第二十九話「俺の誕生日(後編)」・2
「い、いつの間にっ!?」
「俺の力をナメんなよ?」
「これって力って言えるのか? しかも、ちゃっかし結び方上手いし……」
「ワリィかよ……」
頬をかきながら少々照れつつも少し暗い表情を浮かべる鷲田の顔を見て、霙はその身に何かあったのだろうかと思い、気になって訊いてみることにした。
「なぁ、ワシダ……。あんた、何かあったのか?」
「なっ、何にもねぇよ……」
「いや、ウソだ! 絶対に何か隠してるだろ!」
「ふっ、やはり女の第六感ってのは恐ろしいねェ~。隠しててもあっという間にバレちまう。ああそうさ、俺は隠し事をしてる」
急に正直になった鷲田はベラベラと一つの昔話を話し始めた。
「俺には妻と一人の娘が居てな……」
「妻と娘?」
「へッ、意外だろ? だが、今の俺の下にはその二人はもういねェ……」
鷲田の言葉に疑問を抱いた霙は単刀直入に訊いた。
「何で?」
「殺されたんだ」
「えっ!?」
驚愕し、言葉を失う霙。鷲田は続ける。
「一年前にな……。俺はあるヤクザとつるんでた。んで、そこで働いていた俺には相棒ともいえる友がいた。だが、やつはある日突然俺を裏切って組織の金を盗んだ。当然、俺と相棒は怪しまれたさ……だが、その時やつは何て言ったと思う?」
「……何て言ったんだ?」
ゴクリ息を飲みながら恐る恐る尋ねる霙。緊張感が漂い、ジメジメした空気が頬を舐める。
「やつは、俺が盗んだって言って全ての罪を俺になすりつけやがったんだッ!!」
「なっ!」
「へッ、笑えるだろ? 俺はその後、組織のボスにこの傷をつけられた」
そう言って鷲田はサングラスを取ってその傷を見せた。確かに、左目の下に三本の引っかき傷の様なものがあった。
「謂わば、これが傷跡ってやつだ。この傷跡を背負ってる限り、俺はこの仕事をやめるわけにはいかねェ……。俺はどうにかして無実を証明しようと足掻いた。しかし、それは儚く散った。……去年のクリスマスだ」
「くりすます?」
ついこの間初めて人間界を訪れた霙にとっては、“クリスマス”という単語は初耳だった。
「そうさ、その日も結局俺は無実を証明できずに家に帰った。しかし、家に帰った時、俺は全身から血の気が引くのを感じた。指先まで冷え切ってた……」
「何が……あったんだ?」
霙はこれ以上鷲田の過去を聴いてしまってもいいのかと、一瞬躊躇した。だが、ここまで聞いて途中でやめるのは気が引けたし、何よりも鷲田の顔が聞いてほしそうにしていたため、随分聞き入っていたことも合わせてその忌まわしい過去を聴き続けた。
「妻と娘は殺されてた……クリスマスパーティを開く準備してる時の事だったらしい。それは、周りの様子を見ても分かったさ。ケーキや飾り付け、二人の頭につけている三角帽子。まだ娘は高校一年生……今年で十六歳になるはずだった。丁度クリスマスイヴが娘の誕生日……なんだ。それがまさか、命日になるなんてよ……くッ」
拳を強く握り締め奥歯を噛み締める鷲田。その憎悪に塗れた表情は悪魔である霙をも恐怖させた。
「そう……だったのか」
喉につまる言葉がようやく口から出た。そんな弱々しい声音だった。
「俺は我を失った。そして、二人を殺したのが相棒だと分かり、俺は全身に怒りのオーラが纏うのが分かった。そして、俺はやつを殺した。二人が殺された時とは違った残虐な方法でな……」
「……なんか、ゴメンな」
「いいんだ。話したら何だかスッキリした。それと、お前は娘に似てんだ……初めて会った時も、自分で目を疑ったもんだ」
「じゃあ、髪の毛結ぶのが上手いのも、その黒いゴムも……」
「ああ、よく娘の髪の毛を結んでやってたんだ。妻は弁当作りで忙しかったからな。それくらいは俺がやってやろーと……な」
鷲田は穏やかな表情で言った。そんな相手の顔を見て、霙はすくっとその場に立ち上がった。
「なぁ、頼む! 次のレッスンを教えてくれ!! アタシに教えてくれ!!」
「どーしたんだ、急に」
「このツインテールも、娘に似てるからそうしたんだろ?」
「……分かってたのか」
「だから、アタシじゃ力不足かもしれないけど、アタシを実の娘だと思ってさ」
「……いいのか?」
「ああ!」
助けてやりたい。逃れられはしないかもしれない。だが、それでも少しはその重く辛い過去を和らげてあげたかった。いつもの霙ならば少しも抱かない感情だった。しかし、何故か鷲田の過去を聞いてそんな事を思ってしまった。もしかすると、自分もあの事を思い出してしまったからかもしれない。自分と鷲田を重ねてしまったのだろう。だからこそ、自分に似ているという鷲田の娘の役になりきることで、少しは一緒にこの時間を過ごせる事を楽しんでもらいたかった。
いつの間にか鷲田の顔は不良やヤクザと言った顔ではなく、穏やかな父親の顔になっていた。
「ほら、早く! 時間がもうないんだ!! アタシも早く誕生日プレゼント用意しないといけないし……」
霙は公園の時計の時刻を見てそう言った。
「分かった。じゃあ、始めよう!」
それから霙と鷲田の誕生日プレゼントについての様々なレッスンが始まった。
暗がりの住宅街。街灯がチカチカ点滅しながら灯ってゆく。
「随分遅くなっちまった……。でもあいつ、案外いいやつだったな。なんか、初めての時と印象が違った。なんか親父……思い出しちまった。いっけね、早く戻んないと兄貴達が待ってる!!」
そう言って霙は響史の家を目指して息を切らしながら走って行った……。
――☆★☆――
「そ~っと、そ~っと……うぅ~、出来たぁ!!」
「おぉ! よくやったな、霖!」
「ありがとう、お兄ちゃん!!」
霖は嬉しそうに笑顔で俺にお礼を言った。
ケーキのベースは霖との協力もあって何とか完成した。後は霄が買ってくる予定のイチゴを切って乗せれば完成だ。
「遅ぇな~まだ帰ってこないのか?」
俺がはぁ~と嘆息して椅子に腰かけたその時、ガチャッと音を立てて扉が開き、外から霄が入ってきた。そう、お使いから帰ってきたのだ。
「お帰り、霄。随分遅かったな……大丈夫だったか?」
「うむ、この私にこのような事が出来ないはずがないだろう?」
「そ、そうだな……。んで、イチゴは?」
「いちご? ああ、これか?」
一瞬首を傾げ何の事かと疑問に思うも、すぐに手に持っていたビニール袋の事だと理解し俺にそれを差し出した。
「おお、これこれ!」
俺は霄の手からビニール袋を受け取り中からイチゴの入ったパックを取り出した。その中には、瑞々しい感じのイチゴが入っていた。
「偉く高いの買ってきたな……お金、足りなかったんじゃないのか?」
「問題ない。安くしてもらったからな」
「えっ? 今日って特売の日じゃないだろ?」
「何を言っている響史……? 安くしてもらったといえばネギったということだ!」
「ネギったってお前、そんな言葉よく知ってるな――って! それダメだろ!! お前、何てことしてんだよ!! さてはお前、剣突きつけて脅したんだろ!」
俺は思わず霄の言葉にノリツッコミしてしまった。
「いちいちうるさいな……ちゃんと目的は果たしたのだ、問題はあるまい?」
「まぁ、問題はないけど。いろんな意味でそれは問題ありまくりだろ……」
呆れて物も言えなかった。それほどまでに俺は拍子抜けだったのだ。そして、霄が買ってきたイチゴをパックから取り出し水で洗うと、まな板の上に乗せて綺麗に半分に切った。それから霖と俺と、料理を大変な代物に変えてしまう恐れがない作業だということで霄にも手伝わせた。三人寄れば文殊の知恵……というわけではないが、三人で力を合わせたことによりあっという間に作業は終了。無事、誕生日ケーキが完成した。
「ふぅ、これで一段落ついたな。二人ともお疲れ様……」
「ん……? ふぁ~あ。あれ、寝てたわ……」
俺の声に反応したのか、さっきまでちっとも動かなかった露さんがムクッと顔を上げた。また、それと同時に近くにあった生クリームが入ったままのボウルに当たる。そしてボウルはテーブルの端から真っ逆さまに落ちてしまった。それにいち早く気付いた霖は、慌ててそのボウルをキャッチしようと試みた。しかし、そう上手くいくわけもなく、ボウルはそのまま霖の頭に被さってしまった。また、それと同時に中に入っていた生クリームも霖の体全身にぶっかかってしまった。
「きゃあっ!!」
「お、おい大丈夫か霖?」
「う、うん私は平気。でも、床がクリームで少し汚れちゃった……」
「床は拭けば何とかなるが、それよりもお前のその格好……」
「ふふふっ、まるでアレみたい……とでも言いた気ね、響史くん?」
「なっ、ち……違いますよ! 起きた途端卑猥なこと言うのやめてください露さん! 霖が変な誤解したらどうするんですか!」
俺は顔を真っ赤にして露さんにそう言った。目つき及び、その表情はまさに俺のことを小馬鹿にしているようにしか思えない。
「その時はその時よ! それよりも、早くしないと服がシミになっちゃうんじゃない?」
「そっ、そうだ! 霖、髪にもかかっちゃったみたいだからシャワー浴びてこい! シャワーの使い方……分かるよな?」
「し、しゃわー?」
小首を傾げる霖。何でこう何気ない仕草の一つ一つが可愛く見えてしまうのだろう。ここまでくると、なんとなく露さんの気持ちも分からないでもないが、それでもこの人のやることは了承出来ない。とまぁ、それはさておき、やはり魔界で水浴びしかしたことのない彼女達にとって、人間界のシャワーというのは神秘的であり未知の存在なのだろうか。
――はぁ、どうする? 俺がシャワーかけてやる……ってわけにもいかねぇし。
俺が迷っていたその時、突然露さんが手を上げてアピールした。
「あっ、はいはいっ!! 私がシャワーの使い方教えてあげるわ!!」
「じゃあ――霄、頼むわ!」
「承知した」
「ええ~っ!? どうして私じゃないのよぉ~!」
「露さんがやったらどうなるか分かったもんじゃありませんから。それはもう今までの付き合いで解ってますから……」
「私達、いつから付き合ってたのかしら……?」
「そっちの付き合うじゃありません!!」
俺は、露さんが頬に手を当ててこっちに意味有り気な視線を向けてくるのを見てそう言った。
結局霖のことは霄に任せることにして、俺はクリームで汚れた床を濡れた雑巾で綺麗に拭き、器具などを片づけた。
「ねぇねぇ、響史くん……。どうして、そこまであの子たちの面倒見るの?」
露さんの言葉に俺は洗い物をしている手を止めた。そして、俺はふと顔を上げ目の前の窓を見つめた。
「そうですね……上手くは言えませんが、やっぱり心配だから……ですかね?」
「心配?」
「ほら、あいつらほっといたらどんなことでもしでかしそうじゃないですか。そういうの俺、見てられない性格なんですよ」
俺はキュッと蛇口を閉めて水を止めると、ハンドタオルで濡れた手を拭いた。
「ふぅん……でもまぁ、あの子達もよくあなたの言う事聞いてるわよね~。姫様二人も…瑠璃様はまだ分かるけど、まさかあの麗魅様まであなたに逆らわないようになるなんてね……」
「全く逆らわないってわけじゃありませんけどね。それよりも、残りの護衛役って誰がいるんですか?」
ふと思った疑問を俺は露さんに訊いてみた。すると、俺から目を逸らし頬杖をついた露さんが言った。
「そうねぇ~。後残ってるのは姉が一人と妹が一人……そして、弟が一人の三人……かしらね」
露さんが指を折っていく様子を見ながら俺は少し小声で言った。
「もうそんだけになるんですか。結構人数も増えて賑やかになりましたもんね~」
「響史くん的には、ウハウハハーレムで嬉しいんじゃないの?」
「なっ、そんなこと……なくはないですけど」
「へぇ、珍しく素直じゃない。何かあったの?」
「いえ特には……ただ、せっかくの一年に一度しかない誕生日なのに、親も姉も弟も帰ってこないなんて、俺って愛されてないのかなって……少し思っちゃって」
「まだ会ったことないけど、弟と姉がいるの?」
「ええまぁ……姉は一度家に来たんですけど、丁度その時はまだ露さんいませんでしたもんね。この家の玄関あるじゃないですか」
「ええ……」
「アレ壊したのが姉ちゃんなんですよ」
「ず、随分……強いお姉さんなのね」
苦笑する露さん。恐らく、姉の恐ろしさを想像してしまったのだろう。
「ええまぁ。昔っから喧嘩っぱやかったですからね。小さい頃は近所の男子とよくサッカーとかしてたらしいですよ? 俺はそういうのはあまりしないんでよく分からないんですけど……」
「引きこもり気味な性格だったの?」
露さんが再びこっちを向いて訊いてくる。
「昔、ちょっと……」
俺は指でほんの少しと、ジェスチャーをしながら言った。すると、露さんは少し微笑みながら言った。
「まぁ、いいんじゃない? 好き嫌いは人それぞれだし、人それぞれ個性ってものがあるから世の中面白いんじゃない!」
「……」
「どうかした?」
俺があまりにも呆然としているのを見て露さんが心配そうに訊いた。
「いや、露さんにしては珍しく真面目なこと言ってたからつい……」
「バカにしてるの?」
「いやいや、とんでもない!!」
「私だって真面目な時くらいあるわよ!!」
露さんは少しふくれっ面でそっぽを向いた。大人しい時の露さんは本当にお姉さんのような雰囲気をしている。いっそのこと、ずっとこのままでいてくれたらいいのにと、俺は思った。
それからしばらくして、霖が髪の毛をタオルで拭きながら霄と一緒に戻ってきた。
「お待たせ」
「おう、シャワーの使い方分かったか?」
「うん! すんごく暖かくて気持ちよかったよ?」
「そうか! それはよかった」
俺は霖の笑顔を見て少し元気になった。去年まで俺は自分の誕生日を一人で過ごしてきた。一人で誕生日プレゼントを買い、一人で小遣いはたいてケーキを買い、ロウソクを一人で立て、そして一人で誕生日を祝う歌を歌い、ロウソクの火を消してクラッカーを盛大に鳴らす。しかし、盛り上がるのはそこまで。その後は、ずっと静けさだけの続く時間だった。一人寂しくケーキを食べる時の辛さときたらたまったものではなかった。去年などは、甘いケーキがしょっぱく感じるくらいだった。だが、今年は違う。今年は皆が居る。悪魔だろうとなんだろうと関係ない。俺の誕生日を祝ってくれる人が他にいる、それはすごく喜ばしいことだった。俺は最初、今年の誕生日なんか来なければいいのにと思っていたが、その考えは今となっては影もない。それほどまでに俺は嬉しい気持ちでいっぱいだったのだ。
「向こうの準備は終わったかな」
俺は三人と一緒にリビングへと向かった。
扉を開けると、そこには本当に俺の家かと見紛う程の光景が広がっていた。カーテンの衣替え……折り紙を使った飾り。そして、天井からは金色の丸いクス玉が吊り下げられていた。さすが、魔界で長年パーティを開く準備をしていた雫が手がけただけのことはある。あんな大人数を見事まとめあげられるのは、そこそこの力がなければ不可能に近い。
「すごいな、準備終わったのか?」
「おう! 俺をなめるなよ? 俺はこう見えてもあちこちのパーティ会場の準備を整える役目を果たしていたからな。だから俺はパーティーマスターの称号を得ている!!」
「ぱ、パーティーマスター?」
俺はなんじゃそらといった顔で雫を見た。すると、雫は平然とした顔でパーティーマスターという称号の証拠を見せた。
そのキンピカに光り輝くカードには、確かに銀色の文字でパーティーマスターと書かれていた。
「本当にあるのか」
「だから言っただろう。伊達にパーティの準備をしてるわけではないからな!! はっはっは!!」
雫は自慢げに笑った。
「響史! そっちはケーキ出来たの?」
「ああ。後はプレゼント買いに行った霙が買ってくるのを待つだけか……」
俺はリビングから外の様子を窺った。カーテン越しに外を見ると、もうすっかり辺りは暗くなりかけだった。
「今日も後数時間で終わりなのか」
「そう落ち込むことないよ!」
「そうなんだけどさ。今思うと一年間ってあっという間に経つもんなんだなぁ~って……」
「そういうものなんだよ!」
瑠璃に言われて俺は言葉を口にせず、笑顔で答えた。だが、時間が刻一刻と過ぎていくのになかなか戻ってこない霙に俺達はだんだんとイライラを感じていた。
と、その時、ガチャッと扉が開いて霙が息を切らしながら家の中に入ってきた。
というわけで、響史の誕生日パーティの全ての準備が整いました。にしても、霙の所に現れた不良のリーダー、鷲田。しかし、まさか彼にあのような過去があったとは。ていうか、あの過去の件をわざわざ掘り下げる必要あったんですかね? とまぁ、理由としては霙と霙の父親の過去話に繋げるための布石なんですけど。現に最後に霙が少し怪しい雰囲気で言ってましたからね。そして、相も変わらず暴走気味の露さん。あの人、どうにか止められませんかね。まぁ、そのうちあの人が少し苦手としている人が来ますけどね。




