。。
《そう言ってもらえると、私も気が楽になる》
胸の上に手を添えホッと安堵した様子の姉ちゃんは、ゆっくりとその場に立ち上がるとその場に座っている俺を見下ろし、笑みを浮かべた。
《さてと、んじゃあな?》
《うん、さようなら。また来てね》
《ああ》
そう言って姉ちゃんは屋根裏から姿を消し、屋根裏及びルナーの研究所には俺とルナーの二人きりになってしまった。
《か、帰った……わよね?》
《えっ? うん、そうね》
《――っはぁ~。なんだか今の間にすんごく寿命が縮んだ気がする》
ルナーは急に溜めていた言葉を洩らしはじめた。恐怖の対象がいなくなってホッとしたのか、腰が抜けたようにその場にペタンと座り込むルナー。殺人鬼に殺されそうになったところを正義の味方によって助けられて安心したと、そんな感じかもしれない。まぁ、無論姉ちゃんは殺人鬼などではないが。
すると、俺の体に異変が起き始めた。体がムズムズしはじめ体が火照り始めたのだ。
――こ、これは。朝の時と同じ……そうか、女体化が解け始めてるんだ!!
俺は心の中で歓喜した。
《あっ、体が……あ、暑いっ!!》
《ちょっ、それ大丈夫なの?》
《わ、分かんない……。でも、あっ……ん、力が抜けるっ!!》
体の火照りが影響してその熱が頭にも回ってしまったせいか、急にグラリと来てそのまま俺はその場に倒れてしまった。
……そして現在に至るのだ。
今日の天気は快晴。何事もなく平凡な一日を過ごすはずだった。
俺は一階へ降りて、テレビを見ていた。
「はぁ~、なんか疲れたな」
「あっ、響史起きたの?」
玄関扉を開けると同時に、瑠璃が俺の存在に気付いて声をかける。
「ああ、他のみんなは?」
「中央公園に行ったり買い物に行ったりしてるみたいだけど?」
「そうか。家にいるのは俺とお前だけなのか?」
俺はふと思ったことを口にしてみる。
「ん? いや、確か露がいたと思うけど……」
「露さんか」
「まるで私がいたらいけないみたいな感じの言い方ね?」
「うわッ!!」
露さんの声がいきなり背後からしたため、俺は思わずびっくりして声を上げてしまった。
「びっくりするじゃないですか!!」
「えへ、ごめんね? ところで、私がいなかったら姫様と何するつもりだったの?」
「えっ? な、何の事ですか?」
少し困惑しながら俺は露さんに尋ねた。すると、返ってきたのは俺が予想していたものと大差ない答えだった。
「何って、決まってるじゃない! “危ない事”よ!」
人差し指を唇に当て、片方の目を閉じてウィンクしながら露さんは言った。その言葉の後半口にした危ないことと言う言葉に俺は酷く反応した。
「なっ、なな、んな訳ないじゃないですか!!」
「あら~? その反応だと何の事なのか、うっすら分かってるみたいねぇ~?」
「な、何が言いたいんですか?」
少し赤面して俺は動揺しながら尋ねる。
「べっつに~? あっ、そうだ! 一つ響史くんにお願いがあるんだけど、聴いてもらえるかしら?」
その言葉に俺は「内容にもよります」と少し警戒しながら相手の話を聴く準備を整えた。
「えっとね? 実はこれを買って来てほしいの」
そう言って露さんに何かの紙切れを手渡された。それは広告らしきものだった。それをよく見てみると、広告の内容はタコ焼きだった。
「タコ焼き? これが食べたいんですか?」
「これがね、私の姉が好きな物とよく似てるのよ」
「露さんのお姉さんって、澪のことですか?」
「あ~、違う違う! 澪ちゃんじゃないわ! まぁ、その内来ると思うけど」
「刺客としてってことですか?」
「さあねぇ~。お姉ちゃんはコロコロ気が変わりやすい人だからね~。……まぁとにかく、それ買ってきて! 頼んだわよ?」
「えっ、これもう引き受けること絶対! ――的な感じになってんですか!?」
「そりゃそうでしょ?」
露さんは当たり前じゃないと言った顔で俺に言った。俺は参ったな~と頭をかきながら財布を片手に玄関へと向かった。
それにしても、玄関ドアを直してもらったおかげですごくドアの開閉がしやすい。やはり、壊れてる時と壊れていない時とでは使い勝手が違う。そう俺は改めて思った。そして、玄関扉を開けた俺は外へ出た。今日は快晴のために風もどことなくポカポカしていて暖かい。
「え~と、この広告に載ってる地図によれば……こっちか!」
俺は道に迷った際に地図を見て歩く時のように、広告の地図と現実の場所を頭の中で一致させながら目的地の場所へと向かった。
ようやく俺が辿りついたのは、人通りがあまり多くなさそうな十字路だった。その角を曲がり少し先へと進むと、そこにはリアカーを引いたおじさんがいた。さらに、そのリアカーには屋台がついており、その屋台の暖簾には「たこ焼き屋」と書いてあった。
そして俺は財布を片手にその屋台に近づいた。
というわけで、罰ゲームのあった次の日です。無事男の姿に戻れた響史ですが、ルナーはさんざんですね。あれもう完全にトラウマ対象決定ですね。そんなルナーはいつかまた大変な目に遭うかもしれません。そして、今回は新しい護衛役が登場する――んですけど、後半までまだ出てきません。ちなみに今回のサブタイを見て一体どんな登場の仕方をするのかは想像できるかと思われます。




