第二十八話「俺の誕生日(前編)」・2
「アレでいいのか?」
「しばらくはあのままでいいだろう。妹達もうんざりしてたようだしな」
「まぁ確かに……。あのペースにはついていけねぇわな」
俺は納得の頷きを二、三回繰り返した。
そして、俺は霖と霄(多少不安ではあるが)の二人を連れて台所に向かった。
「じゃあとりあえず……ボウル出すか」
俺はエプロンをきちんと着て、背中に腕を回し紐をきちんと結ぶと同時に気も引き締めた。
初めて挑戦するケーキ作り。初めてとはいえ失敗するわけにはいかない。失敗すればそれは死を意味する。何せ、今回のケーキ作りには不安の塊である霄がいるのだから。
深く深呼吸した俺は、収納棚から銀色のボウルを取り出した。それを木で出来た頑丈なテーブルに次々に置き、それを霖が手際よく並べていく。様々な大きさのボウルが綺麗に並べられたところで、俺は他に必要な物を探した。
「お兄ちゃん、ヘラとかも必要なんじゃない?」
「おぉ、そうだな」
俺は料理などの情報など経験豊富そうな霖の助言を聴き、言われた通りに行動した。そして、道具なども全て準備し終えたところで、ついに作業を開始することにした。
「え~と……とりあえず何をすればいいんだ?」
しょっぱなから俺は分からなかった。しかし、霖は間髪入れずに答えた。
「まずは何ケーキ作るのか考えないと……」
「そうだな、普通にやっぱイチゴのケーキとかがいいんじゃないか? 素人にも頑張れば作れそうだし……」
「うん、そうだね! じゃあ、とりあえず卵とかイチゴとかそういうの準備しないと」
「え~と、確か卵は……」
俺は冷蔵庫の扉を開け、扉の内側の卵置場を覗き込んだ。良かった、五、六個の卵がまだちゃんと残っていた。
そこから卵を手に取りテーブルに置いた俺は、コロコロと転がって行く卵の動きを慌てて止め、それを床に落ちたりしないようにたくさんのボウルの内の一つに入れた。
「ふぅ。えっとイチゴは――しまった! そういえば切らしてたんだった」
「ならば私が狩ってこよう!!」
「おい! また字間違えてんぞ!! 買う! いいな? 狩ってくるんじゃねぇぞ? 買うんだからな?」
「解っている」
俺は少し心配ながらも霄を信じることにしてお金を渡した。
「いいか? ちゃんと買って来いよ?」
「二度言わなくても分かる!」
少しムスッとした顔で霄は俺の家を出て行った。
「はぁ、大丈夫だろうか」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。霄お姉ちゃんなら……」
「霄だからこそ危ないんだよ」
「確かに否定はできないけど……」
さすがの霖にも、これ以上霄を庇うことは出来なかったようだ。
とりあえず俺達二人は、卵やバニラエッセンス、ミキサー、薄力粉などを用意した。
「じゃあ割るぞ?」
「う、うん」
俺の卵を割る宣言に、ドキドキしている様子の霖。恐らく、俺がちゃんと卵を割れるか心配しているのだろう。だが、俺も伊達に料理をしているわけではない。このくらい朝飯前である。そして割ろうと掛け声をあげたその時――
「せ~の―」
「響史!」
「うわぁああ!!」
第三者の俺を呼ぶ声に思わず大声をあげてしまう俺。
「な、何よ急に。私の方が驚いちゃったじゃない!」
声のする方に顔を向ければそこには、麗魅が片方の手を自分の胸に当て文句を言う姿があった。その言葉に俺も一言物申す。
「人が集中してんのに話しかけるからだろ!」
「わ、悪かったわね! ……それよりも何してんの?」
「見て分かるだろ? 卵割ってんだよ」
「へぇ~面白そうね。私にもちょっとやらせてよ!」
少々興味有り気な表情で身を乗り出す麗魅に、俺は少し馬鹿にした様な表情を浮かべて訊いた。
「わがままお姫様に出来んのか?」
「なっ、バカにしてんの? そのくらい私にだって出来るわよ!」
「ほう、じゃあやってみろよ!」
随分と偉そうな事を言う麗魅。ならば、物は試しと俺は卵を手渡した。麗魅の手に卵が握られる。
「うわぁ、これが人間界の卵……すんごく小っちゃいわね」
「麗魅ちゃんの胸みたいね!」
「何ですって!?」
冗談っぽく笑みを零す露さんに麗魅がギロリと鬼の形相を浮かべる。
―はぁ、ったく。てか、魔界の卵は一体どんだけデケェんだよ!
俺は麗魅と露さんが言い合っている光景を目にしながら、頭の中で魔界の卵というものがどれほどの大きさなのか想像してみた。しかし、グロい想像図が完成したので今すぐ想像するのをやめた。
「どうやって割ればいいの?」
「は?」
唐突に質問してくる麗魅に俺は呆けた顔をする。どうやら、露さんとの言い争いは終わったようだ。それほどまで大きな被害を出すこともなく争いに終止符が打たれてよかった。
とまぁ、それはさておき……。
「だからその……割り方が分からないのよ!!」
「いやいや、普通にコンコンパカッ! って……」
「そんなんじゃ分からないわよ!!」
ぶぅっ!と頬を膨らませ目で訴える麗魅に俺は一瞬ドキッとしてしまったが慌てて目を逸らして一言。
「とりあえず、割りゃあ分かるって!!」
俺は、その時麗魅が悪魔だということをすっかり失念していた。悪魔が人間と同じパワー――もとい、握力とは限らない。案の定、もしもの事態が現実のものになってしまった。
グチャッ!!
「きゃぁああ!! な、何よコレぇええ!!? やだ、手がベトベトするぅ~!」
麗魅は悪魔。そう、つまりコンコン……パカッ!とするはずが、コンコン……グチャッ!!となってしまったのだ。
擬音では分かりにくいかもしれないが、要は力の込め過ぎということだ。だが、本来卵の殻というのも常人ならばそう易々と、しかも片手でなど割れはしないのだが、それをああも簡単に、さらに少女がやってしまうのだから恐ろしい。まったくもって、悪魔と言うのは謎ばかりである。
「あ~あ……汚しちまって。しかも卵一つダメになっちゃったじゃねぇか」
「あ、あんたがやらせたんでしょ? 私のせいじゃないもん!!」
「お前がやりたいって言うから」
そう言って俺はぷいっとそっぽを向く麗魅の手を強引に掴み、その手についた卵を丁寧に拭き取った。
「ちょっ……く、くすぐったいってば!!」
「おい、動くなって……上手く拭けねぇだろうが! ……ったく怪力女が」
その俺が発した最後の一言が麗魅の気分を害したのだろう。ブチッと来て、指先をピンと伸ばすと、そのままその手を振り上げテーブルに向かってその手を振り下ろした。すると、空気を切り裂くビュンっという音がしたかと思うと、スパン!と、あの頑丈なテーブルが真っ二つに真ん中から折れてしまった。無論、その上に置いてあった材料も全て終わりである。
「ぬぅうおおぉおおわああああああああああああああああああ!!!!」
俺は、本日二度目の叫び声を上げた。
「なん……何て事してくれてんだぁああああぁああああああ!!!」
「耳元でうるさいわね!!」
「それどころじゃねぇだろ! 材料が全ておじゃんだぞ! どうしてくれんだ!」
「また買いに行けばいいじゃない!」
呑気に笑顔でそう返す麗魅。
「んな時間ねぇんだよ! ……ったく、マジでどうすりゃいいんだ……」
俺が頭を抱えて唸っていると、ふっふっふと、腕組みをして何かを企んでいるかのように笑い声を上げながらルナーが俺の背後に近づいてきた。
「困っているようね……」
「……。悪い、今お前と相手してる暇ないんだ」
「なっ!? 暇を持て余して遊んでほしい子供相手に言うセリフみたいな言い方しないでよっ!!」
ルナーは赤面でそう言った。
「それで本音は?」
「私が作った発明品を試したかったの……」
「発明品?」
――そういやこいつ……なんかよくいろんなもん作ってたな。だが、それが使い物になるかどうかは甚だ疑問ではあるがな。
俺は心の中でそう呟きながらルナーの言う発明品とやらを見せてもらった。
「これが私の作った発明品。その名も『モノモド銃』よ!!」
「もっとマシなネーミングはなかったのか?」
「うっ、うるさい!! 私が作ったんだから名前だって私の自由でしょ? 問題は名前よりも質よ!!」
そう言ってルナーはその銃を片手に持つと、実験を始めた。
「何でまた下に降りてきてやるんだよ。屋根裏で何やってんのか知らねぇけど、そこでやりゃいいじゃねぇか!」
「だ、だって……失敗したりして家が壊れたりしたら下敷きになっちゃうじゃん!!」
「それは下でも同じなのでは……」
「……どうせなら道連れに」
「ボソッととんでもねぇことぬかすな!!」
俺はとんでもないと言う顔で言った。その一方でルナーはモノモドシ銃を使って、どこからか持ってきた鶏に向かって光線を命中させた。すると、鶏の体がパァアアと光り輝き卵に戻り――というより退化?してしまった。
「す、すごい……のか?」
「す、すごいのよ!! それよりも、これでこの銃の力が分かったでしょう?」
えへんと腰に手を当てルナーが自慢気にそう言った。確かに銃の威力は解った。しかし、これで本当にこの机が直るのかどうか……。それが俺は不安で仕方がなかった。だが、どうこう言っている暇もなかったため、俺はルナーから銃を貸してもらおうとした。
「なぁ、それ貸してくれないか?」
「えぇ~っ? どうしよっかな~」
「いいだろ? なっなっ!」
「ん~、じゃあ『貸してくださいルナー様!』って言ったら貸してあげてもいいわよ?」
「なんで俺がそんなこと言わなきゃいけねぇんだよ!!」
「ふ~ん。別にいいのよ? 言わないなら貸さないだけだから」
「くっ!」
俺はさすがにこのままでは時間がないと思い、仕方なくルナーの要求を呑むことにした。
「……か、貸してください」
「声が小さくて聞こえないんだけど?」
「うっ! ……くっ、モノモドシ銃を貸してください……ルナーさん」
「ルナー様」
「る、る……ルナー様……」
「しょうがないわね!」
何度かの言い直しでようやくルナーからモノモドシ銃を受け取った。それを手に持ち、俺は引き金部分に指を添え対象物に銃口を突き付けた。
「こいつを引けばいいんだよな?」
「そうよ!」
簡単でしょ、サルでも分かる様に改良してあるんだから、と言わんばかりに自信満々に言うルナー。しかし、先程の卵の様に上手くいくのだろうか? 俺は引き金を引いた。
一か八かの賭けだった。時間が押しているため、これ以上手間をかけるわけにはいかない。と、その時、またしても事件が起きた。
「あ、あれ? おい、モノモドシ銃から光線が出ねぇんだけど……」
「えっ? そんなわけ――」
ルナーは少し焦った様子で慌てて駆け寄り、俺から銃を引き取ると銃の状態を確かめた。
「あぁ、充電切れね……」
「……充電切れ」
――電池式なのか……。
俺はそう思った。だったら、電池を変えれば簡単な話だと思い、俺は急いで買い貯めしておいた電池を持ってきた。
「これ、使えるか?」
「単四ってある?」
「た、単四!? え、えらく小っちゃいな……」
俺はそう呟きながらビリビリと透明の包みを外した。それをルナーに手渡すと、彼女は手馴れた様子でそれをはめ込んでいった。
「それ充電式だから、電池切れても捨てるなよ?」
「へぇ、便利ね」
――充電出来る事知らねぇのか!?
発明家にも関わらず案外こちらの電気製品の技術力をご存知ないルナーに少々驚愕の表情を浮かべながらも、俺は再び銃を構えた。そして引き金を一気に引いた。すると、銃口からビビビッ!と黄色い光線が発射され、その光線が使い物にならない状態のテーブルや割れて中身が飛散している卵や紙袋から零れている薄力粉などに命中した。すると、それと同時に光線が命中した物体全てが黄色く光り輝き、元の状態に戻っていった。
「す、すげぇ……」
単純にその一言に尽きた。それしか言葉が出てこなかったのだ。しかし、本当にこいつの発明品はたっま~にすんごく使えるよな。
「どう? これが私の実力よ!!」
「いや、ホントこれすげぇよ!! サンキュー、ルナー!!」
「なっ、だからルナー様でしょうが!!」
いつもの呼び名に戻っている事に気づいたルナーが大きく口を開けて俺を注意し、強引にモノモドシ銃を奪い取る。それから実験結果をレポートにまとめあげるだのなんだのと言って、屋根裏に戻ってしまった。
俺は元に戻ったテーブルなどを見て急いで遅れた時間を取り戻そうと試みた。手のスピードを速め、急いで材料などの下準備に取り掛かった。
ボウルに卵を卵白と卵黄に分けて入れ、卵白をミキサーで低速でしっかり泡立てる。
作業はほぼ俺と霖の二人だけでやった。他のやつがやってまた時間を削られてはたまらない――そう考えたからだ。
チン!とオーブンに入れておいたスポンジが焼きあがる合図が鳴った。
俺は火傷しないように分厚い生地で出来ている手袋を両手にはめ、黒いプレートの上に乗っかって美味しそうな匂いを漂わせているスポンジを取り出した。それをテーブルの上に置き、スポンジを二枚にスライスする。その間に、霖が手際良く生クリームにグラニュー糖を加え、角が立つまで泡立てた。
――くそっ、もう時間がねぇのに……霄のやつ、まだイチゴ買いに行って戻って来ないのか?
俺はスポンジをスライスしながらふと壁にかけられた時計の時刻を確認しながらそんなことを考えた。
――☆★☆――
その頃、当の霄はというと――
「う~ん……う~ん、どうしたものか……」
と、目の前にあるツヤツヤした甘そうな色をしているイチゴを凝視しながら唸っていた。
すると、それに気付いた店員が霄に近寄ってきた。
「お客様~、どうかされましたか?」
明るく振舞い、未だ唸り続ける霄に訊く店員。すると、その言葉に霄はこう言った。
「うむ。イチゴを買って来いと言われたのだが、種類がたくさんあってどれを買えばいいのか分からぬのだ」
「おつかいでございますか?」
「オツカイ? それは……何だ?」
「えっ? ……えと、まぁ頼まれた物を代わりに買いに行くようなものですかね……」
「なるほど。それよりも、お前に一つ訊きたいことがある」
「はい! 何でございましょう?」
店員の男は笑顔で霄の質問の内容を訊いた。
「どのイチゴがいいのだ?」
「はっ……はい?」
店員は困惑した。無理もない。いきなり客にどのイチゴがいいと言われても、単刀直入には答えられない。
「え、え~と……私的にはやはり、この真ん中の辺りのイチゴなどがお手頃かと……」
「うむ! ではそれにしよう!」
「えぇえええッ!!?」
「む? ダメなのか?」
「いえ、ダメというわけではございませんが……」
「他に何かいい物があるのか?」
霄は店員の曖昧な態度に少しムスッとしながら訊いた。
「そう……ですね。こちらのイチゴは、値段は高いですが甘くて美味しいですし……こちらのイチゴは値段はお手頃ですが、味が然程よろしくない……。選ぶのは私ではなくお客様の方ですので……」
「無責任な男め!!」
「ええええええぇえぇぇぇぇぇッ!!!?」
店員が驚くのも無理はない。質問されたから答えただけなのに、どれにするか選びきれず選択を自分から相手に戻したことを“無責任”と言われるのだから。
「もういい! お前には失望した……」
「……あ、あ」
店員はショックを受け、全身真っ白になると膝から崩れ放心状態に陥った……。
というわけで、後半です。ちなみに、今回の話、前編と書かれていますが特に気にする必要はありませんのであしからず。
また、相も変わらず意味不な発明品を発明する童顔のおばさん――ルナー。
今回はモノモドシ銃という物を開発。効果は書かれているように壊れた物などを戻すことができます。すごいですね。自分もよく物を壊してしまう破壊魔なので、この発明品がほしいです。単四……最近聞かないですね。単一はもっと聞かないような気もしますが。
そして、締めの男性店員。最終的に彼、orzになってましたねw
では、次は二十九話で……。




