第五十八話「東西南北・過去(後編)」・2
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「そうか、燈があんなに強くなってたのはそう言う事だったのか……」
「へっへ~ん、見直したか響史?」
「え? あ、ああ……」
見直したと言われても、一体どこを見直せばいいのかが分からなかった響史は曖昧な返事を返した。
すると、今度は姫歌が口を開く。
「いい加減私にも話させてもらいますわよ?」
「え? でも、姫歌従姉ちゃんは殆ど茜姉ちゃんの話と同じなんじゃ?」
「私だってそれなりの防衛対策を考えていたんですのよ?」
やけに自慢げに胸を張り、腕を組んで鼻を鳴らす姫歌。そのまま語り始めてしまった。
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茜と燈が護身術の稽古に励んでいた頃、姫歌はその二人の様子を陰ながら見ていた。無論最初は自分も参加しようとした。しかし、改めて考えてみれば、激しい運動は自分には似合わないと考えたのだ。あまり運動をしたがらない姫歌は、どうにか楽な方法で己を守る手段はないかと考え、同じ女であるメイド長の打節――ではなく、秘書のことりんこと、弦鐘箏鈴に話を持ちかけた。
「え? 己を守る術ですか? そうですね……う~ん――あっ、ちょっと引っ張らないでください、奈緒様ぁ~」
髪を引っ張られて、箏鈴がヒヤヒヤした様子で言う。その態度に、姫歌はムッとして言った。
「ちょっと聴いているんですの、弦鐘?」
「き、聴いてます、聴いてますよ~!」
姫歌が少しご立腹なので、箏鈴が慌てた様子で答える。そもそも、現在箏鈴は忙しい状態にあった。というのも、箏鈴は現在絶賛奈緒の遊び相手の真っ最中なのだ。結果、まともに姫歌の相手をしていられなかった。二人同時に相手をするというのは、なかなか難しいのだ。
「はぁ……何かないものかしら?」
う~んと唸りながら顎に手をやる姫歌。すると、ゴトッと物音がして何かが足元に転がってきた。
「ん、何ですのこれは?」
そう言って足元の物体を拾い上げる姫歌。
「ああっ、姫歌お嬢様……それは危険ですから、あまり下手に触らないでください!」
あわあわと慌てた様子で箏鈴が悲鳴をあげる。
「こちらは何ですの?」
「それは、催涙銃です」
「さいるい……銃?」
姫歌が知っている知識は、催涙スプレーだった。しかし、これは銃の形をしており、スプレー缶の形ではない。
「なぜこれをあなたが持っているのか、お聞かせ願えませんこと?」
別に問い詰めようとしているわけではない。ただ、この言い方が箏鈴にそう聞こえさせたのか、顔面蒼白で箏鈴が説明しだした。
何でも、最近物騒になっているとのことで、出掛けたりする際に身を守るため携帯しているとのこと。
「へぇ、なかなかカッコイイデザインですわね」
なるほど、護身術という手もあるが、こういう道具を使う方法もあった。ただし、こういう便利道具は敵に取られると厄介だ。特にスタンガン。これは下手をすると相手を感電死させかねない。その点催涙スプレーならば使い方を誤らない限り安全だし、こういうタイプならある程度の間合いから撃てるから、奪われる確率もグッと減る。
「これ、さいるい弾が入っているんですの?」
「いいえ、拳銃の形をしているだけで、所謂水鉄砲みたいな感じ……ですかね? 霧吹きみたいなタイプと水鉄砲タイプとお風呂の洗剤とかに使用する泡タイプの三種類があって、マガジン部分を取り換えて、銃口近くにある部分を捻って変えられるんです」
催涙銃の説明を受けて、ますます姫歌は興味を抱いた。
「あら、面白そうですわね」
本来の目的は己の護身ためなのに、いつの間にか姫歌の興味がそれを忘れさせていた。
「姫歌お嬢様が欲しいのなら、あげますよ?」
「え? よろしいんですの?」
少し目を輝かせながら姫歌が問う。あまりにも顔をズイッと近づけられたので、それに合わせるように箏鈴は体を後ろに反らせた。
「え、ええ……後一丁ありますから」
「後一丁? どういうことですの?」
これほどまでに便利な代物が、まさかもう一つあるとは思わなかった姫歌は、驚愕して首を傾げる。
「ああ、ええと……実はこれ、二つで一つなんです」
「二つで一つ?」
「はい、二丁拳銃で、結構格好良かったんですよ?」
そう言って腰に手をかけて何かを探る。そうして取り出したのは、姫歌が持つ物とよく似た拳銃だった。
「少し貸していただけますか?」
「え、ど、どうぞですわ」
箏鈴に手を差し出され、促されるように姫歌は手渡した。受け取った箏鈴は、それを手慣れた手つきで構える。胸の前で手を交差させ、キラーンという効果が付きそうな雰囲気を醸し出してポーズを取る。
「どうですか、お嬢様! 私、カッコいいですか!?」
「え? そ、そーですわね……」
はっきり言ってそうでもない。しかし、やけにキラキラした目で感想を求めてくるので、プラスのコメントを言ってやらないと可哀想な気がしたのだ。
「ホントですか!? やった~! ありがとうございます、お嬢様! 実はこれ、他の人にも感想頂いたんですけど、皆さん似合ってないとかダサいとか、カッコわるいとか、失礼な事ばっかり言うんですよ。あんまりだと思いませんか?」
「確かに、あんまりですわね……」
「ですよね? 何で分かんないんでしょうかね、この銃のカッコ良さが!」
弦鐘、恐らくみなさんが言っているのは、銃のデザインについてではなく、あなたのポーズについてだと思いますわよ? とは、さすがに言わない。そんな事を口走れば、ショックのあまり箏鈴が倒れかねない。それだけは阻止したかった姫歌は、なんとかこの場を上手く取り繕っていた。
「あっ、お嬢様これ欲しいんでしたよね? さぁ、どうぞ!」
そう言って喜び勇んだ箏鈴は、ルンルン気分で姫歌に催涙銃の片割れを手渡した。両手でそれを受け取った姫歌は、内心喜んでいた。しかし、出来ればこれを使うような場面が来てほしいとは思わなかった。何せ、これを使う時は自分の身に危険が及んだ時なのだから。
「お嬢様、さぁ……私と一緒に催涙銃の練習をしましょう!」
「え、ええ……やりますわよ!」
こうして姫歌は、箏鈴と一緒に催涙銃の訓練を始めた。
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「なるほど、そう言えば昔そんな銃持ってたなぁ。でも、今持ってるのか?」
響史の質問だ。
「え!? い、いやぁ……えと、あの銃はですね……持っていますわよ? ただ、あまり使用するのは遠慮したいといいますか、持っておくのは危険といいますか……と、とにかく! 次は奈緒の番ですわよね?」
「うん!」
姫歌に話を振られて元気よく頷く奈緒。しかし、ここで響史は疑問に思った。
「そういえば、五年前の事の発端には奈緒関わってないのか?」
「うん、その時はねぇ~」
そう言って奈緒の語りが始まった。
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当時五才の奈緒は、毎日毎日秘書の箏鈴やメイド長の邦恵と遊ぶ生活を過ごしていた。何気ない平和な日常。それが奈緒の全てだった。だがしかし、それを壊される事件が起こった。それが五年前の事の発端。それより以前は、従姉妹である茜や姫歌や燈と楽しく遊んでいたのだが、最近ではそれがすっかり減ってしまっていた。原因は、謎の二人組だった。突如現れた二名は、好き放題に奈緒の周囲の人間の環境を変化させた。それがどうしても腹立たしかった奈緒は、最近ぶー垂れて不貞腐れた顔でいる事が多かった。頬を膨らませ、いかにも不満ですよとアピールしていた。
そんな彼女は、ある日従兄の響史と公園で遊んでいた。
「おにーちゃん、今度はあれであそぼ!」
そう言って奈緒が指さすのは、ジャングルジムだ。正方形のブロックをいくつも積んだような形をしているこれで、奈緒は遊びたいというのだ。
しょうがないなと言わんばかりに、響史もそれに参加した。奈緒がどんどん頂上に上って行き、響史がその後を追う形になる。
「うわぁ、ツンツンかいじんが来るぅ~きゃ~!」
ツンツンかいじんというのは、響史の事だ。どうやら奈緒は、ジャングルジムを利用したごっこ遊びをしているのだと推測した響史は、役になり切って両手を頭より上に掲げた。
「うがぁー! ツンツン怪人だぞー! お前をツンツンしてやるぅ!」
そう言って怪人のマネをしながら奈緒のいる頂上まで登っていく。と、そこで響史は気づいた。
「あれ? おい、奈緒……何で逃げないんだ? 捕まったらツンツンされるよ?」
「た、助けておにーちゃん! 降りれないよー!」
上がったはいいが、どうやら自分で降りる事まで考えていなかった様子の奈緒は、眼を潤ませて響史に助けを請うた。
「はぁ……何やってるんだよ、まったく」
頭を掻いて呆れ返った響史は、片手を伸ばして奈緒に手を差し出した。
「ほら、つかまれ奈緒」
「ぐす……うん」
少々愚図り気味だった奈緒は、響史の言葉にコクリ頷いて小さな手を伸ばした。そして、響史の差し出す手の上に手を置いた。
「よし、捕まえた!」
そう言って手を握ったまま、響史はジャングルジムのてっぺんに立って、奈緒の小さな体を大根を引き抜く様に引っ張り上げた。そして、頭より上付近まで奈緒の体を掲げる。
「よぅし、ツンツンかいじんからシルバー仮面が助けに来たよ!」
高い高いみたいな形になるが、奈緒は気にしていない様で、逆に響史に助けてもらえた事に嬉しそうにほほ笑んでいた。
「ったく、昇っても降りれないならダメじゃないか」
「えへへ、ごめんなさーい♪」
小さな子供らしく無邪気に笑って謝った奈緒は、そのままテテテと両手を肩の位置まであげて飛行機のマネをしながらクネクネ走り回った。その仕草に、響史は仕方ないなと思いつつも癒しを感じていたのだった。
だが、そんな癒しの時間もここで崩壊してしまう。
「おにーちゃん、やっほーい!」
ただただ楽しそうにクルクル回転する奈緒は、周囲を見ていなかった。急にターンして方向転換すると、両手を広げた状態でこちらに眩しいくらいの笑顔を見せる。
その時奈緒は、自分の背後に迫る一人の男に気付かなかった。無論、響史からは見えていた。しかし、声をかけた時には遅かった。
「おい、な――」
ドンッ!
「きゃ!」
奈緒は、背後にいた男にぶつかった。そして、反動で、前のめりに倒れる。そして、顔だけを背後の男に向けた。
そこに立っていたのは、いかにもガラの悪そうなサングラスをかけた男だった。金色のピアスをしており、口には形が崩れたタバコを咥えている。
その男は、足元にいる奈緒を顔を動かさずに目だけで見た。眉根を寄せて顎をしゃくれさせる。
「痛いなァ……どこ見て歩いとんねん、おのれェ。今ワイは虫の居所が悪いねん……そないなトコ、立っとんなやァッ!!」
そう言って男は、両手をポケットに突っこんだまま奈緒に向かって怒声を浴びせた。
「きゃああああ!?」
あまりにもの大音量と怒声に、奈緒は震え上がってしまっていた。両手で耳を塞ぎ、足を抱え込んで体を極限に丸める。
「……ッチィ! これもそれも、全部あんの小娘共が調子乗った事しくさかったからやァ! あァ~胸糞悪ィ……」
うなじを掻きむしり、心底面倒そうに男が言う。と、その時、不意に怯える奈緒と男の視線が重なる。
「あァ? おのれ、何こっち見とんや、あァん!? いてこますぞ、ゴルァアアアア!!!」
そう言ってポケットから片手を出して、奈緒の後ろ側の襟首を掴んだ。
「あっ、奈緒! や、やめろ!!」
「今度は何やァ! 心底メンドイやつらやなァ……これやからガキは嫌いやねん!」
響史が止めに入ったためか、男がさらに面倒そうな声をあげる。あまり相手を刺激しすぎると、奈緒が危ない気がした響史は動くに動けなかった。
「何やおのれ……このガキの連れかァ? せやったらちゃんと面倒見ィや、ボケェ!! どんな教育しとんのや、親の顔が見てみたいわ!」
奈緒を助けに来た響史を見た男は、響史の顔をマジマジと観ると、奈緒の恐怖に染まった表情を見た。
「なかなかエエ顔しとんなァ、おのれ……。そそるわァ」
「な、奈緒に手を出すなっ!!」
「あァん? おのれ、ワイに命令しとんのか? ふざけんのも大概にせェよ!? ぶつかって来たんはそっちや!! まずは謝んのが礼儀とちゃうんか、エエ!?」
「ご……ごめんなさい」
男に指摘されて、慌てて響史はペコリと深く謝罪した。
「アカン、おのれやのうて、ワイはぶつかって来おったこの嬢ちゃんから聞かなアカンねん。おら、とっとと言えや! それともアレかァ、喋る口付いとらんのか?」
そう言って男は、自身の顔面を奈緒の顔に肉薄させる。サングラスを片手で下に下げ、その双眸を見せた。真っ黒な漆黒に染められた目は、とても不気味で吸い込まれそうな感覚を感じさせる。
奈緒は、あまりにもの恐怖で尿意を催した。
「や、やぁ……おにーちゃ、ん……と、といれぇ……し、っこ……おしっこ~!」
「な!? す、すみません! 奈緒を放してください、トイレに行かせてやってください!」
響史は、奈緒のトイレ宣言を耳にして慌てだした。急がなければ奈緒が漏らしてしまう。かといって我慢させすぎると膀胱炎になってしまう可能性がある。
「せやから謝れ言うとんや!」
そうだった。恐らくこの男は、奈緒が謝らなければ絶対に放さないだろう。こうなってくると、どうにかして奈緒に謝らせるしかない。
「奈緒、謝れ、謝るんだ!」
「うぅ、お、おといれぇ……も、もれちゃうぅ~」
「奈緒っ! 急いで謝るんだ!!」
「ごめ、ごめ――なざい! ごめんなさい、ごめんなさい!」
嗚咽を洩らしながら奈緒が必死に謝る。目からは、既に別の物が流れていた。
「謝ったでしょ、もう放してやってくれよ!」
「ケッ、ションベン臭いガキが! とっとと去ねや!」
響史に言われ、男は盛大に舌打ちして奈緒を乱暴に放った。
「きゃっ! いたい、いたいよぉ、おにーちゃ~んっ!!」
強かに尻餅をついた奈緒は、大粒の涙を零しながら響史にしがみついて泣きだした。
その様子を最後までイライラしながら見ていた男は、下げていたサングラスを上にあげると、唾を口からペッと地面に吐き捨て、去って行った。その時、響史は男の去り際の言葉を聞き逃さなかった。
「絶対に許さへん……あんの小娘共。そして、それに手ェ貸した……神童響史っちゅー男は!」
どうやら男は気づいていないらしい。目の前にいるツンツン頭の銀髪少年が、その神童響史当人である事に。
響史は、運よく相手が気付いていない事に安堵し、奈緒を急いで公園内の女子トイレへ連れて行った。
というわけで、二部目です。姫歌の語りがちょっと短かったので、奈緒の分が少し入っちゃいました。燈と茜が鍵之助の紹介による権蔵に教わり、姫歌は、箏鈴に己を守る術を教えてもらっています。
奈緒の語りの方で、逮捕された兄の復讐の念に駆られる弟は、標的を響史に定めたようです。そして、ちょっとぶつかっただけで五才の奈緒に手をあげる鬼畜さ。ゲス野郎ですね。また、ここでようやく小さい頃の響史が登場です。
三部に続きます。




