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魔界の少女  作者: YossiDragon
第二章:六月~七月 護衛役『現れし青髪の脅威(後)』編
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第三十一話「大工『樹ノ下 毅』」・1

 俺は夢を見た。そう、幼き夢……それはまだ俺の家族が全員家にいた時の時代。

 相変わらず賑やかな俺の一家は今日も朝食をすませていた。そんな賑やかな食卓も幕を閉じる。そう、姉である唯姉ちゃんの一言によって……。


《母さん、父さん。今日は二人に話があるんだ》


《あら、何かしら……?》


 母さんは俺達よりも早めに朝食を終わらせ、溜まった皿を洗っていたのだが、娘の改まった話に手を止めてタオルで濡れた手を拭いた。

 そして、母さんが椅子を引き腰かけ、父さんが新聞を閉じたところで姉ちゃんは話し始めた。


《実は私、ある人と付き合ってるんだ……》


《この間家に来た人?》


 一週間ほど前に家に来た男の顔を思い出し、母さんが訊く。


《うん。それで、私……この家をそろそろ出て行こうと思って》


 姉ちゃんのその言葉など、当時小学六年生だった俺と、小学二年生だった弟にとっては突飛押しもない一言でしかなかった。何かの冗談かと思った。姉ちゃんが家からいなくなる。そんなこと、当時の俺は想像もしていなかったのだ。だが、今思えばそれも仕方のない事だった。人はやがて親元を離れ赤の他人とくっついて新たな家庭を築く。しかし、両親は娘のその言葉にこう言った。


《でもあなた……まだ高校一年生でしょ? 勉強とかはどうするの?》


《アパート借りてそこで勉強する》


《お金はどうするの?》


《アルバイトする》


 矢継ぎ早に飛んでくる母親の質問に間髪いれずに姉ちゃんも答える。


《それはあまりにも無茶じゃない?》


《そうだぞ唯。何も今じゃなくたっていいんだ。もう少し、せめて二十歳を過ぎてから》


《……でも、どうしても今がいいの》


 今の姉ちゃんとは違い、この頃の姉ちゃんは心に思っていることを素直に表情に出す女の子だった。いつからあんなにもひねくれてしまったのだろうと俺は思う。


《相手は何て言ってるんだ?》


 父さんは少し険しい顔で訊いた。すると姉ちゃんは、少し俯きながらもこう言った。


《特には……。ただ、私の好きにしていいって》


ダン!!


 俺が少し余所見をしていた時のことだった。急に食卓が揺れ大きな音が鳴ったため、俺はビクッとしてしまった。

 瞬間、父さんが大声を上げた。


《無責任にもほどがあるッ!! ちゃんと相手のことを考えているのか、あの男はッ!!》


《あの人だってちゃんと私のこと考えてくれてるわよ!》


 父親の言葉に言い返すように声を張り上げる姉ちゃん。


《ふんっ……そもそも、相手は年上の上に既に二十歳を超えているのだろう? それだというのに、こっちはまだ学生で、しかも今が一番人生を左右する時期である高校生……。それをやつはどう考えているんだ? 全く……》


 二人が言い争っていると、父さんと姉ちゃんの言い争いを少し怖そうに見つめていた弟の亮祐に気付いた母さんが、弟と俺を部屋に戻っているように言った。

 俺と亮祐は手を繋いでその場から退散した。

 二階に上がっている最中のことだった。亮祐は俺の服の袖をグイグイッと引っ張って言った。


《お兄ちゃんは、お姉ちゃんがいなくなっていいと思う?》


《そりゃ、いつかはいなくなるんだとは思ってたけど……突然いなくなるなんて》


《僕は嫌だよ! お姉ちゃんがいなくなるなんて!》


 弟は半べそをかいていた。その顔を見た俺も、思わずもらい泣きしそうで怖かった。しかし、そこはグッと我慢し、弟にしゃんとするように言いそのまま上へと上がって行った。




 俺と亮祐のいなくなった食卓に沈黙の時間が流れる。静止しした空間に時計の針の音のみが鳴り響く。すると、母さんが口を開いた。


《まぁ、あれね……。なんというか、唯もそういう歳になってきたのは解るけど、もう少し先……という訳にはいかないの? それに、相手もそこまで離れていなくても、もう少し……もう少しだけ年齢が近くてもいいじゃない? たとえば……そう、同い年の子とか。光影学園に誰か良さそうな子とか、小学校の頃から一緒だった子とかいないの?》


 母さんはまるで今の彼氏と別れろと遠回りで言っているような感じだった。そのことに気付いたのか、姉ちゃんは言った。


《……何よ、二人して。私だって年上がいいと思ってるわけじゃない。あの人とだって、道端で道を聞かれてそこから何となくで付き合っていただけだし……》


《じゃあどうして……》


《彼がしつこく言ってくるから……!》


 姉ちゃんは制服のスカートの端をギュウッと掴みながら言った。


《どういうことだ?》


 父さんは少し心配そうに姉ちゃんに訊いた。

 姉ちゃんは一瞬黙り込んでしまったが、しばらくしてゆっくりと口を開いた。


《実は……お金、借りてるの》


《ど、どういうこと!?》


 母さんは驚愕を露わにしていた。無理もない、何せ、さっきまで付き合っていたとか言っていたその彼氏から金を借りたとか、どうとかいう謎の言葉がいくつも出てきたからである。


《私がお母さんに頼まれたお使い行ってた時、誤ってお金を落としちゃって……それで、途方に暮れてた時に、彼が声をかけてきたの。最初は道を聞かれただけだったんだけど、道を聞き終えた後、彼が私に悪魔のような囁きで言ってきたの。お金を貸してやるから俺と付き合えって……》


《そ、そんな……お金落としたなら落としたって言ってくれればよかったのに》


《その時! ……その時は、少し頭が混乱してて受験も近かったからパニック状態だったの! その上、彼からあんな言葉をかけられたせいで頭が真っ白になって。何も考えられなくなった。だから! それで……》


 その話を聴いていた父さんは、急に立ち上がり言った。


《許せん! その男、殺してやるッ!!》


 父さんは急に声を荒げて血相を変えて出て行こうとした。それを姉ちゃんと母さんが慌てて止めにかかる。


《やめてあなた。確かにあんまりだけど、殺すまでしてしまったらあなたが……》


《実の可愛い娘が脅されてるんだぞ? 人生は一つの命で一つしか決めることが出来ない! その人生をそんなやつに狂わされるわけにはいかないんだッ!!》


 今を想えば、あんな父さんの顔は見た事なかった。

 と、その時、ギイィィと扉が開いた。そこには、本来いるはずのない人物がいた。そう、幼き頃の俺だ。全て俺は聞いてしまっていたのだ。


《きょ、響ちゃん……》


 当時、姉ちゃんは俺のことを“響ちゃん”と呼んでいた。俺も当時はそのあだ名っぽい名前を気に入っていた。その時の姉ちゃんの心配そうな目は今でも忘れられない。


《聞いていたのか……》


《響史、あなたそんなところで何やってるの?》


《りょ、亮祐が……退屈だからゲームしようって。それで、どうせなら久し振りにUNIがしたいなって言うから、でも、UNIは下にあるから、それで……取りに来たら……ご、ごめん、なさい》


 俺はパニックになって思わず謝ってしまった。とりあえず、なんとなく謝らなければそう思ったのである。思わず泣き出しそうなくらい胸が苦しかったのを覚えている。いつもは明るいはずのうちの家族がこれほどまでに居心地の悪い雰囲気を醸し出すのは初めてだったのだ。


《……け、喧嘩はやめてよ?》


 そんな俺のボソッと呟いた言葉に父さんはどうやら気を静めてくれたようで、二人の止める手をそっと放すと元の位置に座った。そして、ふぅ~と深いため息をつき、手を交差させ、それをテーブルにつき、しばらく考えこむと、


《よし、父さんに訊いてみよう……》


 と言った。

 父さんとはつまり、俺から言う爺ちゃん。つまり、バブルドリームカンパニーの社長、神童豪佑のことである。大金持ちである爺ちゃんに協力を仰ごうというのだ。


《お爺ちゃんに?》


 姉ちゃんも母さんも驚いていた。


《父さんなら、その男のことも簡単に見つけ出してくれるだろう》


《見つけ出してどうするつもり?》


 母さんが心配そうな顔をする。


《もちろん、付き合うなどさせないように圧力をかける。そして、唯に謝らせる。もしも、そんな気がないと言った言葉を言った場合、それ相応の覚悟を決めてもらうつもりだ》


 父さんの言葉に全員が黙り込んでしまった。


《どうする唯? これは唯自身の問題だ……。どうするかは唯が決めなさい! あんな男に人生を狂わされるか、あんな男とは縁を切り、大人になってから恋をして行くのか。どちらか決めるんだ……》


《……少し考えさせて》


 そう言って姉ちゃんはリビングを出ていった。そんな姉ちゃんを母さんと父さんは止めなかった。

 俺は、姉ちゃんのその何か話しかけて欲しそうな背中を見て、思わず後を追い掛けてしまった。

 リビングを出て階段を上がり自室へ向かおうとする姉ちゃんを、俺は何の考えも持たず呼び止めてしまった。


《お姉ちゃん、どうするの?》


《ふふっ……どうしよっか、響ちゃん。私、なんだか分からなくなっちゃった……。でも、今更ほっとくわけにはいかないよね》


《別れればいいじゃん!!》


《ダメだよ。彼にはお金を借りちゃったし……》


《返せばいいじゃん!!》


 俺のその言葉に姉ちゃんは少し目を僅かに動かしたが、すぐに元の表情に戻り俺の頭を優しく撫でながら言った。


《ううん。私も一度は返そうとしたよ? でも、そしたらあの人はこう言ったの。こんなはした金いらない。俺がお前に貸した金はもっと高額だったって。私はお使いのお金を借りただけ。ほんの少し、溜めれば返せる値段だった……。なのに、彼が言ったのはとんでもない額の値段だった》


《何円……だったの?》


《百万よ? 百万! そんなの払えるわけないじゃない……! もう、どうすればいいの? 私……。ねえ、教えてよ、響ちゃん……》


 そう言って姉ちゃんは俺の体をギュウッと抱きしめた。ほんのり暖かいお姉ちゃんの体。長い髪の毛が俺の鼻にかかり鼻腔をくすぐる。同時、いい匂いがした。優しい匂い。いつまでもこうしていたい、離れたくない。そんな感じがした。

 すると、すりあう俺と姉ちゃんの頬の間にツツ~ッと熱い何かが伝った。俺はそれが何なのか瞬時に理解した。そう、姉ちゃんの涙だった。そしてそれを理解するや否や俺はこう口にした。


《な、泣かないでお姉ちゃん!! お姉ちゃんが負けちゃったらダメだよ!! 僕がお姉ちゃんを守るから!!》


 その言葉に姉ちゃんは顔を上げてハッとした。


《えっ?》


《僕がお姉ちゃんを守る!! お姉ちゃん前に言ったじゃん! 男の子は女の子を守るもんだって!! だったら僕はお姉ちゃんにもらったあの木刀でお姉ちゃんを守るッ!!》


《き、響ちゃん……。ぐすっ、あ……ありがとう。お姉ちゃん、すごく嬉しいよ!》


《だから、父さんにちゃんと頼もう! 爺ちゃんにその悪い男を倒してもらうんだ!! それでもダメだったら、僕が姉ちゃんをいじめるその男を倒す!!》


《……うん! わかった……。響ちゃんは優しいね。私、そういう男の子……大好きだよ?》


挿絵(By みてみん)


 目尻から流れるその涙を人差し指で拭いながら頬を赤く染める姉ちゃん。

その言葉と表情、それが耳から離れて消えなかったのはなぜだろうか。実の所、俺もよく分からない。

 もしかすると、俺は姉ちゃんが心のどこかで好きだったのかもしれない。そんな大好きな姉ちゃんを苛めるその得体の知れない男が許せなかったのかもしれない。だが、それは今ではもう過去の話。

 そんな昔話、今の姉ちゃんが覚えているわけがない。第一、今の姉ちゃんはあんなにガサツなのだ。そのせいかもしれないが、今の姉ちゃんの周りには男など一人もいない。常に、周りに男を寄せ付けないようなバリアを張っているのか?という程である。確か、あの事件以来だったような気がする。姉ちゃんがガサツになりだしたのは。

 そんな夢を見ながら俺はハッと目を覚ました。随分懐かしい夢。しかし、実際にあった出来事。心の奥底からなかなか抜けないその思い出。悲しいようで嬉しいような不思議な感じのする想い出。

 俺はふと心臓に自分の手を当てた。鼓動が早い。心臓が痛い。胸が熱い……張り裂けそうなその痛み。

 なぜ、昔の姉ちゃんのことでこんなにも胸が痛くなるのだろうか。まさか、これは恋!? いや、ないない……だって今の姉ちゃんを見てみろ! 以前のような優しい面影はどこにも残ってやしない。

 俺はそんなことを心の中で呟きながらふと上を見上げた。


「そういや屋根、修理してなかったな……」


 もうかれこれ数ヶ月そのままなのではないだろうか? 何せ、この屋根が壊れたというか壊されたのは、霄が来てからなのだから。


「そうだ、金……確か、霄が用意するって言ってたな」


 俺はふと以前霄が言ってた言葉を思い出した。


「えっと……」


 同じベッドに寝ている護衛役の中から霄を探し出す俺。こう多いと、探し出すのも一苦労だ。何せ、彼女達の特徴はほとんどが同じ。髪の毛の色は同じ。残りの特徴で探し出すと言えば体つきくらいのものなのだから。そして、俺は霄を探し出し体を揺さぶった。


「おい、霄起きろ!」


「ん? なんだ響史……まだこんな時間ではないか。今日は休みなのだろう? だったら、少しくらい休ませてくれても」


「いいから起きろ! お前、あの屋根修理してないまま一体何か月過ぎたと思ってんだ!」


「おお、そういえばそうだったな……ふわ~あ。すっかり忘れていた」


「あのな……」


 俺ははぁとため息交じりに言った。すると、霄は懐から何かを取り出した。


「これ」


「ん? なんだコレ……」


「お金だ」


「いや、それは見て分かる! 問題は何で俺に金を渡してるんだってことだよ!」


「屋根を直すのだろう? お金がいるのではないのか?」


「いや、そうだけど……お前は行かないのか?」


「いや、だって面倒だし……」


「て、てめぇ……」


 俺は怒りに震える心を落ち着かせ、深呼吸すると霄に言った。


「あぁ、はいはい。分かった……じゃあ、俺一人で行くからお前はそこで待ってろ! その代わり、大工の人が来た時にはちゃんと起きてろよ? いいな?」


 ダメ押しの様に言う俺の言葉に霄は不機嫌そうに分かった分かったと言った顔をした。


「じゃあな」


 そう言って俺は部屋から出ると、下に降りて行き私服に着替えた。そして、リビングへと向かい、念のためと書置きをして外に出ようと玄関扉に手を掛けた。

 と、その時、階段を降りる足音が聞こえてきた。


――な~んだ……なんやかんや言ってちゃんと行くんじゃないか! やっぱそれが武士としても筋ってもんだよなー!!



 と、俺が勝手に納得していると、上から降りてきたのは霄――ではなく、あくびをしながら目を擦る霙だった。


「ん? 響史……どっか行くのか?」


 眠そうな目を擦りながら霙がボサボサの髪の毛をいじり俺に尋ねる。


「ああ、俺の部屋の屋根……いい加減直さないと冬になったら寒くなるし、雨とか降ったら大変なことになるだろ? だからだよ」


 俺はそう霙に言って、綺麗に履いていなかった靴のかかとをきちんと合わせた。そして、準備も終えたところで俺は再び玄関扉に手をかけた。

 と、その時、霙が再び俺の動きを止めた。


「ちょっ待てよ! あたしも行く!」


「えっ!?」


 急な霙の言葉に俺は戸惑った。別にそこまで遠くもない大工の家にわざわざ何ら関係のない彼女を連れて行くのは少しばかり抵抗があったからだ。何よりも霙の片手に持つハンマー。伸縮可能だからと言って、外でそんなもの持ち運びしてたりしていいものなのかどうか…。そもそも目つきが悪いせいか、はたまたプライドが高いせいかよく道端で危ない人に絡まれることが多々ある。そんなことになりでもしたら、俺まで巻き添えをくってしまう。それだけはゴメンだ。

 そういうことから俺は霙についてきてもらいたくはなかった。しかし、もう私服というかいつもの格好で準備万端の状態だ。連れて行ってもらえるという期待感丸出しの表情を浮かべている霙の気持ちを無下にするわけにもいかなかった俺は、仕方なく連れて行くことにした。

というわけで、神童響史の姉である神童唯の過去編の話を主にやりました。なぜここで過去編を夢という名目で入れたのかというと、前回の玲の話と木刀というか護身用の刀の話をしたかったからなんですね。

響史の部屋に置いてあるあれは姉である唯を悪い奴から守るために使っていたと。そして、そこにどう玲が関わるのかはいつかやる過去編で明らかになると思います。ちなみに今回、回想シーン?で初の父親、母親、弟が出ました。彼らもそのうち出ると思います。

そして後半は大工のところへ行く前置き的な部分を書きました。本来行くはずの霄は行かず、代わりに霙が行くという……何ともまたひと波乱ありそうな予感ですね。

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