第五十話「体育祭(後編)」・7
――なん……だと? おいおい、冗談にも程がある。何だよ、この偶然。こんなお題、普通ならクリアできないんじゃないか? いや、絶対ってわけじゃないが。
「お兄たん、お姉たんは?」
「えと、唯お姉ちゃんは今日来てないんだよ。くそ……でも、身内って書いてあるし……実の姉だからな」
――くそ、どうする? 今から姉ちゃんに電話かけるか? でも、絶対に間に合わないよな……いや、でも一応電話するだけしとくか?
ポケットから急いで携帯電話を取り出し、アドレス帳から唯姉ちゃんの電話番号に電話をかける。
プルルルル……♪
〈……もしもし〉
何だろう、少し機嫌でも悪いのか? 倦怠感溢れる声音だ。いつにもましてダルそうな表情を浮かべているのが声で分かる。何かあったのか?
「もしもし、姉ちゃん? 俺俺!」
〈は? オレオレ詐欺? ああ、いいです……そういうの〉
「いや、だからそのやり取りはもういいから! 俺だよ、響史だよ!」
〈……響史、ふぅん。お前、俺に何か用でもあんの?〉
「え? あ、その……ちょっと今体育祭やっててさ、借り物競争やってるんだけど、奈緒が引いたお題で姉ちゃんを連れてこないといけないんだよ。今どこにいんの? もしよかったら来てほし――」
〈なぁ響史……今お前、奈緒つったよな?〉
「あ、うん」
〈もしかしてさ……茜や姫歌や燈、あと爺ちゃんもいんの?〉
「え、あ、うん……いるけど?」
〈そ……ふぅん、そうか。なぁ、響史……俺ってお前にとって何?〉
「え? 姉ちゃん、だけど」
〈百歩、百歩譲って茜や姫歌や燈がいるのは、学園に通ってるから分かるさ。でもよ……何で小学生の奈緒がそこにいんだ?〉
何だろう、いつにも増して低い声音で怖いんだけど。
「ゴクッ……それは、誘おうかなと思った時に爺ちゃんが奈緒と一緒に体育祭に来るって言ってたか――」
〈そっか……従妹は誘って実の姉は誘わないのか。俺失望しちゃったぜ、まさか実の弟がそんなに薄情なやつだったなんてな~〉
――あ、これ拗ねてる……。そういや、すっかり忘れてた。メール送っても何度も遅れませんでしたってくるから、風呂に入ってからにしようと思って結局それでも駄目で、電話しようとしたけど音信不通だったから、そのまま忘れてたんだ。すっかり忘れてた。
「ご、ゴメン姉ちゃん! 悪気はなかったんだ! ちゃんと誘うつもりだったんだけど、メールも送れなかったし、音信不通で――」
〈つまり、俺が悪いと?〉
「いいえ、全面的に完全に俺が悪いですッ!!」
別に目の前にいるわけでもないのに、その場でピンッと背筋をしゃんとして指先まで伸ばして敬礼する。
その姿を見ていた奈緒や護衛役のやつらがおかしな顔をするが、無視だ。今はそれどころの騒ぎではない。
〈ふぅん、ホントに悪いと思ってる?〉
「もっちろんです! もうホント! だ、だからさ……頼むから来てくれよ! 奈緒が困ってるんだ」
〈……分かった、そこで待ってろ? いいか? その場から一歩も動くんじゃねえぞ?〉
「え? あ、分かっ――」
刹那、俺は何者かに首根っこをグイッと引っ張られた。後ろ向きに引かれて体勢を崩しそうになる。同時、視界に金色の髪の毛が見えた。靡く髪の毛、懐かしい匂い。そして、次いで聞こえてきたのは――。
「よぉ、久しぶりだな親不孝ならぬ姉不孝者……」
その顔はとても怒っているようで哀しいようで、嬉しそうだった。
「ね、姉ちゃん!? 何でここに!? つーか、さっきまで電話してたのに、何でもうここに!? ま、まさか本当は今日が体育祭だって知ってて、でも自分から来るのは恥ずかしいからって俺からの連絡が来るまで待ってた――」
「なっ!? ん、んなわけねぇだろがボケ!」
「ぐえぇえええッ!?」
そう言って俺の首に自身の腕を絡め、グイグイッと締めあげてくる唯姉ちゃん。いかん、死ぬ!
「く、苦しッ! し、死ぬってッ!!」
「おう、悪い」
そう言ってようやく姉ちゃんが俺を放してくれる。
「ぷはぁ~、死ぬかと思った。あ、そうだ奈緒……急いでお題クリアしないと!」
「あ、うん。じゃあ、お兄たん抱っこ♪」
「あ、おう」
「……響史、お前何やってんの?」
「いや、これがお題なんだって!」
俺は少し屈んで奈緒をだっこする。うん、やっぱり小さい子は軽くていい。で、問題はこっからだ。
「ね、姉ちゃん……その、あの……」
「んだよ! 早くしやがれ!」
もったいぶる俺に苛立ち、唯姉ちゃんが怒りだす。やっぱり相当機嫌悪いな。どうしよう、こんなこと頼んだらホントに殺されるんじゃ……だが、お題をクリアしなければ。
「ね、姉ちゃん……俺の背中におぶさってくれない?」
「…………は?」
「いや、だから俺が姉ちゃんをおんぶしないといけないんだって!」
「ば、バカっ! あんた、バカじゃないの!? あた――俺をおんぶしようだと? ふざけんなよ? ……普通、そういうのは逆で――」
「え? よく聞こえなかったんだけど」
後半部分が何やらモゴモゴと喋ったために聞き取りにくかった俺は、そう姉ちゃんに訊いた。が、問題はそれよりも別にある。そう、一瞬――ほんの一瞬だが唯姉ちゃんの口調が懐かしい昔の口調に戻ったのである。だが、残念ながら口調はすぐに男勝りな例の喋り方に戻ってしまった。
「う、うるさい! と、とにかく――」
「お姉たん、お願い! お兄たんにおんぶしてもらって!」
「さ、さっきからそのお姉たんだのお兄たんだの、どうしたんだ? その呼び方……」
「それはいいから、早く!」
「くっ、わ……分かったよ。くそ……」
ブツブツ文句を言いつつ、仕方なしに姉ちゃんが俺の肩に手を置く。口調は乱暴な割に、こういう時は優しいよな。それから俺が姉ちゃんの足を持ちその場にゆっくりと立ち上がる。
――うっ、いかんさすがに二人分の体重がかかるとキツいな!
「うぐッ……お、おも――」
「おい、重いとか言ったらぶっ殺すぞ!」
――ぐぇッ! も、もう自分で言ってますけどぉ!?
俺はダメでも自分はいいのかと思いながら俺は首締めになんとか耐え抜く。
「お、おも――面白いって言ったんだよぉうぐッ!?」
「何で面白いんだ、あぁ!?」
やばい、ホントレディースのトップみたいな感じになっちゃってるよ。
「そ、その……うぐッ、普通抱っことおんぶ同時にやるなんてないから、おかしくて……うぇッ、だ、だから……首を絞めるのはやめてくれ!」
「……ちっ、いいだろう」
――あれ、今舌打ち聞こえなかった? ねえ舌打ち聞こえなかった?
やはり唯姉ちゃんや茜従姉ちゃんは、苦手だ。唯姉ちゃんは、昔はそこまでなかったんだが……あれ以来こんな感じになってしまった。まぁ、すべては俺のせいだからな。責任を取る上でならこれくらい……軽い方だ。
「ね、姉ちゃん……あの、その……やっぱりバランス取りにくいし歩きづらいから、もう少し腕を肩の前に置いて背中に密着してくれないかな?」
そんなことをすれば、必然的にあるものが当たることになる。多分、姉ちゃんもそのことを分かってて敢えて俺に気を遣ってそうしているのだろう。だが、生憎とそれでは歩きにくいのだ。
「み、密着!? そ、そんな……こ、これ以上くっつくのは――」
「た、頼むッ!」
「く、くそぉ……あ、後で覚えてなよ? ……もぅ」
そう言って姉ちゃんは俺の首に腕を回してきた。てっきりそのまま再び首を絞めてくるのかと危惧したが、その腕はやんわりと柔らかく俺の首に回されているだけだった。
そして俺の耳元に聞こえてきたのは――。
「……こ、これでいいよね?」
その声音、口調……何もかもが懐かしい。そう、あの四年前の時の、高校時代の姉ちゃんの喋り方だった。一瞬過去にタイムスリップしたのかとも思ったが、それは単なる錯覚だった。
「は、早くしてよ……は、恥ずかしいんだから」
俺の耳元で物凄く小声で囁く唯姉ちゃん。いかん、これは理性が大変なことになるッ!
しかも、さっきよりも密着度があがったせいで、案の定俺の背中には姉ちゃんの豊満な胸が押し付けられていた。
「よしッ、しっかり掴まってろよ二人ともッ!! うおりゃぁああああああああああ!!!」
はっきり言って体力的にも問題があったが、俺は根性とパワーでなんとか乗り切り、ギリギリでゴールテープを切った。
〈ゴォォォル!〉
実況の声が聞こえたが、はっきり言ってそんなことどうでもよかった。ただ、ゴール出来ただけで……。
「き、響史……早く下ろして」
「あ、ご、ごめん」
何だろう、昔の姉ちゃんの口調のままのせいか、すごく俺がドギマギしてる感じになってる。いかん……確かにこっちの方が嬉しいんだけど、今はあの男っぽい喋りの方がいいかも。
とりあえず俺は姉ちゃんをその場に降ろした。
「姉ちゃん、ホントごめん。悪気があって誘わなかったんじゃないんだ、それだけは分かってほしい。……やっぱり、怒ってる?」
俺に背を向ける姉ちゃん。やっぱり、怒ってるのかな……。
「……もう、いい。すぅ~はぁ~……響史、一ついいか?」
「え?」
「その、今度また……して、くれるか?」
「何を?」
「……お、おんぶ」
「え?」
一瞬俺はわが耳を疑った。まさか姉ちゃんがそんなことを口にするとは。
「どうして?」
「そ、それは……そ、その――そう! 姉弟の仲を深めるためにだな!」
「そ、そうなんだ」
はっきり言ってそんなのはありえないだろうと思いつつ、まぁここはあまり不機嫌にさせてもまずいと思い話を合わせることにした。
結局俺は何やら姉ちゃんをまた次の機会におんぶすることになり一段落ついた。
と、その頃例の羽鷺先輩はというと――。
「ふぇ? も、もうみゆだけ? そ、そんなぁ……」
今にも泣きだしそうに涙を浮かべて目を潤ませる羽鷺先輩。うん、やっぱりカワイイな。
「そ、そうだ……お題は――」
そう言ってお題を確認し、ハッとなって周囲を見渡す。それからどこかへ駆けて行く。その先に居たのは、同じく飼育委員長の鵜飼先輩だった。
「大翔くん、あのね? み、みゆをお姫様だっこしてゴールまで連れてって?」
「分かりました」
二つ返事で了承した鵜飼先輩は、その巨漢とも呼べる大きな体躯で小柄な羽鷺先輩を軽々とお姫様抱っこすると、そのままゴールに向かってダッシュ。ものの数秒でゴールした。
〈さ~って、これで全ての選手がゴールしました。これにて全二十種目が終了です! お疲れ様でした、この後の休憩時間後、白ブロック対黒ブロックのどちらが勝利したのかを発表致しますので、お楽しみにッ!!〉
という実況の声で第二十種目が終了した。
これで終わった。全ての種目が幕を閉じ、残るは重要な結果発表を残すのみ。大丈夫、精一杯の力は出し切ったんだ。後は運命に委ねるしかない。
カチャ。
「ん?」
ふと手首を見ると、そこには何やら見覚えのある金属製の輪っかがつけられていた。さらに、そこにはロープがついていて、その先端がどこにあるのかを視線で追い掛けていくと、そこには――。
「うふっ、言ったわよね? 競技の最後に用がある……って」
「あ、そうでしたね」
いかん、自分の命が風前の灯にあったことを忘れていた。
俺は、茜従姉ちゃんに体育館裏に連れて行かれた(強制的に)。しかも、何故かそこには唯姉ちゃんも同伴していた。
「――で、何で姉ちゃんも来てるの?」
「ん? 気にすんな、いいから続けてくれ」
「はい、さぁ響ちゃん? あなたには色々と訊きたい事が山ほどあるのよ。分かるわよね?」
「は、はい」
恐らく、いやというか確実なんだけどやっぱり答えたくはなかった。茜従姉ちゃん達が訊いているのは、護衛役――水連寺一族のことについてだ。何度もその姿を見かけて、度々俺と一緒にいるから怪しんでいたのだろう。無理もないな。それに、俺も既に隠すつもりもないし。それに、一度俺は全部姉ちゃん達に説明している。ただ、信じてはもらえなかったが。
「響ちゃん……○×クイズの時、女装したことがある……って答えてたわよね?」
「え? あ、うん」
思わず放心状態に陥る。まさかそっちから聞かれるとは思わなかったのだ。だが、問題が発生する。
「な、じ、女装!? き、響史お前――女体化だけでは飽き足らず、女装までしてたのか!?」
「ち、違う! 第一、女装は俺が小さい時に既に姉ちゃん達がやっただろ!?」
「は? そんなことしたっけ? やっべ、覚えてねぇや」
――ホント、泣いていいですかね? 何でこの人達は人に酷い仕打ちしておいて覚えてねぇの? 俺が忘れればいいのか? でも、忘れられねぇだろそんな簡単に。
「おっかしぃな……全然記憶にない。あっ、もしかして写メってたりするかも――」
「そうですね、唯従姉さん探してもらえます?」
「ちょっ、別に探さなくても――」
「あっ、あった!」
――見つけんなよぉぉぉぉぉぉ!!!
どうせならそのまま記憶の彼方に捨ててくれればよかった。
「ホント四年前――あっ、そういうことだったのね……唯従姉さん、これは――」
「あ、うん……そうだな。ごめん、響史……嫌な事思い出させたな、四年前……か。はは、自分で記憶に制御をかけて封印して、もう二度とあんな思いをしないように、男を近づけないようにこんな性格と喋りにしたのに……ダメだな、やっぱり……強く、なれないのかな?」
「従姉さん」
「お姉ちゃん……」
四年前に何があったのか、その全貌を知っている茜従姉ちゃんと俺は、唯お姉ちゃんのその悲しそうな顔を見て黙ってしまった。
結局その後気まずい沈黙の時間が流れだしたこの空間を打ち破ったのは、実況の結果発表の声だった。
その声に俺と茜従姉ちゃんは先に会場へ帰還した。
〈え~、長らくお待たせいたしました。今年度の体育祭、結果発表を行いたいと思います! 今年の優勝は――〉
ゴクリ、息を呑む俺。そう、この結果で変態軍団と体育祭実行委員会の勝敗が決するのだ。体育祭実行委員会の敗北――それ即ち、委員会のメンバーである北斗七星の二人と、星空委員長の屈辱を意味する。その上、あの変態共に何かしらされるかもしれないのだ。それだけは阻止したい。だが、そのためには勝たなければならない。今度、今度こそ守るんだ!
そう思っていた。だが、運命は……俺には味方してくれなかった。
〈――黒ブロックです!〉
『よっしゃぁあああああああああああああああああああああ!』
「え――? う、嘘……だろ? はは、そんな……くっ、俺は、またダメだったのか? 何で……何でだよ。どんなに抗っても無理なのか? やっぱり俺には、守れないのか?」
途方もない絶望、そして敗北感……。同時に、脳裏に大事な大事なある人物の、涙を流しながら浮かべる、なんとも言えない表情が浮かんだ。さらにそれは、俺に激しい頭痛と吐き気、眩暈を引き起こさせ、俺に膝を突かせた。
周囲から聞こえてくる黒ブロックの連中の歓声が、俺の耳の鼓膜を激しく揺さぶり、そこから脳内へと伝わって頭痛を引き起こしている感じだ。だが、なんでだろう。この激しい心の痛みは……。さっき、あの顔を思い浮かべてしまったせいだろうか?
とにかく、俺は今、あの人に謝らなければならないのと同時に、あの人に会わせる顔がなくなったと自覚するしかなかったのだった……。
ということで、響史が電話して姉を呼び出すのですが、姉ちゃん既に学園にいたという。しかし、意外な姉ちゃんの一面。まぁ、元々本来があっちですからね。まぁ、口調は既に一度響史の夢の中で会話していた際にありましたが。また、この最後の競技が一番の四年前編の布石になります。
そして、結果発表――負けちゃいました。そう、体育祭実行委員会の敗北です。つまり――変態にいろいろされちゃうわけです。
しかし、この時の響史のショックは凄まじいです。なにせ、二度も女の子を守れなかったんですから。四年前に引き続き、もうそろそろ四年経とうとしている前にまたもや守れず。これはすごい心へのダメージが来るでしょう。
てなわけで、今回の五十話はここで終わり、次回の五十一話で体育祭編終了です。なんかキリが悪い話数ですが、ご了承。
次回予告、敗北した星空委員長はじめ、北斗七星の二人は変態軍団に何をされるのか。二度も守れなかった響史の心は。そして、いい加減話せよ四年前のあの日を。ということで、夏休み編が始まり数話分やった後四年前編に入ります。なので、もうしばしお待ちを。
また、更新は分かりません。少なくとも今年度中に体育祭編は終わらせ――れるといいな。




