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魔界の少女  作者: YossiDragon
第四章:七月 現在『欠けた一部と空白の四年間の記憶』編
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第五十二話「関係者の賭け」・3

「な、なんか久し振りに一緒に入りたくなって……さ。後、亮祐も一緒にいい?」


「え? べ、別にいいけど……」


 そうは言ったが、実は琴音が一番気にしているのが亮祐のことだった。亮祐は、健太と同じく十才なのだが、その外見は殆ど響史にそっくりで、まるで小さい頃の響史のようだった。そのため、その裸を直視してしまうのがどうしても恥ずかしくて目を合わせられなかった。


「け、健太くん。やっぱりいいよ……琴音お姉ちゃんも困ってるみたいだし」


「う、ううん。わ、私の事は気にしないで? どうせもうそろそろ上がるつもりだったし」


「え~? いいじゃんいいじゃん! 最近姉ちゃん元気なかったしさ! そうだ、昔みたいに体洗ってよ!」


「ええっ!? そ、それはさすがに……」


 弟のお願いに、琴音は顔を真っ赤にした。当たり前だ。相手は気にしていないだろうが、こちらは気にしてしまう。同性ならまだしも異性の体を洗うなど、そんなこと無理だ。確かに小さい頃ならば平気で成し遂げていただろう。しかし、琴音はもう十六である。


「健太くん、やめときなよ。あまりお姉ちゃんに迷惑かけたらダメだよ」


「えぇ? あ、じゃあさ……髪だけでも洗ってよ!」


 どうしても洗ってほしいのかと内心思う琴音だったが、髪の毛くらいなら別に構わないかと思い、嘆息混じりに「いいよ」と応えた。


「……か、髪の毛だけだよ?」


「うん!」


「もぅ……」


 頬をぷくーっと膨らませてシャンプー液を手のひらに適量乗せると、それを擦り合わせて泡立てる。それから弟の濡れた髪の毛に触れる。琴音と同じでにゃんこ毛の健太の髪の毛はフワフワで、触っていて気持ちがいい。自分の髪の毛もそうだが、こうフワフワだとよく他人にもいじられるので少し嫌だ。でも、それを嫌だと思わなくなったのはいつからだろう。それは、初めて彼と会った時だった。

 そう、響史である。彼もまた、琴音のフワフワの栗毛色の髪の毛に触れてきた。だが、その触り方は皆と違い、とても慈しむように大切に扱うような触れ方だった。しかも、単なる偶然だろうが、その頭部に触れる手がまるで頭を撫でるような感じだったので、琴音は当時こそばゆくも、何とも言えない快感を得ていた。

 それはいつの間にかクセになっていて、褒めてもらう時には必ず響史のナデナデを所望した。響史自身も琴音のフワフワのにゃんこ毛に触れるので利害は一致――互いに認め合った行為だった。

 だが、その光景は傍から見ると、ご褒美をねだって尻尾を振るペットと、それを可愛がる飼い主という構図にしか見えていなかったかもしれない。

 そして、その関係は今は消え失せた。もうあれから何年も頭を撫でられていない。あの懐かしい感覚が永遠に感じられないのかと思うと、少し泣けてくる。


「……じゃあ泡流すから、眼つぶっててね?」


「うん」


 健太の応答を合図に、琴音がゆっくりお湯をかけて泡を流す。


「えぇと、リンス……」


 それからリンスの容器を取ろうとした時だった。


 ぷにゅ。


「あっ、ね……姉ちゃん」


「ん? なに?」


「む、胸当たってる……」


「ひやぁっ!?」


 思わず飛びのくように後退する琴音。物思いに耽ってしまっていたせいだろう、少し離れた位置にあるリンスを取ろうと体を前にズラしたことで、無意識のうち、弟の小さな肩に琴音の控えめな胸が当たってしまっていたのだ。


「あぅ……」


 胸を庇いながら思わず俯いてしまう琴音。


「だ、大丈夫? 琴音お姉ちゃん?」


 響史がそのつぶらな瞳で琴音の顔色を窺った。その距離が近く、さっきまで想い人――響史の事を考えていた琴音は、亮祐と響史が重なってしまい顔をより一層真っ赤にして湯船に飛び込んだ。


バシャーンッ!!


「うわっぷ! ね、姉ちゃん何やってんだよ! り、リンスは?」


「もうやだ! 自分でやって!! 体も洗って湯船に入って百数えたらさっさと上がってね!」


 そう言うと、鼻までお湯の水面ギリギリにつけて口からゆっくりと息を吐いた。ブクブクと泡が水面に浮かび上がって破裂し、泡の中に入っていた空気が逃げる。


「あの……僕も入っていい?」


「え!? あ、うん」


 ほぼ浴槽を独り占めしていた琴音に、了解を得る様に亮祐が小首を傾げながら尋ねる。

 その問いに、琴音はまた動揺しながら了承した。

 亮祐が湯船に浸かり、体操座りする。


「足、伸ばしていいよ?」


 少し窮屈そうにしている亮祐に悪いと思ったのか、そう琴音が勧める。


「あ、うん」


 琴音に優しくそう言われて、亮祐は少し遠慮がちに足を伸ばした。


「んっ!」


「あっ、ごめん。足当たっちゃった?」


「あ、だ、大丈夫……」


 実際、琴音の太ももに亮祐の足が一瞬当たったのだが、琴音は相手に気を遣ってあえて当たっていないと答えた。


「よっしゃ! 髪の毛洗い終えた! ほら、亮祐も体と髪の毛洗えよ!」


「あっ、そういえば僕……体とか洗う前に入っちゃった! ご、ごめんなさい!」


「い、いいよ別に。毎日体洗っているんだし、体洗う前に湯船に浸かってもそんなに汚くはならないと思うよ?」


 涙目になって今にも泣きだしそうな表情を浮かべる亮祐に、慌てて琴音がフォローする。


「そ、そう? 琴音お姉ちゃんがそういうなら、そうだね。じゃあ、僕も髪の毛と体洗うね」


 そう言って亮祐は湯船からあがる。その時、不意に彼の異性の部分を見てしまい琴音はまた顔を伏せた。


――ああもう……なんで私がこんな思いしないといけないの? もぅ……。



 頭を抱えて再び物思いに耽る琴音。すると、それを同じ湯船に浸かって見ていた弟の健太が見て何かを思ったのか、口を開いた。


「姉ちゃん、なんか悩みごとでもあるのか?」


「へ? や、やだな~。な、悩みなんてないよ……。それよりほら、百数えてあがったあがった!」


 まるでさっさと追い出したいかのように弟を急かす琴音。健太は少し不満そうだったが、しぶしぶ数を数えはじめた。

 遅れて、髪の毛と体を洗い終えた亮祐も湯船に浸かって数を数えはじめる。そんな微笑ましい光景を見ている中でも、琴音の心のどこかではある感情が渦巻いていた。


「じゃ、姉ちゃんも早くあがれよ? また昔みたいに、逆上せてバタンキューなんてゴメンだぜ?」


「なっ、逆上せたりなんかしないよ!」


 弟の嫌味に思わずカッとなって、琴音は声を荒げた。

 結局ひと騒動あったが、再び一人になる琴音。


「はぁ……あれはあれで健太も私を元気づけようとしてくれたんだろうな~。ふふ、まぁ不器用だったけど……でも――」


――ありがと……健太。



 その最後の一言のみを心で呟き、琴音は湯気が立ち込めて見づらくなった天井を見上げた。

 刹那――。


「やっほ~琴音ちゃん♪」


「きゃ!? お、お姉ちゃん?」


 突如姿を現したのは、琴音の実の姉である優歌だった。彼女は既に衣類を全て脱ぎ去っており、それから導き出される結論は一つしかなかった。つまり――。


「一緒にお風呂に入ろ~♪」


 そう言って派手に湯船に飛び込んでくる姉。やや天然っ気のある琴音だが、それも姉の優歌に比べれば弱い方で、一緒にいると妹の琴音が常人に見えてしまうくらいだった。


「うわっぷ!? ちょっ、お姉ちゃん……どうして入って来たの? 私が入ってるの知ってるでしょ?」


「うん、もち知ってたよ? 相変わらず琴音ちゃんったら可愛らしい下着着けてるよね~♪ あの――」


「うわぁああああ! やめてやめて! もう……それ以上言ったら私、泣いちゃうから」


 姉に自分の下着について指摘され、思わず赤面して姉の口を両手で塞ぎにかかる琴音。


「ごめんね? 琴音ちゃんからかうと面白くってつい……」


 涙目で訴える妹に、あまり悪びれた様子もなく謝る優歌。


「それで結局、何で入って来たの?」


「つれないなぁ琴音ちゃん。小さい頃は仲良子よしの似た者姉妹、なんて呼ばれて有名だったじゃない♪ 忘れちゃったの?」


「忘れてはないけど……」


「……何かあったんでしょ?」


 急に声のトーンを切り替えて真意を追究してきたので、琴音は体を小さく跳ねて訊きかえした。


「どうして?」


「チッチッチ、お姉ちゃんに隠し事しようだなんて百年早いよ? 琴音ちゃんのことは何でも知ってるんだから!」


 自慢げに腕組みして鼻を鳴らす優歌に、琴音は疑わしそうに口を開いた。


「例えば?」


「昨日、幼稚園のアルバム見てだらしない顔してたよね?」


「きゃああああああああ! なんで知って――あっ!」


「ほらね? 観念したまえ、琴音ちゃん♪ まぁ、訊かなくても大体は分かってるつもりだよ? ……響史くんのことでしょ?」


 単刀直入に、モロ名前を口にされて琴音は耳まで赤くなる。まるで逆上せたみたいに赤くなった琴音を見て、優歌はその頬に手を添えた。


「まったく、可愛いぐらい感情が表に出るね、琴音ちゃんは♪ そんなんじゃあ、もしも本人に言われたらぜったいに知られちゃうぞ?」


「うぅ……分かってるよ。でも、もう抑えきれないんだもん……」


 優歌の言葉に、顔を俯かせて琴音は答えた。


「まぁ、響史くんの身に起きているアレがあるもんね。でも、だとしても伝えた方がいいんじゃない? じゃないと、取られちゃうかもよ?」


「え!?」


 姉の言葉に思わずわが耳を疑ってしまう琴音。当たり前だ、取られる……一体誰に取られるというのだろうか。


「響史くんは優しいからね。まだその気持ちに気付いていないだけで、彼に好意を寄せてる人はまだまだいるかもよ?」


「そ、そんな……」


「そのためにも、早く告っちゃった方がいいんじゃない? 少なくとも私はそう思うな~♪」


 そう言って優歌は琴音のある部位に視線を向けた。


「まぁ、色仕掛けは無理かもだけど」


「んなっ!? お姉ちゃんまでひどいっ! 私だって一生懸命努力してるのに! 少しくらい分けてよっ!!」


 思わず無茶な言葉を口にする琴音に、優歌は無理無理と手でジェスチャーしてから口を開く。


「まぁ、女の武器はいろいろあるよ♪ 琴音ちゃんにも、他の武器があるはず……それを使えば、万事OKだよ♪」


 親指を立ててウインクする優歌。まるで、応援しているという風な顔だ。弟にも元気づけられ、姉にも元気づけられた。そうだ、こんな所で(くすぶ)って落ち込んでいる場合じゃない。ただでさえ、響史の周囲には女の子が多いのだから、ライバルが増える前にその芽を摘み取るか、それ以前に除草剤を蒔く必要がある。

 だからこそ、響史に会わなければならない。


「ありがと、お姉ちゃん。私、決めたっ!」


「うん、その意気だよ琴音ちゃん♪」


「私、先上がるね!」


 やる気の炎をメラメラと燃やし、気合十分に湯船から出る琴音。その後ろ姿を見守りながら優歌はふと思った。


――あぁ~、琴音ちゃんの胸……柔かかったなぁ~♪



 琴音は、勇気をもらった相手がよもやこんなことを内心で思っているなどとは露ほども思っていないだろう。




 場所は変わって病院。時刻は既に午後十一時。後一時間で七月七日になる。


「後一時間ですか……」


 ふとデジタル時計の示している時刻と日付を確認して茜がボソッと呟く。


「七月七日……くっ、忌まわしいあの日か」


「ええ、事の発端とも呼べるあの日……今を思えば、あの時響史に相談しなければ、響史も唯お従姉さまも巻き込まずに済んだというのに……五年前の自分の行動を今更ながら悔いてしまいますわ」


「やめるんじゃ、茜、燈、姫歌。三人には何の罪もありはせぬわい。無論、相談を受けて答えた響史にもな。悪いのは全てわしらを狙ったあやつらじゃ」


 茜、燈、姫歌がやたら重苦しい雰囲気を出して顔を俯かせたので、彼女達の両親が不在の今、保護者を兼ねている豪佑がそう三人を励ました。


「みなさん、お待たせいたしました。準備が整いましたのでこちらへ……」


 医師に招かれて十一人がやってきたのは、一つの病室だった。そこは、忘れもしないあの場所だった。


「ここは、四年前……響史が入院してた時に使ってた病室?」


「はい、四年前の再現のためには必要不可欠とも呼べる場所です。配置も何もかも全てを四年前と同じにしております」


 唯の言葉に医師が答える。そして、その言葉に疑問を抱いた者達が口を開く。


「配置も全て……だと? だが、四年も前のことなのに、配置を覚えているのか?」


「いえ、私自身も曖昧です。ただ、同じ配置にすることが可能だった理由があるんですよ」


「理由? それは一体――」


「エメラルド色の髪の毛をした小さな女の子が、白衣姿で私の所にやって来ましてね? これを渡して響史くんを助けるように頼んで――いえ、命令してきたんです」


 医師が白衣の内側から出したのは、一枚のDVDだった。


「DVD? 一体それが何の関係が……まさか、それは――」


「はい、今から約四年前の七月二十一日より七日間――即ち、響史くんが目覚めるまでの記録です。ご丁寧に二十四時間を七つのビデオフォルダに分けてダビングされてましてね? これを使ってこの病室の配置を調整したんです」


「しかし、そんなビデオ……一体いつ撮ったんです?」


 執事長――銀之助の質問だ。無論響史の親族達には見覚えが無い。そんなビデオをまず残すはずがないだろう。なぜなら、この七日間は忌まわしき物……出来る事ならば抹殺したいくらいの記憶だ。それが、ご丁寧にもビデオに収められている。しかも、その映像は上から見下ろす――俯瞰の撮影で、まるで空中に浮いて隠れて盗撮していたみたいな感じだったのだ。


「誰が撮ったのかは分かりません、ただあの白衣を着た子供が渡してきたところを見ると、恐らくその子供が撮ったのかと……」


 医師の話を聞いて、何人かはその謎の子供を薄気味悪がったり怪しんだりしたが、その中で唯一一人――唯の反応だけが異なった。


――エメラルド色に白衣を着てて小さい……それって確か、うちの屋根裏部屋に住んでるって言ってたあの子供よね? でも、その子がどうして?



 考えれば考えるほど理由が分からなくなる。ただ、今はそんな細かい事を気にしていられるほど時間の猶予は存在しなかった。


「ってことは、この映像を見てやればいいってこと?」


「後、みなさんにはこれを……」


 燈が映像を一瞥していると、医師が次いで渡してきたのは、演劇などでは大事な台本だった。

というわけで、三部めです。キャラが多いのと、響史の周囲の人間が多いのでセリフが少し多いかなと。

まぁ、今回も地の文が長めです。

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