第三話「交わす約束」
その後俺は、とりあえず忙しくない日にでも近所に住む大工のおっさんに屋根の修理を頼むとして、片付けられる分の瓦礫や窓ガラスの破片などを片付けていた。
ルリは俺の手伝いをしてはいるものの、やはりさっきの戦いで恐怖を感じたままだったのか、僅かだが未だに体を震わせている。
「大丈夫か、ルリ?」
「えっ、う……うん」
その時のルリは、作り笑顔を浮かべているように見えた。
しばらくして、気絶していた護衛役の女の子が目を覚ました。
「うっ……な、何だこれは!?」
剣士の少女は、目覚めた瞬間何故かベッドの中にいる自分に、驚いているようだった。
「大丈夫か?」
「何故だ!」
「え?」
俺は首を傾げ、何のことか少女に訊いた。
「何が?」
「何故私を助けたのかと訊いているのだ!!」
「そんなこと決まってるだろ? 助けたいと思ったからだよ」
その言葉が彼女のご機嫌を損ねたのか、すぐ側にあったヒビの入っている刀を手に取り、俺の鼻先に刃先を突きつけた。
「待て待て! まだ安静が必要だ! 頭に強い衝撃を受けたんだから、大人しくしてないと倒れても知らないぞ?」
「ふん! 私の心配よりも、自分の命の心配をした方がいいのではないか?」
「どういう意味だ?」
俺は少しムッとしてそう質問した。しかし、それに少女は何も答えず、急に話題を変えてきた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。私は姫様の護衛役を務めている『水連寺 霄』というものだ」
「水連寺……霄? 霄で“そら”って呼ぶのか…」
「そんなことはどうでもいいだろう。それよりも、負けたままでは私の気が済まん! 斬れ!!」
いきなり手に短刀を握らされる俺。あまりにも突然のことに、俺はびっくりしてしまった。
「何だこれ?」
「それで私の首を落とせ!!」
「はぁ~!?」
俺は(何を訳の分からないことを言ってるんだこいつ……)というような表情で霄を見つめた。
そして「断る!!」と、きっぱりその申し出を断った。
「何っ……!?」
霄は予想外と言った表情をしていた。
「何故だ。こちらでは、武士は負ければ潔く首を切るのではないのか?」
「そんなの一体いつの時代の話だよ! それに……そんな大それたこと、俺に出来るわけないだろ? 大体、部屋が血で汚れるし……」
俺はなんとか霄に考え直させようと、回りくどい言い訳をした。が――。
「……ならば、外で斬れ!」
「なッ!?」
霄は、何が何でも俺に首を切って欲しいようだ。だが、生憎虫も殺せない――というのは言いすぎかもしれないが、少なくとも俺にとって同類ではないが、見た目は全く同じ人間で、その上女の子の首を切れなんて、そんなおぞましいことが出来る訳もなく、俺は手と首を激しく左右に振って拒んだ。
「どうしても無理だというのであれば、せめて何か償いをさせてくれ!! 何でもする!! 約束する……」
その“約束する”という言葉に俺は反応した。
「本当に何でもするんだな?」
「ああ、可能な範囲ならば何でもする!!」
「じゃあ、この屋根直せよ?」
俺は満面の笑みで、さらっと無理難題を言った。
「えっ……!?」
霄が驚くのも無理ない。何せ、俺は少しばかり無茶なことを言っているからだ。
――ちょっと無理があったかな?
そう罪悪感を感じた俺はさっきの言葉を撤回しようとしたが、霄はその場に立ち上がると言った。
「わ、分かった! 少しばかり時間がかかるかもしれんが、やっておく!!」
「え。ま、マジで?」
「あ、ああ。約束だ!」
「じゃあ、指きりだ」
「何、指切りだと……!? こっちの世界では、それが約束の証なのだな?」
俺は霄が何を言っているのかよく分からず、そのまま相手の行動を見届けた。すると霄は、さっきの短い刀を左手に持ち右手の細い小指を伸ばすと、その指に研ぎ澄まされた刃先を近づけた。
「おい、何やってるんだお前!?」
「えっ? だから、指切りだろ?」
「そっちの指きりじゃない!!」
――水連寺霄……彼女は、まだ人間界のことについて知らないことがたくさんあるようだ。だとすれば、ルリもそうなのだろうか?
そう思ってふと振り返ると、ルリはいつの間にやら俺のベッドに頭を伏せて、その周りを腕で覆うようにして眠っていた。
「こんな格好で寒そうだな……」
せめてもの情けかと、俺は布団の中に置いていた毛布を、小柄な少女の肩にかけてあげた。すると、ルリは毛布に手を伸ばしそれにくるまった。
「さてと、指きりの続きだな」
「何だ、お前がしてくれるのか? 随分と親切だな」
そう言って霄が、持っていた刀を俺に手渡す。
「だから違うって!!」
俺はその刀をカーペットの敷かれた床に置き、霄の手を取った。
――今を思えば、同い年の女の子の手を触ったのって、いつ以来だ?
そんなことを思いながら、互いの小指を交差させ指きりの呪文を唱えた。
時間を見ると、時刻はもう夜中の三時を迎えていた。
「ヤベェ。明日から連休で三日間休みだから、ゆっくりしようと思ってたのに……突然お前らが来たから、休み潰れそうだな」
「何だ、私達が来たことが迷惑なのか?」
「えっ? いやまぁ、そう言われるとそういうことだが……」
「そういえば、まだ貴様の名前を聞いていなかったな?」
霄に言われ、俺もハッとした。
「ああ。俺は神童響史だ。よろしくな、霄!」
「ああ、こちらこそよろしく頼むぞ、響史!」
そう言って俺ら二人は握手を交わした。
それからまた時間が刻々と過ぎていき、ルリが目を覚ました。まだ寝ぼけているのか、目が半開きの状態だ。
「何だ、起きたのか?」
「う、うん……」
ルリは欠伸をしながら片手で目を擦っている。
その時、誰かの腹の音が鳴った。各々に視線を向けると、申し訳なさそうに霄がおずおずと手をあげた。
「うっ……面目ない私だ。どうやら腹が空腹を訴えているようだ」
「どうやら、こっちに来て何も食べてなかったみたいだな。そうだ、これ食うか? 口に合うか知らねぇけど、食べてみろよ!」
傍にあったコンビニ袋を見てハッとなった俺は、霄にコンビニで買ったおにぎりを手渡した。
「な、何だこれは? 何故三角形をしているのだ!?」
「ああ、それおにぎりって言うんだぜ?」
「そんな食べ物が人間界にはあるのか?」
「へぇ、面白そうだね~♪」
ルリが身を乗り出して俺の手に握られているおにぎりを覗き込んだ。
「何だ、お前も腹が減ったのか? 食うか?」
「うん!」
いつもは普段と変わらない味に普通と感じながら食べている俺だが、彼女達魔界の人間が初めて見る食べ物を味わう時の不思議そうな顔を見ていると、何故か俺の食べているおにぎりもいつもよりも美味しく感じた。
彼女達は全くもって俺達人間と変わらない顔立ちをしていて、全く違和感を感じない。
俺が三、四個のおにぎりを食べ終わり、満腹感を感じながらお腹をさすっていると、ルリがまるで幼い少女の様に俺の洋服の裾を引っ張って俺を呼んだ。
「何だ、どうかしたのか?」
「ねぇ、さっき響史と一緒に空を飛んだ時に結構動いたから、服が汗でビショビショなんだ。水浴びしたいんだけど、そんな場所ある?」
「み、水浴び? 水浴びする場所はないが、シャワーならあるぞ?」
俺は何のことか分からず、とりあえず人間界でいうシャワーを紹介した。
「よく分からないけど、そこに連れて行って!!」
「ああ。霄、お前はどうする?」
とりあえず、何となく霄にも意見を聞いたが、何の返事もなかった。どうやらおにぎりがよっぽど気に入ったらしく、おにぎりをじ~っと見つめている。
「……」
俺は霄の返事を待っているのがアホらしくなり、ルリだけ連れて一階へ降りていった。
「ここが風呂場だ……」
「風呂場?」
「ああ。ここが脱衣所で……ほら、ここが浴場。で、あれがシャワーでここが浴槽。ここに浸かって、体の神経を休めて一日の疲れを取るんだ!」
ひとまず説明を終えたが、彼女はよく理解できていないようだった。
「まぁ、実際に使ってみたほうが分かりやすいだろ? 水浴び……だっけ? じゃあ、シャワーだな。この蛇口をこっちに捻れば水が出るから……」
「ねぇ、待って。このヨクソーって何?」
「え? いや、お湯を張ってあって、これに浸かって疲れを取るんだよ。ちょうどいい温度で体も温もるしな」
「じゃあ、私もそのヨクソーがいい」
「え? ああ、じゃあ髪と体洗ってから入れよ? じゃないと、後で入る俺が最悪なことになる。……んじゃ、俺リビングで待ってるから」
扉を開けて俺が廊下に行こうとすると、ルリがまたしても俺の服の裾を引っ張った。
「何だ?」
「待って。私、まだよく使い方分かんない。だから……体は自分で洗うから、お手本ってことで、髪洗ってくれない?」
その言葉に俺は顔を真っ赤にした。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
俺は思わずルリから少し視線をそらした。
――髪の毛を洗うためには、必然的に裸になる。それ即ち、産まれたての姿になるということ。それをあろうことか、俺の前に晒すだと!? そんなの……確かに嬉しいけれども、許される事ではない! 第一、こいつはお姫様なんじゃないのか? そんな高貴な身分であらせられる人が、俺みたいな庶民にその柔肌を晒していいものだろうか?
「……お前は、平気なのかよ?」
「えっ? 私は平気だけど、響史がダメっていうなら、これをすれば?」
そう言って彼女に手渡されたのは、スイカ割りなどでは必需品である、目隠しだった。
――しかし、なぜに目隠しを? ああ、なるほど。これで視界を遮り、その上で髪の毛を洗えと……でも、これじゃ見えないから洗いにくくないか?
訝しげに思ってルリに真意を訊いてみる。
「……これで、どうするんだ?」
「だから、目隠しをして髪を洗ってくれればいいよ」
予想通りの答えであった。
「そうじゃなくて、見えないだろ?」
まぁ物は試しと、とりあえずやってみるだけやってみるということで、目隠しだけした。
「やっぱり何も見えない。しかも、真っ暗で何処に何があるのかも分からない……」
盲目の人は、いつもこんな気分であちこちを歩いているのだろうか? もしそうなのだとしたら、物凄く尊敬する。
「大丈夫だよ。私がちゃんと指示するから……」
「わ、分かった」
俺は、心臓が破裂するくらい鼓動が早くなるのを感じていた……。
というわけで、チョコチョコ修正をくわえながら三話まできました。まだまだ話はこれからですが、後半とんでもないことになってきました。
霄←で“そら”と呼ぶのは自分もつい最近になって知ったことです。
響史に勧められてすっかりおにぎりを気に入った霄。まぁ、それらの話についてはいつかの話でやろうと思います。
次の話からいろいろとドタバタ展開になると思いますので、よろしくお願いします。