第五十七話「東西南北・過去(前編)」・4
「しゃ~ないやろ? 嬢ちゃん達の情報がなかなか手に入らんかってん。せやからどんどん鬱憤溜まってもうてな? 探しとる内に、目撃してなぁ。通っとる学校を調べ上げてそこの友好関係を調べて、ようやく見つけたんが――」
「私達の、親友」
恐る恐るという風に、男の言葉を遮って茜が答えると、男は真顔でこちらを一瞥した後、不気味に口の端を釣り上げた。
「ピ~ンポ~ン♪ 正解や……茜はん。飴でもやったろか? まぁ、くっそマズイ味やけどなぁ……ヒッハハハハハハハ!!」
どこまでも響き渡る男の哄笑は、悔しさと怒り……そして、情けなさを三人に与えた。
「まぁ、安心せぇ。体の方には手ぇ出してへんさかい……。あ、せやけど見る分には堪忍やで? まだまだ未成熟とはいえ、収穫時なんは間違いあらへんからなぁ。ほんの数千枚ほど、仲間に売っ払ったったわ。ええ顔しとったでぇ、あん時の小娘共の泣き顔と来たら……プッ、アカン……思い出したら笑ってまうわ! ヒッハハハハハハ!!!」
「どこまで……どこまでグズなんですか、あなたは!!」
「ハハハハ――は? ……嬢ちゃん、今なんて言うた? おじさんの聞き間違いやろか、なんやグズぅ聞こえたんやけど?」
「ええ、言いましたとも! グズグズ!! か弱い女の子に手をあげるだなんて、大人としてさいてーの行為ですわっ!!」
茜に続いて姫歌も声を張り上げる。ここまで来たらビクビクしてなどいられない。
「……っくぅ、おのれらぁ~……あんま調子乗んのも大概にせぇよ? ワイは寛大やから今は抑えとるけどなぁ、これ以上侮辱すんやったらこっちにも考えがあるでぇ?」
「やれるものならやってみなさい、私達は負けません!!」
「チッ、言うたなぁ? アカン、堪忍袋の緒が切れたわ……人が下手に出てりゃぁ調子に乗りくさりおってからにぃ……アッタマきたわッ!! 覚悟せぇやこんのクソアマ共がぁああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
熊の様にガタイのいい男は、グラサンを胸ポケットにしまうと、拳を握って三人に向かって襲い掛かってきた。
「くっ!!」
慌てて逃げようとするが、そこへ少し席を外していたもう一人のグラサン男が姿を現す。
「あ、兄貴ィ!? なんやこれ……どないなっとんねん」
「ええから手伝えッ!! この調子に乗った餓鬼共……ちとばかり痛めつけたらなアカンみたいやッ!!」
そう言うと、一番体の小さな燈に肉薄する。
「きゃっ!!」
燈は畏怖して腰を抜かし、その場にペタリと座り込んでしまう。
「あ、燈っ!!」
「燈さん、逃げてくださいっ!!」
姫歌と茜の二人がそう言うが、腰が抜けて動けない燈は身動きが取りにくい。何よりも、両手が塞がってしまっているのが大きい。これでは顔の防御も出来ない。
「ヒッハハハ……年貢の納め時やでぇ、西城燈はん?」
下劣な笑みを浮かべて確実に歩を進めたスキンヘッド男は、ボキボキと指の関節を鳴らして飛びかかる。
「いやっ、放して放してぇ!!」
「ハッ、放せ言うて放すアホなんておらへんわッ!! 堪忍して大人しくせぇ!!」
耳元で叫ばれ、燈の頭がぐわんぐわん揺れる。
「後二人や……」
そう言うと、瞬時に標的二名を視界に捉える。
「見つけたでぇ……おい、おのれはあっちから周れ!」
「了解や!!」
兄貴の言葉に、グラサン男は首肯して動き出す。
「くっ、挟まれましたわよ茜さん!?」
「仕方ありません……」
当時の茜には、即座にポンポン思いつく策はなかった。よって、万策尽きた二人は――。
「ヒッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 所詮ワイから逃れられるわけあらへんのや! 分かったら諦めて言う事聞け!!」
威圧的な視線を向ける。三人は完全に従うしかなかった。全員が俯いてこれからどうなるのかと恐怖する。
「おい、説明したれ」
「……おのれら、家に帰りたいか?」
突然何の質問だろう? そんな事当たり前ではないかと、当時の三人は思った。なので、その問いに対して三人は閉口したままコクリ頷いた。
「ほうか……せやったらええコト教えたるわ。ええか? これからずっと、ワイらの指示する所に金を持ってくるんや。そしたら解放したってもええ」
なかなかに美味しい条件ではあった。だが、そう簡単には行くまいと二人は考えた。
「怪しんどるなァ……まぁ無理ないわ。せやけど、払わんかったらずっとこのまんまやでェ? ええんか? このままやったら夜になってまう……そうなるとや、まずお嬢ちゃん達は眠くなるやろ? 人間誰しも睡魔には勝てへんからなァ。仮に寝てみぃ、起きた時体がどないな事なっとるかァ、保証出来ひんでェ?」
ニヤニヤと脅すようにサングラスの男が言う。
「うっ!!」
茜はその事を想像して思わず身震いし、胸を庇うような動作をする。姫歌も嫌悪感を露わにした表情を浮かべていた。ただ一人、燈だけが意味が分からずきょとんとしている。
「わ~ったらどうすればええんか、分かるよなァ?」
まるでそう言えと命令しているかのように、男が視線を向ける。チラリと熊のような男の方を一瞥すれば、彼もその言葉を口にするのを今か今かと待ち構えている様子だった。
「茜さん……如何致しますの?」
「……」
「茜さんっ!!」
なかなか決断してくれない茜に、業を煮やした姫歌が語気を強める。すると、茜が眉を吊り上げて言った。
「……止むを得ません。あなた方の要求を、飲みます」
「キヒッ、その言葉ァ……よう言うたでェ。嬢ちゃん、きっと将来ええ女になるわァ」
「皮肉として受け取っておきます」
褒められたはずなのに素直に喜べない茜は、相手への敵意は絶やさずに一言そう口にする。
「あぁ、大事なコト言うの忘れとったわァ。ええか、分かっとる思うけど……この事を誰かに他言してみぃ、嬢ちゃん達のダチ……どうなるか分からへんよォ?」
三人を近寄らせて、その耳元で悪魔の囁きをした男。その最大の脅しに、三人は絶句して目を見開くと、それ以上は何も言えなかった。
「キッヒヒヒ、ええでええでェ……その表情、堪らなくそそるわァ」
「おい、あんまり時間伸ばすなや。早いトコ説明せぇ」
「なんや、分かっとるがな……」
兄に急かされ、少し不満顔になる男。それから彼は、携帯を操作し出した。
数分後、ピロリン♪ と音を立てて三人の携帯が各自反応する。だが、ロープで拘束されており取れない。
「世話んかかるやっちゃ」
自分達でしておいて、全く持って身勝手な物だと三人は思った。しかし、口に出せばまた何をされるか分からないので、内心で愚痴る事にする。
「ほれ、これ見ぃや」
言われるがままに携帯画面を見れば、そこには一件のメールが新着で来ていた。親友からの連絡とは考えにくい。何よりも、あの状態なのだ。自分達にメールなんぞ送ってくるわけがない。
だとすれば、一体誰だろうかと思っていると、サングラスの男がボタンを押す。
『――っ!?』
三人は驚愕の表情を浮かべ、ゆっくり口を開いた。
「これって、あなたからの……メール?」
「せや……これが所謂通信手段や。これで指示するさかい、指定された場所に金置けェ。一度でも滞納する事があればァ……言わんでも分かるよなァ? なにせ、嬢ちゃん達は賢い頭を持ってんねやからなァ?」
明らかに馬鹿にしている。しかし、大変な事になった。一度でも滞納すれば友達の命が危ない。これ以上大切な親友に迷惑はかけられない。最終防衛線で防ぎたかった。
「もう一回言うとくでェ? 他言は無用や……言うたら終わりや思うとけよォ?」
「はい、分かりました……」
三人を代表して、茜がゆっくり首肯した。その意志を感じ取ると、熊のような男が顎をしゃくって弟に指示を出す。
「相変わらず兄貴は人遣い荒いわァ……」
軽く嘆息し、それからサングラス男は三人に目隠しを施した。
「バンで送るさかい、乗れや!」
そう言ってバンの扉を開けると、半ば強引に三人を詰め込んだ。もたついているのがじれったいのか、途中お尻に触れて押し込まれたが、文句を言おうにもそんな立場ではなかったので躊躇し、最終的には諦めた。
最初は送ってくれるなんて優しいなんて事を考えもしたが、よくよく考えればアジトの場所が割れないためには、当然の処置だと思った。
荒い運転で揺られる事数分……。
茜、姫歌、燈の三人は誘拐された場所に乱暴に降ろされた。
「ええか、おのれらの大事なモンがかかっとるんや、下手な考えは起こさん事やなァ、キッヒヒヒヒヒヒヒッ!!!」
最後に不気味な笑い声を残し、サングラスの男の姿がバンの扉に遮られた。漆黒に染められた四角い箱は、ブロロロロ! と黒煙を吐き、三人からあっという間に距離を取って最終的には見えなくなった。
だが、これが終わりではない。寧ろ、始まりなのだ。
これから三人にはとてつもない試練と地獄が始まる。誰にも言えない絶対的な秘密、守らなければ殺されるかもしれない友人の命が懸り、三人の心は完全にすり減っていた。下手な衝撃を与えれば瓦解しそうな状態とでも言おうか。
ズキリと痛む良心。確かに家は裕福だ。なにぶん両親が忙しいため、毎日祖父の家に住んで遊び相手になっているものの、彼に迷惑をかけたくはなかった。
しかし、彼からお金をもらわない事には課題を達成できないのも確かだった。
グルグル回る思考回路。全てが丸く収まるいい考えが思い浮かばず、茜は唸り続けて頭を抱え込む。
「茜さん……」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
「おねーちゃんは何も悪くないよ。悪いのは全部あの人達なんだから」
茜の背中を優しく撫で、明るく微笑みを向けてくれる燈。そんな彼女に、茜は目尻に浮かんでいた涙の滴を人差し指で拭いながら言った。
「ありがとう、燈さん。あなたのおかげで元気が出ました。そうですね、このような所でグズっていたって何の解決にもなりませんもの」
だんだんと元気が湧いてきたのか、それにつられるようにその場にゆっくりと立ち上がる茜。そして、完全にその場に立ち上がると、何かを決意したかのように握り拳を作る。その表情は何時に無く真剣で、何者にも負けないという正義を貫く姫騎士の様だった。
「人は誰しも過ちを犯す者。そして、誰にでも失敗はあるものです。そこを突きましょう、それまで……耐えて耐えて耐え抜くんです。決して負けない、あのような方達には絶対に負けてはいけませんっ!!」
いつも柔和な笑顔を浮かべていた茜の表情は、凄くキリッとしていて勇者然としていた。
「あら、私も負けてはいられませんわ! 協力出来る事があれば、何なりとお申し付けくださいですの! あの方々に舐められたままでは癪ですわ、必ず見返してギャフンと言わせてやりますわよ!!」
一つ年上の茜に負けてはいられないと言わんばかりに、姫歌が金色のウェーブがかった髪の毛を人為的になびかせ、偉そうな表情を浮かべて人差し指を天高く掲げる。
「私も、何が出来るか……まだ分からないけど、頑張ってみる!」
胸元で握り拳を握り、口をへの字にして気合を込める小学五年生の燈。
三人は、ひとまず帰宅して作戦を立てる事にした。
これからの行動と、出された指示にどう対応するかについて。また、親友の様子の確認もこれまで以上に力を入れた。相手は悪い奴だ、何がきっかけで行動に出るか分からない。いざという時のために、三人を監視しているのだ。
そうしている内に、一つ目の指示が入った。
七月二十一日……これが、最初の金を払う日にちだった。時間指定はされていない。ただ、場所の指定はあった。場所はとある廃ビル。一緒に添付された簡易地図を頼りに、三人は指定額を準備して運んだ。
傍から見ると何かのミッションみたいだが、これは遊びでも何でもない。実施訓練でもない。現実に起こっている事なのだ。
犯罪に手を染めたわけでもないのに、何故か異常に心拍数があがるこの行動に、三人はとにかく良心が痛むのを感じていた。
それから何か月も過ぎて行き、季節は巡る。
徐々に三人は苦しくなってきた。というのも、金を得る方法がなくなってきたのだ。最初はお年玉やお小遣いなど、いろんな物でやりくりした。幸い、子供が運ぶのには無理があるという額は求めて来なかったので、今までなんとか成功していた。
しかし、順調すぎるのが向こうも面白くないのだろう、少し無理難題な額になってきた。
そうなりだしたのは、十一月中旬。この頃季節は秋で、季節の変わり目とも言っていい。そして、そんな時期に限って適応能力の低い人はかかる事がある。そう、風邪だ。
高熱を出したのは、姫歌だった。しかも、そういう時に限って指示は来るわけで、茜は悩んだ。
姫歌の世話は箏鈴がしているから問題ない。ここは、燈と行くべきだろうと。
「はぁ、はぁ……茜、さん。っく……申し訳、ございません……わ。わ、たくし……と、した事が……はぁ、風邪を……ひく、だなんて……」
「仕方ないです、ここ最近忙しかったのですから、無理ないですよ。心配ありません、燈さんと行ってきますので、姫歌さんは眠っていてください」
いつものように柔和な笑みを浮かべる茜。それを見た姫歌は、安心したのか、顔が赤いものの、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「これで心配いりませんね。さぁ、参りましょうか燈さん」
「うん、おねーちゃん」
そうして二人のみで指示された場所へと赴く。
と、その時、突如メールが来た。いつもなら指示後にメールが来ることはない。もしかしたら知り合いかもしれないが、着メロを指定してあるので間違いない。
確認してみると、そこにはこう書かれていた。
『これから一時間半までに金を指示された場所へ置け。出来ひんかったら……』
文章はそこで終わっていた。ふざけている……今まで時間指定などなかった。しかも、今回の指示場所は少し遠い、住宅街の方を通れば問題はないかもしれないが。
しかし、問題はそこで起きた。
近道となる住宅街を通ると、運命のイタズラ――もとい、イジメか、道路工事を行っていて進入禁止になっていたのだ。
「こんな事……」
「ひどいよ」
茜と燈は途方に暮れてその場に頽れそうになるが、ギリギリ耐えた。家では姫歌が自分達の帰りを待っているのだ。ここで負けるわけにはいかない。
そう自分自身を鼓舞すると、二人は再び駆け出した。
この日もなんとか指示をクリアした。後一分もなかったことには正直焦ったが、セーフと判断された。
その後も幾度と多少のルール変更があったものの、クリアしていった。
だが、いい加減にしてほしいくらい三人の疲弊っぷりは尋常ではなかった。指示をクリアして家に帰りつくと、大抵疲れ切ってしまうために眠ってしまうのだ。
時には授業中に居眠りしてしまうという、失態を晒す事もあった。
そんな苦しい日々が続き、新年を迎える。
今年は、従姉の唯が入試を控えていた。所謂受験生というやつだ。
そして、二人組の悪魔の魔手は三人に爪を立てるだけでは飽き足らず、さらに深くまで抉り込み、被害者を増やそうと企て始めた。
このままではいずれ、従姉弟の唯や響史や亮祐、果てには奈緒にまで被害が及ぶ可能性があると考えた三人は、もう臨界点を突破していた。
これ以上は耐え切れない、誰かに自分達の身に降りかかっている悪魔の息吹を伝えて楽になりたいと思う程だった。
そして、その思いに一番憑りつかれていたのは、実年齢的にも精神的にもまだ幼い燈だった。
燈は、一番身近で異性の相手である従兄の響史と、遊ぶ約束をしていた。
今から四年前の一月二十一日。天気は生憎の雨。外で遊ぶことが出来ないということで、響史と燈は一緒に響史の住む家で遊んでいた。
そうしてから二時間が経過した頃だろうか……燈が遊んでいた手を急遽止める。
その謎の行動を訝しんだ響史は、疑問に思って燈に質問を投げかけた。
「どうかしたの、燈? そんなに暗い顔して……楽しくない?」
「う、ううん、そんなことないよ? お兄ちゃんと遊ぶの、すごく楽しいよ」
響史が少し残念そうな顔をするので、燈は慌てて正直な気持ちを吐露する。そして、それと同時に、小さな体に抱えきれない秘密を背負っていた燈の純粋無垢な心は、次なる響史の一言で瓦解した。
「何か困ってることがあるんだったら、相談に乗るぞ? まぁ、何が出来るかは……分からないけど」
言って欲しかった一言を、まさに大好きな従兄に言ってもらえた。それだけで燈は救われた気分だった。
そして、ついに耐え切れなくなった涙腺と言う名ののダムが決壊し、幼い少女の双眸からブワッと大粒の涙が溢れだした。
「うわぁああああああん、お兄ちゃぁあああああああああん!!! 助けてぇ、もうやだ、こんなビクビクしてるの、やだよぉぉぉっ!!!」
「ど、どうしたんだよ急に?」
突如大泣きし出す燈に、あわあわと響史は慌てふためく。
それから響史は知り、巻き込まれる事になる。燈から聞いた恐ろしい事件の始まりと、これから起こるであろう、陰謀渦巻く二人組の悪魔によって……。
というわけで、四部です。誘拐されてしまった三人ですが、お金を払うということで解放。その後、ずっとお金を払い続ける事に。そして、耐え切れなかった燈がついに響史にその事を告げる……というところで今回は終わりです。続きは五十八話の後編に続きます。
てなわけで次回予告、燈から事件の事を聞いた響史が行動を起こします。二人組の男が暴走します。奈緒はもう少し後で絡んでくることになるかと。
次回更新は、今月中に出来たら、やります。それではまた次回。




