第五十四話「七日間大舞台」・2
「……すまん。犯人の狙いは恐らくわしと、わしの財産じゃろう。本当に、響史には申し訳ない事をしてしもうた。そして、響史に関わる者達にもな……」
豪佑は口をキュッと一文字に結んで辛い表情をした。雛下姉妹も豪佑を責める事は出来なかった。別に彼が悪いわけではないのは分かっている。ただただ、響史が哀れでならなかった。彼の存在が邪魔だったとはいえ、その姉に手を出した挙句、狙っていた標的を餌に豪佑を強請ろうとしていたのだから。
そのせいで、響史は四年間記憶機関に負荷をかけられ、枷を嵌められた状態で生活しなければならないのだ。そんなに辛い事はない。しかも、中学生から高校一年生にかけてといえば、学生生活の醍醐味と言える期間。その間を記憶が曖昧な状態で過ごす事になるなんて、自分達がその立場だったら辛すぎて死にたくなる。
「響史くんの記憶は、四年経てば元に戻るんですよね?」
「一応、そう医師は言うておった。じゃが、そのためには響史の記憶機関に多大な負荷を与えんようにせねばならん。特に、四年前より以前の記憶には、あまり触れんでほしい」
「それって、私達が響史くんと遊んだ事も話すなってことですか!?」
「……そう、なるのぅ」
とても辛い選択だった。想い出を語るな。そんな苦しい思いを四年間もしなければならないのか。だが、響史の立場に比べれば幾分かマシな方だった。彼は以前の記憶で苦しまずには済むものの、これからの四年間の記憶に苛まれるのだ。こんな嫌な事はないだろう。
ならば、自分達も我慢することを選ぼう。
「響ちゃんの四年間の空白はどうするんですか?」
優歌の質問だ。その質問に対し、豪佑は口を開いた。
「四年後、七月二十一日の七日前――七月十四日から七日間……この間に四年間の記憶に揺さぶりをかけるんじゃ。そして、同時に四年前より以前の記憶にも揺さぶりをかける。回復しかけの記憶機関に刺激を与えて、開きかけの鍵穴をこじあけるんじゃよ」
「そうすれば、記憶が戻るんですか?」
「……確実ではないが、これしか方法はないと……医師は言うとった。じゃが、この期を逃せばもう二度と響史の記憶に揺さぶりをかけることは出来ん……らしい」
「そんな……」
「それって、賭けみたいなものじゃないですか!」
豪佑の説明に、琴音と優歌は無茶苦茶だと文句を言う。だが、こればかりはどうしようもなかった。
「わしらにも、どうすることも出来ん。それはともかく……今、わしらはあることを話しておる」
「ある……こと?」
「それって、何ですか?」
内容が気になった琴音と優歌は、それぞれ首を傾げて訊く耳を立てる。
「これからの四年間じゃよ。既にいくつか案はあがっておるのじゃが……主らも、一応考えておいてほしいんじゃ」
豪佑の言葉に少し間を開けて答えたのは――
「……時間を、ください」
琴音だった。隣に立つ優歌も妹を心配そうに見ている。
「うむ、分かった。今日はもう遅い、車で送らせとくれ」
そう言うと、胸元より少し上まで蓄えている顎鬚を優しく撫でながら、豪佑が指を鳴らす。
「お呼びでしょうか、社長」
「菅野、二人を家まで送っとくれ」
「承知致しました」
執事長管野が礼儀正しく応え、琴音と優歌を案内する。病室から退室する間際、あの! と琴音が開口する。
「……明日も、来ていいですか?」
「あぁ、是非ともそうしとくれ。孫も、その方が喜ぶじゃろうて」
優しく微笑む豪佑。それを見て、二人は顔を見合わせて微笑み返すと菅野の後に続いて退室した。
病室に残された燈と豪佑。豪佑は踵を返すと、燈に言った。
「……燈、苦渋の決断かと思うが――」
「いいよ、じいちゃん。どうせ、この呼び方もそろそろ止める時だと思ってたし」
そう言うと、燈は立ち上がる。
「これからは、響史って……呼ぶことにするよ」
「本当にすまん。安心せい、四年経てばまた呼んでいいからのぅ」
「だ、だからいいって!!」
少し照れたように言うと、燈は病室を後にする。その入れ違いで、響祐が入室する。
「二人は?」
「帰ったぞい。……響祐、弾姫の事は……わしのせいだと思うか?」
唐突にそう訊ねる父に、響祐は首を捻る。
「んだよ、急に。親父らしくない……お袋は、病死……なんだろ?」
「……そういうことに、なっとる」
「は? どういうことだよ、それ」
母親の死について意味不明な言葉を口にする父親に、響祐は少し不機嫌そうな顔をする。
「弾姫は……あの一族の者じゃ。もしかすると――ということも考えておったんじゃよ」
「そりゃ……なくはないかもしれないけどよ、今はそれより響史の事が先決だ」
今は目の前の事柄が先だろうと判断した響祐は、息子の顔を眺めながらそう言った。
「それで、決まったのか?」
「いや、まだ迷ってる。だが、この七日中には決める」
「もうそろそろ次の日じゃのぅ……」
デジタル時計の時刻を確認して豪佑は呟いた。
七月八日、時刻は午前九時半……。天気は曇りだった。
七日間大舞台は一日が過ぎた。残り六日である。
「雲行きが怪しいですわね」
「そうね。にしても、全く目を醒まさないわね、響ちゃん」
今日もまた、病室には客人がいた。姫歌と茜である。茜は丸椅子に座っており、姫歌は開けられた窓の桟に手を突いて身を乗り出すように外の景色を眺めていた。
「朝からこうだと、めげてしまいますわ」
「あら、それは……燈がいないから?」
「ち、違いますわよ! 勝手に変な想像しないでくださいません? 私はただ、その……アレですわ」
「退屈……とでも言いたいのかしら?」
頬に手を当ててそう口にする茜に、姫歌は「そ、そうですわ!」と、思ってもいないのに思っているような言い方をした。
「今日も来るんでしたわよね、あの二人」
「ええ、そう言ってたわ。そろそろじゃないかしら?」
と、茜が扉の方に視線を向けると同時、ガラガラと扉が開いた。そして、案の定話題になっていた二人が入室する。
「あ、……茜さんと、姫歌さん……でしたよね?」
「おひさ~だね、あかねんと姫ちゃん」
「あら、優歌さん。まだその呼び方してらしたの?」
「私をそう呼ぶのは、いい加減勘弁してくださらない? あなたのせいで、私のクラスでもその呼び方が定着していますのよ!?」
琴音はともかく、優歌は茜と同じ年齢のため、普通に接している。しかも、その愛称のせいで姫歌が少し迷惑そうな顔をしている。
「あっれ~? じゃあ、姫っちの方がいい?」
「そ、その呼び方だけは勘弁してくださいまし!!」
顔面蒼白で後ずさる姫歌。
「あ、あなたは前々から誰かに似ていると思っていましたけど、今分かりましたわ」
その言葉に、優歌は首を傾げた。
すると、病室が荒々しく開け放たれて何者かが入室してきた。雛下姉妹は何者だろうと首を傾げたが、茜と姫歌はこんな登場の仕方をする人物は一人しかいないと分かっていたため、茜はやれやれという表情を浮かべ、姫歌はあからさまに嫌そうな顔をした。
「やーやー、諸君! 元気にやってるか~い? りっつんのご登場だよ~ん♪」
意気揚々と病室に入室してきたのは、りっつんこと律奈だった。いつまで経っても精神年齢のあがらない律奈は、見た目に反して幼い口調で皆にアピールする。
「おっ、茜ちんに姫っちじゃん! それに、そこの二人は……誰?」
下から覗き込むように見上げてくる律奈に、雛下姉妹はたじたじだった。しかし、同じ部類に入る優歌は、脳の理解処理が追いつくと同時に声をあげる。
「えと、響ちゃんの幼馴染で~す!」
「ほうほう、してお隣の子は? キミも響ちゃんのなじみちゃん? いやはや、モッテモテで羨ましいよ、うちの甥っ子は♪」
そう言うと、覗き込むのをやめて片足を少し振り上げ、もう片方の足を軸にしてクルッとターンする律奈。
「お、甥っ子?」
「そだよぉ~♪ 響ちゃんはりっつんの甥っ子なのだぁ☆ でもでも、りっつん的にはこの歳でオバちゃんってのはやなんだよねぇ~」
などと言って、その場でステップを踏む。
「そだ、二人のお名前を聞かせてちょ?」
「私は優歌って言いま~す♪」
やはり似たような部類である優歌は、すぐに律奈と打ち解けたらしくそのテンションに合わせて自己紹介する。が、真面目気質のある琴音は、すぐ側で意識不明にある響史を案じ、そんなに大声をあげるのは極力遠慮したかった。
なので――。
「……雛下、琴音です」
と、少しオドオドしながら自己紹介する。しかも、ご丁寧にフルネームだ。
「ほうほう、ゆーちゃんにこっとんか~」
「こ、こっとん?」
まさか、自分の愛称か何かだろうかと、自身を指さしながら首を傾げる琴音。すると、コクコクと律奈が満面の笑みで頷いた。
どうやら、その通りらしい。
「そんで、二人は響ちゃんのお見舞いってことかな~? あっ、そだ。りっつんこれから用があるから、んじゃね~♪」
急に何かを思い出して踵を返すと、そのまま入室時と同様荒々しく退室していった。
「な、何だか嵐みたいな人だね」
「ふふっ、そうだね~」
姉の優歌に言うと、共感するようにニッコリ微笑む。そう言えば隣にも似たような人がいたんだと、琴音は改めて思った。
「……今日、私達以外にはお見舞い来ていないんですか?」
琴音の質問だ。ふと周囲を見渡して見舞の品が無い事を確認して訊いたのだ。
「ええ、本当は私達の親も来る予定だったのだけれど、連絡がないところを見ると、仕事が忙しいみたいね」
「まったく、甥っ子がこんな目に遭っているというのに、連絡もよこさないだなんて……感心しませんわ!」
茜が口にして、次いで姫歌も信じられないというように眉毛を吊り上げて、腕を組み文句を言う。
「響史くんって、そんなにたくさんの親戚がいるんですか?」
「え? そうね……少なくとも、私と姫歌と燈と奈緒が響ちゃんとは従兄妹関係だし……。でも、それがどうかしたの?」
「い、いえ……。ただちょっと気になって」
頬をかきながら琴音が視線を逸らすと、今度は響史の母親がやってきた。
「あら、琴音ちゃんに優ちゃん……二人とも今日も来てくれたの? ありがとう」
母――唯奏は、見舞の花が活けてある場所まで歩いていくと、花瓶を手に取った。
「ちょっとお水変えてくるわね? 茜ちゃんと姫歌ちゃんは、今日学校じゃないの?」
「心配ありません、叔母さま。今は夏休みですから」
「そうですわ、まぁ中学校の宿題がありますけど……それもここでやるつもりですから」
「うふ、ありがとう姫歌ちゃん。響史の側にいてくれるのね?」
唯奏が口元に手を運んでクスッと小さく笑って言うと、姫歌は顔を赤らめて腕組みをする。
「ち、違いますわ! か、勘違いしないでくださいませ! 私はただ、ここの方が設備も整っていて涼しいというだけで――」
「あら、今日の天気は曇りで風も吹いていないし、窓も開いているから涼しくはないはずなのだけど?」
まるで、痛い部分を突かれたかのような顔をした姫歌は、口ごもって顔を俯かせてしまう。
「うふふ、まぁいいわ。お水取りかえったらまた戻ってくるから……。琴音ちゃんと優ちゃんは、何時までいれるのかしら?」
茜と姫歌のやりとりを見て和やかに笑んだ唯奏は、一つ雛下姉妹に質問した。
「はい、一応……お昼までは」
「午後からはちょっと用事があって……」
「そう、もしよかったらお昼ごちそうしようかとも思ったんだけど……あまり家族団欒を邪魔するのもヤボってものだから」
そう言うと、彼女は病室を後にした。
「私、少し用がありますから……少し席を外させていただきますわ」
唯奏に続いて窓のある壁から離れる姫歌に、茜が口を開く。
「あら、どちらへ?」
「な、何でもよろしいじゃありませんの! ちょ、ちょっと用を足しに――」
「ああ、おしっこですか」
納得の頷きを見せ、茜はわざとらしく言いなおした。
「なっ、下品な言い方しないでくださりません!? 私たちは一応、財閥の孫ですのよ?」
「あら、そんなの関係ないと思いますけど……」
「うくっ、もうよろしくて? 急いでいますので!」
一言そう吐き捨てると、姫歌はダッシュで病室の外へと駆けて行った。
「……さて、イジリ甲斐のある方もいなくなってしまったことですし、私は夏休みの課題でもやりますか」
足元に置いておいたバッグから束の紙を取り出す茜は、それを足の上に置いて胸ポケットに入れてあったシャーペンを手に持った。
「宿題、するんですか?」
琴音の質問だ。
「ええ、テレビをつけてもいいのだけれど、それだと響ちゃんに影響を与えるかもと思って……」
「そうですね」
「じゃあさ、あかねん……私と一緒にトランプしよ?」
優歌は、ポケットからプラスチックの箱に入ったトランプを取り出す。それを見た琴音がトランプを見て声をあげた。
「あーっ!? それ、私のだよお姉ちゃん!!」
「あれ? そだっけ? まぁいいじゃんいいじゃん! 細かい事は気にしな~い! ってことで、三人でトランプしよ?」
「あら、いいですわね。それで、何をなさるのかしら?」
「う~ん、ここはシンプルに馬場抜きなんてどう?」
「お姉ちゃん……それだと、馬場さんが参加出来ないよ?」
半眼に嘆息しながら琴音が優歌に言う。
「あちゃ~。あっ、ババ抜きか!」
「とりあえず、カード貸してくれるかしら?」
いつもと変わらない笑みを浮かべて、茜が優歌に手を差し出す。疑問符を浮かべて優歌が渡すと、茜はようやく視認出来るかくらいのスピードでカードを繰った。
『は、速いっ!?』
目を見開いて驚愕する雛下姉妹に、茜は薄く目を開く。その真紅の双眸が開き、妖しく光る。
「さて、じゃあ四人なので……ちゃっちゃと配るわね?」
「四人?」
茜の言葉に周囲を見渡す二人。現在この場には三人しかいない。厳密的には響史も含めて四人なのだが、意識不明なので人数にくわえることは出来ない。
すると、姫歌が手をハンカチで拭いながら帰って来た。
というわけで、二部めです。関係者による大舞台で、雛下姉妹も来ました。
しかし、演技とはいえ、言いたくない事も言わされるっていうのは辛いですね。ちなみに、響史のお世話のシーン全ては載せきれてません。なので、時間は飛びまくりです。まぁ、七日間を一話で終わらせるので。
では、引き続き三部をお楽しみに。




