第五十五話「目醒めの時」・4
変わらぬ後書きの多さ。
「じゃあ、今のは一体何だったんだ?」
と、ますます先刻足で踏んでしまったものが何なのかを追究する響祐。
「もしかすると、人形か何かじゃないの? この部屋、随分散らかっているようだし……。響史、さぞかし体育祭の前日はどんちゃん騒ぎしていたみたいね?」
「あ、あははは……。ごめん、ちょっと体育祭が楽しみでさ! そのせいで興奮が抑えられなかったのかも……」
頭をかきながら作り笑顔で母親の言葉に応答する。
そんな響史は、内心こんなことを考えていた。
――この散らかり様……余程魔界の少女が好き勝手やってくれたみたいだな。ったく、人がこの七日間寝てたかと思えば……。これは一件落着したらお説教だな。
と、内心でそんなことを思いつつ、嘆息混じりに一歩後退する響史。
刹那――。
むにゅぅん。
「あぅ……」
「にゅおぅわぁあああ!?」
「ど、どうした響史!!」
「あ、ご、ごめん! ち、ちょっとコケそうになって驚いちゃってさ!」
響祐が、息子の悲鳴染みた大声に過剰なリアクションを取るので、慌てて言い訳を口にする響史。
「そうか、気をつけろよ?」
「あ、うん」
と、どうにかやりすごす事に成功するが、響史はどうにも気になる事があった。
そう、先程の背中に感じた柔かい感触と声。あの感触は、嫌でもわかるし、声も聴き覚えがある。
だが、確認を取らなければ分からない。何しろ、現在響史が視線を向けている場所には人などおらず、壁しかないのだから。
ゴクリと息を呑み、恐る恐る手を伸ばす。すると、壁に手が触れる前に背中に感じた感触を感じ取る。
同時、小さな悲鳴が聞こえた。
「ひゃぅ」
また、その直後に誰かに突き飛ばされた。
「ぐわっ!! な、何すんだ!!」
思わず声を張り上げるが、目の前には誰もいない。しかし、確かに誰かに突き飛ばされた感覚を感じたのだ。
だが、同時に響史は確信した。もしも仮に先程触れた感触がとある人物の物だとすれば、今の突き飛ばされた原因も分かるのだ。
「響史、大丈夫か?」
両親はどうやら庭に出ているようで、響史の声に気付かなかったのだろう。だが、すぐ側にいた姉の唯は一部始終を見ていたので即座に駆け付けてくれた。
「わ、悪い姉ちゃん」
響史は床に片手をつき、もう片方の手で姉の手を掴んでその場に立ちあがった。
「姉ちゃん、悪いけどここは俺に任せて父さんと母さんを見張っててくれないか?」
「……分かった。一人で大丈夫か?」
弟の頼みに唯は首肯したが、それでもまだ心配な所があるようで一応の確認を取る。すると響史は、携帯電話を開いた。
「電池は切れたけど、ルナーに事の顛末は説明しておいた。だから、多分ルナーの力で皆隠れていると思うんだ。だから、さっき父さんが踏んだのも誰かの体の一部かもしれない」
「マジかよ。だとしたら、早く父さんや母さんをここから遠ざけないとマズイんじゃないか?」
響史の説明を受けて、唯が庭の方へ視線を向ける。
「だけど、あくまで自然じゃないといけない。それと、姉ちゃん……」
と、そこで響史が何か真剣な話題を始めようとする。その顔つきにつられて唯も思わず息を呑む。
「何だ?」
「……実は、もう殆ど思い出しかけてるんだ。四年前のあの事件の事……」
その驚くべき発言に、唯は驚愕のあまり卒倒しかけた。
「ホントなのか!?」
思わず疑ってしまうが、響史の頷きに言葉を失う。
「体育祭の日、二度目の敗北を味わって重なったんだ……何もかもが。それで当惑した俺は、この曖昧な記憶が真実なのか、本当の事なのかを確認しに姉ちゃんの所に行ったんだ。でも、ちょっと限界だったみたいでさ……倒れちまった。ホント、ごめん! いらない心配かけて」
体育祭終了後のあの日、響史があんな事を訊いてきた理由が知れて、唯は少し嬉しい反面、余計に全ての事を教えないといけないという使命感に圧力を感じた。
「そうか……。でも、どうしてそれを俺だけに教えんだ? 母さん達や茜達……それに、琴音ちゃんに伝えなくていいのかよ」
その言葉に、響史は今一度顔を俯かせた。その動作に思わず失言だったかと己を悔いたが、響史はこう告げる。
「やっぱ、あの事件の一番の被害者に伝えるのが一番かな……って」
「それは――」
お前だろと言おうとしたが、そこで声がかけられる。
「おーい、唯! ちょっと来てくれ!」
「あ、ああ!!」
響祐に声をかけられて、慌てた様子で唯はその場を後にした。
家の廊下に残された響史は、一人呆然と立ち尽くしたまま一呼吸置くと、声をあげた。
「痛ってぇな、よくも病み上がりの病人を突き飛ばしてくれたな……麗魅」
そう人物名を口にした途端、響史の左側から何かが肉薄した。
「あのな――」
呆れた口調で右に視線を向けると、スッと手を手前に出す。
そして――。
パシッ!
「……殺気立ち過ぎなんだよ、お前は」
そう言って響史が何かを掴んだ。すると、空間が歪んでその場に形が出来る。そして、響史が呆れた半眼の眼差しを向ける頃には、すっかりその正体が露わになっていた。
「うっく……触んないでよ大腸菌!」
「ぐはッ!! て、てめぇ……一体どっからその情報を……」
既に察してはいるのだが、敢えて目の前の少女の口から犯人名を言ってもらおうと、響史は追究する。
「ふんっ! 誰が教えてあげるもんですか! よくも、よくも私を辱めてくれたわね!?」
「ご、誤解だろ!! 第一、何でお前が辱められるんだよ!! 普通その台詞は直接被害を被った瑠璃が言うべきだろ!!」
と、本来の被害者名を響史が口にする。
「確かにお姉さまも被害者よ? でも、私はなんか……心を傷つけられたの!!」
「そればっかりは俺にも責任取れねぇよ!! 何だよいつも言いたい放題言うくせに、自分自身はメンタル弱いって!! それと、いい加減姿を見せたらどうだ瑠璃?」
響史が名前を口にすると、彼の背後にツインテールの少女が姿を現した。
「ったく、お前ら何透明になってんだよ」
「しょうがないでしょ、叔母様がこうしろって言ったのよ。それと、いつまで私の腕掴んでるつもり!?」
「あっ、おう」
と、麗魅に指摘されたところで響史は掴んでいた彼女の手首から自分の手を放した。
「瑠璃、ごめんな。まさかあんなところにいるとは思わなくてよ……」
不可抗力とはいえ、一応のためにと響史は瑠璃に謝罪する。
「ううん、いいよ別に。それよりも、どうするの響史? このままだと私達、響史の親に見つかっちゃう!」
そう言われて麗魅も声をあげる。
「そうよ、いつまでも隠れている訳にもいかないし……それに、気配を消すなんてそうそう出来っこないわよ? 私だって、あっという間に見つかっちゃったし……」
「いや、お前の場合は殺気がだな――」
「ああ?」
「何でもありません」
親切に見つかった原因を話そうとした所、麗魅がメンチを切り出したので慌てて響史が当たり障りのない言葉を口にする。
「それで、皆はどこにいるんだ?」
響史の質問だ。だが、瑠璃も麗魅も互いに視線を交わし合ってそれから響史の方に向き直ると、同時に首を傾げた。どうやら、何処にいるか知らないらしい。
「叔母さんに薬を渡されて、その後はおのおの隠れるよう言われたから、みんながどこにいるかは分からないんだ」
「マジかよ。それじゃあ、虱潰しに探さないといけないってことか……。なんか面倒な事になってきたな」
瑠璃の説明を受けて響史が顎に手をやり考え込んでいると、麗魅がこんな事を言ってきた。
「あっ、でも……叔母さんにインビジブルン渡してもらう時にインターホンが鳴ったから、多分リビングからは出てないと思うよ?」
「ホントか!? それだけでも十分捜査範囲は縮まったな――って、ちょっと待て!! 瑠璃、お前今何て?」
響史は、瑠璃の教えてくれた情報に喜ぶ反面、彼女の口にした台詞のとある部分を聞き逃さなかった。
「え? えと……リビングからは出てないと思うよ?」
「その前!」
少し声のボリュームをあげて言うと、瑠璃が顎に人差し指をあてがってう~んと唸り口を開く。
「あっ、もしかしてベジタリアン?」
「惜しい、一文字足りなかったな~……って、だから違うっつの! 誰が菜食主義者の話をしろっつったよ!! 俺が言ってるのは、そのインなんとかだよ」
「はぁ、インビジブルンね?」
瑠璃と響史のコントに呆れたのだろう。麗魅が嘆息して正解の名称を告げる。
「それだよ! 何なんだ、そのインビジブルンって」
薄々勘付いてはいるものの、その正体が気になった響史に、麗魅がかいつまんで教えてくれた。
その効果を聞いて、響史はようやく護衛役の気配を全く感じない理由が分かった。
透明になるための錠剤――インビジブルンは、気配を消す事で透明でいられるのだ。つまり、邪念に苛まれたり雑念を抱いたりすると透明化が解けてしまうのだ。
そして、ふと響史は思う。
――護衛役なんだから、ある程度の気配を隠す事が出来ることは理解できるが、あの常に頭がピンク色で染まってそうな露さんまでもが気配を完全に消し去るって、あり得るか?
ちょっとどころか、大変失礼なのは百も承知でそんなことを思う響史。
そして、更に彼は先刻の響祐の言葉を思い出す。
“何か踏んだ”……。もしかすると、それは護衛役もしくはルナーの誰かということなのでは? と。
――いやしかし、踏んだというあの言い方から察するに、足とか手とかの話じゃなさそうだ。第一、さすがにそれだとバレる可能性が大いにあり得る。だが、それがないとすると……。
すると、瑠璃が響史の服の裾を引っ張って呼んだ。
「ん? どうした?」
「あのね、私見たんだよ。多分、響史のパパさんが踏んだのは……霊の尻尾だと思う」
瑠璃の推測に、響史はいろいろツッコミたい部分があったが、まずは優先すべき部分から追究する。
「霊?」
「うん……。じつは、霊はあのテーブルの近くにいたんだ」
そう言って瑠璃が指さす方を見ると、確かに先程響祐が歩いていた付近とテーブルの位置がピシャリと一致する。
「でも、そうだと断定は出来ないだろ?」
「いや、そうとも言い切れないのよね」
響史が瑠璃の仮設を否定すると、今度は麗魅が気になる事を言い出す。
「どういう事だ?」
「……霊、結構あのテーブル気に入ってるみたいなのよね。大抵の定位置があの場所だし……それに、よくあの場所で寝てるのよ。突っ伏すみたいにね……。いつもだらしないからやめなさいって注意を受けてるんだけど」
その麗魅の報告に、響史は腕組みして訊く。
「誰に注意を受けてるんだ?」
「ああ、霖よ」
「なるほど」
納得の行く人物名に、響史は首肯する。
「それで、霊があそこにいる事は解ったけど、それでもまだ残り凄くいるぞ? それを全員探す事なんて出来るのか?」
「何を弱気になってるのよ! 第一、あんただってリビング内ならすぐに見つけられるとか言ってたじゃない!」
「まぁ、そうだけどよ……」
現在の時刻は十時半。昼までまだまだ時間はあるが、このまま行くとさすがの護衛役と言えども空腹に腹の音が鳴ってしまう事だろう。そうなると、必然的にインビジブルンの効果が消えてしまう。
それは最悪の未来に繋がるので、何としてでも回避しなければならない。最悪の結末を迎えないためにはどうすればいいか、何とか両親に見つからないように護衛役メンバーの居場所を見つけだし、もっと確実に安全である場所に避難させる必要がある。
とりあえず当面の目標は、護衛役メンバーを見つける事だ。ルナーは偶然見つけない限りは後回しにする事にした。
――ルナーには悪いが、あいつには鏡界の力がある。いざとなったらその力で何とかするだろう。それに、一応五界を統べる支配者の一人だろうし。優先的にも護衛役メンバーでも霖と雪か?
などと、優先すべき面々を脳内で選択する。が、このかくれんぼにおいて、見つける側である響史には、見つけた相手が必ずも思い浮かべていた相手ではないということだ。
例えば、霖を見つけたと思ったら雪だったり……ということもあるのだ。
「とにかく、四の五の言ってる場合じゃない! タイムリミットはお昼ご飯の時間である正午! それまでに護衛役全員を見つけ出してリビングから避難させる!!」
「響史、私も手伝うよ!」
「し、仕方ないから手伝ってあげても……いいけど?」
「いや、協力はありがたいが、二人は父さんや母さんにバレたら厄介だ! そうだな……俺の部屋で待っててくれ!! さすがに、二人共俺の部屋にまで侵入はしないだろうし……」
そう言って響史は瑠璃と麗魅を二階にある響史の部屋に避難させた。
それを見届けて姿が見えなくなった所で、響史はリビングへ視線を向ける。
インビジブルンの効果によれば、気配などを気取られると透明化が解けると言っていた。つまり、声を出したり身動きをして気配を感じられるとバレる仕組みという事。
両親は現在庭で何やら唯と会話をしているため、このチャンスを利用しない手はない。
こうして響史と護衛役のかくれんぼが始まったのだった……。
というわけで、第四部です。響史の言い訳スキルで何とかごまかしつつ、内心で魔界の少女メンバーへのお説教を企てるという。そして、壁に寄り掛かろうと後退したその時、あれ? 壁が柔らかい……ムムッ、何かいる!?
という事態に。
で、確認を取って悲鳴が聞こえたかと思うと、刹那――突き飛ばされるという。ほんと、頭へのダメージがなくて良かったです。
そして、響史の驚くべき真実をここで暴露。
で、謎の感触と突き飛ばした犯人を突き止めたかと思えば、突然の大腸菌呼ばわり。ほんと、あの人は余計な事ばかり言いふらします。
と、そこからは響史、瑠璃、麗魅の一連のやりとり&ツッコミ。
で、先程響祐が踏んだのが霊の尻尾、かもしれない発言。
とまぁ、何だかかくれんぼをする事になった主人公――響史。タイムリミットはランチまで。
てなわけで、次回はかくれんぼをします。ただし、親にバレてはいけません。果たして、響史は正午までに護衛役&発明家を見つける事が出来るのか!? 更新はなるべく早めに。もしかすると、他作品の方を一話分あげるかもしれません。ではまた次回。




