第二十四話「不良VS怪力少女」・2
前回の続きです。
――☆★☆――
「はぁはぁ…」
「あの~…」
恐る恐る話しかけてみる。
「ん!?」
俺は、自分の声に反応して鋭い視線を突きつけてくる少女に思わずビビってしまった。
「えっ…いや、あの……――」
と、俺が肩を竦ませ、体を出来るだけ小さくし弱々しく見せていると、少女が声をかけてきた。
「ちょっと、あんた…」
「何?」
俺はドキドキしながら少女に訊いた。すると、彼女は俺に歩み寄ってきて言った。
「あ……ありがとう…」
「…あぁ…えっ?」
不意を突かれた。まさか、お礼を言われるとは思わなかったのだ。
「なんだよ、人がせっかく感謝の言葉を述べてやってんのにさ! それと、あんたのこと少し分かったよ…」
「お前、名前は?」
「ふふっ…水連寺…霙…」
「水連寺…霙?」
「ああ…」
相手が名乗ったのに自分が名乗らないのもアレなので、俺は名前を言おうとした。
「俺は…――」
「言わなくても知ってる…神童 響史だろ?」
「どうして俺の名前を?」
名乗る以前に相手が俺の名前を知っていたため、俺は驚愕した。
「殺そうとしてたからな…」
その言葉に俺は固まってしまった。
――えっ、殺す? でも、そんなこと今まで何人もの護衛役に言われてきたことじゃねぇか…。
しかし、少女――霙の目は本気の目だった。
「じゃあ、俺…この場で殺されるのかな?」
「まぁ…アタシを助けてくれた命の恩人だし…。もしも、あのままあんたが来なかったら、アタシ今頃どうなってたか…。ホント、ありがとな?」
「お、おぉ…」
再びお礼を言われて少し照れくさくなった俺は、頭をかきながら少しお辞儀した。
「でも…」
「でも?」
「あんたがアタシにしたこと……あれは、忘れないから!」
「えっ!?」
俺は冷や汗がダラダラだった。体中から汗が吹き出し、大変な状態になっていた。
「ごめん!」
気づけば俺は、霙に対して謝罪しさっきよりも深くお辞儀していた。
「ふっ…あんたは変態だな!」
「なっ!」
霙の一言にカーッと、体が熱くなるのを感じた。
「じゃあ、アタシはこれで…」
「おい!」
「ん?」
「お前、行くとこないのか?」
俺は自分でも何を口走っているのかと思った。しかし、これが俺の癖なのだろう。いや、むしろ欠点と言っていいかもしれない。
「だったら何だよ!」
「俺ん家来ないか?」
「なっ! な、なななな…何をバカなことを! だ、誰が行くかっ!」
顔を真っ赤にしてそう言い切る霙に、俺は何故か少し残念な気持ちになり、
「そうか…そうだよな、迷惑だったよな?」
と言って、踵を返して相手に背を向けた。
「べ、別に…そこまで来てほしいってんなら、来てやっても…――」
そう言って霙は頬を赤くした。しかし、俺は彼女の言葉よりも時計が示している時間の方が問題だった。
「あぁああああああ!!」
「な、何だよ急に!」
霙は俺の突然の叫び声に驚いていた。
「学校に間に合わない! このままじゃ完全に遅刻だ!」
「なんだ、お前学校に行く途中だったのか?」
「えっ、あぁ…まぁな。じゃあ、俺急ぐから考えといてくれよ?」
俺は霙にそう一言残し、その場を走り去った。
急がなければ、学校に間に合わない。しかし、腕時計の時計の針を見る限り俺の知る秘密の道を通ればギリギリでHR前に着くに違いない。そう思い、俺は急いでカバンを激しく揺さぶりながら学校まで走った。
――☆★☆――
時刻は八時少し前…本来ならば、HRをするために先生が来るはずなのだが、どうやらまだ来ていないようだ。
俺は、空き巣のように教室の扉を音が鳴らないように静かに開け、扉を閉めて教室内に入ると、赤ん坊が歩くみたいに四つん這いになってクラスメイトの陰に隠れつつ自分の席に向かった。
顔を動かさずに目だけで周りの状況を把握し、何食わぬ顔で自分の机の上にカバンを置き椅子を手前に引くと、静かに席についた。すると、それと同時に担任の先生が入ってきた。
「では、今からHRを始めます…。学級委員、挨拶お願いします…」
「はい! 起立! 気を付け…礼!」
「「「おはようございます!」」」
クラスメイトの声が教室に響く。
俺は、未だに先生にバレていないかどうか不安で仕方がなかった。だが、今の所は安心だ。そう思うと、俺はホッとして表情が柔らかくなった。席に座ると同時に、俺は教室の窓から外の景色を頬杖をついてボォ~っとしながら見ていた。
――あの時は時間が無かったからそのままあの場に残してきまったが、霙のやつ…大丈夫だろうか…。
俺はそのことが気がかりだった。すると、その俺の様子に気づいたのか霄が俺に訊いてきた。
「何か考え事か?」
「えっ、ああ…まぁな。実は、ついさっき護衛役に会ったんだ…」
俺の言った“護衛役”という言葉を聞いて霄は眉毛をピクッとさせた。
「まさか、襲われたのか?」
「いや、その逆…その護衛役が襲われてたんだ…」
「一体、誰と会ったんだ?」
「え~っと、あぁ…霙だったかな?」
一応合っているかどうか確実ではなかったため、少し曖昧に覚えているような口調で霄に名前を教えた。
「ば、バカな…。霙なら、普通の人間に襲われるようなことは絶対にないはずだ!」
「どうしてそんなことが言えるんだよ!」
「あいつは魔界で、閻魔大王、大魔王の次に力持ちと言われてるんだぞ? その力は、男の悪魔でも敵いはしない…。だからあいつは大きなハンマーをいつでも振り回すことが出来るんだ! あいつに会ったんなら既にあの巨大なハンマーを見ているはずだ!」
俺はそれを聞いて、過去の記憶を振り返ってみた。
「そういえば持ってたかもしれない…。でも、じゃあ何で不良に力負けしてたんだ? 確かにあの時四肢を不良に掴まれて身動きが取れない状態だったんだ!」
「誰かと見間違ったのではないか?」
「そんなわけない!」
俺は彼女の言葉を聞いて思わず立ち上がって叫んでしまった。そのため、他の皆が一斉に俺の方を向いて驚いた様な眼差しで俺を見つめた。
「神童君…どうかしましたか?」
「あぁ、いえ…すみません」
「では、HRを続けます…。それで今日の――」
先生がHRの続きの話を始めたところでこっちも話を再開する。
「確かに…青い髪の毛に青い瞳でハンマーを持ってたんだ。それに、彼女自身自分のことを霙って名乗ってたんだ! この目と耳で確認した。間違いない!」
「ん~…そうなると、この人間界には悪魔の力を抑え込む力か何かがある、という可能性が出てくるな…」
「力を抑え込む?」
「姫達のように、本来の力を使えないように封じ込めるアクセサリーのようなものだ。ストッパーの役目を果たすためのな…」
霄は腕組みをして俺に言った。
俺は顎に手を置き足を交差させふと瑠璃の席の方を向いた。
――本来ならばここには瑠璃がいるはずなのだが、今日は風邪を引いていてここにはいな――ってあれ!? どうなってるんだ!? なんで瑠璃が…ん? あれってよく見たら瑠璃じゃなくて麗魅じゃないか?
俺は嫌な予感を感じ、なぜここに麗魅がいるのかHRが終わった後で、彼女を問い詰めることにした。
そしてHRが終わり、俺はなぜここに瑠璃ではなく麗魅がしかも…うちの制服を着てこの場にいるのかという疑問を解決することにした。
「おい!」
「ん? 何だ…じゃなくて……何、響史?」
「おい麗魅、何やってんだ!?」
「!?」
彼女は自分の正体に俺が気づいていることに驚いたのか、目を丸くして慌てた様子で俺の腕を強引に引っ張り教室の外へと連れ出した。
と、その時、様子を見ていた藍川が、
「いいな~神童のやつ…瑠璃ちゃんとあんなに仲良くして…」
と、俺達の行動を見て羨ましそうに見つめながら言った。
――☆★☆――
「おい何なんだよ! こんなところに引っ張ってきて…」
「ちょっと、どうして私がお姉さまじゃないって分かったの?」
「はっ? いや、普通に分かるだろ? 髪型違うし目つきも少しキツいし、何よりもむ――」
ドゴッ!
俺は急に視界が真っ暗になった。目の前に広がる暗黒の闇。そして、肌に伝わる不気味なオーラ。
「胸がなくて悪かったわね!」
「いや、俺まだ何も…」
「明らかに胸って言いかけてたでしょ?」
麗魅は俺の耳元で大声で叫んだ。俺は耳の穴を小指で塞ぎ彼女の声をシャットアウトした。
「それよりも、何でここにお前がいんだよ!」
「お姉さまに頼まれたのよ! 私の代わりに学校に行ってきてってね…」
俺は、麗魅が窓から外の景色を眺めながら言っているのを半目で見ながら彼女に言った。
「ふ~ん、まぁそれは分かったがその制服はどうしたんだ?」
俺はさっきから彼女が身に着けているウチの制服を見て訳を訊いた。
「叔母様からもらったのよ! 鏡の二重反射の力で制服を作ってもらってね!」
――二重反射?
よく分からない単語が彼女の言葉にいくつか含まれていたが、今はそのことについてはあまり触れないことにしよう。
キンコーンカーンコーン!
予鈴のチャイムが鳴り俺と麗魅は教室の中に入った。
それぞれの席に座り、一時間目の授業を担当する教科担当の先生が来るのを静かに待つ…。俺は、机の引き出しの中から教材を取り出し机に並べると、筆箱からシャーペンを取り出しクルクルと器用にペン回しをしながら先生を待った。
ガラガラガラ…。
教室の扉が開き先生が入ってきた。
「では授業を始める!」
「きりーつ!」
先生の言葉と共に、学級委員の雛下がクラスのみんなに呼びかける。俺は机に両手をつきゆっくりその場に立ちあがった。立ち上がると同時に足で椅子を後ろに下げ、ギギィイイと音を立てる。
「礼!」
「「「お願いします!」」」
お礼を言い終わった後、俺達は椅子に座った。椅子は背もたれの部分が木で足の部分が金属で出来ている。俺的には、どちらかというともっとふんわりした柔らかい背もたれにしてほしい。まぁ、そんなわがままが通用するとは到底思ってはいないが…。
そして、長くてダルい授業が始まった。授業は五十分授業…俺的には地獄の五十分…。だが、その地獄の五十分間はあることをすれば天国の五十分になる。なぁ~に、簡単な話だ。俺は毎日カバンの中にあるものを入れている。そう、それは愛用の枕だ。しかし、これを使うにはあまりにも無理がある。そのため、俺はまず机の上に教科書を立てその陰に隠れるようにして枕を置きそこに自分の頭を乗せる。いやしかし、これはすごく寝心地がいいのだ。見つかるとヤバイが…。昔はそこまで頻繁に授業中に寝たりはしなかったのだが、瑠璃達が来てからは日頃の疲れが溜まっていてついつい寝てしまう。おかげで――。
バシッ!
「イテッ!!」
「神童!! 何寝てるか!! 罰として廊下に立っとれ!!」
「ふぁ~い…」
ゴスッ!!
俺の頭に強い衝撃が走る。鈍い効果音が鳴り響き、俺はクラクラする頭を押さえた。
「いってぇ~…」
「早く行け!」
「はい…」
この持ち主である先生の名前は、『城元 醍醐朗』…。数学の担当教師でガタイのデカい先生である。生徒たちはこの声がすごく苦手で、背後から聞こえてこようものならば、まるで肝試しをやっているかのように体をビクビクさせながら顔を青ざめさせるのだ。つまり、それほどこの先生は恐ろしいということだ。
俺はトボトボと教室から出て行き廊下に出ると、左右を確認して誰もいないことを確かめてから廊下の壁によりかかり、はぁ~とため息をついた。
ふと外を見ると、雲一つない青空があった。カラスやスズメが飛び、電柱にはハトも止まっている。
俺はもっと外の様子を見ようとゆっくり前方に歩き、窓に手を置いて外の景色を眺めた。運動場では、体力測定のために持久走をしている男子や女子がいた。そのトラックのそばには体育教師の北斑先生がタイマーウォッチを手に持ってタイムを計っていた。
「はぁ~…。何も起こらないと退屈でしょうがねぇな…。瑠璃のやつ大丈夫だろうか…。まぁ、ルナーのやつがついてるから大丈夫だろうが……そうだ!」
俺はポンと手を叩き、それから指を鳴らした。
「帰りに何か買って行ってやるか!」
キーンコーンカーンコーン!
ガラララ……。
「んっ!! 神童…貴様、何を考えていた?」
城元先生が俺を怪しい物を見るような眼差しで睨みつけ言った。
「い、いやだな~なんでもありませんよ!」
俺はビクッとして体を少し後ろに反らしながら先生に言った。
先生は一瞬俺をじ~っと見つめたかと思うと、諦めたらしく俺の脇を通り過ぎて行った。
「ふぅ~…。こえぇ~。思わず冷や汗かいちまった…」
俺は額の汗を拭い、先生がいなくなって五分間の自由を満喫しながら騒がしく会話を楽しんでいる生徒たちのいる教室の扉を開けた。そして、俺が扉を開けて教室内に入ると、霊が俺の前に現れて話しかけてきた。
「ねぇねぇ響史!」
「ん、何だ?」
「どうしよう…。お弁当忘れてきちゃった!」
「何!?」
「ねぇ、どうしよう~…」
霊はすごく動揺していた。
「ちょ、ちょっと待て…。今、考えるから…」
いつの間にか、彼女のせいで俺まで動揺してしまっていた。
そうこうしているうちに、二時間目の授業開始のチャイムが鳴ってしまった。
「仕方がない…。後で、考えるからとりあえず、席につけ…」
「うん」
霊は少し肩を落として、自分の席にトボトボと戻っていった。俺も彼女の後についていき、自分の席に座った。三時間目の授業が始まり、先生が引き戸を開け教室内に入ってきた。そしてまたしてもダルい50分授業が始まった。
時間はつまらない間は本当に長く感じるものだ。それに対して楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。人間とはどうしてこういう感覚なのだろうか。つまらない間こそ短く感じさせてくれればいいのに…。恐らく、楽しい時間はその楽しい出来事に没頭して時間のことを忘れてしまうからなのだろう。
そして、唯一俺の休めるブレイクタイム…。給食の時間がやってきた。だが、今日はそうも行かないだろう。何せ、これから霊の弁当を取りに家まで猛ダッシュしなければならないのだから…。
まったく、どうしてこうも俺はついていないんだろう。彼女達が来てからもうずっとだ。だが、まったく楽しくないといえば嘘になる。楽しい時は楽しい。特に、今まで俺は弟が家におらず寂しい思いをしていた。そんな中、瑠璃達悪魔が俺の家に上がりこんできて、俺の寂しい気分を紛らわせてくれた。
こうしていると、たくさんの兄妹がいるというのは実にいいものだと感じる。なにぶん弟がいない間はまるで一人っ子の気分を味わっているようだったからだ。思わず悪友――もとい友達の亮太郎に携帯で電話して話しかけてしまうくらい寂しかった。だが、そんなひと時ももう終わり…。今では彼女達とハーレムのような生活をエンジョイ出来て実にうれしく思う…まぁ、悪魔だが…。
その時、ふと俺は思った。
――そうだ…。今日は家にルナーがいる。彼女に弁当を持ってきてもらえばいいではないか。
そう考えた俺だったが、そこである障害にあたった。
――しまった…、電話しないといけない…。だが、それは何とかなる。問題はやつがちゃんと俺に気付いてくれるかどうかだ…。もしも気づかれなければそれこそ終わり…。それに、それを解決したところで今度は彼女をどうやってここに呼ぶかだ…。普通にここに来てというのも一つあるが、あいつのあの姿…。あんな姿見たら、ロリコンのやつらが必ず襲い掛かるに違いない。ただでさえあの理事長がそんな感じだ。ツインテールに幼い顔のくせに…胸は意外にも麗魅よりあるからな…。まぁ、確かあいつの方が年上だったからな…仕方ないか。あれ…、なんかだんだんと話がズレているような…。
と、心の中で思っていると、ギロリと麗魅が俺の方を向いて怖い形相で睨みつけていた。
「うっ!!?」
俺はぞ~っと何かが背中を舐めたかのような悪寒を感じた。急いでその場から逃げ出したいという衝動に駆られ、俺はその場から脱出し男子トイレに慌てて駆け込んだ。そして、震える手で携帯電話のボタンを押し自宅に電話した。
プルルル…。
と電話の音が鳴る。
――☆★☆――
一方家では…。響史に頼まれ致し方なく熱を出した瑠璃の看病をしていたルナーは、白衣姿でその自分の腕の長さよりも長い白衣の袖を腕の関節部分まで折り曲げていた。瑠璃の額に置いてあるタオル…。それをつけかえるため水につけ絞る…。その行程の中で裾が濡れてしまわないようにするためだ。
ルナーはずっと考えていた。
《後で何かしてやるから頼む!》
という響史の捨て台詞…。その“何か”という言葉に彼女は引っかかっていた。
――何でも…ということは、相手が嫌がるものでも私が望んでいるならいいってことよね? でも何をさせようかいまいちいいアイデアが思い浮かばないのよね…。
と、その時、電話の鳴る音が一階から聞こえてきたので、ルナーは痺れる足に少し痛みを感じながらも慌てて下へ駆け下りた。
そして彼女は、電話の前で一呼吸置き受話器を取った。
ガチャ!
「…ふぅ、はいもしもし?」
《あ~もしもし…ルナーか?》
「ルナーさんでしょ?」
《あ…、ルナ―……さん。あの、実は頼みがある――》
「ごほんっ!」
《あるんですけど…》
「何?」
ルナーは、響史に相変わらずタメ口で話されることに、年上としての威厳を失くしてしまっているといささか危険を感じ、彼に丁寧な口調で喋ることを強要した。そして、響史の口調がちゃんと敬語になったところで彼の用件を聞いてやることにした。
《実は…霊が家に弁当置き忘れちゃいまして…》
「で…?」
《だから~、その~…何ていうか、それを持ってきて頂ければなぁ~と思いまして……》
響史は下手に出てルナーのご機嫌を窺った。
「ふ~ん…姪の看病を任されたあげく、さらに姪の護衛役のために弁当を持って行け…と?」
《あはは…。真に申し訳なく思っております…、あの~俺…じゃなくて僕…何でもやりますので、お願いですから何とかして霊の弁当持ってきて頂けませんかね?》
響史の口から再び出た“何でも”という言葉…。それを耳にしたルナーは少し間を置いて彼に訊いた。
「……何でも…、本当に何でもなの?」
《えっ? …あぁ、はいっ! そりゃもう…何でもお申し付けください!! この神童響史! あなたのために、何でもして差し上げます!!》
あまりにも危険な言葉を述べすぎではあるが、霊の弁当を持ってきてもらうためだ仕方ない。と自分に言い聞かせる響史…。すると、いいアイデアを思い付いたのかルナーはふっと苦笑いして言った。
「あんた今どこにいる?」
《えっ…男子トイレ…ですけど…》
「今すぐ…女子トイレに行きなさい!」
《あ、はい――って、ちょっ待っ…えっ!? そ、それは――》
「無理ならこの話は無しってことで…それじゃ!」
《あぁああああ!! 待ってください…。分かりました分かりました…。行きます、行きますから!!》
響史はルナーに電話を切られそうになり慌てて了解してしまった。
「言ったわね?」
《あっ!!?》
ようやく理解した時にはもう時既に遅しだった。
――☆★☆――
所変わって学校…。
――し…しまったぁあああああ!!!? なんてバカなことをしてしまったんだ俺は! ていうか、何でよりにもよって男子トイレが女子トイレれぇえええ!? いくらなんでもそれはないだろ!! だって女子トイレだよ? 場所が場所でしょ!! もしも仮に行ったとして女子来たらどうすんだよ!! ったく…。だが、これも霊の弁当を手に入れるため…。ここはグッ!と我慢だ。
そう自分に言い聞かせた俺は、男子トイレの壁際からそ~っと隣の女子トイレの入り口付近を眺めた。
こうしていると、まるで俺は不審者いや…変態のようだ。だが、これも霊の弁当のため…。
俺は周りを目で確認し誰もいないことを確認した。
「よし今だ!!」
「――それでさ~!」
――ぬぅわぁぁぁぁぁぁああああああ!!!
俺は慌てて男子トイレに引き返した。
「ん?」
「どうかした?」
「いや、今…誰かいたような気がして…」
「気のせいじゃない?」
「そうだね~…」
そう言ってその二人の女子は、水で濡れた手をハンカチで拭きながら談笑してその場を離れて行った。
――ふぅ…。危うい危うい…、後少しでも気付くのが遅かったらさっきの二人と正面衝突して大変なことになるところだった…。くそ…、ここからじゃ中の様子を確認できないから行けないんだよな~。でも急がないと、もうそろそろルナーが来るんじゃないか? ていうか、そもそもどうして女子トイレなんだ? 弁当を届けるなら普通…昇降口でも良さそうなもんだが…。
そう不思議に思いながら、ようやく俺は女子トイレに侵入することに成功した。だが、もしかしたらトイレの個室の中にいるかもしれないという可能性を考え、ひとまず抜き足、差し足、忍び足で中に入って行った。そして、個室に誰もいないことを扉のロックがかけられてるか、かけられていないかどうかで確認し周りを見渡した。しかし、どこにもルナーらしき人物がはいない。
彼女のあの白衣姿…。理科というか化学の先生でもない限り見間違うはずがない。それに、ここは女子トイレ…。まず男の先生は絶対にいないとして、女の先生もここにはいるはずがない。教員トイレは別にあるからだ。
と、その時、どこからかルナーの声が聞こえてきた。
俺はハッとしてもう一度辺りを見渡した。しかし、どこにもいない…。
すると、女子トイレの鏡に映るはずのない少女の姿があった。そう、ルナーだ。
「お前、一体どうやって!?」
「ゴホン!」
ルナーは、また元に戻ってしまっている俺の口調を正させようと咳払いをした。
「え~っと、一体どうやって来たんですか?」
「私は…五界の支配者の一人で、鏡界を支配する者よ? こんなもの簡単な話だわ! 手頃な大きさの鏡をあんたの家で見つけて、その鏡とあんたの通ってる学校の女子トイレをリンクさせたの! 結構集中力を削られる技なんだけど、私にとってはこんなもの朝飯前みたいなものね!」
「それで、弁当は持ってきてくれましたか?」
「ええ…もちろんよ! それよりも、あんたこそ私との約束忘れてないでしょうね?」
「あぁ、はい! もちろんですよ!! 絶対に約束は守ります!」
「そう! ならいいわ。はい、これ頼まれてたお弁当!!」
ルナーは鏡から手を出して弁当を渡そうとした。俺は一瞬自分の目を疑った。無理もない。何せ、本来ならば鏡から手が出てくるなど考えもしないことだからだ。しかし、現にそれが目の前で起こっている。
「うわぁ! 鏡界の支配者って…こんなことも可能なんですか?」
「ええ…。これ以外にも私自身が家から学校まで行くことも可能なのよ?」
「ま、まさか…そんな○ラ○もんの『○こ○○ドア』みたいなことが可能なんですか!?」
「よく分からないけど、まぁね…」
俺の例えに首を傾げつつも、ルナーは自慢げに腰に手を当て言った。
「へぇ! やってみてくださいよ!!」
その時、俺はここが女子トイレだということをすっかり忘れてしまっていた。ルナーは俺に褒められて少し気分がよくなっていたせいか、何の文句も言わず素直に俺の言うとおりにしてくれた。
鏡から彼女の手やら足が飛び出し、一分もかからずにこちらへと姿を現した。
「どう?」
「…なっ、ほ…本当に来れるんだ…」
俺は独り言をポツンと呟いた。ルナーは片手に風呂敷に包まれた弁当を持ち、もう片方の手を自分の細い腰に当て女子トイレの洗面台の上に立っていた。
目の前で起こった不可思議現象に、俺は驚きながら上を見上げた。
と、その時、ふとルナーの短いスカートから下着が見えてしまった。
「なっ!?」
「あっ!」
ルナーは顔を真っ赤にしてどこからか発明品を取り出し、俺の体に勢いよくぶつけた。その発明品は俺の体にぶつかると同時に爆発し、凄まじい電流が俺の体を駆け巡った。
「ぎいぃやぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
「このバカ! 変態!! しれ~っと人をこっちに誘導させておいて、はなっからこれが目的だったのね?」
「ち、違いますよ! 今のは、アクシデントというかなんという…――」
俺はルナーの誤解を解くために説明する途中で、女子トイレに誰かがやってくる気配を感じた。
「――マジ? 驚きだよ!」
「本当だって! この間の一年六組の担任の先生がさ~。あの歳で、若い女性と結婚したんだって!!」
「それホント!? あははははは!!」
などという言葉に、俺は慌ててどこか隠れられる場所がないか見回した。しかし、これといっていい場所はない。
と、その時、女子トイレの個室に目がいった。
――ここしかないっ!!
と確信づいた俺は、急いでそこへ走って行った。だが、そこであることを思い出した。
――そうだ…。ここでルナーだけを残せばこいつも怪しまれる!!
そう思った俺は、ガシッと彼女の手首を掴むと、一緒に女子トイレの個室へ駆けこみ鍵をかけた。
「ちょっと、どういうつもりよ!! 私をこんな狭苦しいところに押し込めて!! まさか、これもあんたの企み?」
眉を吊り上げながら言うルナーの無茶な言いがかりに、俺は反発して一瞬大きな声を出しそうになったが、そこはグッと押さえて、あくまでも小さな声で彼女に言った。
「ち、違いますよ! ここは女子トイレなんです!! そこに俺のような男子生徒がいたら、確実にお縄ものですよ!! ですから、ここは個室に入っておとなしく隠れているしかないんです!! ですから我慢してください!!」
「だからって、どうして私まで入らないといけないのよ!! 私は女よ?」
「その見た目と白衣で怪しまれること山の如しですよ!! 第一、あんな恐ろしいメカを発明する人がこの学校中を徘徊するなんて耐えられません! 絶対に変態達に襲われますよ?」
「それは…どういう意味?」
「…分からないならいいです…」
ルナーは自分が童顔でロリコン変態共の餌食になってしまうという危険性に気が付いていない。まぁ無理もないか。今まで彼女は鏡界でたった一人孤独に生きてきたのだから…。ロリコンという人種を見たことがないのだろう。だが、この学校にも少なくとも俺が知っている中でロリコンのやつが一人いる…。その名も藍川亮太郎…、通称変態バカだ…。
「それよりも、いつになったらここから出られるの?」
「少なくとも、彼女達がここから出て行ってくれるまでですよ…」
「えぇ~!? それまで私…ず~っとあんたみたいな変態と一緒にいないといけないの?」
「やめてくれません…? まるで俺が変態みたいな言い方…」
「えっ? 本当のことでしょ?」
「うぅっ!! 地味に傷つくので真顔でそれはやめてください…」
俺は、ルナーが平然とした顔でサラリと毒舌を吐くことに少しある人物と重ねてしまい、ますます心が傷つくのを感じた。すると、急に彼女が顔を赤らめて俺に小声で言った。
「ねぇ…、さっきからあんた…私にくっつきすぎじゃない?」
「えっ? そうですか…? これでも十分離れてるつもりなんですけど…」
ルナーに言われて、俺は少し離れようと後ろに一歩下がろうとした。
と、その時、彼女の足が俺の足に絡まり、ルナーが俺に思いっきり倒れ掛かってきた。
「きゃっ!」
「うわっ!!」
俺は思わず声を出してしまったため、他の女子に気付かれていないかどうか不安でしょうがなかった。だが、どうやら彼女達には気付かれていないようだ。
「ふぅ…大丈夫ですか?」
「えっ…? あっ…、だ……だだ大丈夫よ!!」
一瞬、目の前の少女のあたふたする様子を見て少しかわいいと思ってしまった。
――待て待て俺! 彼女はあくまでも年上…。確かに見た目は瑠璃達よりも幼いし身長も低い…。だが、だからと言って、俺は変態になるわけにはいかない!! それよりも、一番の問題はこんなに幼い顔立ちでなぜこんなにも胸が大きいのかということだ。少なくとも麗魅以上…瑠璃以下…くらいか? と、待て待て…、またしても俺は変態の道へ足を進めようとしてしまった。いかんいかん、…つい亮太郎といる時のことが行動に出てしまう…。
それからしばらくして女子生徒が女子トイレから出て行き、それを確認した俺は狭苦しい個室から飛び出した。
「はぁはぁ…危なかった。危うく気付かれるところだった」
「まったく…それはこっちのセリフよ! じゃあ、私戻るから…後のことはよろしくね?」
ルナーはまだ少し頬を赤らめたまま再び鏡から俺の家へと戻って行った。俺はその様子をじっと眺めていた。しかし、俺がその鏡に手を伸ばし鏡に触れた時には、もう既に元の鏡に戻ってしまっていた。
「どうやら…戻ったみたいだな」
俺は弁当片手に教室へと戻って行った。
――☆★☆――
教室に戻ると、もう給食の時間は残り十五分くらいしか残っていなかった。
「くそ…、やはり時間がかかりすぎたか…」
俺はこんなことだったら、急いでダッシュして家に帰り再び学校に戻ってきた方が時間がかからなかったんじゃないかと思いながら、お腹をグ~グ~言わせて机に突っ伏している霊に弁当を差し出した。
「わぁ~! これ、響史が持ってきてくれたの?」
「ん~まぁそんなとこかな…。これ持ってくるのにすんごく苦労したんだからな~? (いろんな意味で)」
「苦労することなんてあったかな~。あっ、わざわざ家まで走って帰ったの?」
「いや…そういうわけじゃないんだが…、まぁそれよりも急いで食えよ? 早くしないと十五分しか残ってないぞ?」
俺が腕によりをかけて作った弁当を霊がちゃんと全部食べられるかどうか心配で時間のことを言ったが、彼女は大丈夫大丈夫と、お箸を持っていただきますのポーズを取り、ご飯を食べた。
そして、給食の時間も終わりを告げ、またしても授業が再開した。だが、俺のそのくそダルい授業はとんでもない展開へと陥るのだった……。
というわけで、霊が家に忘れてしまった弁当を届けるがために響史が訪れた女子トイレ。おまけに、そこの鏡からルナーがやってくるという不可思議現象に驚きを隠せない様子だった響史。なんとか無事に弁当を渡してもらうことは出来たものの、更なる悪い予感が響史の脳裏を駆け巡ります。
次回は、病人が学校へやってきます。




