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魔界の少女  作者: YossiDragon
第四章:七月 現在『欠けた一部と空白の四年間の記憶』編
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第五十二話「関係者の賭け」・2

「い、いらんッ!」


「えぇ~? あっ、それじゃ~勝利の証として口づけを……むっちゅ~♪」


「いらんッ!」


「えぇ~なんでだよ~ぅ、りっつんのコト嫌いなのぉ~? しょぼぼぼ~ん……」


「はぁ、何故お前がここにいる……」


 ついには相手をしきれなくなって嘆息し始める響祐。そんな彼に、茜が声をかける。


「申し訳ありません、叔父さま。律奈さんを連れてきたのは奈緒を泣き止ませるためが大きな目的で……」


「ん? その言い方だと、まだ目的があるのか?」


「はい、関係者……なので」


 先程まで笑顔を浮かべていた茜が突如笑みを消し、眼を開く。その目つきを見て何を悟ったのか、響祐はなるほどと頷いた。

 と、そこに――。


「……はぁ、はぁ。待ってよ、あなた。はぁ、はぁ……最近ロクに走ってなくて体力落ちてたわ」


 息を乱して膝に手を突きやってきたのは、響史の母親である『神童(しんどう) 唯奏(ゆかな)』だった。ふわふわの髪の毛を肩まで伸ばし、それをシュシュで結って肩から垂らしている。慌ててここまで来たためなのか、エプロン姿である。


「あぁ、すまん。唯奏は元から体力には自信がなかったからな」


「もぅ……分かっていたなら少しはおんぶくらいしてくれたっていいじゃない」


「悪かったって。今夜……詫びを入れるから」


「あ、そ、そんな……♪」


 響祐はそんな唯奏のエプロン姿にはツッコまず、愛する妻の顎をクイッと上にあげてそう言った。それに対し、唯奏は頬を赤らめて少し嬉しそうな顔をした。


「ぶぅ~っ! カナちゃんも来たのぉ~?」


 だが、そんな光景を快く思わない人物がいた。――律奈である。響祐LOVEである彼女にとって、唯奏は邪魔な存在でしかないのだ。


「律奈ちゃん……。あっ、それより響史は?」


「ああ、集中治療室だそうだ。親父もそこにいるらしい」


 唯奏の問いに夫――響祐が答え、二人はそのまま律奈を無視して先へ行ってしまった。


「あぁ~ん、お兄たぁ~ん!! うぅ~そんなぁ……ガクッ」


 あまりにもショックが大きかったのだろう、律奈は四つん這いのような格好になってそのまま首を項垂れた。


「お嬢様、汚いですから地面に跪くのはお止めください」


「……ぶぅ~、じゃあベンチで跪く!」


「ベンチもお止めください」


 変な所で強情な律奈に、執事長の銀之助は嘆息しながら半ば呆れ返って言った。


「燈、私達も行きますわよ!」


「ちょっ、あんたが命令しないでよっ!!」


 響祐と唯奏の後を追うように姫歌が先陣を切る。その後を、燈が気に食わないという顔で追い掛ける。


「あら、私も行きませんと」


 その二人の後から茜も続いた。




 場所は変わって集中治療室……。その真っ白な純白の空間を眺める事の出来るガラス越しに、神童家の殆どが集結していた。


「……親父、響史は?」


「うむ、この通りじゃ……」


「一体何があったんだ? 電話してきた唯の声から察するに、どうやらあいつは目撃したみたいだが」


「ああ……お察しの通りじゃよ。響史が倒れるのを唯は目の前で……手の届くすぐ間近で見てしもうた。それにあの子は、当事者であり関係者であり目撃者……そして響史がこうなるキッカケを作ってしもうた原因でもあるのじゃ。一番辛いはずじゃよ」


「それは違います」


「ん?」


 突然声を発した誰かの方に視線を向けると、そこには茜が目を細めて立っている姿があった。


「……茜、どういう意味じゃ?」


「従姉さんは……唯姉さんは響ちゃ――響史が一番傷ついていると言っていました。肉体的にも精神的にも……」


「確かに、それは間違いではないな」


 茜の言葉に響祐がポケットに手を突っ込んで言った。


「茜……話してくれんか? 体育祭で何があったのかを……」


「ええ、お話します。全てを……」


 そう言って茜は細めていた目を完全に開ききり、そのゆがめていた口を開いた。

 全容はこうだ。

 響史は体育祭で、ある人物と約束をしていた。体育祭での勝利……だが、その約束は果たされず、響史は敗北した。それが彼に多大なショックを与えた。同時、大きな敗北感と罪悪感に苛まれた響史に、追撃のように雨が降り注いだ。すぐに教室内に入らずに雨に打たれていた響史は、その弱り切った肉体と精神では耐え切れず高熱を出した。しかし、それでもやらなければならないことがあると響史は約束していた相手に謝罪、同時、悪友の更生をして、さらには、この機会にと唯に家を出て行った時の真相を追究した。

 もう限界だった。だが、それでも追究してくる響史に、今までため込んでいた辛い気持ちを吐き出すいい機会かもしれないと思った唯は、思い切って全てを打ち明けた。その結果、響史は何を思ったのか失神した。多分、安心――安堵巻が二つの負の感情を少しは緩和させて彼の限界に近い体を急停止させたのだろう。それによって響史は失神した――と、そう唯と茜は響史を病院に運ぶ道中で推定した。


「――これが、全てです」


 茜は役目を果たしたようにゆっくり息を吐いて側にあったベンチに座った。


「なるほどのぅ……。よもや空白の四年間だけでなく、四年前より以前の記憶までもが響史を蝕んでおったとは。居た堪れぬのぅ……響史を強く優しい子に導こうとして、その挙句に傷つけてしまったからには、唯が重い罪悪感を感じてしまうのは無理からぬことじゃ」


 体育祭後の話を聞いて、豪佑は納得したようにうんうん頷きながら真っ白な顎鬚を撫でた。


「はい。ですが、それは違うと思うんです。響史も、唯姉さんを恨んではいないと、そう思いますから。でも、その真意を知るためには――」


「空白の四年間を埋めて、ついでに以前の記憶も取り戻さなくちゃいけない」


 茜の言葉を遮るように言ったのは、燈だった。


「そう……空白の四年間の全てを知っている人間が、響ちゃんに全てを話さなければならない。そして、事件の全貌も全て……。でも、それを今話す訳にはいかなかった。ボロボロの精神と肉体では耐え切れないから。処理しきれなくなった脳が響ちゃんを壊してしまう。だから四年という時間を要した……確か、医師の方はそうおっしゃっていましたよね?」


 確認を取る様に響祐に訊く。


「ああ、そうだ。ところで、その担当の医師は?」


「うむ……少し前からわしらを呼んでおるわい。心の準備が出来次第向かうとは伝えておいたが……よいのか?」


 一応の意思確認という風に豪佑が老いた体に似合わない、鋭い視線を息子に向ける。


「ああ、準備はここへ向かう時から出来ている。一度は逃げた身だ。もう二度と逃げない、今度は受け止めてみせる」


 それを聴いて、豪佑はふっと笑みをこぼすとようやくその足を動かした。かれこれ二時間以上もその場から動いていない足が、ようやくその地面から離れたのだ。


「……容体を、訊くとするかのぅ」


 そう言って響史の親族達は医師の待つ部屋へと向かった。




 響史は独り暮らしだ。それには理由がある。四年前の事件後、響史は病院へと搬送された。そこで告げられた医師の言葉……それは――。


「『一時的記憶欠落障害』……これが発症してからかれこれ約四年ですか。ようやく四年が経とうという時にこの事態とは……。はっきり言って、呪われているとしか思えませんね」


「くっ、最後まで俺達に牙を剥きやがって!」


「あなた、落ち着いて?」


「す、すまん……」


 医師の言葉に響祐が憤慨し、それを慌てて妻の唯奏が諌めた。


「この病状は既に知っていますね?」


 その医師の言葉に、この場にいる全員が頷いた。ちなみに、この場には待合室で項垂れていた律奈と、それに付き合っていた執事長の銀之助と秘書の箏鈴、また外の空気を吸いに行っていた唯も同伴していた。つまり、これでようやく響史の体を蝕んでいる大きな闇に関する全ての人間が揃ったのだ。

 響史の背負う枷――『一時的記憶欠落障害』。これによる影響、それは大きく分けて三つある。

 一つが、家族及びその関係者に関する記憶が一部欠落。

 二つ目に親しい間柄――友達などに関する記憶が一部欠落。

 最後が、人物名を覚えるのが難しくなるというものだった。

 これらの症状は四年経とうとしている今でも彼の身に起きていることだった。

 響史は自分が何故独り暮らししているのか、その真実を知らない。響史は、何故幼馴染である雛下琴音の昔の呼称を覚えておらず、さらにはその相手の家をも覚えていないのかも分からない。響史は、何故か友達などの名前を覚えるのが苦手だった。すぐに友達を作ることの出来る、不思議な力のある彼にはありえない事だった。普通ならば、長く接していれば名前を覚えることなど無理からぬことではない。だが、それが響史には無理だった。

 なぜなら、障害――枷が、彼の体に()められているからだ。この枷が重りとなり、彼を蝕んでいた。これさえなければ、響史は昔の様に幼馴染と、友達と仲良く過ごし、名前を忘れることも覚えにくくなることもなく過ごせたのだ。

 その原因を作ったのは哀しいことに、実の姉だった……。


「……くっ!」


「唯、お前は悪くない。悪いのは全てアイツだ」


「分かってるけど……でも、それでも」


 父の優しい言葉が逆に胸を苦しくさせる。いっそのこと責めてくれた方がマシ、そう思っているのだ。


「四年前より以前のあなた方に関する記憶、そして空白の四年間の記憶……それらを全てお宅の息子さん――響史くんにインプットする必要がありました。しかし、彼は既に限界を迎えていて、とても耐え切れるような状態ではありませんでした。いうなれば、ヒビの入った花瓶です。記憶という名の水を注いでも、脳という名の花瓶のヒビ割れから漏れてしまう。そこに無理に押し込もうとすれば、ヒビは拡大し、やがては割れてしまう。そうなればどうなるか……肉体的ダメージも負った響史くんの脳は……機能停止に陥ってしまうでしょう。だからこそ、経過治療(リハビリ)が必要でした。四年という歳月を要したこの短いようで長い時間……。この時間をかけて響史くんの肉体も精神も回復して全て丸く収まるはずでした。ですが、何の因果か、重なるような敗北と罪悪が彼の治りかけの体を破壊した。それは絶望へと繋がり、熱が更なる彼の抵抗力を蝕み、最終的には失神へ至った。……単刀直入に言いましょう、響史くんの命はまさに風前の灯です。もう、命の灯が消えかけているんです。普通の吐息でも、吹きかけようものなら簡単に吹き消えてしまう……そんな状態です」


「そんな、治す方法はないんですか!?」


 唯奏の質問だ。やはり、お腹を痛めて産んだ大切なお宝息子だ。そう簡単に死なせたくないのだろう。

 医師は答えた。


「一つだけ……ですが、ホント賭けに近い方法です」


「賭け?」


 医師の言葉に響祐が顔をしかめる。他の皆も深刻そうな面持ちで医師の紡ぐ言葉を待った。


「……四年前を再現するんです」


「四年前を……再現する?」


「どういう意味ですの?」


 医師の言葉に、燈と姫歌が互いに首を傾げた。


「分かりやすく伝えると、意識不明にある響史くんを覚醒させるんです。彼は今、意識が深淵の向こうにあります。それを表へ引っ張り出すには、四年前に彼がここへ搬送されてきてから目覚めるまでの、あなた方の行動と声が必要なんです。ですから、関係者全てが必要になります。無論、お見舞いに来た人物も必要です」


「そんな……見舞いに来た人が誰かなんて、覚えてないわよ!?」


 医師のあまりにも無茶苦茶な言葉に、唯奏が狼狽する。


「落ち着け唯奏、本当に見舞いに来た人全員が全く同じ言葉を口にしなければならないのか?」


「はい、意識不明とはいえ命はあるんです。つまり、脳が心臓へと血流を送っている証拠。つまり、脳が僅かに機能している。ならば、そこに伝わるように……この障害の引き金(トリガー)で致命傷を負った記憶を司る部分に精一杯伝えるんです。人は、言葉や物事を覚える際、何度も復唱して覚えるというのは、みなさんもご存じですよね? それに沿った方法です。意識が戻るまでにかけられた言葉をもう一度かければ、あるいは何か反応があるかもしれません」


「だが、それは逆にない可能性もあるということか……」


「はい、だから……賭けなんです」


 響祐の言葉に頷いた医師。それを聴いて皆は沈黙した。


「ご決断はご家族にお任せします」


「もし……失敗したら?」


「下手に記憶機関に干渉すれば、その分ダメージが蓄積される。そうなれば、四年前にもお伝えした通り、脳は――」


「やるわ!」


 医師の言葉を遮り強気の言葉を発したのは、唯だった。みんなが一斉に視線を向け、信じられないという顔をする。


「……響史は私の、私の大事な弟だもの。このままさよならなんて嫌! それに、響史は私と約束したの。弱い人達を守る。そのために自分自身が強くなるって……。なら、ここでその力を発揮せずにどうするのよ。私は……弟を――響史を信じる! 皆はどうなの?」


 唯のその言葉に、沈黙し続けていた面々が口を開いた。


「ふっ、響史は俺の息子だ。なら、この程度の事で死ぬタマじゃない!」


「ええ、そうね。響史は強い子だもの」


「うむ、こやつは孫としては初めての男じゃったからのぅ。ここで男を見せねばいかんぞい!」


「へっ、そうだった! 私、こいつにまだ借りが幾つもあるんだった! それを返さなきゃ寝覚めが悪いっての!」


「そうでしたわね、私としてはこの子にはたくさん貸しがありましてよ」


「あら、響ちゃん人気者ね。よかったじゃない、昔みたいよ」


「お兄たんが起きてくれるんなら、なおがんばる!」


「おっ、言うねぇ~奈緒ぉ。んじゃあ~りっつんもやろっかなぁ~♪」


「唯様がやる気なのであれば、私としては拒否するわけにはまいりません」


「わ、私も……ぼっちゃんには色々と優しくしていただいていますから!」


 唯の言葉に、響祐、唯奏、豪佑、燈、姫歌、茜、奈緒、律奈、銀之助、箏鈴が答え、関係者全てが満場一致で賭けに乗ることになった。


「本当にいいんですね?」


『はいっ!』


 その全員の面持ちは真剣そのもので、今更引き下がるという風には微塵も見えなかった。


「分かりました……では準備をいたしましょう」


 こうして、響史を主軸とした四年前の大事件の主な関係者――計十()人の賭けが、始まるのだった。




 雛下家にて――。


「……っはぁ~。ふぅ……疲れたなぁ。そういえば、響史くんあの後教室に戻って来なかったけど、どこに行ったんだろ? 白ブロック負けちゃったけど、体育祭実行委員会が変態軍団にどうこうされたっていう話は聞かないし、やっぱり大丈夫だったのかな?」


 響史の幼馴染である雛下琴音は、自宅で風呂の浴槽に肩まで浸かっていた。浴槽の端に頭を乗せて上を見上げる。


「あぁ……気持ちいい。疲れが一気に取り除かれてくみたい。でも、やっぱりこの気持ちだけは取り除けない。どうすればいいんだろう……今日は七月六日……確か、響史くんの従姉妹さん達が事件に巻き込まれたっていうのが七月七日だから、明日でちょうど五年が経つんだ。響史くんもその事件に関与してるんだよね。それで、一年後にも事件が起こったらしいし……。はぁ、今となってはどうしようもないけど、やっぱり私も響史くんの役に立ちたかったよ。こんなにす――」


「姉ちゃ~ん、一緒に入っていい?」


「ふぇっ!? け、健太!? ど、どうしてここに?」


 思わず口にしてしまいそうになった響史への想いをグッと奥へと潜め、弟に聞かれていないか少し狼狽しつつ、相手にそう訊ねる。

 すると、弟――『雛下 健太』が、ガララと曇りガラスの戸を引いて浴室へ入ってきた。琴音は三人兄弟で、姉の優歌と弟の健太がいる。姉とは二歳しか年齢が離れていないが、弟の健太とは六歳歳が離れている。

 そんな十才の弟の体はまだ幼く、まだ思春期が来ていないために異性に対する羞恥心がない。逆に思春期真っ盛りである琴音にとっては、いくら十才で実の弟といえども少しばかり恥ずかしかった。特に、以前公園で雪に胸を触られた際、弟にコンプレックスを言われ(健太自身はフォローのつもり)気にしていたため、特にその部位を腕で隠していた。

というわけで、二部めです。後半は琴音の話です。なぜ家の話をしたのかというと、響史の弟を出すためです。

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