第五十四話「七日間大舞台」・1
少し間が空きました。
今回は五部構成です。
「先生、響史の容体は!?」
「響史は無事なんだろうなッ!?」
まさに名演技という様子で自分という役になりきる二人。
「お、落ち着いてください二人とも。息子さんは無事です」
医師も素人とは思えないような演技を見せる。顔もまさに役作りのために徹していて、声を荒げる二人を宥めるような仕草を取っていた。
「目覚めるんですよね!?」
「……お二人とも、これから話す事をよ~くお聞きください」
「え? それってどういう――」
「唯奏。……どうぞ、話してください」
少し取り乱す妻の名を呼び、夫が医師の話を聞こうと耳を傾ける。
コクリと頷いた医師は二人をその場に座らせると、自分も丸椅子に座って真剣な面持ちで二人を一瞥した。
「命に別状はありません。ただし、一つ大きな問題があります」
「え? 問題? どういうことですか!?」
医師の言う問題という不安感煽りまくりのセリフに、唯奏が激しく動揺する。
「息子さん――響史くんは後頭部に強い衝撃を受けました。頭蓋骨にヒビは見受けられませんでしたし、出血も思っていたよりも少量で済みました。ですが、脳にダメージがありました」
その言葉に響祐は絶句、唯奏は絶望という風に口を手で覆った。
「まさか、響史は死ぬんですか?」
「いえ、先程も申しました通り命に別状はないんです。ただ、彼は後遺症を負いました」
後遺症、それは病気や怪我が治った後に残る機能障害などの症状の事だ。つまり、この場合響史は脳の何処かの機能に障害を負ったということになる。
「それで、響史は何の後遺症を負ったんですか?」
「はい、『一時的記憶欠落障害』というものです」
『一時的……記憶欠落、障害?』
響史の両親二人が一緒に疑問符を浮かべてその主な症状を尋ねた。それについて、医師が説明を始める。
それを聴き終えた二人は、更なるショックで次の言葉が出て来なかった。が、それはあくまで演技であって台詞を忘れたわけではない。
これも全て四年前に体験した事なのだ。
「……先生、どうにかならないんですか!?」
「そうだ、金なら出すッ!! だから、俺達の息子を助けてくれッ!!」
「やめてください、お二人とも。お気持ちは痛いほど分かりますが、お金を出したくても出せない家庭もあるんです。その事を考えてください。それに、こればかりはいくらお金を積まれようと無理です。記憶という形ない物を修繕する事なんて、私達にはとても無理です」
少々長めのセリフを、噛まずに流暢に喋る医師。
そして、その場に立ちあがった彼は窓側まで歩いて行って口を開いた。
「……一つ、手が無いわけではありません」
その言葉に項垂れていた二人が顔をあげる。
「本当ですか!?」
「教えてくれッ!!」
二人の藁にもすがるような必死の声に、医師はやれやれという風に口元を緩めると、語りかけるように言った。
「方法は単純です。四年の月日をかけるのです」
「――え」
あまりにも単純な方法に弱々しい声が漏れる。戸惑いと困惑にも近い声をあげる二人は、言葉の意味を理解して医師に説明を求めた。
彼によると、響史が負った後遺症は一時的なものであって四年が経てば戻るというものだった。ただし、名前が覚えにくいという症状だけは緩和されるだけで、覚えにくいという欠点は改善されないとのことだった。
それでも家族や友人たちとの思い出は修繕されると聞いて、二人は互いに手を取り抱き合った。
しかし、油断は許されなかった。四年の間に響史の記憶機関に支障を来たすと、想像も出来ないような大変な事態を引き起こすかもしれないと宣告されたのだ。
「……大変な事態とは?」
「響史くんの記憶が完全に壊れて、誰が誰だか認識出来なく可能性もあります」
それを聴いてさっきまで喜び合っていた二人は、再び一気に絶望へと叩き落される。
「そんな……。でも、四年間何もなければ大丈夫なんですよね?」
「ええ。心に重たい負荷をかけたりするのもあまりよろしくありませんね。なので、あまり昔の事柄に触れるのは遠慮してください」
と、そこで再び扉が開け放たれる。
「お坊ちゃま、皆さまをお連れ――」
「響ちゃん!」「お兄ちゃん!」「響史っ!」「お兄たん!」
執事長の銀之助を押しやりドドドッ! と、中になだれ込むように入室してきたのは、響史の従姉妹である茜、燈、姫歌、奈緒の四人だった。遅れて豪佑が、秘書の箏鈴と娘の律奈を伴って入室する。
「どうやら、みなさんお揃いのようですね」
そう言って病室の端へと移動する医師。
従姉妹の四人は涙を流しながら響史の眠るベッドにしがみついた。それから声をあげて泣いた。
その様子を同じように悲しそうに見下ろす響祐と唯奏。豪佑も下唇を噛み締めていた。手は痛々しく腫れ上がっている。これはメイクによるもので、実際に手を腫らしたわけではない。
箏鈴は手に花束を持っていた。
律奈は押しやられて壁に顔面を激突させている銀之助をちょんちょんとつついていた。が、これもやはりいつもに比べてテンションが低めだった。
「おや、娘さんはいらしていないんですか?」
医師の言葉に響祐が声をあげる。
「唯はどうしたんだ!?」
「ぐすっ、従姉さんなら……さっきまでここの病室の扉の前に立ってたんですよ? 私達が声をかけたら、途端に……ずずっ、どこかへ走って言っちゃって」
その言葉に嫌な予感がした響祐は、ハッとなって病室から出て行った。無論、病室を出てしばらくした所で走るのを止める。あくまで演技なので、それ以上走る必要がないからだ。
その後は、後から入室したメンツにも、響史の後遺症やリハビリの内容などが医師から伝えられた。
それを聴いて各々DVDで見た映像と同様のリアクションをとる。無論、四年前に自分達が取っていた行動だ。
そこから時間が過ぎて行き、時刻は八時過ぎ……唯が響祐に肩を抱かれて連れてこられた。その目は酷く充血していて、目の周りも赤く腫れていた。
無論、メイクである。
「……ごめん、皆。悪いんだけど、一人にしてもらえないかな?」
凄く辛そうな表情を浮かべて頼み込む唯に、親族の面々は互いに視線を交わすと代表して響祐がコクリと頷いた。
「分かった。父さん、ちょっと亮祐に電話してくるから……その間だけだぞ? 唯奏は、あの子達に電話を」
「琴音ちゃん達? 分かったわ」
そう言って響祐を先頭に、他の面々も出て行く。医師もその後に続いた。だが、若干一名――茜だけがその場に留まった。
「……従姉さん、ごめんなさい。こんな事態を引き起こしてしまって……。すべては私の――」
「茜っ! ……あなたのせいじゃないよ。悪いのは私……確かに、今回の事件はあなた達も噛んでいたかもしれない。でも、だからって責任はない。それに、私よりも年下のあなた達が危険な事に巻き込まれてたってのに、その事を知らないだけじゃ飽き足らず、助ける事も出来なかったんだもん。全面的に責任は私にある。ごめんね、辛い思いさせて」
いつもの口調よりも少し喋り方が子供っぽいのは、あくまで四年前の再現のための演技。
だが、その口調が茜には少し懐かしいような新鮮な感じがした。
「響史はさ、私に言ったの。男の子は女の子を守るもんだって!! 笑っちゃうよね? 最近の子供はそんな言葉、笑って冗談にしか扱わない。なのに、あの子はくそ真面目に……バカみたいに受け取っちゃって、私を助けに来たんだよ? はは……私があげた木刀まで持ってさ。普通さ、相手はいい大人なんだから、木刀なんかで勝てっこないって分かんないのかな? ホント……ば――」
バチンッ!!
病室に響き渡る頬を張る音。本来ならば、このシーンは自分の手で自分の掌を叩くという予定だったのだが、演技とはいえ四年前と同じセリフを聞いてカッとなった茜は、自身を抑えきることが出来ずに、年上である唯の頬を思いっきり叩いた。
その予定にない行動に、病室の外で待機していた面々が思わず声をあげそうになる。
「……響ちゃんの事を悪く言わないでくださいっ!! 私の知っている従姉さんは、大事な弟をそんな風に貶す様な事は言いませんっ!! そんな……そんな従姉さんは、私の尊敬する従姉さんではありません……今の従姉さんなんか――」
演技とはいえ、尊敬している唯に対して、自分の気持ちとは裏の言葉を吐き捨てるのが辛かった。だが、やらなければならない。四年前の再現のために……。
「――だいっきらいですっ!!」
そう言いきって目から一筋の涙を流す茜。下唇を噛み締め、拳を強く握りしめている。
「仕方ないじゃん。だって……そうしないと、怪我を負わせたのは私で……響ちゃんに後遺症を負わせたのも私で……心が、壊れそうになるんだよっ!!!」
普段はあげないような大声をあげて叫ぶ唯。そのまま彼女はその場にアヒル座りで座り込んだ。
「……一つ、訊かせてください従姉さん」
「ぐすっ、何?」
涙声混じりで尋ねる唯に、茜は噤んでいた唇を開いた。
「響ちゃんの事……嫌いですか?」
そう訊いた瞬間、唯は一度目を見開き顔を俯かせると、肩を震わせながら答えた。
「……そんなの。あ、当たり前……じゃない。す――」
一瞬口ごもる唯だが、小さく一呼吸して言葉を紡ぐ。
「好き……なわけない」
その言葉を聴いて一瞬ショックを受けたような顔をする茜だったが、すぐにその表情は一変する。理由は単純だった。
唯が顔を上げると、その青緑色の双眸から大粒の涙が溢れて頬を伝い流れていた。
「……そうですか。分かりました……すみません、酷な事を訊いてしまって」
そう言うと、茜は唯を優しく抱きしめてハグしてあげた。そして、内心で呟く。
――そんなにたくさんの涙を流しておいて、好きなわけないなんて……偽りでしかありませんよ、従姉さん。にしても、ホントに辛い再現ですね。本心は逆なのに……それを、嘘でも口にしないといけないんですから……。
しばらくして唯を放すと、軽く礼をして茜は病室を後にした。
唯はそのまましばし俯いたままだったが、少ししてその場に立ちあがり、傍にあった丸椅子に座った。そして、大事な弟を見据える。
「……響ちゃん、お姉ちゃん……間違ってたのかな」
あくまでも演技だが、どこかその質問は自分が今思っている事と重なっていた。
と、その時だった。
「……って、な……い」
「――っ!?」
思わず驚愕してしまった。
実は、この質問の後には、本来ならありえない響史のセリフが用意されているのだ。
どうするか本当に悩んでいたこのシーンのセリフ。代役でも用意しようかと思ったが、予想外な事に響史自身が答えてくれた。
なので、映像でも見たのだが、演技とか無意識で本当に驚愕してしまった。
意識不明のはずなのに、確かに今、響史が喋ったのだから。
「……響ちゃん!?」
台本通りに尋ねるが、やはり響史の反応はなかった。
唯は口を少しだけ開けると、閉口して病室を後にした。
病室の外で――。
「響史のあの部分のセリフどうなった!?」
「そ、それが……響史が自分で喋ったの!!」
響祐の問いに対する答えを唯が口にした瞬間、親族及び雛下姉妹が驚愕を露わにする。
「響史は意識不明のはずでしょ!?」
「そ、そのはずですが……。しかし、これは四年前にも起こったことです。もしかすると、この方法の効果が現れているのではないでしょうか?」
唯奏の言葉に医師がそう推測する。その言葉に、なるほどと納得するメンバー。
「この後誰が行くんだっけ?」
「え~と……燈、お前だ。後は、ことりんだな」
「は、はい! 確か、お花を活ける役でしたよね?」
念のための確認と、口に出しながら自分の台本を開いて視認する。
「よし、時間もない。セリフは覚えているな?」
「任せといて!」
燈が自身たっぷりに自分の胸を叩き、首肯する。
そして、病室の扉を開いた。
「……お、お兄ちゃん。熱くない? 今、窓開けるから。夏だけど、夜風は少し冷たいから……空気の入れ替えも兼ねて」
言葉が返って来ないことは百も承知で、独りごちた燈は儚げな表情を浮かべて窓を開けた。
すると、病室の扉が開いて誰かが入ってくる。秘書の箏鈴だった。
「こ、ことりん……お花、持ってきたの?」
「はい、丁度いい花があったのでこちらに活けようかと」
そう言うと、袋からお花を取り出す。
「そう、ありがと」
「いいえ。燈お嬢様は、空気の入れ替えですか?」
相手にも自分と同様ここにいる理由を尋ねる。
燈はコクリと頷いて口を開いた。
「まぁね。お兄ちゃんも少し寝苦しそうだったから」
「不思議ですね、意識はないはずですのに……」
そう言われてみればそうだ。でも、何故か空気の入れ替えをしないといけない……そんな使命感が沸いたのだ。恐らく、この重たい空気を取り換えたいと思ったのだろう。
「……それではお嬢様、私は戻ります」
一言残して箏鈴は病室を後にした。
「ふぅ、一人っきり……いや、お兄ちゃんがいるんだから二人っきり……か」
丸椅子を窓側に移動させて夜景を見ながら言う燈は、ふと同い年である響史の寝顔を見た。
「ふっ、不思議だなぁ。こんな、寝ているようにしか見えないのに……意識がないなんて、さ。ねぇ、知ってる……お兄ちゃん? 私がこんな、怪力娘みたいな感じになっちゃったのってさ……お兄ちゃんのせいなんだよ? あんな、アドバイスをくれるから……空手とか習って、武道を学んで……こんなに強くなっちゃった。お兄ちゃんが本当に全快する時には、壁を殴って蜘蛛の巣状の亀裂を入れられるくらい、強く……なれるかな?」
響史の銀色の髪の毛に触れながら、慈しむように語りかける燈は、目じりにうっすらと涙を溜めた。
実際、約四年が経とうという今、燈のパンチ力は壁に亀裂を入れられるくらいの破壊力を手にしていた。恐らく、亀裂どころか破壊することも可能だろう。
答えは、やはり返っては来なかった。まぁ、当然だろうと嘆息した燈は、その場に立ちあがろうとした。
刹那――病室の扉が再度開く。そこに現れたのは、雛下姉妹だった。
「響史くん……」
「響……ちゃん」
琴音と優歌は、それぞれ目尻にいっぱい大粒の涙を溜めており、今にも溢れて頬から流れそうだ。
「琴音ちゃん……」
琴音とは小さい頃、夏休みに一応面識が会ったので名前を知っていたが、隣の少女は見たことがなかった。優歌は二歳年が離れている上、響史の家に来た回数がもっと少ないのだ。
「燈……ちゃん、響史くん大丈夫なの?」
容体が気になる琴音は、胸の前で手を重ねて燈に尋ねる。燈は、ポカンとだらしなく開けていた口を一旦閉じて、もう一度開くと首肯した。
「うん、命に別状はないって……おじいちゃんから聞いた。でも――」
燈から説明された後遺症に、二人はショックを受けて目を見開く。そこへ、豪佑が入室する。
改めて彼からの後遺症と記憶に関する話、事故に関する話を聞いて二人は更なるショックを受けた。
琴音に至っては、ショックのあまり床に膝を着いて座り込み、顔を覆って泣き出した。
というわけで、七日間に渡る演劇の始まりです。今回は関係者の心情赤裸々です。なので、シリアス面も多いかと。
一人暮らしの経緯とか、亮祐が雛下家でお世話になる話などもあります。
響史は果たして目覚めるのか。
引き続き二部をお楽しみに。




