第十三話「本当の目的」・1
俺は二人の後を追って、広い住宅地の真ん中にある光影中央公園にやって来た。雫と霄の二人は、公園の地面に着地すると、互いに勢いよくぶつかり合い、攻撃を与え合った。
「くらえ、水連弾!!」
「烈風波!!」
お互いの攻撃がぶつかり合い相殺される。俺はその戦いを見て、さっきの雫が言っていた言葉を思い出していた。だが、奴らを止める方法はこれしかない。
そう決心した俺は、二人のいる場所に向かって一直線に走った。
「止めろぉぉぉぉッ!!」
俺は二人の間に分け入り、戦いを止めた。二人は俺の行動に驚きながらも冷静に対応した。
「何をやってるんだ、響史! そこをどけ!!」
「その通りだ。人間のお前には関係のない戦いだ、邪魔をするな!!」
「うるさい!! 俺はお前達にこれ以上ここで戦わせるわけにはいかないんだよ!!」
「どういう意味だ!!」
「周りを見てみろ!!」
俺の言葉に反応し、二人は少し面倒くさそうな顔をしながらも辺りを見回した。
地面は二人の攻撃で水で濡れたり抉られていて、遊具は半壊しているものや全壊しているものが見受けられた。
「これは――」
「お前達が暴れた結果だ。お前らの戦いを止めたのには理由がある。一つはこんな風に周りに被害を出して欲しくないため。もう一つは、兄妹同士で殺し合わせることに反対だからだ」
「ふん! お前達人間に俺達悪魔は左右されたりしない……。魔界の人間である俺達悪魔はな、ずっと戦わないでいると段々と力が衰えて来るんだよ。もしも力が衰えている状態で他の悪魔にその命を狙われてみろ……こっちが殺られちまうんだよ。そうならないためにも、俺達は常に戦い続ける。それが、俺達悪魔の中でも最強の古の一族と言われる『水連寺一族』なんだよ! その証拠にこれを見ろ!」
雫に言われ、俺は彼に視線を向けた。すると雫は、制服のボタンを外し胸を見せた。そこには無数の太刀傷があった。
「これがその証だ。血を求め、戦いを求め、己の体を傷つける……。俺達は変われないんだよ!」
「か――」
「変われる!!」
俺が言おうとした瞬間、霄が叫んだ。
「人は変われるんだよ……兄者」
「霄……忘れたのか? 俺達は悪魔だ、人間じゃない」
「悪魔でも、自分に変わろうとする想いがあれば変われるのだ!」
「何を馬鹿なことを……。そんな言葉を誰が信じるんだ。第一、お前は変わったのか?」
「変わった。その証拠に、私はこっちにきて誰一人として殺していない。本来なら掟で任務をしくじったり戦いに負けたりすれば、水連寺の血を受け継ぐ者として、その名を汚さないためにも首を切るところだが、その男――響史に言われて私は変わった。私はこいつに負けて首を切ろうとしたが、こいつに阻止され死なずに今ここにいる。それは、零や霊達も同じだ」
「ふん……」
二人の会話に、俺はなかなか入ることが出来ず、そのまま黙って聞いているしかなかった。
「だったらその意思をこの場で見せてみろ!!」
そう言って雫は、頭上に物凄く大きな水の球を作り出した。
「水球弾!!」
「なっ!?」
雫は俺に向かってそれを投げてきたが、間一髪のところで霄が俺の前に瞬間移動し、残空刀でその水の球を切り裂いた。空を切り裂く斬撃が見事に水の球を左右に分かち、ただの水となって公園の地面に降り注ぐ。
「お、おい……霄」
「大丈夫か響史?」
「あ、ああ……」
ほんの数時間前まであんなに不機嫌な態度を取っていた霄が、今では俺の身を案じてくれている。それがあまりに意外で、俺は拍子抜けして曖昧な返事を返してしまう。
と、今の霄の行動に感心を見せる人物がもう一人。
「ほう。あのお前が、姫だけでなく何の力も持たない人間を護るとはな……」
「これで、分かっただろう……私は、か……わっ、た――」
さっきの雫の技が体に少し負担をかけたのか、霄は気絶してその場に倒れてしまった。
「全く、この男に何を吹き込まれたのか知らないが、これ以上ミッションを長引かせる訳にはいかねぇ。弱くなったお前に、もう用はないッ!!」
「――なッ!? 何をしてるんだ!!」
雫の不審な行動に、思わず俺は叫んだ。
「邪魔をするな、神童響史……。こいつにこれ以上邪魔をされるわけにはいかない……」
そう言って雫は腕を手前に突き出して構えを取り、水の波動を手に生み出した。
「止めろ――ッ!!」
俺は無我夢中で彼に飛び掛った。しかし、やはり人間と悪魔では力の差があるらしく、俺は軽く吹き飛ばされた。
「なるほど、どうやらお前から先に殺されたいらしい。いいだろう、だがお前の力とやらをまだ確かめていないからな。先程お前は、人間にも力はあるなどとほざいていたな。ならば……」
雫は片方の手をポケットに突っ込んだまま、余裕綽々に霄の側に落ちていた妖刀『斬空刀』を拾うと、その剣を俺の足元に放り投げてきた。
「何のマネだ?」
訝し気に問うと、雫はニヤリと白い歯を妖しく見せてこう言った。
「その剣で俺を斬ってみろ! 人間に力があるというのであれば、例え悪魔の妖刀でも触れるのだろう?」
完全にこちらを馬鹿にした挑発。だがナメられたままでもいられないと、俺は仕方なく剣を手に取り立ち上がった。
「ほう……。どうやら、剣を触ることくらいは出来るようだな。だが、人間には剣を持つくらいがやっとだろう。てめぇが本当に俺を倒せるのかどうか楽しみだぜ」
「ナメるなッ!!」
俺は雫が少し気を抜いている隙を狙って、自慢の俊足を巧みに利用し、相手の背後に回りこんだ。
「何――ッ!?」
「へっ、人間に悪魔を倒す力はない? そいつは間違いだ!! その言葉を、俺が覆してやる!!」
俺は頭上に振り上げた斬空刀をそのまま勢いよく振るった。すると、霄がいつも使っている技が出現し、一陣の風の刃が気を緩めていた雫の左肩を、鋭く斬り裂いた。
「ぐぅわぁああああ!! ……っぐ、馬鹿な、人間に妖刀が持てるのは希に聞いたことがあるが、技まで使える人間など、聞いたことが無いぞ!!?」
「へっ、どうだ? 悪魔が人間に負ける気分は」
「くっ……あまり調子に乗るなよ? 言っておくが、こうやってお前達人間が平和ボケしている間にも、魔界では順調に大魔王が例の計画を進めているんだからな?」
「何の話だ!?」
何やらニタリとほくそ笑みながら雫が気がかりな言葉を口にするものだから、俺は慌てふためいてた。その反応に、雫はさらに面白くなったのか、まさに悪魔というような悪い笑みを浮かべて口を開かせた。
「何だ、お前姫に聞いていなかったのか? 姫には、人間界に来た本当の目的があるんだよ!」
「本当の目的?」
「その内容を聞けば、お前もそんなことをしている暇はなくなるぜ?」
「くっ!! どういうことだ!?」
俺は、左肩から溢れる血を抑えている雫の胸倉を掴み激しく揺さぶって問い詰めた。
「まぁ落ち着け。今すぐにではないが、お前達の世界は俺達悪魔の物になるってことさ……」
「なっ――!!?」
訳が分からなかった。今までルリや護衛役の零達が来るなどの不可思議な出来事が連続で起き続けてきたが、今聞いた彼の話が一番危険であるに違いない。
「まぁいい……。お前の力の程は分かった。今回は俺の負けだ。だが、次はこうはいかないぜ?」
雫は胸倉を掴んでいた俺の手を強引に引き剥がしてその場に立ち上がると、クルッと後ろを向いてゆっくり歩き始めた。
しかし、数歩歩みを進めた所で、彼は足を止めた。
「それと……霄にすまなかったと伝えておいてくれ、じゃあな。ワガママな妹達だが、兄としてよろしく頼むぜ? 神童響史」
雫は片方の肩に手を置いてもう片方の手をポケットに突っ込むと、そのまま光影中央公園を後にした……。
そんな彼の背中が見えなくなった所で、俺はハッと我に返って倒れている霄に駆け寄った。
「おい霄。大丈夫か?」
「うっ、ああ……何とかな。それよりも兄者は?」
「ああ、行っちまった。それと、お前にすまなかったって伝えておいてくれだってさ」
「ああ、そうか……。どうやら、兄者は昔と何も変わっていないようだな。昔と同じで、優しいままだ」
その彼女の言葉に、俺は疑問を抱いた。
「何言ってんだ! お前を殺そうとしたんだぞ!?」
「それはお前の勘違いだ」
「?」
「兄者は私を殺そうなどと、はなから思っていない。その証拠に、兄者の攻撃にはどれも隙があった。それが何よりの証拠だ」
疑問符を浮かべる俺に、霄は疲労の表情を浮かべながらそう説明してくれた。
「そうなのか?」
「ああ……」
再度確かめる俺に、しつこいという風に不機嫌そうな返事をする霄。
まぁあいつの妹である霄が言うんだから、そうなんだろうな。
俺はそんなことを心の中で思いながら剣を彼女に返した。
「立てるか?」
「あ、ああ」
霄はゆっくり立ち上がったが、まだ少し体がふらつくようで、少し体をよろめかせた。
「おい、本当に大丈夫か?」
「ああ……すまないが、肩を貸してくれないか?」
「おう、いいぜ」
少し辛そうな表情を浮かべてそう申し出る霄に、俺は快く肩を貸し一緒に家へ帰った。
――☆★☆――
所変わって響史の家のリビング。
ここには現在、雫が連れていた秋次と呼ばれている少年が、ソファに寝かされている。そのすぐ傍には、猫耳をピコピコ動かしながら霊がじ~っと見つめている姿があった。
と、その時――。
「ん……ここは?」
ようやく秋次が意識を取り戻し、ゆっくり体を起こす。
「あっ、気がついた。ルリちゃ~ん!! 気がついたよー?」
ずっと近くで秋次を見ていた霊が、この場にいないルリの名前を呼ぶ。すると、台所からひょっこりルリが顔を覗かせた。その動きに合わせてふわりとツインテールが揺れる。
「本当? ああ、良かった。全然目を覚まさないから死んだのかと思った」
そんな縁起でもない冗談をさらりと口にするルリに一瞬言葉を失う秋次だったが、意識が覚醒して大分自分がこんな状況に陥っている原因を思い出してきた。しかし、場所は見覚えがないために不意に周囲を見回して訊ねる。
「ここは何処なんスか?」
「ここ? ここは響史の家だよ?」
秋次の問いに、小首を傾げてルリが答える。
「響史……?」
「ああ、ここの家の人」
「そうッスか。あれ、あなたは何処かで――っていうか、あなたはどうしてメイド服を着ているんスか? それに、その猫耳と猫の尻尾は!?」
矢継ぎ早に質問してくる秋次に、霊が答えようとするが――
「あ、コレは――」
「ま、まさかここは天国!? それで目の前にこんなに可愛いメイド服を着た女の子がいるんスね? そうだ、そうに違いないッス! ってことは、僕は死んだんスか?」
なかなかに飛躍した思考回路に、真面目に答えていたルリと霊も手に負えないと思っていたその時、第三者の声が聞こえてきた。
「そんなに死にたいなら、本当の天国に行くか?」
その声にこの場にいた皆が振り向く。そこにいたのは、銀髪の髪の毛をツンツンとあちこちにハネさせた少年――響史だった。
「あ、あなたは?」
「俺は神童響史だ。お前は雫と一緒にここに来て、いきなり鼻血を出して気絶したんだよ」
霄に手を貸していた響史は、彼女をソファに座らせながら秋次に事の経緯を説明した。
それを聞き、秋次はほっと胸を撫で下ろして安堵の溜息をつきながら――
「ってことは、ここは天国じゃないんスね?」
と、響史に改めて確認を取った。
「ああ……」
「全く、お前も人がよすぎるな、響史……」
「あ、あなたは――ッ!?」
「?」
ソファに座って一息ついている霄。そんな彼女を見て何を思ったのか、霄が疑問符を浮かべた刹那――
ブシャアアアアッ!!
秋次は、突然霄の顔を見て鼻血を噴出した。
――全く、一体どうしたってんだ?
怪奇的な秋次の異変に、思わず響史も頭を捻る。
それは霄も同様の様で、怪訝な表情で彼に尋ねた。
「どうしたのだ?」
「い、いや、その……すみませんッスぅぅぅ!!」
「何故急に謝るのだ?」
霄も秋次の突然の行動に首を傾げる。すると、流石にこれ以上説明しないのは良心の呵責に苛まれるのか、意を決したように秋次が真摯な面持ちになった。
「いや、怒らないで聞いてくださいッス。その……実は、僕は道端で雫さんと出会ってその後、彼にこの場所を案内するように頼まれて仕方なく来たんス。でも、チャイムを押しても誰もいなくて、仕方なく風呂場に回った時に声が聞こえてきて、もしかしたら風呂に入っているんじゃないかと思って窓を開けたら、そ、そのあなた方がいて……。その、誤って裸を見てしまったんス! すみませんッス!!」
秋次なりの必死な弁明だったのだろう。が、それを霄が許すはずもなく――
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 殺すっ!!」
先ほどまで疲労困憊だったとは思えない程の凄まじい怒りのオーラ。まるで鬼でも宿しているのかというような鬼気迫る勢いに、秋次は顔面蒼白になって悲鳴をあげた。
「ひぃいい~っ!?」
秋次は腰を抜かして後ろに下がり、木で出来たタンスに背中をぶつけた。余程霄が怖かったのだろう。ガクガクと体を震わせている。
「その、本当に申し訳ないッス!!」
正座に座り直し、綺麗な土下座で平謝りする秋次。
「絶対に殺す……!」
しかし、霄自身はカンカンの様子で、邪悪なオーラを纏わせていた。
「まぁ、そう怒るなって」
響史はまぁまぁと霄を優しく宥めにかかった。
「――それに、その傷ついた体でこれ以上暴れたら危険だ。今日は安静にしておいたほうがいいって。怪我の手当てもしないといけないし……」
「くっ、仕方がない。今日だけは許してやるが、次はないと思え……」
響史の面に免じてこの場は納めてくれた様子の霄。しかし、最後に秋次にひと睨みを利かせたその目つきが完全に射殺す勢いだったため、さらに秋次をビビらせる事となった。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」
秋次はこの場からすぐにでも離れたいと思ったのか、玄関ドアを勢いよく開けて何処かに行ってしまった。
「行っちまった……ん? 待てよ、秋次と一緒に雫もいたんだから、あいつも風呂場を覗いたってことだよな?」
「はっ――!? ……くっ! 兄者ぁぁぁぁあああああああっ!!」
場所変わって、光影都市のとある路地裏――
「ブアアックション!! ズズズ……誰か俺の噂してやがるな。にしても、あいつらがまさかあの男によって変わるとはな。『人間だけじゃなく悪魔も変わりたいという思いさえあれば変われるんだよ!』か。あの霄が俺に歯向かうようになるとは……今日はいい想い出が出来たな(いろんな意味で……)」
そんなことを思い返しながら、雫は暗闇の路地に消えていった。
というわけで、無事雫と決着をつけた響史。戦場はあろうことか、公園(笑)。もちろん、あの後ちゃんと修復しました。
今回は、雫の口から魔界で密かに企てられている計画のことが話されました。
ルリの家出以外の本当の目的とは一体……。
次回は、それらのことについて書こうと思います。




