第二十七話「料理好きの護衛役」・1
次の日の朝……今日は休日…。前日の夜中、とある事情により真夜中の0時から午前6時辺りまで重い瞼を無理やり開けて俺達は鬼ごっこをしていた。そのため今日はあまりにもの寝不足によりダウン……。他のみんなもそれは同じだった。悪魔といえども寝不足は健康的にもよくないらしい。
結局、この日は俺達全員昼の12時を過ぎてもなかなか起きることはなく、時刻は午後1時を回ろうとしていた。
「うっ……ん……、ふぁ~あ……。っつ、あったまイッテェぇぇぇ! 少し寝過ぎたか?」
俺は寝不足の際凄く長い間寝てしまうのだが、その就寝時間が長ければ長いほど頭が痛くなりボ~ッとしてしまい思考回路が上手く回らなくなる。ごくたまに、俺はまとめて寝るのではなくちょこちょこ寝るという方法を思い付いたのだが、どうしてもちょくちょく寝てしまうとその内起きている時間の間隔がどんどん狭くなり、最終的には一気に寝てしまうのだ。俺は上手く思考回路も働いていない状態でデジタル時計の時刻を見た。そこには、くっきりと黒い字で1:15と映し出されていた。
「やっべッ!! おい、お前ら起きろ! いつまで寝てんだ!! もう昼過ぎだぞ!?」
俺は同じベッドで寝ている瑠璃達の体を揺さぶって起こした。
「んんっ……もう少し寝かせてよぅ~。昨日遅かったんだから……」
「一日中寝てるつもりかッ!! ほら、さっさと起きろ!」
一番近くに瑠璃が寝ていたため、手始めに彼女を最初に起こした。次に麗魅と近場にいるやつらから起こしていき、ようやく全員を起こした。にしても、もう十分な人数オーバー。このベッドもよく耐えているものだと俺はベッドを褒め称えた。いやにしても、もう夏――いや、梅雨の時期だというのにどうしてこいつらはこうも蒸し暑いおしくらまんじゅう状態で寝られるんだ? と、不思議に思った。
そして俺は、一足早く部屋を出て一階に降りて行き、寝巻きから部屋着に着替えた。眠気を取るために顔を水で洗い、ふわふわの洗い立てタオルで優しく拭き取った。
「ふぅ~、さてと……腹も減ったし、少し遅いが昼ごはんでも作るか!」
俺は腰に手を当て鏡越しにそう言った。
くるりと180°回転した俺は真っ直ぐ前に進んでいきドアを開けると、最初の角を曲がって台所へと向かった。食器はこの間零に洗ってもらったため、ある程度は片付いていた。
「問題は何を作るか……だが。う~ん、何がいいかな~」
そう言って腕組みをし唸っていると、ドアが開いて台所へ霊がやってきた。
「お~霊、珍しいな、お前が一番最初に起きてくるなんて……」
「だって、……お姉ちゃん達にベッドから落とされちゃって」
「あ~なるほど、あのベッドもう壊れかけだからな……。この間横の柵が壊れちまったから直しに行かないといけないんだが、生憎そんな暇もなくてな……」
「屋根もまだでしょ?」
「あ~、そうだったそうだった!」
俺はすっかり忘れていた屋根の事を霊から聞いて当時の出来事を振り返った。今はもう蒸し暑い時期のため、夜風も殆ど冷たいと感じず屋根に穴が開いているように思わなかったのである。恐らく、一応雨の日のためにとビニールシートを引いていたことも関係あると思う。
「そうだ! 霊、お前何が食べた――」
「魚っ!!」
「よしっ! ……ハンバーガーにしよう」
「えええ~っ!!? ちょ、ちょっと魚は?」
「い…いや、今思えばお前に食べたいもの聞いたら魚しか言わないことを思い出してさ…」
呆れたような顔で霊を見る。すると、霊はひどいみたいな顔をして俺に弁明してきた。
「そ、そんなことないよ!! 私、それ以外にも食べたいものあるもん!」
「へぇ~……じゃあ例えば?」
期待もせず俺は霊をジト目で見ながら訊いた。
「ツナ缶!!」
即答だった。それを聞いてやはりなと内心思いながら俺は冷たく彼女をあしらう様に言った。
「……ああ、もう魚でもツナ缶でも何でも食べてろ!」
「そ、そんな~!? 響史ひど~い!!」
霊は俺の顔を覗き込みながらまるで飢え死にしろというのかと言わんばかりの表情でそう訴えた。
「それよりも、そんなに暇なら他のやつら起こしてきてくれよ! 俺が起こしても全然起きないからさぁ!」
「どうして私が……」
「起こしてきてくれたらスペシャル魚料理トッピングハンバーガー作ってやるぞ?」
「起こしてきますっ!!」
料理名を聞いた途端急に態度をコロッと変えた霊は、ビシッと俺に敬礼をして歓喜の声を上げて階段をダダダッと駆け上がって行った。
「……はぁ、現金なやつ。まぁこれで少しは手間が省けるし、まぁいいか」
時刻は2時30分……。
食卓を一人の男子と八人の女子が囲む……。現在この場は死地かとも言えるほど冷え切った空間を作り上げていた。まるで、冷凍室にいるかのような感じがする。
「なぁ、どうして誰もしゃべらないんだ?」
沈黙……。誰も口を開けずだんまりだ。俺は彼女達の態度にムッとしてもう一度言った。
「なぁ……どうして何も喋らないんだ?」
「……はぁ。響史、少し黙っていてくれないか? 私達も疲れているんだ。それに少し体も重い……。今日は何もやる気が起きないのだ」
俺の何度も問う言葉に我慢しきれなくなったのか、霄が喋らない理由を述べた。他のやつらの大半の理由もそれだった。だが、それを言われれば俺だって疲れていて今日は何もしたくない気分だ。しかし、そういうわけにはいかない…。今日はスーパーの特売日のため、もう少ししたら出掛けなくてはならないのだ。本当は瑠璃達にも手伝ってもらおうと思ったのだが、この状態では誰にも荷物持ちを手伝えなどと頼むことは不可能そうだ。
仕方なく俺は自分だけでスーパーに向かうことにした。
「響史、どこか行くの?」
「あぁ……ちょっとスーパーにな…」
「ふっ、あんたお母さんみたいよ?」
「なっ、そ……そんなんじゃねぇよ!!」
俺は麗魅に誂われてついムキになってしまった。少し足に力を入れてしまったせいか足音が少し大きく鳴った。
時刻は午後三時…。もうおやつの時間で本来ならば皆ここでおやつを所望するのだが、今日だけは例外だった。今日は皆起きるのが遅かったために昼ご飯を食べるのが遅くなり、そのせいで腹が満たされたままだったのだ。
そろそろ買い物に出かけるかと俺は上に薄い生地のジャンパーを着ると、玄関扉を開けて靴のかかとを綺麗に人差し指で入れ自転車置き場へと向かった。
俺の自転車はマウンテンバイクとママチャリの二種類があり、それぞれ一台ずつ持っている。元々ママチャリは母親の物なのだが、今は出稼ぎに出掛けていて家にいないため、俺がありがたく使用させてもらっている。他人の物を使用しているからにはボロボロにしてはいけないと思い毎日欠かさず自転車を綺麗にしている。
「さてと……じゃあ、行くか!」
俺の家からスーパーまでは少しばかり距離があるため、今から自転車をすっ飛ばしていくとすると約二十分はかかる。今日が特売日だということは大勢の主婦が知っている――はず。そのため早く行かなければすぐに無くなってしまう。そのこともあって俺は慌てていた。その時俺はあまりにもの焦りからなのかもしれない。注意を怠っていたのだ。まさか、あんな事故が起こるとは俺も思ってもみなかった……。
時刻は午後三時三十分…。未だに俺はスーパーに辿りついてない。この時刻でまだスーパーに着いてないということについて疑問を抱く人も多いだろう。しかし、これには深い理由がある。そう、道路工事だ。
全くもって、一体俺に何の恨みがあるのかというくらい見事に俺のいつも使用している近道を封鎖していた。
俺は歯ぎしりをしながらも引き換えし、急いでママチャリをすっ飛ばしてスーパーへと向かった……。
そして、今現在に至る……。
「ったく、何であんなところで道路工事してるんだよ!!」
ぶつぶつと一人で文句を言いながら、俺は信号が切り替わるのを今か今かと貧乏ゆすりしながら待っていた。赤信号が青信号に切り替わったのを瞬時に確認し、俺はスタートダッシュした。そして、約十分遅れてスーパーへと辿り着いた。
「はぁはぁ……つ、疲れたぁ~」
俺はママチャリにダラ~ッとなりかけたが、特売のことをすぐに思い出し慌ててエコバックを片手に駆けだした。
それから十五分後、俺は家への帰り道を自転車に乗りながら帰っていた。エコバックをパンパンにして――。
俺は心が晴々していた。予想していたよりも来ていたお客の数が少なく、手に入れたい物がすんなりと買えたからだ。
「はぁ……一時はどうなることかと思ったが間に合ってよかったぜ! これで、今日の晩御飯のメニューを変える必要はなくなったな!!」
と、俺はルンルン気分で十字路を左に曲がった。
と、そこで、俺は一瞬にして気分が↑UPから↓DOWNした。そう、急な坂道である。ここは通称“地獄の通学路”と呼ばれ、通学生がひぃひぃ声を上げながら学校へと通っている場所である。学校に近道で行くためには必ずここの坂道を乗り越えねばならず、それは何処の学校に通っていても同じことだった。しかもその場所を、俺はこれからマウンテンバイクではなくママチャリで登らなければならないのだ。
「マジかよ……」
俺は後悔した。どうしてマウンテンバイクで来なかったのか――と。しかし、今を想えばここでママチャリから降りて押していけば早かったのではと思う。だが、この時俺は、イライラの気持ちでいっぱいでそんなことを思いつく余裕はなかった。
顔を真っ赤にしながらジリジリ照りつける灼熱の太陽の陽ざしに負けじと、俺はママチャリをこいだ。
そして、ついにてっぺん……。俺は一瞬辛さが喜びへと変わった。それは、ここからは坂道を下るだけだからだ。ここは天国だと言ってもいいかもしれない。しかし、俺はそこで問題を起こすことになるのであった。
「ふぅ……風が気持ちいい!!」
俺は、坂道を下りながら自分の体に吹き付ける自然の風を浴びながら言った。
その時、俺はすっかりブレーキを握るのを忘れていた。これが事件の引き金になるとも知らずに……。
刹那――横から突然コロコロ転がってくる赤いリンゴと、髪の毛を両結びにした少女が飛び出してきた。
「あっ、危ねっ!!?」
「えっ、きゃぁあああぁぁぁああぁぁああああっ!!」
キキィィィィ!!! ドグシャッ!! ドサッ!! カララララ…。
急ブレーキをかけ、アスファルトの斜面と自転車のタイヤのゴムとが擦れる音に何かにぶつかる音。さらに地面に叩きつけられる音……そして、自転車の車輪が回る音が鳴り響いた。
一時の時間が長く感じられた。
空は青いはずなのに、その時ばかりは空が赤く感じられた。
「……っ、っててて!」
俺はゆっくりと体を起こした。ふと手を見ると、手には真っ赤な血がべっとりついていた。
「なっ、んだこれ!!?」
突然の出来事に俺は事態の収拾が上手く出来ていなかった。
「お、おい……大丈夫か!?」
横でママチャリの下敷きになっている一人の少女に目が行き、俺は顔面蒼白となってすぐさまその少女を助け出した。どうやら、俺の手についていた血は彼女のものらしい。その証拠に、少女の体からは真っ赤な血が流れ出していた。その血はアスファルトを汚し、どす黒い色に染めていた。少女の白い服も少し赤みがかってピンク色のような色になっていた。
「マ、マジかよ……俺、人ひいちまったのか? いや待て。こいつ……よく見たら――あっ!!」
その容姿を見て俺は瞬時に理解した。眼前の少女の髪の毛の色と瞳の色……そして肌。……そう、俺が引いてしまったのはあろうことか護衛役。つまり、霄達の兄妹を引いてしまったということだ。
――お、落ち着け俺…。とりあえずここは救急車か? だが、悪魔だってバレてもヤベェし…。くそっ、ここはやっぱり家に連れて行って霊に治療してもらって――でも、この出血量じゃ俺の家に運び込む前に死んじまう! くそっ、何か良い手は……。
俺が深刻に思い詰めていたその時、足元に何かがコツンと当たった。それは、少女が追い掛けていた一個のリンゴだった。しかも、それは一個だけではなく側に落ちていた袋の中にあったリンゴも合わせると、その数は数えきれるだけでも数十個はあった。
――こんなにたくさんのリンゴを持ってアップルパイでも作るつもりだったのか? いや、それよりもこいつをどうするかだ。くそっ……。でもこいつ、こんなところで何やってたんだ? ていうか、悪魔なのに人間が乗ってる自転車にひかれて死ぬって……。
俺は、ちょっと悪魔をバカにしたように言ってそれからまた考え出した。
と、その時、あることを思い出した。
――そうだ! ここは確か亮太郎の家の近くだったはず……。よしっ! とりあえずあいつの家に入らせてもらってそれから霊にこっちに来てもらうか!!
頭の中で考えをまとめ上げ、すぐに俺はそれを行動に移した。ママチャリをとりあえず、端のブロック塀に立てかけ、大怪我を負っている護衛役の少女をおぶり亮太郎の家へと向かった。
――頼むぜ? この歳で人殺し――もとい悪魔殺しなんて勘弁だぜ!!
俺は心の中で誰かに懇願しながら亮太郎の家へと駆けた。
――☆★☆――
それからしばらくして、護衛役の少女をおぶった俺はようやく亮太郎の家へと辿り着いた。
「はぁはぁ…亮太郎…頼むから出てくれよ?」
ピンポーン!
チャイムの音が鳴り響く……。しかし、なかなか誰も出てくれない。
――まさか、こんな時に限って外出中? いや、そんなことはない――はず。頼む、出てくれ!!
すると、俺の願いが通じたのかインターホンから女の子の声が聞こえてきた。
〈はい…もしもし? どちら様ですか?〉
「え~っと、あぁ神童です! 亮太郎君いますか?」
〈変態兄貴ですか?〉
――あ、兄貴!? あぁ、そうか…亮太郎の妹か…。確か、名前は『雪菜』ちゃんだったかな?
俺は、過去に亮太郎の家に遊びに行った時に会ったことがある妹の雪菜ちゃんを思い出した。しかし、インターホン越しに聞くと雪菜ちゃんの声とは少し声質が違って聞こえた。
「ああ…うん!」
〈今は二階です…それよりも神童って、もしかしてあの時の?〉
「そう! 覚えててくれたんだ! ってそれどころじゃない!!」
〈何かあったんですか?〉
「ちょっとね。野暮用で……、家に入れてくれないかな?」
〈何だかその言い方だとただの不審者にしか聞こえないんですけど…〉
「ええ~っ!? えっと、じゃあ何ていえば。ええっと…」
〈ふふっ、あはは!! 相変わらず面白い人ですね! ……いいですよ! 神童さんなら家に入れても大丈夫ですし。あの変態兄貴ならゴメンですけど……〉
――えっ? 他人はOKで兄貴はダメなの? って、それよりも今はこいつのことが先決だ!
俺は、すっかり冷え切ってしまっている護衛役の少女の容体を案じ、雪菜ちゃんに言った。
「じゃあ、入れてくれるんだね?」
〈はい。ちょっと待っててください……〉
そう言って雪菜ちゃんはインターホンを切り玄関ドアの鍵を開けた。
「……こんにちわ、神童――さん!? ど、どうしたんですか、その人…?」
「はは、ちょっといろいろあってね…」
「いろいろって……血まみれじゃないですかその人」
雪菜ちゃんは既に虫の息になっている少女の姿を見て言った。
「とりあえず入っていいかな?」
「い、急いでください!! 早く傷口を塞がないと出血多量で死んじゃいます!!」
そう言って俺と雪菜ちゃんが騒いでいると、二階から亮太郎が降りてきた。
「ったく何だよ騒がしいな~。今日は疲れてんだから寝かせてくれよ――って、お~響史じゃねぇか!! どうしたんだ、こんなところに」
「亮太郎! 頼む、少しの間だけでいいから家に入れさせてくれ! それと電話貸してくれ!!」
俺の顔とその慌て様……そして、何よりも俺におぶられている大怪我を負った少女の姿を見た亮太郎は、急に目を閉じポケットに手を突っ込むと、前髪を片方の手でシャランッとカッコつけの様になびかせ、白い歯を光らせて「もちろんさ! このボロッちぃ家でよければいつでも使ってくれ!!」と、親指を立ててグーサインを向けた。
「サンキュー亮太郎!!」
俺は靴を器用に足を使って脱ぎ亮太郎の家にずかずかと上がりこむと、リビングの広いスペースに少女を横たわらせ電話をかけに行った。
「え~と、自宅の電話番号はっと……」
自分の家の番号を脳内に思い浮かべそれをプッシュしていく。そして、通話音を確かめ俺は家にいるやつの誰かが電話に出るのを待った……待ち続けた。
――あれ? 全く出てこないとはこれ如何に? おかしい……家には確かに瑠璃達がいるはずだ。俺の帰りを今か今かと待っている――はず! なのにどうして出ないんだ? まさか誰も気づいていないとか? もしくは、受話器の取り方が分からないとか? いやいや、さすがにそんなバカなやつはいないだろう…。
そう俺は自分に言い聞かせ、しばしの間彼女達が電話に出るのを待ち続けた。そして、ようやく誰かの声が聞こえてきた。どうやら、電話が繋がったようだ。
「あっ、もしも――」
ツーツー……。
何故か通話が切れた。
――なんでだぁああああ!!? 一体これはどうなってるんだ? どうして電話を取っていきなり切れる!?くっそぉおお!!
俺はイライラしながらも冷静に自分の気持ちを落ち着かせもう一度電話をかけなおした。
そして今度はすぐに電話が繋がった。すると電話が繋がるや否や、すぐに謝罪の言葉が受話器越しに聞こえてきた。
〈ごご……ごめんなさ~い!! すみません、私デンワ…えっ? 電話? え~っと、えと…電話なんて初めてなもんですから…あっ、どちら様ですか? 私の名前は霊です!!〉
――言われなくてもその慌てふためきようと声を聴けば分かるって!! っていうか人に訊ねておいていきなり自分から名乗るってどうよ?
などと俺は軽いツッコミを入れ、コホンと咳払いして霊に言った。
「もしもし霊? っていうか霊だよな。あのさ、今すぐに亮太郎の家に来てくれないか?ちょっと緊急事態なんだ!」
〈緊急事態? って響史、また何かやらかしたの? まさか、ついに人ひいちゃったとか?アハハハ……!!〉
本来なら、んなわけねぇだろ~とか俺も軽く流すところだが、今回の場合はちょっとばかし状況が異なる。本当に人をはねてしまったのだ……。厳密的には人ではなく悪魔なのだが。
「霊……実は本当にはねちゃったんだ」
〈アハハ……は――えっ? えっ、今なんて?〉
笑い声が急にピタッと止んだ。
「だから……俺、人ひいちゃったんだ」
〈う……ウソだよ、そんな……響史が人ひいちゃったなんて……ぷぷっ!!〉
――うん、やっぱり俺が人ひくなんてありえないって思って――ってあれ? 何で最後笑ってんの?
「なぁ……、今お前笑わなかった?」
〈わ、笑ってなんかないよ~……ぶふっ!!〉
「いやいや、確実に笑ってるだろお前! さっきから語尾みたいに笑ってる言葉が入ってるんだよ!!」
〈だから笑ってないってば~ぷはははっ!!〉
「これ確実! 絶対に確信犯決定だよ!!」
〈ごめんごめん……え~っと誰だっけ? こうたろう?〉
――こうたろうってむしろ誰だよ!!?
「……“りょうたろう”な」
〈あぁ~それそれっ! ……って誰だっけ?〉
霊は電話越しにトボけた。
「ズコッ!!」
俺は思わずズッコケてしまった。
「あのバカだよ!」
〈あ~、分かった!〉
――今ので分かるって……亮太郎、あいつ霊にどんな認識のされ方してるんだ? てか、もしかすると他のやつらにもそんなこと思われてるかも……。
と、俺はだんだん亮太郎のことが心配になってきた。
それからしばらくしてようやく霊がやってきた。
霊は、俺がひいた相手の姿を見るや否や急に顔を青冷め、気絶して虫の息状態である護衛役の少女の傍に駆け寄りその少女の体を激しく揺さぶった。
「ちょっ、どうしてこんなことに? っていうかどうして霖がこんなところにいるの?」
俺は、“りん”という名前が気絶している少女のことだということを瞬時に理解した。というか、ここにいる人物からしてこの少女しか残っていなかったからである。
「すまない霊。まさか、あんなところで急に飛び出してくるとは思わなかったから。本当にすまない……」
「い、いいよ……。そんなに謝らないで顔を上げて?」
「俺を許してくれるのか?」
俺は、霊に許してもらえるとは予想外だったため少し拍子抜けだった。
「大丈夫……心配しないでも私には治癒能力があるんだよ? この力を使えば簡単に霖の傷を治すことだって可能だよ!!」
霊は自分の胸をポンと叩いて自慢げに言った。それを聞いて、俺は少しホッとしていた。もしも仮にこれで彼女が治せないなどとなれば潔く俺は腹を切らなければならないくらいの状況だったからだ。
「本当に治せるのか?」
「少し時間はかかると思うけど、これくらいの傷なら二時間もあればなんとか……」
「二時間もかかるのか?」
俺は、治癒にかかる時間を聞いて目を丸くして言った。確かにこの傷ならば時間はかかると思っていたが、まさかこれほどまで時間がかかるとは思ってもみなかったからだ。
「その間俺はどうしたら?」
「響史はしばらく休んでて? まだ気が動転してて気持ちの整理がちゃんと出来てないと思うの…。霖のことは私に任せておいて!」
霊にそう助言され、俺はその気遣いをありがたく受け入れることにしその場を離れた。
ふと振り返ると、霊は直ちに治癒を始め霖と呼ばれる少女の傷口に手をかざしていた。霊の持つ三つの黄金色の鈴から眩い光が放たれ霖の傷口を塞いでいく。それを見た亮太郎は、突然の出来事に何事かとあたふたしていた。
俺は亮太郎に霊の正体がバレやしないかと思い、半ば強引にヤツを台所へ連行した。
「うぉい神童! ありゃどういうことだ? タマちゃんは一体何してたんだ?」
「まぁ、そこはあまり触れないでくれ……。それより亮太郎……台所借りていいか?」
「どうしたんだ急に?」
俺の突然の頼みに亮太郎は首を傾げた。俺は一呼吸置いて亮太郎に訳を話した。
「――なるほど……買い物バッグから大量のリンゴか……。う~ん、確かにそれは間違いなくアップルパイに違いねぇな。まぁ、俺的にはアップルパイよりもおっ――」
ゴスッ!
「イテッ!! んだよ急に…」
「それ以上言ったら鉄拳くらわすぞ?」
「すんませんっしたァァァァァァァァァァ!!!」
亮太郎は急に真剣な目つきになって謝罪の礼をした。
「とりあえずアップルパイを作ろうと思うんだが……。アップルパイってどうやって作るんだ?」
「はぁ? お前んなことも知らずに作ろうとか言ってんのか? そこは俺様に任せとけ!まずはな………ゆーきっな~!!」
結局亮太郎は考えに考えた挙句、出来た妹に頼ることにした。まったくもって、こいつには兄としての威厳がこれっぽっちも感じられない。俺は本当に大丈夫かこいつという感情を抱きながら雪菜ちゃんが台所にやってくるのを待っていた。
「もう何なの兄貴……。私、中間テスト前だから勉強したいんだけど……」
「えぇ~っ、そこを何とか……。お願いします、雪菜様ぁぁああああッ!!」
少し上の立場になれたことに対して気分を良くしたのか、雪菜ちゃんは少し照れながら言った。
「し、仕方ないなぁ……今回だけだからね?」
「あぁ~、ありがとうございます!!」
自分の妹をまるで神様の様に崇め奉る亮太郎。その哀れな姿を見ていると、逆に面白い兄妹に見えてくる。俺の姉弟もこんな感じだったらいいのにな~と思いながら俺はそれをしばらく眺めていた。
雪菜ちゃんの指導の元、俺達三人は霖の買い物バッグにあったリンゴを使用してアップルパイを作ることになった。
「ところで神童さん……。このリンゴ勝手に使っていいんですか? それにアップルパイを作るって言ってましたけど、これ本当にアップルパイに使うリンゴなんですか?」
リンゴを片手に雪菜ちゃんはそんなことを俺に訊いてきた。すると、俺が答えるよりもいち早く亮太郎が言った。
「考えてもみろ雪菜。リンゴがたくさんあるといったらアップルパイに決まってるだろ!?赤ずきんちゃんだってアップルパイをおばあさんに持って行ってたじゃないか!」
「でも、あの人は赤ずきん被ってなかったよ?」
「うっ!? それはそうだが……。まぁ、それは今は……置いといて!」
亮太郎は何もない空間の一部に手をかざしそれをまるでそこに何かがあるかのように持ち上げ別の場所に置くという動作をしながら言った。
「とにかくあの子の顔を見てみろ!」
「えっ、顔?」
兄の亮太郎に言われるがまま妹の雪菜ちゃんは霊に治療してもらっている霖の顔を見た。
「それで顔がどうかしたの?」
「どうだ……アップルパイを食べたそうな顔をしてるだろぉ~?」
「……」
雪菜ちゃんの沈黙にははっきり言って俺も同感だった。亮太郎の言っている意味は俺にもよく分からなかったからだ。その証拠に雪菜ちゃんは愚兄をジト目で見ている。
「亮太郎……お前もしかして自分がアップルパイを食べたいんじゃないのか?」
半ば冗談気分で俺は彼に言った。すると亮太郎はカッと目を見開き俺を見て言った。
「なっ!! ……なぜ、なぜ分かった!?」
「いや、今のやりとりで分かるだろッ!?」
俺は顔の前で手を激しく振った。
「なるほど……確かに少し問題が簡単すぎたか」
「問題だったのか今の……」
「んなことよりアップルパイ作ろうぜ?」
「お前が訳の分からん方向に持って行ったから話がややこしくなったんだろうが!!」
急に話を切り替える亮太郎に俺は鋭いツッコミをかました。
「まぁまぁ落ち着けって! 怒りすぎるのもよくないぞ? ほら牛乳飲め牛乳!!」
「でも、怒りっぽいのはカルシウムが足りないせいだっていう言葉は嘘らしいよ?」
「えっ、そうなの!?」
雪菜ちゃんがこの間友達から聞いたという話を聴いて亮太郎が驚きの声を上げる。
そんな冗談話も交えながらようやく俺達はアップルパイを完成させることに成功した。
「ん~いい香りだぁ~!! たまんねぇな~この匂い! うおっと、思わずよだれが……じゅるり」
亮太郎が口の端から垂れてくるよだれを腕で拭いながら目を輝かせアップルパイに手を伸ばした。
パシッ!!
アップルパイに触れるまで後数ミリというところで妹の雪菜ちゃんが亮太郎の手の甲をはたいた。
「こらっ!! 兄貴は食べちゃダメ!! 触れるのも禁止!!」
「え~っ、お触り禁止なのぉ~!?」
「その言い方やめて!! 卑猥に聞こえるから…」
雪菜ちゃんは少し顔を赤らめながら亮太郎に言った。
「雪菜のケチぃ~」
子供の様に頬を膨らませる亮太郎……。その姿を見ていると、どちらが年上でどちらが年下なのか分かったもんじゃない。
俺は口喧嘩しながらもじゃれ合っている二人を台所に残し、リビングへ戻って霖がどの程度治ったか確認しに向かった。するともう既に小さな傷跡は残っておらず、残っているのは大きな傷跡と、はねられた際に服の部分部分に開いた穴のみだった。
「予定よりも少し治るの早くないか? まだ二時間経ってないぞ?」
俺は霊の後姿を見ながら言った。
「えっ? あっ、ごめん……聞いてなかった。リピートアフタミー?」
――ナゼエイゴ!?
俺は驚きのあまり片言でツッコんでしまった。とりあえず俺は一度咳払いをし、もう一度霊に言った。
「だから治癒されるの早くないか?」
「そうかな……。これでも時間かかったほうだけど」
「二時間はかかるんじゃなかったのか?」
「それは人間だった場合だよ! 同じ悪魔ならそこまで時間はかからないんだ! 種族が同じならすぐに相手にどれだけの魔力を注入しても大丈夫かなんてことは既に分かってることだしね!!」
霊は満面の笑みをこぼしながら俺にそう言った。
「そ、そうなんだ…」
俺は少し照れくさそうにしながら相槌を打ち、壁にかけてある時計の時刻を確認した。すると、霊が何か美味しそうな匂いがすると言って匂いを嗅いだ。
「この匂いって何の匂い?」
その質問に俺はサクッと答えた。
「ああ、アップルパイ作ったんだ! 霊も食べるか?」
「えっ、いいの?」
霊は嬉しそうに両手を顔の前で合わせ俺に確認を取る。その笑顔を見て余程お腹が減っていたんだなと思った。まぁ、昼ごはんを食べていないから無理もないが……。
「じゃあ、台所にあるからこっちに来い!」
「うん! もうすぐ終わるから先に行ってて!」
霊は再び治癒を再開し、さっさとアップルパイを食べたいがために一気に力を増大させた。それにより治癒速度は一気に加速。あっという間に霖の傷は全て塞がってしまった。
「すげぇ! ていうかホントお前って現金だよな……」
「ん、何が?」
「いや、分からないならいい」
俺は訳の分からないことで追及されても困ると思いそれ以上のことは言わないことにして台所へ向かった。
というわけで、お久しぶりです。なんか五ヶ月以上も更新停滞しててすみませんでした。m(__)m
今回は休日に買い物に出かけた響史が急に道路に現れた悪魔の少女をはねちゃう話です。え? グロいって? 読めばわかったと思いますが、無論生きてます。
霊の持つ回復の力でバッチリですよ。ちなみに今回の護衛役は料理が趣味の小六です。では、続きをどうぞ。




