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魔界の少女  作者: YossiDragon
第四章:七月 現在『欠けた一部と空白の四年間の記憶』編
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第五十五話「目醒めの時」・1

『――っ!!?』


 その声の主を一瞬にして理解し、驚愕と共に絶句する一同。理由は単純だ。

 ついに、ついに目覚めたのだ。彼が、この大がかりな舞台をやることになった元凶であり、彼らが大切とする存在――神童響史が。

 響史は、眠り眼をこすりながら大きな欠伸を一つすると、半眼で周囲を見渡す。


「あ……れ、雛下……?」


「ぐす……うん、そうだよ神童くん」


 さっきまで響史の事を下の名前で呼んでいた琴音は、目尻に溜まる涙の滴を人差し指で掬い、必死に笑顔を浮かべてみせる。心配させたくないのだ。

 それから響史はベッドに横になったまま顔を左右に振って、視界にある人物を捉えた。その人物は、一見暗いとしか形容できない感じで、フードを目深に被っているせいで、男か女か分からなかった。鼻より下は見えているので視認出来なくもないのだが、その邪魔をしていたのが日光だった。朝日が窓から降り注いできているのだ。


「うっ、眩しいッ! ……え、っと――」


 なんとか思い出そうと頑張っているようだが、響史は思い出せなかった。無理もない。後遺症を負って以降、目の前にいる名を忘れた人物は姿を見せていないのだ。なので、今現在どこで何をしているのかも分からない。

 そのことをめい自身も痛いほど分かっているので、敢えて何も文句を言わなかった。


「き、響史……大丈夫なのか?」


 そう声をかけてきたのは、響史が良く知る人物だった。


「ね……姉ちゃん。なん、で……あれ? 俺、なんで……どこだ、ここ?」


 当然の反応と言われればそうだ。七日間も意識不明だったのだから、目覚めて突然場所が変わっていればこんな反応も取るかもしれない。


「響ちゃん、覚えてる? あなたは、体育祭の終わったあの日……倒れたのよ?」


 優しく声をかけて説明をくれるのは、従姉の茜だった。よく見れば、他にも見知った顔ぶれが揃っていた。

 その中には、久しぶりに会う人物もいた。


「……父さん、母さん……どう、して?」


「響史、お前が倒れたって聞いてな。隣の大都市から来たんだ」


「そうよ、あなたが心配で帰って来たの」


 両親二人の言葉に、響史はえも言えぬ何かに苛まれた。それは響史の口を勝手に用いて言葉を発する。


「なんで、何で今になって……帰って来たんだよッ!! もう、何年も……俺を一人に、してたくせに……俺を、孤独にして……た、くせに……」


 響史は力いっぱいに叫んだ。罵詈雑言めいたものを口にするつもりだったのだが、思いのほか口が渇いているせいか、声が全て掠れて思うように言葉を紡げなかった。

 両親――唯奏と響祐は、申し訳なさそうに眉を下げ、顔を俯かせた。


「響史、確かに二人はお主を孤独にしたかもしれん。じゃが、それは唯も同じ事じゃろう?」


「姉ちゃんは……それでも、俺と連絡を取ってくれてた。なのに、父さん母さんは違った……。これが違わなくて、なんて言うんだよ……ッ!!」


 豪佑の言葉も聞かず、響史は声を発する。


「親父、いいんだ。これは、響史の言葉としては当然だ。そして、俺達はこの言葉を全てこの身で受け止めなければいけない義務、責務があるんだ」


「響祐さんの言うとおりです、お義父さん。私達は手段を誤ってしまったんですから、それ相応の罰を受けるのは、至極当然なんです」


 響祐に続いて、唯奏も何時に無く真摯な面持ちで言う。


「……坊ちゃん。どうぞ、お飲物です」


 そう言って七日間も飲まず食わずだった響史に、水の入ったペットボトルを差し出す鍵之助。


「あ、ありがとうございます……菅野さん」


「いえ、このくらいは……させて頂かなければ、坊ちゃんは幼少の頃より私が面倒を見ていましたから」


「わ、私だって坊ちゃまを見ていました!」


 まるで張り合うように、響史に自分も自分もと身を乗り出してきたのは、バブルドリームカンパニーの社長であり、響史の祖父――豪佑の秘書である箏鈴だった。


「分かってるよ、弦鐘さん」


「もう、昔みたいにことりんでいいんですよ、坊ちゃま?」


 しょうがないな~という顔をしてそう口にする箏鈴に、響史は苦笑して頬をかいた。


「毎度思うけど、その坊ちゃんとか坊ちゃまって呼び方、なんとかならねぇかな? 俺は父さんの息子で、一応ホントの坊ちゃんは父さんなんだからさ? 俺はどっちかというと孫だぜ?」


 ペットボトルの水を飲み干してキャップを閉めながら、響史は二人に言う。


「はぁ、努めようとは思いますが……なにぶん、私めも弦鐘もこの呼称がなれておりまして」


「頑張ってみようとは、思ってるんですけど」


 鍵之助と箏鈴は、少し申し訳なさそうに響史から視線を逸らした。


「おにぃた~んっ!!」


 突如響史に誰かが抱き着いてきた。腹部に乗っかってくる誰かを受け止め顔をあげさせると、幼い女の子が涙を流して泣いていた。従姉妹の中で最年少の奈緒だ。


「な、奈緒……」


「うぅ、ぐすっ! なお、お兄たんがいなくなると思って……そんなの、やだよぉ~!! うわぁああああんっ!」


 少しは泣き止んでいたようだが、再会に涙腺が決壊したのだろう。奈緒は再び大泣きし始めた。その泣き声に、やれやれと言った風に律奈がやってきた。


「おっはよ~ん、響ちゃん? 目覚めて早々に、りっつんの可愛い可愛い娘を泣かしてくれてるみたいじゃない?」


 律奈は前傾姿勢で響史を見ると、それから奈緒の横腹に手を回して引きあげ抱っこした。奈緒はさっきよりは声量を抑えるものの、それでもまだ泣き止まず声をあげて泣いている。

 響史は可愛い従妹を心配のあまり泣かせたことで、罪悪感に苛まれた。別段、悪気があったわけじゃない。

 これも全ては四年間にわたる後遺症が問題なのだ。だが、それももうすぐ終わる。四年が経過する事となるあの日まで、後七日。

 それまでに、響史の記憶機関に呼びかけ、四年間の空白とそれ以前の記憶の欠けた部分を修正するのだ。

 目を覚ました響史が、不意に窓の外に広がる光影市の景色を眺めている姿に視線を注ぎつつ、関係者達はそんなことを思うのだった。

 と、そこで響史が声をあげる。


「ところで、さっきから気になってたんだけどさ……君、誰なの?」


 響史が訝しげに呟き声をかけた人物は、関係者の一人でもあるめいだった。その言葉にどれほどまでに彼女がショックを受けたかは、他の関係者にはよく分かった。無理もない、響史の空白の四年間にめいは存在せず、存在していたのはそれより以前なのだから。恐らく、幼稚園時代の頃はほとんど記憶していないと考えていい。

 だとすると、めい以外にも仲良くしていた幼稚園の友達との想い出も欠けているとみて間違いないと、この時点で関係者達は踏んだ。


「……その――」


「あっ、えとですね……彼女は……」


 答えあぐねているめいの代わりに答えてあげようとしたのだろう琴音だが、その彼女自身がしどろもどろだ。それにより、響史はますます訝しむ。

 見覚えが無い少女。いや、確かにどこかで見たような微かな記憶がある。だが、名前が思い出せない。

 まるで己の肌を隠すように布面積の多い衣服を纏っており、さらに日を浴びないようにしているためか、フードを目深に被っていて顔色を窺えない。唯一うかがえるのは、その柔かそうな口元だけだ。

 身長は響史と同じくらいか、少し高い位置。“彼女”と言っていたから少女であることは解る。年上と面識が多くないはずなので、目の前にいる少女は同年(ため)か年下だろうと響史は推測した。


「あ……のぅ、か、帰るぅっ!!」


 身長とは裏腹に、その声はすごく幼かった。そして、同時にその声音を耳にして響史は激しい頭痛を感じた。


「あ、ぐぅッ!?」


「だ、大丈夫か響史っ!?」


 突然弟が頭部を抑えて呻いたので、唯は心配して慌てて駆け寄り容体を訊いた。咄嗟に口調を男言葉に変える事も忘れない。


「あ、ああ……大丈夫だよ、姉ちゃん」


 記憶はないものの、結構周囲に心配をかけていたようなので、これ以上心配はさせられまいと、響史は無理に笑顔を浮かべてみせた。


「母さん、医師を呼んできてくれ」


「え、ええ。分かったわ」


 響祐の指示に、唯奏はコクリ頷いて病室を後にした。


「響史、腹減ってないか? 何でも言ってくれ、買ってくる」


 普段とは違いやけに優しいので、響史は少々気味悪がったが、せっかくの姉の厚意だと軽く食べられるようなものを頼んだ。




 響史が軽食を済ませてからしばらくして、他の親族達が病室の隅辺りで何やら話している間に、響史が一番気になっていたことを側にいた琴音に尋ねた。


「なぁ、雛下。俺、ホント何があったんだ? 全然覚えてなくてさ……」


「私も、その場にいたわけではないので事情はよく分からないんですけど、体育祭終了後に神童くんと接触した人達に事情聴取したら、あの日神童くんは数人の人と会ってます」


 まるで警察みたいな感じで調査報告をする琴音に、響史は首を傾げる。


「誰とだ?」


「ええと、変態軍団ボスの藍川くん。体育祭実行委員会の星空先輩。また、この二つのグループ……組織自体に神童くんは目撃されています。後、これは確証ではないんですけど、目撃情報があるんです。それによれば、神童くんは校門付近で倒れたとか。後、それを神童くんのお姉さんと従姉さんが病院へ連れてってくれたみたいですよ?」


 その言葉に、響史は脳裏にぼやけた映像が想起された。同時、ズキッと頭痛がして頭を押さえる。


「うっぐ!?」


「あっ、ごめんなさい! だ、大丈夫ですか神童くん?」


「……な、何で雛下が謝るんだよ」


 痛む頭を押さえながら、怪訝に思って尋ねる響史。


「あっ、えと……その」


「響史、あまり琴音ちゃんを責めないでやってくれ」


「え? ……あぁ、分かった。悪いな、雛下」


「い、いいえ!」


 唯に言われて謝罪する響史に、琴音は慌てて顔を手を左右に振る。

 とそこへ、白衣を纏った男性が入室する。響史の担当医師だ。


「おお、お目覚めになられたんですね?」


「はい! 先生のおかげです!」


「ああ、本当に先生にはなんと感謝すればいいか……」


 響史は、両親が自分の事について言っているのだということは理解出来たが、そこまで大袈裟な反応をするものだろうかと首を傾げた。

 すると、医師がまぁまぁと響祐と唯奏を落ち着かせて口を開いた。


「これは私の功績ではございません。全ては、息子さんとご家族の方々の賜物です」


「せ、先生! 響史はいつ退院できる?」


 唯の質問だ。少し切羽詰まったような感じで口にする質問に、医師は笑顔でこう答えた。


「今日にでも退院できますよ? ただ、まだ体力も落ちていますし過度な運動はお控えください。食事も胃をびっくりさせない程度がよろしいかと……」


 医師の適切なアドバイスに、この場にいる面々は納得の頷きを見せる。


「とりあえず、響史も起きた事だし久し振りに我が家に帰るか!!」


 そう口火を切ったのは、一家の大黒柱である響史の父――響祐だった。

 そして、響史は少しボーッとする思考回路の中、響祐の言葉の意味を理解して顔面蒼白となる。だが、それは響史だけではなかった。

 隣にいる唯もだったのだ。それに気づいた響史は姉の唯を突っついて呼んだ。


「ね、姉ちゃん」


 小声で唯をその場に屈ませると、響史は彼女の耳元で囁いた。


「もしかして、父さん。家に帰るつもりなのか!?」


「んんっ!?」


 くぐもったような声をあげる実の姉に、驚愕を示す響氏。


「え? ど、どうかした姉ちゃん?」


「あっ、いや……悪い。どうも耳元でボソボソと囁かれるのは苦手でな」


 ならば電話はどうなのだろうと思いつつ、そんな弱点が姉にあった事を知りつつ耳元はやめてそのまま声をあげる。


「姉ちゃん、俺って七日間眠ったままだったんだよな? じゃあ、瑠璃達はどこに?」


「え? 家にいるんじゃないのか? てっきり俺はそう思って父さん達を家から遠ざけてたんだが」


 唯のさりげない優しさにまたも内心感謝しつつ、響史はますます不安そうな表情で言った。


「実はさ、霖から鍵を預かったままだったんだよ。だから、家には入れないんだ」


「そうなのか? 響史はあの日、俺んトコに来てから倒れてしまったかんな。まさかそんな事になってたとは。まぁいいや、それよりどうすんだ? さすがにこればかりは庇いきれねぇぞ?」


「……俺が何とかする」


 これ以上姉の力を借りるのは気が引けた響史は、真剣な面持ちを浮かべると同時、目覚めた時から気になっていた事を訊いた。


「なぁ、俺が寝ている間に何かあったのか? それに、その台本って……」


「あっ、こ……これは違うんだ! その……」


 台本を手にする事になった原因とも言える響史に、全てを話してしまうか躊躇う唯。響史は片眉をあげて困惑する。


「は、話しにくいならいいんだ。ちょっと気になっただけだし……。しっかし、あいつら今どこにいるんだろ……」


「響史、確か屋根裏にチビっ子発明家がいたよな?」


 その問いに、響史は瞬時に脳裏にある人物を思い浮かべる。


「あ、ああ。ルナーの事だろ? でも、それがどうかしたのか?」


「……その、だな。そいつには感謝しとけよ?」


「え? 何で? ルナーに感謝しなきゃいけない事なんて覚えてないんだけど……」


 いまいち唯の言葉の真意が掴めない響史は、腕組みをして唸った。

 と、そこで唯は話題を別の方向へと移行した。下手に刺激するのはマズイと思ったのだろう。


「もしかしたらって可能性もある。響史、念のために家に電話しとけ」


「でも、ここで電話するのは怪しまれるんじゃ?」


 確かにそうだ。ここで電話をかければ、必然的に家族に聞かれることになる。そうなれば、どこにかけたのかも訊かれる可能性がある。上手くごまかす手もあるだろうが、最悪の可能性を示唆し、一番危険性の少ない方法を取るには、あの方法しかなかった。


「と、父さん。ちょっと待っててくれ。俺、トイレ行きたいからさ」


 これだ。この方法を取ってトイレへ向かう。そして、そこで家に電話をかけるのだ。それで電話に誰か出れば一応瑠璃達の安全確認が取れる。だが、出なければどうする?

 とにかく、考えている暇はない。


「そうか。だが、まだ少しよろけてるだろう? 俺がついて行こうか?」


「い、いや一人で大丈夫だって!」


 響祐の親切心はありがたいが、ここで父親の手を借りてトイレに行くと、会話を聞かれる可能性がある。それだけは避けたい。

 なので、響史はその場に慌てて立ち上がり一人でも大丈夫だと言う事をこの身を持って伝えようとした。が、意志に反して体は上手くついてきてはくれなかった。


「うっ!」


 突然の立ちくらみに、響史はよろけて倒れそうになる。


「響史っ!」


 倒れ掛かる響史を、姉の唯は慌てて受け止める。


「ね、姉ちゃん……」


 胸元に埋まるような格好で、響史はゆっくりその目を開けて上を見上げる。すごく至近距離に姉の顔があった。

 その顔が、朧気な状態だったためだろう……一瞬昔の顔に見えた。


「ご、ごめん」


「いいって。怪我ないか?」


「あ、うん……」


 男口調ではあるものの、優しい表情を浮かべる唯に少しドギマギしつつ響史は返事をする。

 そんな二人を傍目で見ていた琴音は、どうにも複雑な思いだった。姉弟とはいえ、抱き着いて――もとい、倒れ掛かっている二人の交わしあう視線を見ると、何だか嫌に心がズキリと痛んだのだ。

というわけで、みなさん約一か月ぶりです。結構間が空いてしまいましたが、前回の話は覚えていますか? そう、響史が目覚めたのです。やっと本編の主人公が復帰します。予告通り、ちゃんと皆始まって早々に絶句です。

そして、七日間も眠っていた響史のすぐ側にいる面々に、当人は困惑してしまい、挙句の果てに記憶が戻りかけて曖昧な状態のせいかめいちゃんの事を忘れてしまっているという。本人も相当ショックでしょうね。まぁ、彼女の事を思い出すのはもう少し後で。にしてもすごいですね。声を聴いて頭痛がするというのは。別にハスキーボイスの高音がキーンとなったわけではありません。ただ単に、その声が記憶に揺さぶりをかけたのが原因です。それほどまでに彼女は響史の思い出に深く関わっているという証拠。

話は変わって響祐の帰宅宣言。マズイ、家にはヤツらが!?

というわけで、パニックの響史と唯。さらに、ここで最強姉ちゃんの弱点が……? また、唯が少しルナーに感謝している?

そして、響史は電話をかけるついでにトイレへ。

と、こんな感じで二部へ。

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