第五十四話「七日間大舞台」・3
「あら、何をやっているんですのあなた方?」
「あ、姫ちゃん。ちょうどよかった! ババ抜きやってるから一緒にやろ?」
「トランプですの? 仕方ありませんわね、私のために用意してくださってるみたいですし、参加してさしあげますわ!」
えへんと腰に手を添えて威張る姫歌。が、茜は笑顔をやめて不思議そうな顔をした。
「何を言っているのかしら!? このカードはあなたのためではなく、唯奏叔母さまのために用意していたのだけれど」
「え? あっ、でも……わ、私の分は――」
「なかなか戻って来なかったし、その言い方だとやらないつもりだったのでしょう? なら、いらないわよね?」
「そ、それは……別に、やりたくない……訳じゃ、なくて……ぐすっ」
なかなか素直になれないのが癖な姫歌は、その点を茜に攻められて言い返す事も出来ず、とうとう涙を浮かべ始めた。
すると、病室の扉が開いて水を入れ替えてきた唯奏が、片手に花の活けられた花瓶を持ってやってきた。
「どうかしたの? あら、トランプ?」
「はい、いかがですか叔母さま? ちょうど四人分配ったので……」
そう言って茜が唯奏の分のカードを手渡そうとすると、唯奏が姫歌を一瞥して訊いた。
「姫歌はやらないそうですわ。仕方なく参加するとか言っていたので……」
「そう。……でも、やっぱり遠慮しておくわ。私、これからお昼ご飯の準備しないといけないから」
そう言うと、花瓶を元々置いてあった場所に置いて手を振り退室した。
「――だ、そうですわ。というわけで、せっかく配り直すのも面倒なので、仕方なし……仕方なしに、姫歌も参加させてあげるわ」
茜はわざとらしく、姫歌が言った台詞と同じ部分のみを無駄に強調させ、姫歌の手前に彼女の手札を置いた。
「うぅ……」
「あ、あかねん。あまり姫ちゃんをイジメないであげて?」
「あら、別にイジメている訳じゃありませんけど……まぁ、満足しましたからここらでやめておきますわ」
頬に手を当て、もう片方の手で自身の腹部を撫でる茜を見て、琴音は苦笑しながら姫歌にハンカチを差し出した。
「あの、これ使ってください」
「あ、ありがとう……ございます」
姫歌は琴音からハンカチを受け取って涙を拭うと、一言お礼を口にした。
「あの……こちらは後日洗ってお返しいたしますわ」
「さて、そろそろ始めましょう?」
こうしてババ抜きが始まり、勝負は白熱――はしなかったものの、最後のジョーカーの譲り合いで長い時間を消費した。
というのも、琴音が一抜け、優歌が次いで二抜けと順調だったのだが、茜と姫歌の戦いで激闘が繰り広げられたのだ。
いつもの絶えない笑みのせいで、姫歌がジョーカーではない方を引きかけても何も反応しないのだ。それを逆に怪しんで姫歌はジョーカーの方を引いてしまう。
一方、姫歌はジョーカーを引こうとすると確実に顔に出るため、茜にあっさりバレてしまうのだ。
結果――。
「はい、三抜け……ですわ」
「きぃぃっ! 何でですの!? どうしてこの私が負けなければならないのかワケが分かりませんわっ!!」
そう言ってジョーカーをカードの山にメンコをする時の様に投げつけると、プリプリ怒って退室してしまった。
七月九日、時刻は午後二時十分。天気は雨。
七日間大舞台は二日が経過し、残りは五日である。
今日も響史は目を覚まさない。やはり、このまま七月十四日まで目覚めないのだろうかと、親族及び雛下姉妹は思った。
また、偶然にも天気は四年前と同じく雨。ただ、少々小降りだった。しかし、雨である事には変わりないため、なんとかここまで来ていた。
「……響ちゃん、今日も起きないんだね」
現在、病室には響史と唯しかいない。彼女は丸椅子に座って響史の髪の毛を触っていた。
「はぁ……響ちゃんのせいで、お姉ちゃん勉強に身が入らないんだよ? もう、一年生から留年なんて……やだよ? あっ、これって責任転嫁だね。悪い、お姉ちゃん……だね。あっ、そうだ。響ちゃん、リンゴいる? 確か、小さい時から好きだったよね? 響ちゃんが風邪ひいて寝てた時、お母さん達が買い物行っててさ? リンゴ食べたいっていうから、リンゴ剥いてあげたら……お姉ちゃん不器用だね、って言われちゃった。響ちゃん、覚えてる? ねぇ、……覚えて――」
バンッ!
「やめろ、唯ッ!! 今の響史に想い出を語ってはいかんッ!! 変に記憶機関に干渉して影響が出たらどうするんだッ!!」
荒々しくドアを開け放ち入室と同時に叫んだのは、響祐だった。唯が思い出を語っていたのを扉越しに耳にして、慌てて止めに入ったのだ。
しかし、唯はたまらず父親に向かって言い返そうと口を開く。
「だって! だって響史が意識不明の状態でもう三日が過ぎたんだよ!? これ以上、響ちゃんのこんな姿見てられないっ!! だから、だからあの時死なせてくれればよかったのにっ!! なんで、なんで邪魔したのよっ!! もう余計な事しないでっ!!!」
てっきり叩かれるかと思った。だが、響祐は唯の予想とは異なる行動に出た。
ギュッ!
「唯、どうしてそうやって自分を責めるんだ! あの時も言っただろう。お前だけが悪いんじゃない……俺だって悪い。あの時、ちゃんと確認を取れていなかった。失念していたんだ……くっ、時を遡れるのであれば遡りたいさ。だが、それは叶わぬ願いだ。だったら、耐えるしかない。心配ない、響史は必ず目を覚ます……」
響祐は大事な娘を優しく、それでいて強く抱きしめてあげていた。背中に腕を回し、頭をかき抱くようにし撫でる。背中に回していた手は、赤ちゃんにするようにトントンとリズム良く叩いてあげていた。
「なんで……どうして、そんな事言いきれるのよ」
唯は、父親に諭されても納得出来なかった。現に二日も経っているのにいっこうに目を覚ます素振りも見せない響史は、このまま何も食べられずに衰弱死してしまうのではないかと思ったのだ。
一応、点滴による栄養補給で最低限の栄養は摂取出来ているものの、それでも少し顔がやつれていた。
唯は父親から離れると、響史の頬を人差し指でつつき、それから再び髪の毛に触れて響祐に言った。
「ねぇ、お父さん……響ちゃんの髪の毛、だんだんツヤがなくなってきてるの……分かる? やっぱり、点滴だけじゃ最低限の栄養しか補給できない……。顔もやつれてるし。ねぇ、このままじゃ死んじゃうよ」
後ろで立っている響祐に訴えるように、唯はそう口にした。
「唯、やっぱり辛いか?」
「うん……」
父の質問に、頷きながら唯は答えた。すると、深呼吸して響祐が口を開いた。
「……一つ、言いたいことがあるんだ。これは、家族会議とも呼べるものだ。ただ、亮祐はこの場にいないが。響史も……見て分かるように参加は出来ない。だから、これは俺と唯と唯奏で決める。決定権は、唯……お前にあると言っていい。これから言う事をよ~く聞いておいてくれ」
そう言うと響祐は、一度間をあけて真剣な面持ちになる。
「今、唯は光影学園に通っている……高校一年生だ。亮祐は小学生になる。そして……響史は中学生になる。この時点で何が言いたいか分かるか?」
「……えと、響史の受験かな?」
少し首を傾げて口にする。
「そうだ。ただ、この場合専願入試をすれば問題ない。だが、光影都立光影学園はこの近くで唯一の中高一貫校であり、ここ以外に都市に中学校はない」
「うん、立地条件的にも完璧だし……費用も然程かからないから、家計が苦しい所でも通えてありがたいって、人気だもんね。しかも、入学試験もコース別に用意してあるから、偏差値低いコースの試験受ければいいんだし」
「そうだ。だが、唯は――」
「そう、私は自分の全力を出し切りたくて一番上のコースを選んだ。そして、見事合格して中等部の一年一組に所属した」
唯は、響祐の言葉を遮るように先に声を出す。
光影学園のクラスは、全部で十数クラスある。なぜ具体的な数字を出さないのかというと、年々数が増減するのだ。
そして、そのクラスの数が一から十にかけて増えて行くにつれて偏差値が低くなっていく。
例えば、今年は新入生のクラスが十クラスまであったとする。すると、一年一組は一番高い偏差値のハイパー特進コース、一年十組は一番偏差値の低いスロー進学コースになるのだ。
ちなみに、コースは全部で五コースあり、上から順にスーパー特進コース、特進コース、普通コース、進学コース、スロー進学コースである。
「よく頑張ったな。ホント、父親として鼻が高い」
「なんでだろう……褒められてるってのは解るんだけどさ、不思議と喜べないんだ。せっかくいいコースに行ったのに、そのせいで響ちゃんがこんな目に遭ったのかもと思ったら……」
「それは、関係ないだろ! あいつが狙ったのは唯じゃなく、神童財閥の財産だ!」
そう言って口を噤んだ響祐は、一呼吸するとまた口を開く。
「話が逸れたな。本題に移ろう……ずばり、単刀直入に訊く。唯、家を出て行くつもりは……あるか?」
「――っ!?」
その問いに、唯は絶句した。まさか、そんな事を訊かれるとは思わなかったのだ。
「どうして?」
理由が気になった唯は、父にそう訊ねる。すると、響祐は俯いてからしばし黙り込むと、再び口を開いた。
「四年間……この空白の四年間を、お前はあの家で過ごすつもりか?」
「な、なんで……? だって、家族なんだし……当たり前なんじゃ」
「決まっている。耐えられないからだ」
その一言に、唯は考えた。確かに言われてみればその通りだ。仮に響史が目を覚ましたとしよう。すると、響史は家に戻ってくるわけだ。しかし、四年間記憶が曖昧になり、時折家族との記憶が欠落するというのだ。
もし、もしも話しかけた時に「誰ですか?」などと弟から言われでもしたら、恐らく自分の心は壊れてしまうだろう。
今まで守るべき対象として扱われた自分が、弟自身に忘れられるのだ。そんなの絶対に無理に決まっている。
父――響祐の言っている事が理解出来た瞬間、唯の決心は固まった。
だが、それでもまだ確認しておきたいことがある。
「……お父さん達は、決めたの?」
「ああ、だが……やはり最終決定は、唯に決めてほしいんだ」
そう言われた瞬間、唯は戸惑った。
――そんなの、ズルイよ。ただでさえ、限界が近いのに……その上私に最終決定を委ねるなんて。もう、無理。
「……分かった。私、あの家で四年間過ごせる自信ない。だから、出て行くわ。お父さん達もそうするんでしょ?」
「ああ。自分達の責任を放棄して、逃げ出すような格好なのは分かっている。無様だと嘲笑してくれて構わない。だが、怖いんだ、俺達は……。父さんも母さんも、響史に忘れられるのが、怖いんだ。大事に育ててきたからこそ……だからこそ、響史が四年間苦しむ姿を見たくない。誰かに託すような形になるのは、分かっているんだが……こればかりは――」
「でも、どこに行くの? お爺ちゃん家?」
自宅に帰らないとはいえ、ならばどこで生活するのかと質問を投げかける唯に、響祐は顎に手を添え言った。
「一応、隣町に家を用意した」
「隣町って言ったら――」
「ああ、大都市にはアイツがいるからな……」
響祐が窓から外の景色を眺めて、ある人物を脳裏に思い浮かべる。
「私は……どうするの?」
「唯が決めてくれて構わない。理由をつけて出て行くでもいい、家は親父が用意すると言っていた」
窓の桟に軽く腰掛けて、響祐が腕を組む。
「……理由は後で考える。あっ、そういえば……亮ちゃんどうするの?」
この場にいない弟の事を気にかけた唯は、ふと質問する。
「その点に関しては、これから議論するつもりだ」
「?」
父の解答に関して腑に落ちない点があった唯は、頭上に疑問符を浮かべて唸った。
「とりあえず、今日はこの辺にしておこう。続きは、明日……話そう」
そう言うと、響祐は窓の桟から離れて病室の扉へと向かう。
「……亮祐が待ってるから、先に家に帰っている」
「うん、私はもう少しして戻るわ」
少し儚げな笑みを零して、唯は父を見送った。
一人病室に残る唯。彼女は雨に濡れる窓に手をつき、外を見た。
「はぁ……あの雨空のように、私の心も真っ暗だよ響ちゃん。ねぇ、私……このまま響ちゃんが起きなかったら、壊れちゃいそうだよ。お願い、お願いだから……お姉ちゃんを、壊さないで……お願い、あの時……みたいに――」
――私を、お姉ちゃんを……守ってよ。
父親に言われた記憶機関への干渉を思い出し、唯は閉口して内心でそう呟いた。
七月十日。時刻は午後七時四十分。天気は晴れ。
七日間大舞台は三日が経過し、残りは四日である。
「ねぇ、ホントにいいの? 琴音ちゃん、優歌ちゃん」
「う、うん……大丈夫ですよ。健太だって、喜ぶし」
「そだね。健ちゃんと亮ちゃんは仲良し子好しだもんね。ママとパパもいいって言ってたし」
唯の質問に、オドオドした様子で琴音が答え、ニコニコしながら優歌も賛同する。
「お父さん、亮ちゃんの食費とかその他諸々はどうするの?」
「ああ、その点に関しても問題ない。ちゃんと、お金は払う」
「……やっぱ、響史と二人だけにするわけにはいかん」
「ていうか、お父さんがお母さんと連れてけばいいんじゃないの?」
当然の疑問だ。するとそこへ、唯奏がやってきた。
「あ、あら? もしかして、今……お邪魔だった?」
扉を開けて室内の空気を察したのか、バツの悪そうな顔をする唯奏。
「いや、ちょうど良かった。亮祐の件……説明してくれ」
「ええ。唯、実はね? 亮祐が今度小学生に進学する事……知ってるでしょ? それで、亮祐の通う事になる小学校には、綺羅星幼稚園の時のお友達も何人も通う事になるの。それなのに、私達と一緒に隣町――大都市へ行ったら、また一からお友達を作る事になるでしょ? そんな無理やりな選択……私には無理だった」
「そして、亮祐をどうするか真剣に相談したんだ」
「その結果が……一番仲好しだった健太くんのいる、雛下家に預ける事だった……ってこと?」
両親の説明に、唯が最終確認を取る。すると、両親はほぼ一緒に頷いた。
「……分かった。で、結論は……お母さん達は大都市で四年間生活して、私は光影学園に通いながら独り暮らし、亮祐は雛下家でお世話になる……。そして、響史は今の家で四年間独り暮らし……ってことでいいの?」
神童家のこれからの四年間生活する場所を確認する唯に、全員が首肯する。だが、やはり唯は納得がいかなかった。
「学園に響史も通うんだよね? ってことは、必然的に会う場合……あるよね?」
「そうだな。なるべく、接触は避けてもらえれば……それでは、ダメか? ダメなら、別の方法を考えるが――」
「いい。でも、こんな全員響史から離れるっていいの?」
そこが、唯の一番気になる事柄だった。
「響史のためだ。響史の記憶機関には、父さんや母さん……唯や亮祐との記憶が一番深く絡みついている。だからこそ、一番身近な俺達が離れた方がいいんだ」
「それって、建前じゃないの? 私達は、自分達の心が壊れるのが恐い。響史に、大切な家族の一人に拒絶されるのが恐くて逃げ出すんじゃないの? それが本音でしょ!?」
「唯、そんな言い方しないで? お母さん達だって必死に考えたの。今でも辛いのよ?」
胸元に手を重ねるように添えて、唯奏は悲壮感溢れる表情を浮かべる。しかし、唯は構わず続けた。
「そんなの知らないわよっ! 私達が……響史がこんな事になったのも、もとはと言えばお母さん達がいけないんじゃないっ!! 私達は何も悪くなかったんでしょ!? だったら、この責任は誰にあるの!? もう無理っ! もう頭が痛い、心が痛いのっ!! 何で、何で響史は目覚めないんだよっ!!!」
ついに、唯は壊れ始めた。崩壊しかけていた心に亀裂が入り、最後には口調が荒くなって男みたいになっていた。
「はぁはぁ、……ごめん。私、先に帰ってるから」
そう言うと、顔を俯かせたまま唯は両親二人の間を縫うように歩いていくと、静かに病室を後にした。
「……あなた、私……間違えていたかしら?」
「いいや、誰も間違ってなどいない。これも、運命なんだろう。そう考えて、いくしかない。四年間……この四年間は、俺達にとっても響史にとっても……最悪の四年になるだろうな」
妻の肩を抱き、自身に寄せる。それから雛下姉妹の存在を思い出して、二人の方に視線を向ける。
「あ、悪いね二人とも……。家に帰るついでに送って行こう」
そう言って響祐は病室の電気を消し、雛下姉妹を先に室内から出すと、最後に自分も出て響史の姿をしばし見つめてから扉を閉めた。
というわけで、三部めです。
雛下姉妹が茜達とトランプするシーンから始まるわけですが、姫歌が哀れで。おまけに、茜がなかなかのSっぷり。生徒会の体育祭実行委員会に所属しているどこかの誰かさんとは別のSが臭います。
そして、三部めで響史が一人暮らしをする羽目になった経緯的な会話が行われました。家族会議はここで行われてたんですね。まぁ、一名いませんが。
また、ここでちょっとアイツという存在が話題に浮上。何者かは、まだ不明です。
では、引き続き四部をお楽しみに。




